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防御物質イリドイドをめぐる昆虫の多様な適応戦略個々の作戦と進化の方向性

Naoko Yoshinaga

吉永 直子

京都大学大学院農学研究科

Naoki Mori

直樹

京都大学大学院農学研究科

Published: 2018-06-20

イリドイドは含酸素六員環と結合したシクロペンタン環をもつモノテルペンの一種である.生体内では多くの場合,配糖体の形で蓄えられ,β-グルコシダーゼなどによりアグリコンが遊離すると毒性を発現する.アグリコンは容易に開環してα,β-不飽和アルデヒドとなり,タンパク質に非特異的に結合して強烈なタンパク質変性作用をもつことがある.こうした生理活性から,動植物において防御物質として機能し,植物とそれを食べる昆虫の相互関係にも深くかかわってきた.イリドイドをめぐる植食性昆虫のさまざまな適応戦略を紹介する.

イボタノキの葉には高濃度のoleuropeinが含まれる.しかも葉中にはoleuropein特異的なβ-グルコシダーゼが仕込まれており,傷つけると直ちに多量のアグリコンが活性化される.これに対して,イボタノキを主な食草とするイボタガ幼虫は,腸管内に遊離のグリシンを高濃度に維持し,oleuropeinのアグリコンに結合させることでこれを無毒化することが報告された(1)1) K. Konno, S. Okada & C. Hirayama: J. Insect Physiol., 47, 1451 (2001).図1図1■イボタノキ摂食昆虫の適応戦略).ラベル体のトレース実験によれば,短時間で体液中から腸管内腔へ濃度勾配に逆らって選択的にグリシンが輸送され,腸管内のグリシン濃度は50 mMにも達する.グリシン以外のアミノ酸は合計しても10 mMに満たないことを考えれば突出した数字である.グリシン分泌は腸管の前方に偏っており,入ってきたoleuropeinが次々と活性化されるのを迎え撃つことでタンパク質変性作用を抑えている.この適応戦略がイボタガに限らず,イボタノキを食草とする多くの種で共通することが明らかとなった(2)2) K. Konno, C. Hirayama, H. Yasui, S. Okada, M. Sugimura, F. Yukuhiro, Y. Tamura, M. Hattori, H. Shinbo & M. Nakamura: J. Chem. Ecol., 36, 983 (2010)..興味深いのは,このうち5種はイボタガと同じグリシンを,残る3種はβ-アラニンもしくはGABAを用いる点である(表1表1■各種幼虫が分泌するアミノ酸).これらアミノ酸のoleuropein無毒化活性を比較したところ,β-アラニン,GABAの活性はグリシンに劣らず,いずれも10 mM程度の低濃度で十分にoleuropeinの毒性を抑え,その活性はアラニンと比較すると5倍以上高いことが示された.すなわちアミノ基が側鎖末端に位置していること,それがほかの官能基に遮られないことがアグリコンへ素早く結合するのに重要であると推測される(2)2) K. Konno, C. Hirayama, H. Yasui, S. Okada, M. Sugimura, F. Yukuhiro, Y. Tamura, M. Hattori, H. Shinbo & M. Nakamura: J. Chem. Ecol., 36, 983 (2010)..Oleuropein1分子に対してアミノ酸1分子を消費する消耗戦であり,いくら結合活性が高くても貴重なアミノ酸は使えない.その点,グリシンは非必須アミノ酸であり,GABAとβ-アラニンも昆虫自身が生合成できる.なぜか3種のアミノ酸を混合で使っている例はなく,いずれの種も1種類のアミノ酸だけを分泌しており,そのアミノ酸がどうやって決まるのかはわかっていない.イボタノキを摂食するために収斂進化した結果,このような適応手段が個別に獲得されたと考えられている.イボタノキの葉を食べる蜂の一種コクロハバチの幼虫も腸内にグリシンを蓄積していたことから,系統的にかけ離れた昆虫に共通する戦略である点もこの仮説を支持している(2)2) K. Konno, C. Hirayama, H. Yasui, S. Okada, M. Sugimura, F. Yukuhiro, Y. Tamura, M. Hattori, H. Shinbo & M. Nakamura: J. Chem. Ecol., 36, 983 (2010)..ところが,イボタノキを食べないハスモンヨトウにも同様のメカニズムが備わっていることが明らかになった.クチナシの葉をハスモンヨトウに摂食させると,β-アラニンを腸内に多量に誘導したのである.クチナシにはgardenoside(図2図2■植物防御物質のイリドイド配糖体)が高濃度に含まれており,実際,オオスカシバなど特定の害虫を除けばほとんど虫に食害されない.ハスモンヨトウも自然条件下ではクチナシを食べることはなく,強制的に摂食させると数日で死亡した.余談になるが,このときの糞・吐瀉物は濃い紫色を呈しており,gardenosideアグリコンとタンパク質を結合させると呈色する.これが近年食品に使われているクチナシ青の色素である.分泌したβ-アラニンはgardenosideアグリコンを不活化したものの,誘導量が不十分なために毒性を抑えきれなかった(3)3) N. Yoshinaga & N. Mori: “Chemical Ecology in Insects,” ed. by J. Tabata, CRC Press, Taylor & Francis Group, 2017..ハスモンヨトウは野菜・果樹・花卉など幅広く食害し,さまざまな植物防御物質に適応してきた広食性害虫である.クチナシには歯が立たなかったが,ほかの植物がもつ防御物質にβ-アラニンがうまく機能する場合があるのかもしれない.

