バイオサイエンススコープ

ヒアリの毒性成分とその作用ヒアリの毒とは?

Hidefumi Makabe

真壁 秀文

信州大学大学院総合理工学研究科

Published: 2018-06-20

筆者の専門は有機合成化学である.長年天然有機化合物の合成を手がけてきた.15年ほど前から立体選択的な2,6-ピペリジン環の合成方法を検討し,ピペリジンアルカロイドの合成へ展開していた.その研究の過程で2,6-シス-ピペリジン環であるイソソレノプシンという化合物の合成を達成した.イソソレノプシンの由来はどこか調べてみると“fire ant”(Solenopsis invicta,和名はヒアリ)から単離されているということであった(1)1) T. H. Jpnes, M. S. Blum & H. M. Fales: Tetrahedron, 38, 1949 (1982)..ヒアリとういう言葉の意味は,このアリは赤色であることと,刺されたときに火傷をしたような激しい痛みを感じるからである.イソソレノプシンの合成を達成したのは2016年の秋であった(2)2) Y. Takemoto, Y. Hattori & H. Makabe: Heterocycles, 94, 286 (2017)..当時は,なぜアリからこのようなアルカロイドが単離されているのか不思議に思った程度で,まさかすぐに社会問題になるとは夢にも思わなかった(3)3) 村上貴弘:現代化学,558, 44 (2017).

ヒアリは,2017年5月26日に兵庫県尼崎市で貨物船に運ばれたコンテナから見つかって以来,6都道府県で計8回発見されている.福岡県では作業員がヒアリに腕を刺されて軽傷を負い,日本国内で初めて人的被害が出た.幸いなことにいずれからも,ヒアリが繁殖し,定着しているという報告はなかった.ヒアリの原産地はブラジルであり,1930年代には米国で確認され,貨物の輸送などが盛んになるにつれ,その後ニュージーランド,オーストラリア,中国,台湾などに侵入し定着している.米国ではヒアリが侵入している地域で半数以上の住民が刺された経験があり,毎年1,400万人以上もの人々が被害に遭い100名弱が死亡しているものと推定されている(4)4) R. D. deShazo, D. F. Williams & E. S. Moak: Ann. Intern. Med., 131, 424 (1999)..死因はアナフィラキシーショックとされている.また,オーストラリア,中国,台湾でも多数の刺傷例が報告されており,中国では死亡例も出ている.現代は物流が盛んになりたいへん便利な世の中になっているが,その分危険な外来生物は侵入しやすくなっており,対策が急務となっている(図1図1■台湾産のヒアリ).

図1■台湾産のヒアリ

AntRoom島田拓氏ご提供.

ヒアリは殺人アリともいわれている.なぜ危険なのか.本稿ではヒアリの毒性成分に関して解説する.

ヒアリの毒性成分—ピペリジンアルカロイド

ヒアリの毒性成分は2,6-二置換ピペリジンアルカロイドとされ,毒液の95%を占めている.アルカロイドとは「アルカリに似た物質」という意味で,当初は生理活性を有する塩基性の植物由来の成分のことを指していた.しかしその後,塩基性を示さない化合物も見いだされるようになり,今日では窒素原子を含む天然有機化合物で一次代謝産物以外の物質をアルカロイドと呼んでいる(5)5) 貫名 学,星野 力,木村靖夫,夏目雅裕:“生物有機化学”,三共出版,2012, p. 205..アルカロイドは,微量で動物の神経系に作用して種々の生理活性を示すことから,研究者の注目を集めてきた.そして,しばしば毒性を示すことがある.有名な例は,アルカロイドを毒として利用する生物のヤドクガエルである.ヤドクガエルは,生息地を同じくするアリやダニなどからアルカロイドを摂取して体内に貯える.一方,ヒアリは自分の体の中で生合成することができる.獲物の捕獲や防衛のために使用するため,アリにとって非常に重要な役割を担っている.ヒアリがもつアルカロイドの総称はソレノプシンだが,有機合成化学者は2位と6位がトランス体のものはソレノプシン,シス体ではイソソレノプシンと呼んでいる.立体異性体であるがシス体に比べてトランス体のほうがかなり含有率が高い.これらの化合物は2位にはメチル基,6位には不飽和結合を含むさまざまなアルキル基をもっている.なかでもソレノプシンAは心肺機能の低下を引き起こすと言われている(6)6) G. Howell, J. Butler, R. D. deShazo, J. M. Fareley, H. L. Liu, N. P. Nanayakkara, A. Yates, G. B. Yi & R. W. Rockhold: Ann. Allergy Asthma Immunol., 94, 380 (2005)..そのメカニズムは,一酸化窒素合成酵素の作用を妨げることで神経間のアセチルコリン伝達ができなくなることである(7)7) G. B. Yi, D. Mc Clendon, D. Desaiah, J. Goddard, A. Lister, J. Moffitt, R. K. Vander Meer, R. de Shazo, K. S. Lee & R. W. Rockhold: Int. J. Toxicol., 22, 81 (2003)..ただし,ヒアリに刺されてもごく微量の毒素しか体内には侵入しないため,直ちに重篤な症状にはならないと考えられるが,多数のヒアリに刺された場合は注意が必要である(図2図2■ソレノプシンとイソソレノプシンの構造).

