プロダクトイノベーション

ホップ由来香気成分の発酵挙動・香気相互作用の解析とそのビール醸造への応用ビールのホップ香をデザインする

Kiyoshi Takoi

蛸井

サッポロビール株式会社商品・技術イノベーション部

Published: 2018-06-20

はじめに

ホップはビールに特有の苦味と香りを付与する作物である.ホップのビールに対する機能としては,ほかにも,微生物耐久性の付与,見た目の清澄性や泡持ちにまで寄与しており,ビールにとってなくてはならない作物である.

そのホップの香りは1990年代までは品種による違いがあまり大きくなかったが,2000年以降,特徴的でフルーティな,品種特有の香りをもった「フレーバーホップ」と呼ばれる品種の登場と,世界的な「クラフトビール」のブームが相まって,品種とその香りのバリエーションが広がりつつある.それらを使いこなすための「科学的なエビデンスのある活用方法」について紹介する.

地ビールからクラフトビールへ

「クラフトビール」という言葉もかなり一般的になってきただろうか.

日本では,1994年の酒税法改正によりビールの最低製造数量基準が2,000 kLから60 kLに緩和されたことを受けて日本各地に設立された小規模なビール醸造所を「地ビール」と呼んできた.

しかし,欧米ではもともと「クラフトビール(craft beer)」と呼ばれており,近年は日本国内でも「クラフトビール」としてアピールする醸造所も増え,解説書や雑誌などでも情報発信されている.

スーパーやコンビニでも,国内外の「クラフトビール」の変わったラベル,遊びごころのあるラベルのビールを見かけることが増えてきた.そんなビールのラベルには目立つように「IPA」の3文字が書かれていることが多い.これは「インディア・ペール・エール」の略であり,かつてはイギリスからインドへの長い航海中の腐敗を防ぐようホップを大量に使った苦いビールのタイプを意味していたが,世界的な「クラフトビール」のブームにより,苦味だけでなくホップの香りの特徴も強烈に主張するタイプを指すようになってきた.そのような近年の「IPA」によく使われているのが「フレーバーホップ」と呼ばれる比較的新しいホップ品種群である.

品種特有の香りを主張するホップたち

アメリカで1970年代から使われているCascadeというホップ品種がある.この品種を使ったIPAは特徴的な柑橘様の香りがあり,「クラフトビール」の世界で長年好んで使われてきた.その香りは欧州の伝統的な「アロマホップ」とは異なるタイプのものであった.

2000年になり,ニュージーランドにおいて「白ワイン(ソーヴィニオン・ブラン)」の香りがするという触れ込みでNelson Sauvinというホップがリリースされたことにより,ホップ育種の流れが世界的に変わり,さまざまなフルーツのニュアンスをもつホップ品種が続々と育成されるようになった.

そういったホップ品種ごとの香りを楽しむべく,「クラフトビール」でも「シングルホップIPA」といわれる単一のホップ品種で香り付けした新たなタイプのビールが作られるようになってきた.

そのようなトレンドを受け,品種ごとに特徴の異なるホップの育種がオーストラリア,ニュージーランド,アメリカで行われ,オーストラリアではパッションフルーツ様のGalaxy,アメリカでは柑橘様のCitra,マンゴー様のMosaicなど,特徴的なホップが新たにリリースされた.

その流れはビールの本場ドイツにも派生し,2010年代以降,ドイツの育種機関からも白ワイン様のHallertau Blanc,オレンジ様のMandarina Bavaria,メロン様のHuell Melonなどの品種が開発されるようになった.

そのような特徴的なホップ品種の「香り」はどのように形成されているのか,過去10年ほどの研究で,「揮発性チオール類」と「モノテルペンアルコール類」とそれらの相互作用が重要であることがわかってきた.

品種特有香のキーとなる香気成分:揮発性チオール類

「揮発性チオール類」は,酒類においてはまずワインで研究が進められた成分で,閾値のオーダーがng/L(ppt)と極めて低く,個々の成分それぞれに特徴的な香気を有する(1)1) 富永敬俊,デゥニ・デュブルデュー:醸協,98, 628(2003).図1A図1■ホップ由来の香気成分のビール発酵中の推定変換経路にビール発酵における「揮発性チオール類」の推定生成経路を示したが,このうち4-methyl-4-sulfanylpentan-2-one(4MSP)と3-sulfanylhexan-1-ol(3SH)はもともとソーヴィニオン・ブランワインの品種特有香としてよく研究されていた成分であり,3-sulfanyl-4-methylpentan-1-ol(3S4MP)はNelson Sauvinホップの品種特有香成分として新規に同定されたものである(2)2) 蛸井 潔:醸協,107, 306(2012)..このうち4MSPはワインの世界では「ツゲ,エニシダの芽の香り」などと表現されるが,グリーン感のある非常に特徴的な香りであり,3SHと3S4MPはグレープフルーツの皮の部分を連想させるフレッシュ感のある香りである.

