Kagaku to Seibutsu 56(7): 513-515 (2018)
バイオサイエンススコープ
ヒアリの毒性成分とその作用ヒアリの毒とは?
Published: 2018-06-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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筆者の専門は有機合成化学である.長年天然有機化合物の合成を手がけてきた.15年ほど前から立体選択的な2,6-ピペリジン環の合成方法を検討し,ピペリジンアルカロイドの合成へ展開していた.その研究の過程で2,6-シス-ピペリジン環であるイソソレノプシンという化合物の合成を達成した.イソソレノプシンの由来はどこか調べてみると“fire ant”(Solenopsis invicta,和名はヒアリ)から単離されているということであった(1)1) T. H. Jpnes, M. S. Blum & H. M. Fales: Tetrahedron, 38, 1949 (1982)..ヒアリとういう言葉の意味は,このアリは赤色であることと,刺されたときに火傷をしたような激しい痛みを感じるからである.イソソレノプシンの合成を達成したのは2016年の秋であった(2)2) Y. Takemoto, Y. Hattori & H. Makabe: Heterocycles, 94, 286 (2017)..当時は,なぜアリからこのようなアルカロイドが単離されているのか不思議に思った程度で,まさかすぐに社会問題になるとは夢にも思わなかった(3)3) 村上貴弘:現代化学,558, 44 (2017)..
ヒアリは,2017年5月26日に兵庫県尼崎市で貨物船に運ばれたコンテナから見つかって以来,6都道府県で計8回発見されている.福岡県では作業員がヒアリに腕を刺されて軽傷を負い,日本国内で初めて人的被害が出た.幸いなことにいずれからも,ヒアリが繁殖し,定着しているという報告はなかった.ヒアリの原産地はブラジルであり,1930年代には米国で確認され,貨物の輸送などが盛んになるにつれ,その後ニュージーランド,オーストラリア,中国,台湾などに侵入し定着している.米国ではヒアリが侵入している地域で半数以上の住民が刺された経験があり,毎年1,400万人以上もの人々が被害に遭い100名弱が死亡しているものと推定されている(4)4) R. D. deShazo, D. F. Williams & E. S. Moak: Ann. Intern. Med., 131, 424 (1999)..死因はアナフィラキシーショックとされている.また,オーストラリア,中国,台湾でも多数の刺傷例が報告されており,中国では死亡例も出ている.現代は物流が盛んになりたいへん便利な世の中になっているが,その分危険な外来生物は侵入しやすくなっており,対策が急務となっている(図1図1■台湾産のヒアリ).