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繰り返されるカビの菌糸生長超解像イメージングで明かされた周期的変動

Norio Takeshita

竹下 典男

筑波大学生命環境系

Published: 2018-06-20

カビ(糸状菌)は,環境中に数多く存在する真核微生物であり,特に土壌中では最大体積の生物であると考えられている.糸状菌はその名のとおり,菌糸と呼ばれる管状の細胞の先端を伸ばして生育する.菌糸の先端を伸ばす際に,多種多様な分解酵素を菌体外に分泌することで環境中の有機物を分解し,栄養を吸収し増殖する.その分解者としての役割は,生態系の物質循環に必要である.古くからコウジカビのように伝統的な醗酵食品(酒・醤油・味噌など)の生産に利用され,近年では食品・飲料に使用されるクエン酸,合成樹脂・繊維に利用されるイタコン酸などの化合物が糸状菌により大量生産されている.また,糸状菌のさまざまな酵素が幅広いバイオ産業で利用されている.たとえば,食品工場でのアミラーゼ,プロテアーゼ,飼料工場でのフィターゼ,バイオ燃料工場のセルラーゼ,インベルターゼ,洗剤工場のリパーゼなどが挙げられる.

一方で,菌糸生長によりヒトの細胞に侵入し病原性を示す感染症(真菌症)は深刻な被害をもたらし,年間200万人もの命を奪う.動物だけでなく,植物の細胞に侵入するものもあり,植物病原菌の約80%が糸状菌と言われている.米・麦などの主要穀物や野菜・果物も被害を受け,年間約1割が糸状菌により失われると言われている.

このような糸状菌の有用性と病原性は,菌糸先端を伸ばす生長様式と密接に関連する.そのため,糸状菌の菌糸生長の仕組みを理解し制御することは,医薬・農薬開発上また産業上への応用にもつながることが期待される.糸状菌の先端生長は,長年にわたりさまざまな手法で研究されてきた.ここ10年の蛍光顕微鏡の技術の進歩は,この研究分野において大きな成果をもたらしている.最近では超解像イメージング技術により,これまで見えなかったレベルでの機構が明らかになってきている.ここでは,その最新のニュースを紹介する.

まず,菌糸の先端生長の仕組みについて,概略を説明する.先端生長のために必要な膜脂質やタンパク質は,菌糸先端への分泌小胞の輸送とエキソサイトーシスにより菌糸先端の形質膜に供給される(図1A図1■超解像PALMのタイムラプスイメージングにより明らかになったダイナミックな菌糸生長).膜輸送には,微小管とアクチン細胞骨格,それらに対応したモータータンパク質が,中心的な役割を担っている.微小管は,菌糸後方から先端への長距離の膜輸送経路として機能し,一方で,アクチンケーブルは菌糸先端の形質膜から合成され,菌糸先端付近での小胞輸送とエキソサイトーシスにかかわる(1)1) N. Takeshita, R. Manck, N. Grün, S. Herrero & R. Fischer: Curr. Opin. Microbiol., 20C, 34 (2014)..糸状菌のモデル生物であるAspergillus nidulansにおいて,菌糸先端の形質膜に局在する極性マーカーと呼ばれるタンパク質が,菌糸の伸長方向を制御している(2)2) R. Fischer, N. Zekert & N. Takeshita: Mol. Microbiol., 68, 813 (2008)..極性マーカーは,微小管が伸長して菌糸先端に到達することで,菌糸先端に輸送される(3)3) N. Takeshita, Y. Higashitsuji, S. Konzack & R. Fischer: Mol. Biol. Cell, 19, 339 (2008)..菌糸先端に局在化した極性マーカーは,アクチンケーブルを合成するタンパク質であるフォーミンの局在を制御する.そのため,これら極性マーカーの遺伝子破壊株では,結果的にエキソサイトーシス部位が正常に制御されなくなり,菌糸が曲がって生長する(図1B図1■超解像PALMのタイムラプスイメージングにより明らかになったダイナミックな菌糸生長).つまり,糸状菌は真っ直ぐに伸長する微小管を利用して位置情報を菌糸先端に伝達し,菌糸の伸長方向を制御している.

図1■超解像PALMのタイムラプスイメージングにより明らかになったダイナミックな菌糸生長

(A)菌糸生長の分子機構(B)A. nidulansの野生株と極性マーカー遺伝子破壊株の菌糸生長(C)極性マーカーの超解像タイムラプスイメージング.形質膜上での極性マーカーの集中と拡散,形質膜の伸張.(D)周期的に繰り返される菌糸生長のモデル.微小管に依存した極性部位の形成,アクチンケーブルの重合・脱重合,エキソサイトーシス,Ca2+の流入,菌糸生長という段階的なステップを周期的に繰り返すことで,菌糸は伸び続ける.(E)超解像タイムラプスイメージングによる細胞壁合成酵素の局在変化.50 nmの範囲に10分子以上集まったクラスターをそれぞれ異なる色で示している.