図1■ホップ由来の香気成分のビール発酵中の推定変換経路

A, 揮発性チオール類;B, モノテルペンアルコール類

これらの「揮発性チオール類」はそのものの香りも特徴的だが,3S4MPと4MSPについては(後述する)「モノテルペンアルコール類」などの香気を強める効果もあり(2, 3)2) 蛸井 潔:醸協,107, 306(2012).3) 蛸井 潔:醸協,112, 737(2017).,香気相互作用のための重要なファクターとも考えられる.

品種特有香のキーとなる香気成分:モノテルペンアルコール類

「モノテルペンアルコール類」はlinaloolやgeraniolなど,さまざまな食品,飲料においても香りに寄与していることがよく知られているフローラル/フルーティな香気成分である.図1B図1■ホップ由来の香気成分のビール発酵中の推定変換経路に醸造用酵母による「モノテルペンアルコール類」の代謝変換経路を示したが,このうちホップに主に含まれるのはlinalool, geraniolであり,残りの3種はあまり含まれていない.また,linaloolを含まないホップはないが,geraniolはより品種間差が大きく,ヨーロッパの伝統的なホップ品種にはあまり含まれておらず,「クラフトビール」で好まれるアメリカの品種には多く含まれている(4, 5)4) 蛸井 潔:醸協,108, 88(2013).5) 蛸井 潔:醸協,109, 874(2014).

ホップにもともと含まれるlinalool, geraniolはそれぞれラベンダー様,バラ様のフローラルな印象の香りだが,geraniolから酵母により変換されるβ-citronellolはレモン,ライム様の香りがあり,発酵後のビールにlinalool, geraniol, β-citronellolのすべてが共存すると相互作用により柑橘様の香気が強まることがわかっている(4, 5)4) 蛸井 潔:醸協,108, 88(2013).5) 蛸井 潔:醸協,109, 874(2014).

ホップの香りは酵母に醸される

一般にビールの製造工程では,麦芽をもろみにして糖化させ,麦汁ろ過で固形分を除いた麦汁にホップを投入して煮沸し,冷やした麦汁に酵母を加えて発酵させる.

このホップの投入方法だが,ホップの苦味成分は,煮沸の間にホップに含まれるα酸がイソα酸に構造変化して麦汁に溶け込むため,苦味を十分につけるには煮沸の始めにホップを添加する.これは「ケトルホッピング(kettle-hopping)」と言われる.一方で,ホップに含まれる香りの成分は煮沸により揮散するため,香りを十分に付与するには煮沸の終盤にホップを添加する.こちらは「レイトホッピング(late-hopping)」と呼ばれる.

「クラフトビール」では,ホップの香りを強調するため,発酵工程以降にホップを加える「ドライホッピング(dry-hopping)」という手法も使われている.ここで,香りが煮沸の熱で揮散しないのだから,元のホップの香りがそのまま移行するのかといえば,話はそう単純ではない.

ホップの精油成分の大部分はmyrceneなどの炭化水素系テルペン類であり,もともと疎水性が高い/水溶性が低いため,煮沸中にも大部分が揮散するが,発酵工程以降にも,生成する炭酸ガスの洗浄効果によりその多くが失われる.

さらには,図1図1■ホップ由来の香気成分のビール発酵中の推定変換経路のように酵母の発酵中には香気成分がホップ由来の前駆体から新たに生成したり,変換やエステル化により別の成分に変わったりもしている.

すなわち,ビールで感じられるホップ香は原料のホップそのままであることはほとんどなく,酵母に醸されることで,飲んだときに感じるホップ香へと変化している.ホップの香りもまた「醸造物」の一種であると言っていいだろう.

モノテルペンアルコール類の組成をデザインできるか

図1B図1■ホップ由来の香気成分のビール発酵中の推定変換経路に示したが,「モノテルペンアルコール類」のうち,geraniolは麦汁中に含まれていると酵母がergosterolの生合成に使ってしまう.ergosterolは細胞膜の構成成分で細胞増殖に必要となるので,酵母が活発に増殖している発酵の初期には「モノテルペンアルコール類」のなかでもgeraniolだけは激減するという独特の挙動を示す(4, 5)4) 蛸井 潔:醸協,108, 88(2013).5) 蛸井 潔:醸協,109, 874(2014).図2図2■Cascade, Bravo, Mosaicを用いたホップ添加時期変更試験におけるモノテルペンアルコール類の発酵挙動も参照).

