Kagaku to Seibutsu 56(7): 503-507 (2018)
セミナー室
トマトのゲノム編集技術による育種と社会実装に向けて農作物をデザインする時代が到来
Published: 2018-06-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
シロイヌナズナやイネを代表とするモデル植物,さらにはトマトなどモデル作物を用いた遺伝子研究は,植物発達や環境応答性など植物の重要形質の遺伝子情報に関する膨大な知見を蓄積してきた.そして,これらの知見を実用作物改良に展開する研究開発が始まっているが,遺伝子機能と重要形質改良をつなぐには依然として大きな努力が必要であり,両者を効果的につなぐ技術が必要である.近年,精緻な遺伝子操作技術であるゲノム編集技術が開発されている.この技術を使って既知の重要形質を制御する遺伝子の効果的な機能調節が可能になると期待されている.この技術を品種育成技術として活用することができれば,モデル植物やモデル作物で得た基礎的知見を実用作物の新品種育成に応用することが可能になる.
これまでに新品種育成は専ら交雑を利用して行われてきたが,限られた品種内で交雑を繰り返してきたため,現在では交雑効果が頭打ちになりつつある.今後とも効果的な品種改良を行っていくには,植物遺伝子研究から得られた知見を基に新しい育種親系統を創成し,育種プログラムに導入していくことが必要である.新しい育種親系統の創成において,化学変異源(EMSやMNUなど)や放射線などの変異源を用いた人為突然変異技術が有効であり,すでに作物育種技術の一つとして定着している.人為突然変異はゲノム上に同時にいくつもの変異を誘発し,標的以外の遺伝子へも変異が導入されるため,これを利用し育種親系統を創成する場合には,変異源を数万粒の種子に処理し,有用形質を保持する系統の選抜と不要な変異の除去が必要となる.したがって,人為突然変異を利用した育種親系統の創出には,通常3年から5年程度の期間が必要とされている.一方,ゲノム編集技術を利用した場合,モデル植物を用いて得られた植物遺伝子情報をもとに,標的とする遺伝子にピンポイントで変異を誘発した系統を得ることができるため,新品種育成の高速化や低コスト化が可能になると期待されている.
われわれの研究室では,ヒトの健康増進に貢献する機能性物質として注目されているγ-アミノ酪酸(Gamma-aminobutyric acid; GABA)代謝に関する研究に取り組んできており,トマト果実内でのGABAの蓄積に関与する遺伝子の単離と機能解析など基礎的知見を蓄積してきた(1~5).これらの知見をもとにゲノム編集技術を利用して,トマトの果実にGABAを高蓄積する系統の作出とその育種利用の可能性の検証に取り組んでいる.本稿では,その一部について紹介するとともにゲノム編集作物の社会実装へ向けての取り組みについて紹介する.
われわれの研究室では,トマトのモデル品種マイクロトムを用いて,化学薬剤(EMS)や放射線(γ線)を使って大規模変異体を作製し,その変異体のなかからトマトの重要育種形質に関する変異体を選抜し,その原因遺伝子を同定する研究を進めている(6~10).その研究のなかで,果実の日持ち性,着果性,糖蓄積,機能性成分蓄積にかかわる変異体を多数選抜し,そのなかから一部の変異体については原因遺伝子の同定や機能解析に成功している.たとえば,果実の日持ち性が飛躍的に向上する変異体を同定し,その原因がエチレン受容体遺伝子に生じた点突然変異によること,変異体の育種利用についての研究を行った結果,栽培品種の日持ち性改良に有効であることを明らかにした(7, 11, 12)7) Y. Okabe, E. Asamizu, T. Saito, C. Matsukura, T. Ariizumi, C. Brès, C. Rothan, T. Mizoguchi & H. Ezura: Plant Cell Physiol., 52, 1994 (2011).11) S. Mubarok, Y. Okabe, N. Fukuda, T. Ariizumi & H. Ezura: J. Agric. Food Chem., 63, 7995 (2015).12) S. Mubarok, Y. Okabe, N. Fukuda, T. Ariizumi & H. Ezura: Postharvest Biol. Technol., 120, 1 (2016)..さらに,この変異体を使った一代雑種品種の開発も進んでおり,近く社会実装する段階にきている.同様に単為結果性を示す変異体も多数選抜し,一部については原因遺伝子の同定と当該変異形質が同遺伝子に生じた点突然変に起因することを明らかにしている(6)6) T. Saito, T. Ariizumi, Y. Okabe, E. Asamizu, K. Hiwasa-Tanase, N. Fukuda, T. Mizoguchi, Y. Yamazaki, K. Aoki & H. Ezura: Plant Cell Physiol., 52, 283 (2011)..ちなみに,単為結果性とは,受粉なしでも着果できる性質であり,すでにキュウリやズッキーニなどウリ科作物の一部では,実用品種で利用されている.本形質がトマトの栽培品種に導入されれば,高低温期の着果安定化による収量増と着果作業の大幅な省力化と低コスト化が期待されている.
