今日の話題

チオレドキシンシステムによる光合成の調節機構変動する光環境で植物はどのように効率良く光合成を行っているのか?

Yuki Okegawa

桶川 友季

京都産業大学

Ken Motohashi

本橋

京都産業大学

Published: 2018-06-20

植物は光が当たれば光合成を行う.このことは,当たり前のこととして捉えがちであるが,植物の光合成システムはそれほど単純ではない.植物固有の細胞小器官である葉緑体に光が当たるとチラコイド膜上で電子伝達反応が生じ,還元力(NADPH)とATPが合成される.それを利用して,ストロマではカルビンサイクルにより二酸化炭素が有機化合物に変換される.電子伝達反応で生じた還元力の一部はフェレドキシン(Fd),Fd-Trx還元酵素(FTR)を介してチオレドキシン(Trx)に伝達され,Trxはその還元力でカルビンサイクルの酵素をはじめとして葉緑体で働く多くのタンパク質の活性を調節する(図1図1■チオレドキシンシステムによる葉緑体タンパク質のレドックス制御).太陽の出ている昼間に植物が効率的な光合成を行えるのは,TrxとFTRから構成されるTrxシステムが光依存的に機能しているからである.

図1■チオレドキシンシステムによる葉緑体タンパク質のレドックス制御

光合成電子伝達反応により生じた還元力(e)はFd, FTRを介してTrx, またはNADPHを介してNTRCに伝達される.2つのTrxシステムが協調して光合成や代謝反応にかかわるタンパク質の活性をレドックス制御している.Fd, フェレドキシン;Trx, チオレドキシン;FTR, Fd-Trx還元酵素,NTRC, NADPH-Trx還元酵素.eは電子伝達される電子を表す.

Trxはあらゆる生物に普遍的に存在し,活性中心に保存された一対のシステイン残基をもつ低分子量のタンパク質である.Trxは細胞内の酸化還元(レドックス)状態を感知し,標的タンパク質のジスルフィド結合を還元することによって,そのタンパク質の活性を調節する(これをレドックス制御という).1964年に大腸菌で初めて発見され,植物では1970年代にf型とm型Trxが発見された(1)1) R. A. Wolosiuk & B. B. Buchanann: Naure, 266, 565 (1977)..動くことのできない植物は,自然の生育条件下で大きく変動する環境と,それに伴う細胞内のレドックス状態の変化に適応するためにほかの生物と比べて数多くのTrxをもつ.シロイヌナズナは20ものTrxアイソフォームをもち,それぞれが異なる細胞小器官に局在している.そのなかでも最も多くのTrxアイソフォームが局在するのが葉緑体である.葉緑体には5グループ10種類ものTrx(f型2種,m型4種,x型1種,y型2種,z型1種)が存在する.本稿ではTrxの発見当初から行われてきた生化学的手法を用いた研究と,最近の逆遺伝学的手法を用いた研究から見えてきた葉緑体Trxの多様な役割について紹介したい.

1970年代のf型とm型Trx発見以来,Trxの標的タンパク質を同定する研究は精製した組換え体タンパク質を用いた生化学的な手法(in vitro)が中心であった(2)2) V. Collin, E. Issakidis-Bourguet, C. Marchand, M. Hirasawa, J. M. Lancelin, D. B. Knaff & M. Miginiac-Maslow: J. Biol. Chem., 278, 23747 (2003)..Trxアイソフォームと標的タンパク質を用いたin vitroの実験から,フルクトース1,6-ビスホスファターゼ(FBPase)をはじめとしてカルビンサイクル酵素の多くはf型Trxによって制御されることが示された.またATP合成酵素のγサブユニットも主にf型Trxによって還元される.一方,NADP依存リンゴ酸デヒドロゲナーゼ(NADP-MDH)はf型とm型Trxの両方の標的タンパク質であると考えられてきた.x型,y型,z型Trxは抗酸化酵素として働くペルオキシレドキシン(Prx)やメチオニンスルホキシドレダクターゼ(MSR)に還元力を供給することから,酸化ストレス応答の制御に関与することが明らかになった.

