解説

出芽酵母を用いた褐藻由来糖質の有効利用へ向けた基盤研究未利用糖質資源を海に求めて

Scientific Research toward Utilization of Sugars from Brown Macroalgae Using Budding Yeast: Calling for the Unutilized Carbohydrates Resources in Ocean

Shigeyuki Kawai

河井 重幸

石川県立大学生物資源工学研究所

Kousaku Murata

村田 幸作

摂南大学理工学部

Published: 2018-06-20

長大な海岸線と広大な海域を有するわが国にとって,海洋バイオマスは国内自給が可能な再生可能資源である.筆者らは,微生物の力を借りることで(すなわち微生物発酵技術により),海藻由来の未利用糖質をバイオ燃料や化成品などに変換することにより有効利用したいと考えている.海藻糖質のなかでも褐藻由来糖質(アルギン酸とマンニトール)の利用に一貫して取り組んでおり,微生物としては,ここ最近は出芽酵母(パン酵母Saccharomyces cerevisiae)を対象としている.本稿では,アルギン酸とマンニトールの出芽酵母による有効利用へ向けた研究の最近の動向を,筆者らの最近の成果も交えつつ紹介したい.

海洋バイオマス由来の糖質とは

海洋バイオマスは海藻(胞子で繁殖する緑藻,紅藻,および褐藻)と種子で繁殖する海草とに大別される.本稿では,微細藻類ではなく海藻に注目する.よく見かける海藻といえば,やはりコンブ,ワカメ,モズクの類であろうか.これらは褐藻である.青のりの原料であるアオノリやお好み焼きのトッピングに使われるアオサは緑藻.寒天やカラギーナンの原料のテングサ,オゴノリ,キリンサイなどは紅藻である.これらの海藻はかなりの量の糖質を含む.たとえば,緑藻由来の糖質として,グルカン(グルコース重合体:セルロース,デンプン),硫酸化多糖(ウルバン)が,紅藻由来の糖質として寒天(アガロース,アガロペクチン),カラギーナン,グルカンなどが,褐藻由来の糖質として,マンニトール,アルギン酸,グルカン(セルロース,ラミナリン)が知られている.ただし,微生物にとって利用されやすいグルコースから構成されるグルカンはすべての海藻に存在するものの,陸性バイオマスの含量[32~46%(w/w以下同様)]と比べて海藻のグルカン含量(22~25%)は低い(1)1) M. Yanagisawa, S. Kawai & K. Murata: Bioengineered, 4, 224 (2013)..したがって,グルカン以外の固有の海藻糖質(ウルバン,マンニトール,アルギン酸,寒天,カラギーナン)を変換する微生物発酵技術を確立する必要がある.筆者らは褐藻由来糖質(マンニトール,アルギン酸)に注目している.なお,海藻由来グルカンからのエタノール生産に関しては筆者らの総説(1)1) M. Yanagisawa, S. Kawai & K. Murata: Bioengineered, 4, 224 (2013).に詳しい.

マンニトールはフクルトースやマンノースの還元体であり,ポリオール(糖アルコール)の一種である.乾燥コンブ表面の「白い粉」であり,マンニットとも呼ばれる.自然界で最も著量な糖アルコールでもある.褐藻に5~26%含まれる.褐藻は1~18%のラミナリン(グルコースの重合体)も含む.マンニトールとラミナリン含量の季節変動は大きい.アルギン酸は,コンブの粘性成分の一つといえば馴染み深いかもしれないが,Mブロック(マンヌロン酸残基のみから構成),Gブロック(グルロン酸残基のみから構成),およびMGブロック(マンヌロン酸残基とグルロン酸残基が混在)から構成されるポリウロン酸である.褐藻に35%程度含まれる(2)2) S. Kawai & K. Murata: Int. J. Mol. Sci., 17, 145 (2016)..筆者らは,褐藻由来のこれら糖質(アルギン酸,マンニトール)を原料とした,微生物(スフィンゴモナス属細菌A1株,酵母)を用いた有用化合物(エタノール,ピルビン酸など)の発酵生産系の構築に取り組んできており(3~5)3) S. Kawai, K. Ohashi, S. Yoshida, M. Fujii, S. Mikami, N. Sato & K. Murata: J. Biosci. Bioeng., 117, 269 (2014).4) H. Takeda, F. Yoneyama, S. Kawai, W. Hashimoto & K. Murata: Energy Environ. Sci., 4, 2575 (2011).5) A. Ota, S. Kawai, H. Oda, K. Iohara & K. Murata: J. Biosci. Bioeng., 116, 327 (2013).,現在は,微生物のなかでも特に出芽酵母S. cerevisiaeに注力している(6, 7)6) M. Chujo, S. Yoshida, A. Ota, K. Murata & S. Kawai: Appl. Environ. Microbiol., 81, 9 (2015).7) F. Matsuoka, M. Hirayama, T. Kashihara, H. Tanaka, W. Hashimoto, K. Murata & S. Kawai: Sci. Rep., 7, 4206 (2017).