以上の研究から,ゲノム中の特定の遺伝子に小さな変異を導入できれば,トマトの実用育種形質を大幅に改良できるものと期待される.このような研究背景のもと,狙った遺伝子に精緻に変異を導入できるゲノム編集技術が登場し,その作物の重要育種形質の改良への期待が大きく高まっている.特に,現在までのゲノム研究や遺伝育種学的研究から,重要育種形質発現に関する分子機構の解明が進んでいるイネやトマトなど主要農作物ではその期待はより大きくなっている.
ゲノム編集技術によるトマトの育種改良の事例として,ヒトに対する機能性成分として広く食品に利用されているγ-アミノ酪酸(GABA)のトマト果実への高蓄積化について紹介する.
本研究ではグルタミン酸からGABAを合成する酵素GADに着目した(図1図1■GABA代謝経路概略図).この酵素はトマト果実へのGABA蓄積の鍵酵素である(4, 5)4) M. Takayama, S. Koike, M. Kusano, C. Matsukura, K. Saito, T. Ariizumi & H. Ezura: Plant Cell Physiol., 56, 1533 (2015).5) M. Takayama, C. Matsukura, T. Ariizumi & H. Ezura: Plant Cell Rep., 36, 103 (2017)..本酵素は,C末端に自己阻害ドメインが存在し,この機能により通常状態では活性は低く保たれている.ストレスがかかり植物細胞内でカルシウムイオンが過多な状態になると,カルシウムイオンがカルモデュリンと結合してカルシウム-カルモデュリン(Ca-CMd)複合体を形成する.このCa-CMd複合体が自己阻害ドメインに結合することにより,自己阻害ドメインの構造は変化しGADが活性化する.また,植物細胞内でのpHの低下によっても自己阻害ドメインの構造は変化しGADが活性化し,GABAの生合成が促進される.われわれは,ゲノム編集技術の一つであるCRISPR/Cas9を用いて,実験トマト品種マイクロトムのGADのC末端に存在する自己阻害ドメインの直前に変異を導入し,停止コドンを挿入することにより自己阻害ドメインの切除を試みた.概略図(図2図2■GABA合成酵素の特徴の概略と本研究の戦略イメージ)で描かれているハサミがゲノム編集技術を表す.
ゲノム編集技術を用いてGADのC末端に存在する自己阻害領域を切除した結果,GADの活性が向上し,GABAの生合成が促進された(13)13) S. Nonaka, C. Arai, M. Takayama, C. Matsukura & H. Ezura: Sci. Rep., 7, 7057 (2017)..その結果,GADのC末端へ変異がホモで誘発されたゲノム編集マイクロトム(TG3C37)では,GABA蓄積量は,野生型のおよそ15倍にあたる125 mg/100 gFWに達した.作出したゲノム編集マイクロトム(TG3C37)へ導入した変異が1)ヘテロでも機能するか,2)大玉トマト品種でもGABAを高蓄積するかを検証するために大玉食用固定種と交雑し,一代雑種系統を作成し,その形質を評価した(図3■ゲノム編集技術を活用して開発した高GABAトマト(F1系統)図3).一代雑種系統はゲノム編集で創成した変異がヘテロで導入されており,GABAは親系統として用いたゲノム編集マイクロトム(TG3C37)と同程度まで高蓄積していた(14)14) J. Lee, S. Nonaka, M. Takayama & H. Ezura: J. Agric. Food Chem., 66, 963 (2018)..GABAの経口摂取により血圧上昇抑制効果が得られる量は,1日当たり10~20 mgとされているので(15)15) K. Inoue, T. Shirai, H. Ochiai, M. Kasao, K. Hayakawa, M. Kimura & H. Sansawa: Eur. J. Clin. Nutr., 57, 490 (2003).,作出したトマト1個をくし形切りにして1日1食おかずに添えるだけで,高血圧対策につながると期待できる.これらの結果は,GADのC末端削除は優性形質として機能すること,果実を大型化しても効果があること,高GABA形質は優性形質として発現することを示す.以上のことから,ゲノム編集により,GADのC末端へ変異を導入した系統は,高GABA性を導入する一代雑種親系統として利用可能であると考えられる.また,本研究において一代雑種の親系統として用いたゲノム編集マイクロトム(TG3C37)の作出から,一代雑種系統の形質評価までかかった期間は,1年から1年半程度と非常に短期間であった.本研究の結果から,ゲノム編集技術を用いることは,新品種作出までの期間が大幅に短縮することが可能であることを示している.
高GABAトマトを消費者まで届けるには,1)ゲノム編集作物の利用についてルールを明確にすること,2)健康機能性を科学的エビデンスで強化すること,3)国民理解を促進することなどが必要と考えている.