それぞれのTrxアイソフォームの植物体内における生理機能を調べるために,最近ではシロイヌナズナのTrx欠損変異株を使った逆遺伝学的手法(in vivo)が広く用いられるようになった.しかし予想に反して,f型Trxを完全に欠損した変異株は,野生株と同様の成長を示し,カルビンサイクルの活性化もほとんど影響を受けなかった(3)3) K. Yoshida, S. Hara & T. Hisabori: J. Biol. Chem., 290, 14278 (2015)..この結果はf型Trxがカルビンサイクルの主要な調節因子であることを示したin vitroの解析結果と一致しない.最近私たちは,葉緑体に局在するTrxの各グループ特異的な抗体を作製し,その存在量を定量した(4)4) Y. Okegawa & K. Motohashi: Plant J., 84, 900 (2015)..その結果,4つのアイソフォームをもつm型Trxが葉緑体ストロマTrxプールの70%を占めることがわかった.また,このm型Trxの欠損変異株ではカルビンサイクル酵素の活性化が抑制され,植物の生育が阻害されることを明らかにした.この結果は,植物体内では主にm型Trxがカルビンサイクル酵素の活性化を制御していることを示しており,in vitroの実験が常にin vivoの環境を反映しているわけではないことを示唆している.またx型とy型Trxについてもin vitroの実験ではPrxに効率的に電子を供給することが示されているが,それぞれの欠損変異株の解析からはそれを支持する結果は得られていない.このようにTrxの植物における生理機能を完全に理解するためには,in vitroの研究に加えてin vivoでの解析が重要であると考えられる.In vitroin vivoの実験から得られたTrxアイソフォームとその標的タンパク質の結果について,私たちの結果を含めてまとめた総説が最近発表されているので,詳しくは参照していただきたい(5)5) P. Geigenberger, I. Thormahlen, D. M. Daloso & A. R. Fernie: Trends Plant Sci., 22, 249 (2017).

ここまで述べてきた光依存のTrxシステムに加えて,葉緑体はNADPHに依存したTrxシステム(NTRC)をもつ(6)6) A. J. Serrato, J. M. Perez-Ruiz, M. C. Spinola & F. J. Cejudo: J. Biol. Chem., 279, 43821 (2004)..NTRCは単一ポリペプチド鎖内にNADPH-Trx還元酵素(NTR)ドメインとTrxドメインをもつタンパク質で,NADPHを還元力の供給源としているため,明条件だけでなく暗条件でも働くことができる.近年の精力的な研究により,NTRCはクロロフィルの合成や抗酸化システム,さらには光依存のFTR/Trxとともにカルビンサイクルの酵素活性化にも寄与していることが明らかになってきた.最近ではNTRCとFTR/Trxシステムは機能的に重複したレドックスネットワークを形成していることが示唆されている(7)7) K. Yoshida & T. Hisabori: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E3967 (2016)..また近年のプロテオミクス解析からは,多くの葉緑体タンパク質がこれらのTrxシステム制御下にある可能性も示され(8)8) S. D. Lemaire, L. Michelet, M. Zaffagnini, V. Massot & E. Issakidis-Bourguet: Curr. Genet., 51, 343 (2007).,葉緑体レドックス制御の研究に世界中から多くの注目が集まっている.

最初に述べたように植物の光合成システムは単純ではない.植物は自然のさまざまに変動する光環境で,光合成とそれに伴う代謝反応を柔軟に調節するために,葉緑体に2つのTrxシステムを備え,この複雑なレドックスネットワークを用いて多様なレドックス制御タンパク質の活性調節を行っているのかもしれない.葉緑体のTrxシステムの全貌が明らかになれば,葉緑体レドックス制御タンパク質の活性を改変することによって植物の光合成能力およびストレス耐性能力を改善できる可能性がある.今後の研究の進展が期待される.

Reference

1) R. A. Wolosiuk & B. B. Buchanann: Naure, 266, 565 (1977).

2) V. Collin, E. Issakidis-Bourguet, C. Marchand, M. Hirasawa, J. M. Lancelin, D. B. Knaff & M. Miginiac-Maslow: J. Biol. Chem., 278, 23747 (2003).

3) K. Yoshida, S. Hara & T. Hisabori: J. Biol. Chem., 290, 14278 (2015).

4) Y. Okegawa & K. Motohashi: Plant J., 84, 900 (2015).

5) P. Geigenberger, I. Thormahlen, D. M. Daloso & A. R. Fernie: Trends Plant Sci., 22, 249 (2017).

6) A. J. Serrato, J. M. Perez-Ruiz, M. C. Spinola & F. J. Cejudo: J. Biol. Chem., 279, 43821 (2004).

7) K. Yoshida & T. Hisabori: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E3967 (2016).

8) S. D. Lemaire, L. Michelet, M. Zaffagnini, V. Massot & E. Issakidis-Bourguet: Curr. Genet., 51, 343 (2007).