図2■Cascade, Bravo, Mosaicを用いたホップ添加時期変更試験におけるモノテルペンアルコール類の発酵挙動

タイミング1, 発酵開始時添加;タイミング2, 主発酵3日目添加;タイミング3, 主発酵終了時添加.

前述のとおり,geraniolがβ-citronellolに変換され,linaloolと3成分の相互作用でライム様の柑橘香が形成されるのだが,geraniolリッチなホップを使ったとしても,発酵初期にgeraniolが激減するため,ビールに含まれるgeraniol, β-citronellolの含量は十分に増やすことができない.

それならば,発酵の初期を避けてホップを添加すれば,geraniolを増やせると考えられる.そこで,geraniolリッチな「フレーバーホップ」品種(Cascade, Bravo, Mosaic)を用いて,ホップの添加時期を3水準(酵母添加前,主発酵3日目,下し(主発酵終了時))で比較してみた(5)5) 蛸井 潔:醸協,109, 874(2014).図2図2■Cascade, Bravo, Mosaicを用いたホップ添加時期変更試験におけるモノテルペンアルコール類の発酵挙動).

その結果,geraniolは仮説どおり,発酵初期を避け,添加時期を遅らせるほどビールに多く残存させることができた.一方,geraniolからの変換で生成するβ-citronellolは生成期間が短くなれば生成量が減ってしまう可能性を考えていたのだが,意外にも添加時期によらず,ビール中での含量が維持されていた.これは,添加時期を遅らせたことによる遊離geraniolの増加と,配糖体やエステル体のgeraniol前駆体からのgeraniolの供給が十分に行われているためと考えられた.また,linaloolは,添加時期の影響がほとんどなく,発酵中の推移,ビール中の含量がほぼ一定であった.

メカニズムは完全に解明できていないものの,この知見によれば,ビール中のlinaloolとβ-citronellolの含量は変えずに,geraniolを選択的に増加させることができると考えられる.

図2図2■Cascade, Bravo, Mosaicを用いたホップ添加時期変更試験におけるモノテルペンアルコール類の発酵挙動の試験は,系内に添加されるホップの条件を統一するため,ホップ香りづけをしていない麦汁にホップを添加し,「レイトホッピング」に近い条件で熱を加えてからそれぞれのタイミングで添加したものだが,この知見は「ドライホッピング」の間の「モノテルペンアルコール類」の挙動を理解する一助にもなるだろう.

Geraniolリッチなホップで柑橘香を強める

図2図2■Cascade, Bravo, Mosaicを用いたホップ添加時期変更試験におけるモノテルペンアルコール類の発酵挙動で用いたBravoは発酵前のgeraniol含量が突出していた.そのため,このホップをほかのホップより少ない量ブレンドすると,geraniolを選択的に増やし,柑橘香を強めることができるのではないかと考えた.

図3図3■Apollo, Simcoeの単独およびBravoとのブレンドホッピング試験におけるビールのプロファイル官能検査結果には,geraniol含量の異なる2種のホップ,Apollo, Simcoeに半量のBravoをブレンドして「レイトホッピング」で醸造したビールの官能評価結果を示した.いずれもビール中のgeraniol, β-citronellolが増加し,香味プロファイルのうえでも「シトラス」のポイントが高くなっていることがわかる(3)3) 蛸井 潔:醸協,112, 737(2017).

図3■Apollo, Simcoeの単独およびBravoとのブレンドホッピング試験におけるビールのプロファイル官能検査結果

Apollo, Apollo 0.8 g/L; Apollo+Bravo, Apollo 0.8 g/L+Bravo 0.4 g/L; Simcoe, Simcoe 0.8 g/L; Simcoe+Bravo, Simcoe 0.8 g/L+Bravo 0.4 g/L; すべてレイトホッピング.

「geraniolを選択的に」と述べたものの,実際にはBravoのブレンドは当然ながらlinaloolも増加させている.とはいえ,linaloolはモノテルペンアルコール類の柑橘香の構成要素の一つであるため,ブレンドによる柑橘香のコントロールに対してはプラスに働いていると思われる.

フレーバーホップのトロピカルな香りはデザインできるか

「フレーバーホップ」のさまざまなフルーティな香りの表現のなかに,マンゴー,グァバなどのいわゆるトロピカルフルーツもある.実際,Citra, Mosaic, Nelson Sauvinなどのホップで醸造したビールからは,トロピカル感のある複雑なニュアンスが感じられる.

先に述べたとおり,ホップ由来の「揮発性チオール類」(3S4MP, 4MSP)には「モノテルペンアルコール類」などの香気を強める効果がある(2, 3)2) 蛸井 潔:醸協,107, 306(2012).3) 蛸井 潔:醸協,112, 737(2017)..その相互作用が香りの質に及ぼす影響をモデル液の官能検査で確認してみた.