なぜ出芽酵母か?

出芽酵母(パン酵母)は,パン,お酒などの食品の生産で伝統的に利用されてきた安全かつ多くの長所を有する優れた微生物である.たとえば,極めて安価な培地で生育できる,低pHでの培養が可能で,そのため細菌のコンタミリスクも少ない,好気的にも嫌気的にも生育できる,頑丈な細胞壁構造をもつため過酷な発酵環境でも十分な発酵能を発揮しうる,優れた遺伝子操作の道具が充実している,スケールアップが可能でそのためのインフラストラクチャーも充実している等々といった長所を示す.出芽酵母を用いたトウモロコシやサトウキビを原料としたエタノール生産がアメリカやブラジルで実用化されている(コラム参照).一方,短所としては,バイオマス由来のいくつかの糖質,たとえば木質バイオマス由来のキシロースやアラビノース,褐藻由来糖質のアルギン酸やマンニトール,紅藻由来の寒天やカラギーナンの成分である3,6-アンヒドロ-α-ガラクトースなどを利用(資化)できないという点がある.この短所を克服すべく,出芽酵母にキシロース利用能を付与して向上させるという優れた研究が蓄積されてきている(8)8) S. Kwak & Y. S. Jin: Microb. Cell Fact., 16, 82 (2017)..筆者らも同様にこの短所を克服すべく,褐藻由来の糖質(アルギン酸とマンニトール)を原料にして,これらを代謝できるようにした「代謝改変酵母」を用いたバイオ燃料や化成品の生産を目指している(図1図1■褐藻由来の糖質(アルギン酸とマンニトール)を原料にした「代謝改変酵母」を用いたバイオ燃料や化成品の生産).

図1■褐藻由来の糖質(アルギン酸とマンニトール)を原料にした「代謝改変酵母」を用いたバイオ燃料や化成品の生産

出芽酵母にマンニトール代謝能を与える方法:組換えか非組換えか?

マンニトールは自然界で最も著量な糖アルコールであるにも拘わらず,出芽酵母はBB1株などいくつかのポリプロイド株や一倍体A184D株などを除き,マンニトールを資化できない(9)9) D. E. Quain & C. A. Boulton: J. Gen. Microbiol., 133, 1675 (1987)..筆者らも,醸造酵母や一倍体出芽酵母(BY4742, BY4741, AH109, DBY877, EBY100, SEY6210, T8-1D, YPH500)がマンニトールを唯一の炭素源とする液体培地(以下,マンニトール培地)で生育しないことを確認した(6)6) M. Chujo, S. Yoshida, A. Ota, K. Murata & S. Kawai: Appl. Environ. Microbiol., 81, 9 (2015)..ただし,酵母Saccharomyces paradoxus NBRC 0259はマンニトール液体培地で生育し,マンニトールからエタノールを生産する(5)5) A. Ota, S. Kawai, H. Oda, K. Iohara & K. Murata: J. Biosci. Bioeng., 116, 327 (2013)..マンニトール資化能を示した出芽酵母BB1株において,マンニトール-2-デヒドロゲナーゼ(以下MDH:図2図2■出芽酵母におけるマンニトール代謝経路)活性が検出されたことより,マンニトール資化能を示す酵母ではMDHのはたらきにより,フルクトースを経由してマンニトールが代謝されていると考えられていた.