図2■ソレノプシンとイソソレノプシンの構造

ヒアリがもつアルカロイドは侵入地で多様化していることが報告されている.2位の側鎖に存在するアルキル基はC11, C13, C15は知られていたが,最近になってC17が発見された(8)8) Y. T. Yu, H. Y. Wei, H. Y. Fadamiro & L. Chen: J. Agric. Food Chem., 62, 5907 (2012)..アルキル側鎖とピペリジン環内に二重結合が存在する化合物も報告されている.さらに環状イミンも同定されており,ポリケチド骨格由来のアルカロイドの生合成中間体にも環状イミンが見られることから,ヒアリがもつアルカロイドは体内で生合成されていると考えられる(図3図3■ソレノプシンの推定されている生合成経路9)).

図3■ソレノプシンの推定されている生合成経路9)

ピペリジン環の2位と6位に存在する置換基の立体化学と,6位の側鎖の長さおよび側鎖に含まれている二重結合の幾何異性体を考慮に入れると,ヒアリの毒性成分は非常に多様性に富んでいることがわかる.なおソレノプシンの絶対立体配置は1994年にBraekmanらによって報告され,ソレノプシンAでは(2R, 6R)と決定された(9)9) S. Leclerq, I. Thirrionet, F. Broeders, D. Daloze, R. Van der Meer & J. C. Braeckman: Tetrahedron, 50, 9333 (1994)..近年,ヒアリより同定された2,6-二置換ピペリジンアルカロイドを図4図4■ヒアリより同定されたピペリジンアルカロイドに示す(8)8) Y. T. Yu, H. Y. Wei, H. Y. Fadamiro & L. Chen: J. Agric. Food Chem., 62, 5907 (2012).

図4■ヒアリより同定されたピペリジンアルカロイド

上述のアルカロイド類は主にGC-MSで同定されている.それぞれ構造が類似しているため各々の化合物の分離は困難と思われる.また,個々の化合物の毒性の評価などまだまだ不明なことが多い.さらに,ピペリジンアルカロイドの存在比は種によって異なっている.毒性の評価をするうえで純粋なサンプルのある程度の量的確保は必須である.この課題を解決するためには有機合成の力が必要である.筆者は長年パラジウム触媒を用いたピペリジン環の構築を行ってきた.この研究の過程で2,6-二置換ピペリジン環の効率的な合成法を確立し,ヒアリの毒性成分であるイソソレノプシンを塩酸塩の形で合成することができた.本合成法ではクロスメタセシス反応などを駆使して異なる長さの側鎖を導入することも可能であり,毒性への影響を調べることができる(図5図5■(−)-イソソレノプシンの合成(2)2) Y. Takemoto, Y. Hattori & H. Makabe: Heterocycles, 94, 286 (2017).