その結果,柑橘感のあるモノテルペンアルコールの3成分の混合モデル液に,チオール4MSPを組み合わせてみたところ,トロピカルな香りが形成されることがわかった(3)3) 蛸井 潔:醸協,112, 737(2017).図4図4■4MSPとテルペンアルコール3種のモデル液のプロファイル官能検査結果).

図4■4MSPとテルペンアルコール3種のモデル液のプロファイル官能検査結果

すべて炭酸ガス含有5%エタノール水溶液のモデル液に以下の濃度の標準物質を添加したもの.4MSP, 4MSP 40 ppt; LGC mix, linalool 70 ppb+geraniol 50 ppb+β-citronellol 30 ppb; 4MSP+LGC mix, 4MSP 40 ppt+linalool 70 ppb+geraniol 50 ppb+β-citronellol 30 ppb.

4MSPは前述のとおり,低閾値で,かつ特徴的なグリーン感を連想させる特徴香を有し,特にワインの分野では「ツゲ,エニシダの芽の香り」,ビールの分野では「マスカット香」などと表現されてきた香りである(1, 6)1) 富永敬俊,デゥニ・デュブルデュー:醸協,98, 628(2003).6) 岸本 徹:醸協,104, 157(2009)..マンゴーにも4MSPが含まれ,トロピカル感に寄与しているとの文献(7)7) J. A. Pino & J. Mesa: Flavour Fragrance J., 21, 207 (2006).もあったが,一方で,モノテルペンアルコール類はマンゴーにおいてはマイナーな香気成分であり(8)8) J. P. Munafo Jr., J. Didzbalis, R. J. Schnell, P. Schieberle & M. Steinhaus: J. Agric. Food Chem., 62, 4544 (2014).,その組み合わせでマンゴー的なトロピカル感が形成されるというのは意外な結果であった.

この知見を応用するとすれば,4MSPリッチなホップをモノテルペンアルコールリッチなホップにブレンドすることで,元のホップになかったトロピカルな香りに変化させることができるのではないかと思われる.近年,「フレーバーホップ」品種の4MSPを比較した論文(6, 9~12)が多く出ているので,それらも参考になるだろう.

おわりに

ワインやウィスキーにおいては多くの原酒を絶妙にブレンドする名ブレンダーの存在が知られている.クラフトビールにおいても「フレーバーホップ」の多様化により,冒頭で紹介した「シングルホップIPA」だけでなく,複数の「フレーバーホップ」がブルワーにより配合され,さまざまな香味のバリエーションが生まれている.しかし一方で,そういったブレンドは,ブルワーの官能能力と経験に頼っていた側面が大きかったと思われる.

本稿で紹介したような品種特有香のキーとなる香気成分の特定と,その相互作用の解析は,そういったブレンドに科学的なエビデンスを付与し,ビールのホップ香をブルワーがデザインできる可能性を示していると思われる.

サッポロビール社では2006年に日本で初めてNelson Sauvinを使用した商品を発売して以降,次々と開発される「フレーバーホップ」品種に対して研究と開発の両輪を回し続けてきた.そこから得られた知見を活用し,単一のホップ品種の特徴を活かした商品,ブレンド効果を活かした商品などを市場に送り出している.

ホップの香りにはまだまだ謎が多いが,「フレーバーホップ」の登場以降,世界のホップ香に関する研究分野は活性化しており,新たな知見が続々と得られていくと期待される.今後も,新しいホップ品種やその寄与成分の研究から目が離せない.

Reference

1) 富永敬俊,デゥニ・デュブルデュー:醸協,98, 628(2003).

2) 蛸井 潔:醸協,107, 306(2012).

3) 蛸井 潔:醸協,112, 737(2017).

4) 蛸井 潔:醸協,108, 88(2013).

5) 蛸井 潔:醸協,109, 874(2014).

6) 岸本 徹:醸協,104, 157(2009).

7) J. A. Pino & J. Mesa: Flavour Fragrance J., 21, 207 (2006).

8) J. P. Munafo Jr., J. Didzbalis, R. J. Schnell, P. Schieberle & M. Steinhaus: J. Agric. Food Chem., 62, 4544 (2014).

9) M.-L. Kankolongo Cibaka, J. Gros, S. Nizet & S. Collin: J. Agric. Food Chem., 63, 3022 (2015).

10) N. Ochiai, K. Sasamoto & T. Kishimoto: J. Agric. Food Chem., 63, 6698 (2015).

11) K. Reglitz & M. Steinhaus: J. Agric. Food Chem., 65, 2364 (2017).

12) K. Takazumi, K. Takoi, K. Koie & Y. Tsuchiya: Anal. Chem., 89, 11598 (2017).