図2■出芽酵母におけるマンニトール代謝経路

Enquist–Newmanらは,マンニトールを代謝できない3つの出芽酵母株から「マンニトール培地で効率的に生育できるように誘導」した各誘導株を得て,マイクロアレー解析などにより,MDH遺伝子(YNR073C)とMFSトランスポーターホモログ遺伝子(HXT17またはHXT13)の転写の上昇を見いだし,両遺伝子を強制発現させることで,すなわち「組換え」によって出芽酵母にマンニトール利用能を付与できることを明らかにした(10)10) M. Enquist-Newman, A. M. Faust, D. D. Bravo, C. N. Santos, R. M. Raisner, A. Hanel, P. Sarvabhowman, C. Le, D. D. Regitsky, S. R. Cooper et al.: Nature, 505, 239 (2014)..なお,YNR073Cのパラログ遺伝子YEL070WDSF1)も酵母のゲノムDNA上に存在する.最近,YNR073CDSF1各遺伝子産物がMDHとして機能すること,およびHXT13, HXT15, HXT16, HXT17各産物がマンニトールおよびソルビトールのトランスポーターとして機能することが示された(11)11) P. Jordan, J. Y. Choe, E. Boles & M. Oreb: Sci. Rep., 6, 23502 (2016).

一方で筆者らはマンニトールを資化できない一倍体出芽酵母BY4742株をマンニトール液体培地に接種後,(振とう培養していることを忘れて)6日間ほど長期培養した結果,生育しないはずの同株が生育するという現象を見いだした.これらの観察などをきっかけにして,マンニトール培地で長期間培養中にTup1-Cyc8遺伝子に自然に変異が導入された一倍体出芽酵母株が,「非組換え」によりマンニトール資化能を獲得することがわかった(6)6) M. Chujo, S. Yoshida, A. Ota, K. Murata & S. Kawai: Appl. Environ. Microbiol., 81, 9 (2015)..Tup1-Cyc8は転写コリプレッサー複合体を形成し,炭水化物の代謝遺伝子を含む多くの遺伝子の転写制御にかかわる.たとえば,Cyc8のY353C置換(変異)により複数のヘキソーストランスポーター遺伝子の転写が上昇し,グルコース存在下でのキシロースの取り込み効率が向上する(12)12) J. G. Nijland, H. Y. Shin, L. G. M. Boender, P. P. de Waal, P. Klaassen & A. J. M. Driessen: Appl. Environ. Microbiol., 83, e00095-17 (2017)..また,Tup1(全長713残基)のN末端領域(1~279残基)の大量発現により,ガラクトース(紅藻由来アガロース,アガロペクチンの成分)代謝が向上する(13)13) K. S. Lee, M. E. Hong, S. C. Jung, S. J. Ha, B. J. Yu, H. M. Koo, S. M. Park, J. H. Seo, D. H. Kweon, J. C. Park et al.: Biotechnol. Bioeng., 108, 621 (2011)..また,Tup1-Cyc8-Mig1はマルトース代謝に関与し,したがってパン生地の発酵にもかかわる(14)14) X. Lin, C. Y. Zhang, X. W. Bai, H. Y. Song & D. G. Xiao: Microb. Cell Fact., 13, 93 (2014)..BY4742株由来のマンニトール資化能獲得株の一つMK4416株(cyc8 c.1139_1164del)は,11日間で100 g/Lのマンニトールから40g/Lのエタノールを生産した(6)6) M. Chujo, S. Yoshida, A. Ota, K. Murata & S. Kawai: Appl. Environ. Microbiol., 81, 9 (2015)..逆にcyc8 c.1139_1164delアレルをCYC8と置換することでマンニトール代謝能を付与することも可能であった(7)7) F. Matsuoka, M. Hirayama, T. Kashihara, H. Tanaka, W. Hashimoto, K. Murata & S. Kawai: Sci. Rep., 7, 4206 (2017)..マンニトール資化能獲得株(TUP1に変異を有する)のマイクロアレー解析によると,グルコース培地における転写量と比較して,マンニトール培地におけるMDH遺伝子(YNR073C/DSF1)の転写量が14.2~16.4倍,トランスポーター遺伝子(HXT13/15/17)の転写量がそれぞれ2.2~5.2倍に上昇していた(6)6) M. Chujo, S. Yoshida, A. Ota, K. Murata & S. Kawai: Appl. Environ. Microbiol., 81, 9 (2015)..したがって,出芽酵母のゲノムDNA上のこれらの遺伝子の発現がTup-Cyc8により抑制されているために,出芽酵母野生株はマンニトールを資化できないと推察している.なお,出芽酵母はTup1-Cyc8遺伝子の変異によりフロキュレーション(凝集)能を示す傾向にあるが,変異箇所によって様子は異なる.たとえば上記MK4416株はグルコース培地,マンニトール培地のいずれでもフロキュレーション能を示さないが,cyc8 c.1382G>DアレルをもつMK3619株はグルコース培地ではフロキュレーション能を示すが,マンニトール培地では示さない(6)6) M. Chujo, S. Yoshida, A. Ota, K. Murata & S. Kawai: Appl. Environ. Microbiol., 81, 9 (2015).

