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活性イオウ分子:システインパースルフィドの新規生合成経路の発見とその生理機能イオウ(硫黄)を取って,元気になろう

Akira Nishimura

西村

東北大学大学院医学系研究科環境医学分野

Takaaki Akaike

赤池 孝章

東北大学大学院医学系研究科環境医学分野

Published: 2018-07-20

「イオウ(硫黄,元素記号:S)」は酸素と同じ第16原子族に属し,生体にとって必須元素である.FDAに承認されている医薬品のうち約25%の品目にイオウが含まれており,生体親和性や生体応答の視点からもイオウ含有化合物の重要性が理解できる.

最近,第3のガス状シグナル分子として注目されてきた硫化水素(H2S)の生理作用が本当はシステインパースルフィド(CysSSH)を含む活性イオウ分子により発揮することがわかってきた(1, 2)1) M. Nishida, T. Sawa, N. Kitajima, K. Ono, H. Inoue, H. Ihara, H. Motohashi, M. Yamamoto, M. Suematsu, H. Kurose et al.: Nat. Chem. Biol., 8, 714 (2012).2) T. Ida, T. Sawa, H. Ihara, Y. Tsuchiya, Y. Watanabe, Y. Kumagai, M. Suematsu, H. Motohashi, S. Fujii, T. Matsunaga et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7606 (2014)..これまで報告されてきた硫化水素の検出・定量に関する多くの論文が,解析方法の不完全さや精度の悪さ(低特異性など)によって,活性イオウ分子種の分解産物もしくはアーティファクトを検出しており,その結果,硫化水素の役割が過大に評価されてきた.活性イオウ分子は,通常のチオール(–SH)基に複数のイオウ原子が付加したポリスルフィド構造[–(S)n–SH]を有している.そのなかでも,還元型のヒドロポリスルフィド化合物はイオウ原子が過剰に付加することにより,通常のチオール化合物に比べてヒドロスルフィド自身の求核性が顕著に高まる.一方で,ポリスルフィドの構造内部に存在するイオウ側鎖も求核性を有するため多彩な反応性を示す.このようなユニークな物性と生物化学的反応性をもつことで,文字どおり,活性イオウ分子として生体内で多彩な生理機能を発現している.

われわれはCysSSHが低分子だけでなく,タンパク質中にもタンパク質ポリスルフィドとして豊富に存在していることから(3, 4)3) T. Akaike, T. Ida, F. Y. Wei, M. Nishida, Y. Kumagai, M. Alam Md, H. Ihara, T. Sawa, T. Matsunaga, S. Kasamatsu et al.: Nat. Commun., 8, 1177 (2017).4) É. Dóka, I. Pader, A. Bíró, K. Johansson, Q. Cheng, K. Ballagó, J. R. Prigge, D. Pastor-Flores, T. P. Dick, E. E. Schmidt et al.: Sci. Adv., 2, e1500968 (2016).,翻訳に関連した酵素が活性イオウ分子の産生系であると推測した.そこで,翻訳時にシステインをtRNAに結合させる(アミノアシル化)システイニルtRNA合成酵素(CARS)に着目し解析した結果,組換えCARSが効率良くCysSSHを産生することを見いだした.次に,ヒト胎児腎細胞のCARS2(ミトコンドリアに局在するCARS)遺伝子欠損株(以下,CARS2破壊株)を構築したところ,CysSSHの有意な減少が認められた.つづいて,CARS2ヘテロ欠損マウスをCRISPR-Cas9システムによって作製し,肝臓および肺におけるCysSSH量を測定した結果,野生型に比べて約半分に減少していることが判明した.ヘテロ欠損の条件においてCysSSH量が半分になるという事実は,生体内のCysSSH産生の大部分がCARS2に依存していることを示している.以上より,システイニルtRNA合成酵素CARSは翻訳のマスター酵素であると同時にCysSSHの主要な産生酵素(cysteine persulfide synthase; CPERSと命名)であることが示された(3)3) T. Akaike, T. Ida, F. Y. Wei, M. Nishida, Y. Kumagai, M. Alam Md, H. Ihara, T. Sawa, T. Matsunaga, S. Kasamatsu et al.: Nat. Commun., 8, 1177 (2017).