図1■イボタノキ摂食昆虫の適応戦略

表1■各種幼虫が分泌するアミノ酸
アミノ酸
イボタガグリシン
サザナミスズメグリシン
シモフリスズメグリシン
ウンモンツマキリアツバグリシン
ホシシャクグリシン
ウスバフユシャクグリシン
シマケンモンβ-アラニン
オオシマカラスヨトウβ-アラニン
ウラゴマダラシジミGABA

図2■植物防御物質のイリドイド配糖体

イリドイド含有植物を餌として特化した種では,イリドイドを配糖体の形で体内に取り込むことで酵素による毒性発現を避け,同時にイリドイドを自身の防御物質として利用する例が多数知られる.植食性甲虫のハムシもイリドイドを体内隔離・蓄積(sequestration)することがわかってきた.アシナガトビハムシの一種Longitarsus tabidusはゴマノハグサ科の雑草を食草とし,aucubinやcatalpol(図2図2■植物防御物質のイリドイド配糖体)を体内に蓄積する.通常,ハムシの腸内pHは5, 6程度で,β-グルコシダーゼの至適pHもこの辺りになる.ところが,この甲虫の腸内pHは7前後と中性付近で,このためβ-グルコシダーゼ活性が60%も下がることが明らかになった.β-グルコシダーゼにも特徴があり,aucubinを基質とすると酵素活性はさらに低下した.こうした腸内環境と酵素特性により,aucubinの毒性発現をできるだけ抑えることで,配糖体での吸収を可能にしている(4)4) H. Pankoke & S. Dobler: Physiol. Entomol., 40, 18 (2015)..さらにハムシ亜科に属する種では,幼虫が植物由来の配糖体を吸収・蓄積するメカニズムの解明が進んできた(図3図3■ハムシの防御物質生合成機構).幼虫は背中に9対の分泌腺をもち,防御物質を蓄積する.たとえば,ヤナギルリハムシ幼虫はplagiolactoneを防御物質とし,その生合成中間体8-hydroxygeraniol(8-OH-Ger)の配糖体を植物から吸収する(5)5) M. Kunert, A. Søe, S. Bartram, S. Discher, K. Tolzin-Banasch, L. Nie, A. David, J. Pasteels & W. Boland: Insect Biochem. Mol. Biol., 38, 895 (2008)..第一関門である腸管膜上の輸送システム(a)はまだ同定されていないが,分泌腺手前の第二関門はABCトランスポーター(b)であることが近縁の複数の種で同定されており(6)6) A. S. Strauss, S. Peters, W. Boland & A. Burse: eLife, 2, e01096 (2013).,体液中から8-OH-Ger配糖体のみを選択的に取り込む.分泌腺内で酸化酵素(d)や環化酵素(e)が作用してplagiodialが,さらに環化してplagiolactoneが完成する.面白いのはヤナギルリハムシ幼虫自身が脂肪体で8-OH-Gerまでをde novo合成できる点で,この中間体を植物から調達できないときには自力でplagiodialを全合成している(5)5) M. Kunert, A. Søe, S. Bartram, S. Discher, K. Tolzin-Banasch, L. Nie, A. David, J. Pasteels & W. Boland: Insect Biochem. Mol. Biol., 38, 895 (2008)..この種に限らずplagiodialをde novoで全合成する種は近縁種で多数報告された(7)7) A. Burse, S. Frick, S. Discher, K. Tolzin-Banasch, R. Kirsch, A. Strauß, M. Kunert & W. Boland: Phytochemistry, 70, 1899 (2009)..これらのハムシは,植物のイリドイドを克服し積極的に利用するだけでなく,さらに進化して自前で生産するようになった——のではない.ハムシ亜科に限って言えば,de novo合成する種のほうが古く,植物の配糖体を利用するほうがより派生的であることが系統解析で明らかになった.すなわち祖先種では餌とする寄主植物に関係なくplagiodialを全合成していたのが,種分化の過程でヤナギやポプラなど8-OH-Gerを含む植物を食べるようになって初めて,中間体を取り込むようになったと考えられている.ちなみに,ヤナギ亜科植物には抗炎症活性で知られるsalicinが含まれるが,これら植物に特化してさらに派生したハムシではplagiolactoneの代わりにsalicylaldehydeを防御物質とする.化合物として見れば大きな違いだが,餌中からsalicinを吸収し,分泌腺中でsalicylaldehydeを完成させるまでに必要なタンパク質(a~d)を祖先種からそのまま使い回していることが明らかになった(7)7) A. Burse, S. Frick, S. Discher, K. Tolzin-Banasch, R. Kirsch, A. Strauß, M. Kunert & W. Boland: Phytochemistry, 70, 1899 (2009)..イリドイドだけに注目しても,興味深い昆虫と植物のせめぎ合いが次々と明らかになってきている.

図3■ハムシの防御物質生合成機構

Reference

1) K. Konno, S. Okada & C. Hirayama: J. Insect Physiol., 47, 1451 (2001).

2) K. Konno, C. Hirayama, H. Yasui, S. Okada, M. Sugimura, F. Yukuhiro, Y. Tamura, M. Hattori, H. Shinbo & M. Nakamura: J. Chem. Ecol., 36, 983 (2010).

3) N. Yoshinaga & N. Mori: “Chemical Ecology in Insects,” ed. by J. Tabata, CRC Press, Taylor & Francis Group, 2017.

4) H. Pankoke & S. Dobler: Physiol. Entomol., 40, 18 (2015).

5) M. Kunert, A. Søe, S. Bartram, S. Discher, K. Tolzin-Banasch, L. Nie, A. David, J. Pasteels & W. Boland: Insect Biochem. Mol. Biol., 38, 895 (2008).

6) A. S. Strauss, S. Peters, W. Boland & A. Burse: eLife, 2, e01096 (2013).

7) A. Burse, S. Frick, S. Discher, K. Tolzin-Banasch, R. Kirsch, A. Strauß, M. Kunert & W. Boland: Phytochemistry, 70, 1899 (2009).