出芽酵母にアルギン酸(DEH)代謝能を強引に組み込む方法

アルギン酸代謝能を出芽酵母に組み込むにはどうすればよいだろうか? 必ずしもすべての微生物がアルギン酸を代謝できるわけではないが,特定の細菌,たとえばスフィンゴモナス属細菌A1株(以下A1株)はアルギン酸を代謝して資化できる.その代謝系の概略を説明すると,A1株ではアルギン酸はABCトランスポーターにより細胞内に取り込まれ,加水分解酵素ではなくエンド型アルギン酸リアーゼおよびエキソ型アルギン酸リアーゼの協調作業で不飽和モノウロン酸へと分解され,不飽和モノウロン酸は非酵素的にモノウロン酸(DEH: 4-デオキシ-L-エリスロ-5-ヘキソセウロースウロン酸)へと変換される.DEHは,DEHレダクターゼ(A1-R/A1-R′),2-ケト-3-デオキシ-D-グルコン酸(KDG)キナーゼ(A1-K),および2-ケト-3-デオキシホスホグルコン酸(KDPG)アルドラーゼ(A1-A)のはたらきでピルビン酸とグリセルアルデヒド-3-リン酸(GAP)へと開裂する(図3図3■DEHの代謝経路).なお,A1株はゲノムDNA上に2種類のDEHレダクターゼ(A1-RとA1-R′)遺伝子をもつが,A1-RとA1-R′は補酵素(NADHとNADPH)への特異性が異なり,A1-RはNADPHに,A1-R′はNADHにそれぞれ特異性を示す(15, 16)15) R. Takase, B. Mikami, S. Kawai, K. Murata & W. Hashimoto: J. Biol. Chem., 289, 33198 (2014).16) 橋本 渉,丸山如江,伊藤貴文,髙瀬隆一,村田幸作:化学と生物,54, 885 (2016)..KDGのKDPGへのリン酸化はD-グルコン酸やD-グルクロン酸の代謝経路で見られ,さらにはKDPGからピルビン酸とGAPへの開裂もEntner–Doudoroff経路で見られるように,これらは比較的普遍的である.一方,アルギン酸代謝に特有の遺伝子は,アルギン酸取り込み系,エンド型およびエキソ型アルギン酸リアーゼ,そしてDEHレダクターゼである.A1株におけるアルギン酸代謝系の詳細,特に構造的側面に関しては本誌既報(16)16) 橋本 渉,丸山如江,伊藤貴文,髙瀬隆一,村田幸作:化学と生物,54, 885 (2016).に詳しい.