図5■(−)-イソソレノプシンの合成

また,最近ではトランス型の2,6-二置換ピペリジン環の構築を急いでいる.なぜならばヒアリの毒性成分はトランス型のほうが毒性が強いとされているからである.現在のところ図6図6■イソソレノプシンとソレノプシンの合成への展開のようにトランス:シスが約1 : 1の比でピペリジン環を得ている(10)10) M. Asai, Y. Takemoto, A. Deguchi, Y. Hattori & H. Makabe: Tetrahedron Asymmetry, 28, 1582 (2017)..今後は触媒の配位子を検討し,トランス選択的なピペリジン環の合成を目指すことにしている.サンプルの量的確保が可能になれば,分子レベルでの毒性発現のメカニズムの解明が進むであろう.

図6■イソソレノプシンとソレノプシンの合成への展開

ヒアリの毒性成分—微量に存在するタンパク質

一方,最近Palmaらの研究によると,ヒアリの毒素には46種類のタンパク質がごく微量に存在することが明らかにされた(11)11) J. R. A. dos Santos Pinto, E. G. P. Fox, D. M. Saidemberg, L. D. Santos, A. R. da Silva Mengasso, E. Costa-Manso, E. A. Machado, O. C. Bueno & M. S. Palma: J. Proteome Res., 11, 4643 (2012)..Palmaらはこれらのタンパク質のプロテオーム解析を行った.この46種類のタンパク質の役割には以下の分類が提唱されている.①self-venom protection ②colony asepsis ③chemical communication ④proteins influencing the homeostasis of the victims ⑤neurotoxins ⑥proteins that promote venom diffusion ⑦proteins that cause tissue damage and inflammation ⑧allergens上記のタンパク質のうち④~⑧は有害と考えられる.特にヒアリの毒により激しいアナフィラキシーショックを発症し,命を落とすケースも報告されていることから,⑧のアレルギーを引き起こすタンパク質には注意が必要である.今後はこれらのタンパク質の機能解析により,アレルギー発症のメカニズムが分子レベルで解明され,対策が進んでいくと考えられる.

終わりに

現代は世界中で人や物資が行き来する時代である.したがって,外来種の侵入や定着を完全に封じ込めるのは不可能に近いと考えられる.しかし,それが人間や家畜に被害を与えるものであったり,生態系や環境を著しく破壊し経済的にかなりのダメージを与えたりする場合は,防御態勢を整えておくことが重要である.

本稿では,このヒアリの毒素ついて化学の視点から正しい知識を身につけて,将来へ備えるとともに,冷静な対応ができるように解説した.少しでも多くの方々へ参考になっていただければ幸いである.

Reference

1) T. H. Jpnes, M. S. Blum & H. M. Fales: Tetrahedron, 38, 1949 (1982).

2) Y. Takemoto, Y. Hattori & H. Makabe: Heterocycles, 94, 286 (2017).

3) 村上貴弘:現代化学,558, 44 (2017).

4) R. D. deShazo, D. F. Williams & E. S. Moak: Ann. Intern. Med., 131, 424 (1999).

5) 貫名 学,星野 力,木村靖夫,夏目雅裕:“生物有機化学”,三共出版,2012, p. 205.

6) G. Howell, J. Butler, R. D. deShazo, J. M. Fareley, H. L. Liu, N. P. Nanayakkara, A. Yates, G. B. Yi & R. W. Rockhold: Ann. Allergy Asthma Immunol., 94, 380 (2005).

7) G. B. Yi, D. Mc Clendon, D. Desaiah, J. Goddard, A. Lister, J. Moffitt, R. K. Vander Meer, R. de Shazo, K. S. Lee & R. W. Rockhold: Int. J. Toxicol., 22, 81 (2003).

8) Y. T. Yu, H. Y. Wei, H. Y. Fadamiro & L. Chen: J. Agric. Food Chem., 62, 5907 (2012).

9) S. Leclerq, I. Thirrionet, F. Broeders, D. Daloze, R. Van der Meer & J. C. Braeckman: Tetrahedron, 50, 9333 (1994).

10) M. Asai, Y. Takemoto, A. Deguchi, Y. Hattori & H. Makabe: Tetrahedron Asymmetry, 28, 1582 (2017).

11) J. R. A. dos Santos Pinto, E. G. P. Fox, D. M. Saidemberg, L. D. Santos, A. R. da Silva Mengasso, E. Costa-Manso, E. A. Machado, O. C. Bueno & M. S. Palma: J. Proteome Res., 11, 4643 (2012).