CARSのCPERS活性はL-システインを基質とし,通常のアミノアシルtRNA合成活性に不必要なピリドキサール-5′-リン酸(PLP)を要求する.PLPの結合部位であるリジン残基の変異体はアミノアシル化活性が正常である一方で,CPERS活性が優位に減少する.興味深いことに,CARS2のPLP結合部位の変異細胞やCARS2破壊株のミトコンドリア膜電位は野生株に比べて大きく減少している(3)3) T. Akaike, T. Ida, F. Y. Wei, M. Nishida, Y. Kumagai, M. Alam Md, H. Ihara, T. Sawa, T. Matsunaga, S. Kasamatsu et al.: Nat. Commun., 8, 1177 (2017)..これは,CysSSHが膜電位形成を介してミトコンドリアのエネルギー代謝に貢献していることを示唆している.ミトコンドリアにおいては,電子供与体であるNADHから最終的な電子受容体である酸素分子に電子が移動する(電子伝達系)際にミトコンドリア内膜にプロトン勾配が生じることで膜電位が形成され,その膜電位に依存してATP合成が行われている.電子伝達系を構成するタンパク質の一部はミトコンドリアDNA(mtDNA)にコードされているため,エチジウムブロマイドによりmtDNAを徐々に減少させることで,段階的に電子伝達系の活性が低下する.エチジウムブロマイド処理後の細胞を使用し,イオウ関連化合物の定量解析を行ったところ,mtDNAの減少に従い細胞内CysSSH量が増加し,一方で硫化水素量が減少することを発見した.驚いたことに,CysSSHと硫化水素の物質収支がほぼ一致しており,正常細胞では電子伝達系に依存してCysSSHが硫化水素に還元されていることが示された.これらの結果から,われわれは哺乳類における「イオウ呼吸」を提唱している.このイオウ呼吸では,電子伝達系の最終的な電子受容体が通常の酸素分子ではなく,CysSSHが電子受容体として機能することでエネルギー代謝が営まれる.すなわち,酸素呼吸の場合,電子伝達系の電子は,酸素分子の最終的な還元代謝産物である水分子として排出される.一方,イオウ呼吸の場合,CysSSHに電子が受け渡され硫化水素が発生する.ミトコンドリア内には硫化水素のプロトンをQサイクルに供与する酵素であるsulfide:quinone reductase(SQR)が存在する.つまり,CysSSHが電子伝達系と共役して二次的に発生する硫化水素がSQRの働きによって,Qサイクルを介してプロトン勾配を形成しているものと思われる(図1図1■イオウ呼吸のモデル図).これまで,硫黄酸化細菌(Thiobacillusなど)は,SQRによって無機イオウ化合物を酸化し,エネルギー生産を行っていることが知られている.また,光合成細菌において,SQRが効率的な光合成に重要であることが示唆されている.このような代謝システムが哺乳類におけるイオウ呼吸の起源なのかもしれない.

図1■イオウ呼吸のモデル図

酸素呼吸が発達した哺乳類におけるイオウ呼吸の意義は何なのだろうか.たとえば,嫌気的な環境ではイオウ呼吸が必要なのかもしれない.最近われわれは,CARS2のPLP結合部位に変異を導入したマウスが胎生致死となることを確認している(未発表データ).胎盤が十分に形成されていない発生初期において,胎児は嫌気的環境にいるため,酸素呼吸でなくイオウ呼吸でエネルギー生産を行っている可能性が示唆される.また,低酸素環境で維持される各種幹細胞,さらに,低酸素ストレス下でも旺盛に増殖できる悪性度の高いがん腫(膵臓がんなど)は,イオウ呼吸を巧みに利用して生存していることが予想される.したがって,今後,ヒトにおけるイオウ呼吸の代謝メカニズムを標的にした再生医療や抗がん剤の創薬の道も開かれるかもしれない.

Reference

1) M. Nishida, T. Sawa, N. Kitajima, K. Ono, H. Inoue, H. Ihara, H. Motohashi, M. Yamamoto, M. Suematsu, H. Kurose et al.: Nat. Chem. Biol., 8, 714 (2012).

2) T. Ida, T. Sawa, H. Ihara, Y. Tsuchiya, Y. Watanabe, Y. Kumagai, M. Suematsu, H. Motohashi, S. Fujii, T. Matsunaga et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 7606 (2014).

3) T. Akaike, T. Ida, F. Y. Wei, M. Nishida, Y. Kumagai, M. Alam Md, H. Ihara, T. Sawa, T. Matsunaga, S. Kasamatsu et al.: Nat. Commun., 8, 1177 (2017).

4) É. Dóka, I. Pader, A. Bíró, K. Johansson, Q. Cheng, K. Ballagó, J. R. Prigge, D. Pastor-Flores, T. P. Dick, E. E. Schmidt et al.: Sci. Adv., 2, e1500968 (2016).