図3■DEHの代謝経路

上から,スフィンゴモナス属細菌A1株16)16) 橋本 渉,丸山如江,伊藤貴文,髙瀬隆一,村田幸作:化学と生物,54, 885 (2016).,米国グループ10)10) M. Enquist-Newman, A. M. Faust, D. D. Bravo, C. N. Santos, R. M. Raisner, A. Hanel, P. Sarvabhowman, C. Le, D. D. Regitsky, S. R. Cooper et al.: Nature, 505, 239 (2014).,筆者ら7)7) F. Matsuoka, M. Hirayama, T. Kashihara, H. Tanaka, W. Hashimoto, K. Murata & S. Kawai: Sci. Rep., 7, 4206 (2017).,Takagiら18)18) T. Takagi, Y. Sasaki, K. Motone, T. Shibata, R. Tanaka, H. Miyake, T. Mori, K. Kuroda & M. Ueda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 6627 (2017).により出芽酵母に導入されたDEH代謝酵素.KDG, 2-ケト-3-デオキシ-D-グルコン酸.KDPG, 2-ケト-3-デオキシホスホグルコン酸.同じ酵素を青色(印刷版では太字)で示す.太矢印で示したA1-R/A1-R′等がDEHレダクターゼであり,アルギン酸(DEH)代謝に特有の反応.また筆者らの適応進化実験によりDEH代謝の鍵反応であることも示された7)7) F. Matsuoka, M. Hirayama, T. Kashihara, H. Tanaka, W. Hashimoto, K. Murata & S. Kawai: Sci. Rep., 7, 4206 (2017)..文献77) F. Matsuoka, M. Hirayama, T. Kashihara, H. Tanaka, W. Hashimoto, K. Murata & S. Kawai: Sci. Rep., 7, 4206 (2017).より改変.

最初に出芽酵母にアルギン酸ではなくてDEH資化能の組み込みに成功したのは米国グループであり2014年のことであった(10)10) M. Enquist-Newman, A. M. Faust, D. D. Bravo, C. N. Santos, R. M. Raisner, A. Hanel, P. Sarvabhowman, C. Le, D. D. Regitsky, S. R. Cooper et al.: Nature, 505, 239 (2014)..同グループは,上記の3つの酵素(A1-R/A1-R′, A1-K, A1-A: 図3図3■DEHの代謝経路)に相当する酵素のうちA1-R/A1-R′とA1-Aを各々海洋細菌由来のVhDehRとVsEdaに,A1-Kを大腸菌由来KdgKで代替した.さらに,アルギン酸資化能を有する海洋性真菌Asteromyces cruciatusからDEH取り込み体(Ac_DHT1)を初めて特定した.これらの遺伝子のコドンを出芽酵母最適型に変換し,かつプロモーターの下流およびターミネーター上流に連結し,出芽酵母BAL2130株のゲノムDNAに挿入した(図3図3■DEHの代謝経路).マンニトール資化能は,上記のMDH遺伝子(YNR073C)とMFSトランスポーターホモログ遺伝子(HXT17)の強制発現により付与した.得られた株のDEH培地での生育が低かったため,DEH代謝能を向上させるべくDEH液体培地での好気的継代培養による「適応進化」を実施して好気的なDEH代謝能が向上した株を得た.さらに嫌気的なDEH代謝能の向上した株も選抜し,最終的にBAL3215株を得た.同株は高濃度静止菌体(15 g乾重量/L: 0.62 g/OD600と仮定するとOD600=24に相当)存在下で98 g/Lの糖(DEHとマンニトールをモル比1 : 2の比率で含む)を原料として,36.2 g/Lのエタノールを生産した.菌体の増殖は観察されなかった.適応進化のメカニズムは不明であった.