幅約2マイクロメートルの菌糸先端で,極性マーカーが集中する‘極性部位’が蛍光顕微鏡で観察された.極性部位からアクチンケーブルが合成され,分泌小胞がその極性部位に向かって輸送されるため,極性部位でエキソサイトーシスが起きる,すなわち極性生長が起きると考えられる(4)4) N. Takeshita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 1693 (2016)..しかし,分泌小胞の融合によって形質膜が伸長する際,形質膜上でどのように極性マーカーが拡散せず維持されるのかという疑問があった.このような微小空間での極性マーカーの挙動を,超解像顕微鏡(PALM: Photoactivation Localization Microscopy,従来の約10倍の解像度;30ナノメートル)を用いて可視化した(5)5) Y. Ishitsuka, N. Savage, Y. Li, A. Bergs, N. Grün, D. Kohler, R. Donnelly, G. U. Nienhaus, R. Fischer & N. Takeshita: Sci. Adv., 1, e1500947 (2015)..その結果,極性マーカーの一時的な集合(120ナノメートル)と形質膜上での拡散,それに伴う形質膜の局所的な伸長が観察された(図1C図1■超解像PALMのタイムラプスイメージングにより明らかになったダイナミックな菌糸生長).この結果は,微小管に依存した極性マーカーの集合(極性部位の確立)と,アクチンケーブルに依存したエキソサイトーシスが交互に繰り返して起こる機構を示唆している(4)4) N. Takeshita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 1693 (2016).

実際に,菌糸の生長速度が一定ではなく,早いときと遅いときを繰り返していることが超解像イメージングのタイムラプス解析で判明した(6)6) L. Zhou, M. Evangelinos, V. Wernet, A. F. Eckert, Y. Ishitsuka, R. Fischer, G. U. Nienhaus & N. Takeshita: Sci. Adv., 4, e1701798 (2018)..さらに,菌糸が先端を伸ばす際,菌糸先端でのアクチンの重合・脱重合とエキソサイトーシス活性が周期的(約20~30秒間隔)に変化することが明らかになった(7)7) N. Takeshita, M. Evangelinos, L. Zhou, T. Serizawa, R. A. Somera-Fajardo, L. Lu, N. Takaya, G. U. Nienhaus & R. Fischer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, 5701 (2017)..そして,細胞内のCa2+の濃度変化を検出する蛍光マーカーを利用することで,細胞内Ca2+濃度も周期的に変化することが示された(図1D図1■超解像PALMのタイムラプスイメージングにより明らかになったダイナミックな菌糸生長).細胞外からのCa2+の取り込みかかわるCa2+チャンネルの変異株では,これらの濃度変化が見られなかったことから,周期的なCa2+の流入がアクチンの重合・脱重合,エキソサイトーシス活性を同調させて制御していることが示唆された.一見,ただ伸びているだけに見える菌糸細胞が,いくつかの段階的なステップを周期的に繰り返すことで,細胞を徐々に伸ばし続けていることが明らかとなった(8)8) N. Takeshita: Fungal Genet. Biol., 110, 10 (2018)..また,細胞壁合成酵素の局在変化を超解像イメージングで追跡したところ,約100ナノメートルの限られた部位に細胞壁合成酵素が一時的に集中して局在し,その付近で部分的に細胞が伸長した(図1E図1■超解像PALMのタイムラプスイメージングにより明らかになったダイナミックな菌糸生長(6)6) L. Zhou, M. Evangelinos, V. Wernet, A. F. Eckert, Y. Ishitsuka, R. Fischer, G. U. Nienhaus & N. Takeshita: Sci. Adv., 4, e1701798 (2018)..そのような微小部位の位置が少しずつ変化して細胞が伸びることで,方向転換の遊びを保ったまま菌糸が伸びていると考えられる(8)8) N. Takeshita: Fungal Genet. Biol., 110, 10 (2018).

このような時空間的に制御された細胞生長の生物学的意義として,環境シグナルに素早く応答し,菌糸生長の速度や方向を制御することで,糸状菌にとってより良い環境を選択し生長するという利点が考えられる.ここで述べたような細胞生長の‘ゆらぎ’とも言える現象は,動物・植物細胞にも見られ,生物界に普遍的な機構のようである.糸状菌の特徴的な極性生長の理解から,生命一般の作動原理へと還元させること,生物種間での共通性と独自性を見いだすことができれば面白い.

Reference

1) N. Takeshita, R. Manck, N. Grün, S. Herrero & R. Fischer: Curr. Opin. Microbiol., 20C, 34 (2014).

2) R. Fischer, N. Zekert & N. Takeshita: Mol. Microbiol., 68, 813 (2008).

3) N. Takeshita, Y. Higashitsuji, S. Konzack & R. Fischer: Mol. Biol. Cell, 19, 339 (2008).

4) N. Takeshita: Biosci. Biotechnol. Biochem., 80, 1693 (2016).

5) Y. Ishitsuka, N. Savage, Y. Li, A. Bergs, N. Grün, D. Kohler, R. Donnelly, G. U. Nienhaus, R. Fischer & N. Takeshita: Sci. Adv., 1, e1500947 (2015).

6) L. Zhou, M. Evangelinos, V. Wernet, A. F. Eckert, Y. Ishitsuka, R. Fischer, G. U. Nienhaus & N. Takeshita: Sci. Adv., 4, e1701798 (2018).

7) N. Takeshita, M. Evangelinos, L. Zhou, T. Serizawa, R. A. Somera-Fajardo, L. Lu, N. Takaya, G. U. Nienhaus & R. Fischer: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 114, 5701 (2017).

8) N. Takeshita: Fungal Genet. Biol., 110, 10 (2018).