Kagaku to Seibutsu 56(7): 459-460 (2018)
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データベースから発見されたガセリ菌のサブグループIn silico手法によるガセリ菌発見
Published: 2018-06-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
微生物の分類は,ゲノムの読み取り技術とともに大きく変化してきた.化石が残る動物や植物と違い,微生物の系統進化は推定が難しい.伝統的には,形態学(細胞の形状など),生化学(糖の資化能や生育温度など),分析化学(脂肪酸組成など),分子生物学(遺伝子配列に基づく系統解析や,ゲノム全体の類似性を判別するDNA–DNAハイブリダイゼーション;DDH)の結果を総合的に判断する.特にDDHは重要な決め手であり,DDH 70%という境界が種の指標とされてきた(1)1) L. G. Wayne, D. J. Brenner, R. R. Colwell, P. A. D. Grimont, O. Kandler, M. I. Krichevsky, L. H. Moore, W. E. C. Moore, R. G. E. Murray, E. Stackebrandt et al.: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 37, 463 (1987)..
ただ,DDHや生化学試験は手間がかかるうえに,結果の判断も難しい.補足情報として16S rRNA遺伝子配列もよく使われるが,配列の保存度が高すぎる.配列が99%以上一致しても別種であることが少なくない.そこで最近脚光を浴びているのが,Average nucleotide identity(ANI)と呼ばれる全ゲノム配列に基づく指標である.この手法では,ゲノム全体を1,020 bpのフラグメントに分断し,配列検索アルゴリズムで30%以上一致するフラグメントの平均一致度を出す(2)2) J. Goris, K. T. Konstantinidis, J. A. Klappenbach, T. Coenye, P. Vandamme & J. M. Tiedje: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 57, 81 (2007)..全ゲノムを使うので結果が偏りにくく,Multilocus sequencing analysis(MLSA)のように,利用する遺伝子配列を選別する必要もない.ゲノム情報さえあれば計算機上で簡単に実施できる点が画期的である.現在では公共データベースに多くのゲノム情報が蓄積されており,それらを再利用できる点でも利便性が高い.一般には,DDH 70%の一致度がANI 95~96%に相当するとされる.筆者らは,ANI法を用いて乳酸菌やビフィズス菌ゲノムの再解析を実施してきた.その過程で,ガセリ菌の新種を発見できたため,その経緯を紹介したい.
ヨーグルトにおけるプロバイオティクスとしてよく利用されているガセリ菌(Lactobacillus gasseri)は,特に日本の乳業界が好む腸管由来乳酸菌である.DDBJ/ENA/GenBankおよびSequence Read Archive(SRA)には,精度の高いドラフトおよび全ゲノムデータが75株も登録されている.これらの多くは,小児のう蝕(虫歯)に関連する乳酸菌プロジェクトでアーカイブ化されたデータである.近頃はゲノムを決定するだけでは学術論文として認められない(3)3) D. R. Smith: Brief. Funct. Genomics, 16, 156 (2017)..そのため,未解析・未発表のままSRAなどに登録される配列データが相当量存在する.
さて,登録された全株間のANIを計算してみたところ,同じガセリ菌でもANI 94%を境に2グループに分かれることがわかった(4)4) I. Tada, Y. Tanizawa, A. Endo, M. Tohno & M. Arita: Biosci. Microbiota Food Health, 36, 155 (2017).(図1図1■ANI値によるガセリ菌の分類).ちなみに,ガセリ菌と16S rRNA遺伝子配列が99%以上一致する近縁種にL. taiwanensisとL. johnsoniiがある.分かれたガセリ菌は,どの近縁種ともゲノムは大きく異なっていた.つまりガセリ菌の中に,別種に相当する2グループが混在することが示唆された.このような事例は珍しくない.生化学的性状により当初Lactobacillus acidophilusに分類されていた菌株は,後にDDHによりL. acidophilus, L. gallinarum, L. johnsoniiに再分類されている(5)5) T. Fujisawa, Y. Benno, T. Yaeshima & T. Mitsuoka: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 42, 487 (1992)..
ガセリ菌の各グループに特徴的な遺伝子クラスターを調べたところ,プロバイオティクスで知られるK7株を含むグループ48株のうち39株が,ガセリシンT(gassericin T)と呼ばれるバクテリオシン(抗菌性ペプチド)の生合成遺伝子クラスターをそろえていた.さらに,類縁菌との競合解消に役立つアシルホモセリンラクトン分解酵素のホモログも,42株がもっていた.これに対し,ガセリ菌の基準株ATC C33323を含むグループ27株では,上記の遺伝子をいずれももたず,共通してもつ遺伝子クラスターにも特徴が見られなかった(4)4) I. Tada, Y. Tanizawa, A. Endo, M. Tohno & M. Arita: Biosci. Microbiota Food Health, 36, 155 (2017)..
上記の結果はゲノム情報のみに基づいている.そこで従来の分類法でも同じ結果が得られるかを検証してみた.種同定でしばしば利用される遺伝子,フェニルアラニルtRNA合成酵素のα-サブユニット(pheS)やRNAポリメラーゼαサブユニット(rpoA)の配列を使っても,上記の2グループが確認できた.糖の資化能について調べたところ,ガセリシンをもつグループはメリビオーズおよびラフィノース(いずれもオリゴ糖)を資化できず,基準株のグループは資化できることがわかった.ただし,グループ間で細胞形態や膜脂質の組成には,大きな違いが見られなかった.以上の知見から,ガセリシンをもつグループは従来のガセリ菌とは異なる新種“L. paragasseri” candid.に値すると筆者らは考えており,論文を投稿中である.
この新種はデータベースの中から発見されたという点で興味深い.これまでの新種は,ハンターとも呼べる研究者たちが野外調査で見つけてくる事例がほとんどであった.しかしゲノム時代が進み,データベース中からも新種が見つかるようになった.今後ゲノム配列による種同定が当たり前になれば,DDHだけでなく,生化学や分析化学的試験をも省略できる時代が来るだろう.生物学における情報処理の重要性はとどまるところを知らない.もちろん,実際の菌株を観察することが重要であることは言うまでもない.しかし,情報学を駆使することで多くの手作業を省略できる可能性があることは,多くの生物学者に知っておいてもらいたい.
Reference
3) D. R. Smith: Brief. Funct. Genomics, 16, 156 (2017).
5) T. Fujisawa, Y. Benno, T. Yaeshima & T. Mitsuoka: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 42, 487 (1992).