筆者らも2012年より出芽酵母にDEH資化能を付与する研究に着手した.アルギン酸取り込み能の出芽酵母への付与には困難が予想されたためDEHに焦点を絞った.A1株のアルギン酸代謝を参考に,上記の3つの酵素(A1-R/A1-R′, A1-K, A1-A: 図3図3■DEHの代謝経路)に相当する酵素のうちA1-R/A1-R′はA1-R′そのものを使用し,A1-KとA1-Aを各々大腸菌由来KdgKとEdaで代替した.DEH取り込み体の特定中に上述の論文(10)10) M. Enquist-Newman, A. M. Faust, D. D. Bravo, C. N. Santos, R. M. Raisner, A. Hanel, P. Sarvabhowman, C. Le, D. D. Regitsky, S. R. Cooper et al.: Nature, 505, 239 (2014).が公表されたため,同論文中のDEH取り込み体(Ac_DHT1)を借用した.これらの4つの遺伝子のコドンを出芽酵母最適型に最適化(17)17) J. L. Bennetzen & B. D. Hall: J. Biol. Chem., 257, 3026 (1982).した上でプロモーターとターミネーター間に連結し,出芽酵母株(BY4742株およびD452-2株)のゲノムDNAの特定の位置に挿入した.これらの遺伝子の機能的な組み込みは,導入株細胞抽出液の酵素活性で評価した(7)7) F. Matsuoka, M. Hirayama, T. Kashihara, H. Tanaka, W. Hashimoto, K. Murata & S. Kawai: Sci. Rep., 7, 4206 (2017)..既報(10)10) M. Enquist-Newman, A. M. Faust, D. D. Bravo, C. N. Santos, R. M. Raisner, A. Hanel, P. Sarvabhowman, C. Le, D. D. Regitsky, S. R. Cooper et al.: Nature, 505, 239 (2014).と異なり,2種類の出芽酵母株(BY4742株およびD452-2株)を宿主とした点が後で効いてきた(後述).マンニトール資化能に関しては上述の2つの方法を比較検討した結果,「組換え」によるHXT17DSF1の強制発現による方法でマンニトール資化能を付与することにした.これらの操作により,DEHとマンニトール両方を資化できる代謝改変出芽酵母株BY_DEH+株およびD_DEH+株(各々BY4742株およびD452-2株由来)を構築した(7)7) F. Matsuoka, M. Hirayama, T. Kashihara, H. Tanaka, W. Hashimoto, K. Murata & S. Kawai: Sci. Rep., 7, 4206 (2017)..米国グループによる既報(10)10) M. Enquist-Newman, A. M. Faust, D. D. Bravo, C. N. Santos, R. M. Raisner, A. Hanel, P. Sarvabhowman, C. Le, D. D. Regitsky, S. R. Cooper et al.: Nature, 505, 239 (2014).に一致して,両DEH+株のDEH資化能が極めて低かったため,両DEH+株のDEH培地での適応進化を行い,世代時間が短縮された適応進化株(BY_DEH++株およびD_DEH++株)を得た(図4図4■適応進化のメカニズム(7)).そこで,両株がどのような仕組みで適応進化したのか,その適応進化メカニズムの解明を目指した.興味深いことに適応進化した出芽酵母(BY_DEH++株およびD_DEH++株:異なる宿主由来)の同じ遺伝子(A1-R′遺伝子)の同じ箇所にA1-R′(DEHレダクターゼ)の酵素活性を高め,DEH培地での生育能も高める変異が導入されていた(図4図4■適応進化のメカニズム(7)).この変異は,A1-R′遺伝子では50残基目のAのGへの変異であり,その結果A1-R′タンパク質では17番目のグルタミン酸残基がグリシン残基に置換されていた(E17G置換).この置換箇所は補酵素NAD(P)Hとの結合箇所の近傍に位置していた(図4図4■適応進化のメカニズム(7)).NAD(P)Hの利用を伴う,アルギン酸代謝に特有のDEHレダクターゼ(還元)反応がDEHの代謝にとって鍵反応になっているというわけだ(7)7) F. Matsuoka, M. Hirayama, T. Kashihara, H. Tanaka, W. Hashimoto, K. Murata & S. Kawai: Sci. Rep., 7, 4206 (2017)..2種類の宿主由来の代謝改変株において進化過程で同じ箇所に変異が導入されているのだから,説得力があるのではないだろうか.

図4■適応進化のメカニズム(7)

代謝改変出芽酵母株BY_DEH+株およびD_DEH+株のDEH培地での植え継ぎ(適応進化)により,各々160および140世代を経て,世代時間が25時間から10時間へ,36時間から11時間へ短縮された適応進化株(両DEH++株)を得た(A).両DEH++株のA1-R′(DEHレダクターゼ)遺伝子の同じ箇所にA1-R′の酵素活性を高め(C: ただし精製酵素),DEH培地での生育能も高める変異が導入された(A).このE17G置換を引き起こす置換箇所は補酵素NAD(P)Hとの結合箇所の近傍のループ(図中囲み:Web版ではThr13からGly20, Glu17を赤字で示す)に位置していた(B).なお,A1-R′は還元酵素のため補酵素としてNADPHやNADHを用いるが,本結晶構造中ではNADが用いられている15)15) R. Takase, B. Mikami, S. Kawai, K. Murata & W. Hashimoto: J. Biol. Chem., 289, 33198 (2014).