ゲノム編集作物の開発でも先行してきた米国では,PPO(polyphenol oxidase)遺伝子をノックアウトし褐変抑制したマッシュルーム(開発者:ペンシルベニア州立大学)やDrb2aおよびDrb2b遺伝子をノックアウトして耐乾性や耐塩性を向上したダイズ(開発者:USDA ARS Plant Science Research Unit)などが社会実装のパイプラインにあるとされている(16)16) E. Waltz: Nat. Biotechnol., 36, 6 (2018)..ゲノム編集作物の取り扱いについては,わが国も含めて,多くの国で明確なルールができておらず,開発された作物に応じてケースバイケースで利用の可否を判断している状況にある.特に,外来遺伝子を含まないゲノム編集作物については,カルタヘナ法による遺伝子組換え作物に当たるのか否かについて,各国で検討されるとともに,国際的な共通理解とルール作りをする努力が進んでいる.
高GABAトマトについても,国内外の状況を配慮しつつ,利用ルール明確化が急務である.従来育種で開発された高GABAトマトがマウスの血圧対策に有効であることはすでに示されている.本技術で開発された高GABAトマトについてもヒトでの機能性を示す科学的エビデンスが得られれば,国民理解を促進する大きな力になる.国民理解の促進には,育種学の視点からの科学的理解の向上に加え,実際に開発された高GABAトマトを使った情報発信などが一層有効と考えられる.
主なゲノム編集技術としては,ZFN, TALEN, CRISPR/Cas9が知られており,特に,その利便性の良さからCRISPR/Cas9が世界的に広く利用されている.近年では,CRISPR/Cas9の利便性や精緻性を向上した改良法も開発され,農作物改良研究への試みが始まっている(17)17) Z. Shimatani, S. Kashojiya, M. Takayama, R. Terada, T. Arazoe, H. Ishii, H. Teramura, T. Yamamoto, H. Komatsu, K. Miura et al.: Nat. Biotechnol., 35, 441 (2017)..これらゲノム編集技術の基盤的な特許は,先行開発者によって保有されているが,一般的に学術研究目的で使用する場合は知財に関する問題は生じないとされている.一方,ゲノム編集作物の上市を目指した開発研究では,現時点ではそれらの先行知財を活用する必要があり,知財保有者との交渉が必要になる.知財の産業利用に当たっては,一般的ルールを作るのは難しく,個別の事例ごとに交渉をすることになると予想される.たとえば,われわれのトマトの場合,どのような品種を,誰が主体になり,どこで,どの程度の生産を目指すのかなど具体的な目標設定がされて初めて交渉が可能になると想定される.今後,早急に具体的な知財戦略の構築が必要である.
ゲノム編集作物を社会実装するには,その取り扱いルールを明確にすること,先行する知財の活用方法を明確にすることに加えて,国民的理解を促進することが重要である.ゲノム編集作物の取り扱いルールを明確にすることで,国民理解の促進に一定の効果は期待されるものと考えられるが,一方ではゲノム編集技術を農作物の品種改良に使用する必然性についての理解向上も重要であろう.
たとえば,高GABAトマトの場合,日常の食事を通して健康な生活を送れるようにする食材としての役割を期待している.わが国では,世界に類を見ない速度で少子高齢化社会が進行するとともに,食生活の変化による生活習慣病の対策が国民的課題となっている.この課題解決には,医療的な対応に加えて,日々の食生活を通しての健康改善や健康増進が必須である.高GABAトマトは,このような状況に対応できるアイテムの一つとなる可能性を秘めている.また,生活習慣病は世界的な課題でもあり,世界で最も生産されているトマトに高GABAという機能性がゲノム編集技術により効果的に付与できれば,そのような地球規模課題の解決にも貢献できる食材となるだろう.
本研究は,ゲノム編集技術をトマトの分子育種に利用した事例であるとともに,新しい育種親系統の創成技術としての有用性を示すものである.ゲノム編集技術は,嗜好性が強く,多品種が必要で,品種変遷が早い野菜や花など,栄養繁殖性作物のワンポイント改良などには特に相性の良い育種技術であることから,まずはそれらの品目での実証事例の蓄積を期待したい.それには,これまでに得られた植物遺伝子情報に関する膨大な知見の中から重要育種形質を制御する確実なターゲット遺伝子を見いだしていくことが重要である.今後,ゲノム編集技術が品種改良の技術の一つとして定着していくことを期待したい.
Reference
3) S. Koike, C. Matsukura, M. Takayama, E. Asamizu & H. Ezura: Plant Cell Physiol., 54, 793 (2013).
5) M. Takayama, C. Matsukura, T. Ariizumi & H. Ezura: Plant Cell Rep., 36, 103 (2017).
10) S. Hao, T. Ariizumi & H. Ezura: Plant Cell Physiol., 58, 22 (2017).
11) S. Mubarok, Y. Okabe, N. Fukuda, T. Ariizumi & H. Ezura: J. Agric. Food Chem., 63, 7995 (2015).
13) S. Nonaka, C. Arai, M. Takayama, C. Matsukura & H. Ezura: Sci. Rep., 7, 7057 (2017).
14) J. Lee, S. Nonaka, M. Takayama & H. Ezura: J. Agric. Food Chem., 66, 963 (2018).