筆者らによる上記の成果発表のすぐ後,アルギン酸とマンニトールを資化する代謝改変出芽酵母株がTakagiらにより報告された(18)18) T. Takagi, Y. Sasaki, K. Motone, T. Shibata, R. Tanaka, H. Miyake, T. Mori, K. Kuroda & M. Ueda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 6627 (2017)..本報では米国グループと同様の4遺伝子(ただしVhDehRの替わりにVsDehR)の導入によりDEH資化能を,またマンニトール含有培地での長期間培養によりマンニトール資化能を出芽酵母SEY6210株に各々付与した.得られたAM1株のTup1遺伝子に変異(遺伝子の239残基目のTがCに変異:Tup1のL80S置換)が認められた(18)18) T. Takagi, Y. Sasaki, K. Motone, T. Shibata, R. Tanaka, H. Miyake, T. Mori, K. Kuroda & M. Ueda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 6627 (2017)..またAM1株は,グルコース存在下でもマンニトール存在下でもフロキュレーション(凝集)能を示した.さらにエンド型アルギン酸リアーゼ(Alg7A)とエキソ型アルギン酸リアーゼ(Alg7K)を細胞表層に発現しているためアルギン酸を直接資化することが可能という優れた特性を示した(18)18) T. Takagi, Y. Sasaki, K. Motone, T. Shibata, R. Tanaka, H. Miyake, T. Mori, K. Kuroda & M. Ueda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 6627 (2017)..ただし適応進化は実施されていないようであった(18)18) T. Takagi, Y. Sasaki, K. Motone, T. Shibata, R. Tanaka, H. Miyake, T. Mori, K. Kuroda & M. Ueda: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 6627 (2017).

おわりに

以上,本稿では,褐藻由来糖質(マンニトールとアルギン酸)の出芽酵母による有効利用に関して最近の動向を紹介した.研究は緒についたばかりであり,まだまだ褐藻由来糖質の有効利用には至っていないが,伸びしろのある分野と期待している.今後は,DEH代謝能やアルギン酸リアーゼの高機能化によるアルギン酸代謝能の強化,さらには多様な化成品などの生産系の構築が必要であろう.また,DEHやマンニトールの代謝機序へのさらなる理解も重要と考えている.なお,出芽酵母以外の微生物によるアルギン酸の利用に関しては,米国グループが大腸菌に20個以上の遺伝子を導入し,コンブ破砕物(130 g/L,ただし段階的に追加)から6日間で35~41 g/Lのエタノールの生産を確認し(19)19) A. J. Wargacki, E. Leonard, M. N. Win, D. D. Regitsky, C. N. S. Santos, P. B. Kim, S. R. Cooper, R. M. Raisner, A. Herman, A. B. Sivitz et al.: Science, 335, 308 (2012).,味の素らのグループも7個の遺伝子のL-リジン生産大腸菌への導入により,AlyBで分解したアルギン酸の利用能の付与に成功し,同分解アルギン酸から約40 mg/LのL-リジンの生産を確認している(20)20) H. Doi, Y. Tokura, Y. Mori, K. Mori, Y. Asakura, Y. Usuda, H. Fukuda & A. Chinen: Appl. Microbiol. Biotechnol., 101, 1581 (2017).

国内自給可能な海藻の利用により海藻への需要とその生産量が増大し,その結果「わが国」の雇用の創出,海洋資源の涵養,水質浄化(自国海洋保全),地球温暖化防止(二酸化炭素吸収)等の恩恵が期待できるかもしれない.海藻の積極的な養殖と発酵などによるその有効利用は,海に囲まれた島国に住む私たちにとっては取り組むべき課題の一つであろう.今後の進展を楽しみにしたい.

Acknowledgments

本稿で紹介した私どもの研究は,京都大学農学研究科食品生物科学専攻生物機能変換学分野で行われました.同分野教授橋本渉先生ならびに学生の皆様に心よりお礼申し上げます.また本研究は,2014年農芸化学研究企画賞による支援を受けました.この場をお借りして篤く御礼申し上げます.

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