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クマムシがもつ高い放射線耐性機構の謎を解く新規DNA防護タンパク質Dsupの発見

Takuma Hashimoto

橋本 拓磨

東北大学大学院医学系研究科放射線生物学分野

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻

Takekazu Kunieda

國枝 武和

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻

Published: 2018-07-20

“Extremophiles(極限環境生物)”という単語をご存じだろうか.この単語は,極限環境に適応した,またはそのような環境に耐性をもつ生物を指す.極限環境生物のほとんどは,古細菌や細菌といった構造がシンプルな単細胞生物だが,多細胞から構成され複雑な体制をもつ動物においても“Extremophiles”は存在する.本稿では,その代表的な例であるクマムシの,特に放射線耐性について触れるとともに,クマムシのクロマチン分画から同定されたヒト培養細胞の放射線耐性を向上させる新規タンパク質について紹介する.

クマムシは,体長1 mmに満たない程度の小さな動物であり,頭部と4つの体節に分かれた胴部からなる(図1A図1■ヨコヅナクマムシのクロマチン分画から同定されたDsupは,放射線照射によって発生するDNA損傷を低減する).頭部には発達した脳があり,胴部の各節には神経節と一対ずつの脚がある.肉眼でぎりぎり視認できる程度の小ささのため日常生活で気づくことはまずないが,実はクマムシは地球上のさまざまな場所に生息しており,海,淡水(池など),陸(市街地の苔など)から1,200種以上が報告されている.最近では,山形県鶴岡市内のアパート近くの駐車場に生えている苔から新種が見つかった(1)1) D. Stec, K. Arakawa & Ł. Michalczyk: PLOS ONE, 13, e0192210 (2018)..陸生種の多くは,周囲の環境が乾燥すると体を縮めて「乾眠」と呼ばれる干からびた状態に移行してさまざまな極限環境に耐性を示すが,興味深いことに,放射線に対しては乾眠状態にならずとも通常の活動状態でも非常に高い耐性を示す(2, 3)2) D. D. Horikawa, T. Kunieda, W. Abe, M. Watanabe, Y. Nakahara, F. Yukuhiro, T. Sakashita, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama et al.: Astrobiology, 8, 549 (2008).3) D. D. Horikawa, T. Sakashita, C. Katagiri, M. Watanabe, T. Kikawada, Y. Nakahara, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama, S. Higashi et al.: Int. J. Radiat. Biol., 3, 843 (2006).

通常,ヒトやマウスにとって4~7 Gyの放射線照射は致命的であり,被ばくしてから1~2カ月後には50%の個体が死に至る(半致死線量)(4)4) E. J. Hall & A. J. Giaccia: “Radiobiology for the Radiologist,” 7th ed., Lippincott, Williams & Wilins, 2012..一般に原核生物は,より高線量の放射線にも抵抗性を示す傾向があり,たとえば,大腸菌では50~数百Gyが半致死線量となる.しかし,クマムシは動物でありながらさらに高い数千Gyの放射線を照射してもほぼ100%の個体が生存する(2, 3)2) D. D. Horikawa, T. Kunieda, W. Abe, M. Watanabe, Y. Nakahara, F. Yukuhiro, T. Sakashita, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama et al.: Astrobiology, 8, 549 (2008).3) D. D. Horikawa, T. Sakashita, C. Katagiri, M. Watanabe, T. Kikawada, Y. Nakahara, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama, S. Higashi et al.: Int. J. Radiat. Biol., 3, 843 (2006)..クマムシ類の寿命は1~数カ月とヒトやマウスよりも格段に短いため,放射線照射後の生存率の観察期間も1~7日と比較的短く,種間を超えた厳密な耐性の比較は難しいが,数千Gyもの放射線を照射されてすべての個体が生き延びることができるクマムシの放射線耐性はずば抜けており,動物としては極めて高いと言える.

高線量の放射線はDNAの切断を引き起こし,生体に重篤な傷害を与える.そこでわれわれは,クマムシにはこれらのDNAダメージを軽減する機構があるのではないかと考え,それを担う候補分子としてゲノムDNAの近傍に存在するタンパク質を探索した(5)5) T. Hashimoto, D. D. Horikawa, Y. Saito, H. Kuwahara, H. Kozuka-Hata, T. Shin-I, Y. Minakuchi, K. Ohishi, A. Motoyama, T. Aizu et al.: Nat. Commun., 7, 12808 (2016)..生物材料としては,クマムシ類の中でも特に高い極限環境耐性をもつヨコヅナクマムシ(Ramazzottius varieornatus)を選択し,活動状態の同種からクロマチン分画を分離後,そこに含まれているタンパク質群を同定した.その結果,クマムシ固有の新規タンパク質としてDamage suppressor(Dsup)を同定した.Dsupは,核DNAのほぼ全域と同じ局在を示し,ゲルシフト法においてDsupの混在によってDNAのバンドが電気泳動上ほとんど移動しなくなることから,核DNAの広い領域に高密度に結合すると考えられる.DsupのC末端側領域は顕著に塩基性アミノ酸が多いことから静電的な相互作用を介してDNAと結合している可能性が考えられ,実際この塩基性のC末端側領域の存在が,DNAとの相互作用,および核DNAとの共局在に必要十分であることが判明した.他生物には類似したタンパク質は見いだされないが,近縁種であるヤマクマムシ(Hypsibius dujardini)のゲノムには,Dsupとよく似た電荷分布を示すタンパク質がコードされており,オーソログと考えられた.次に,Dsupが放射線によるDNA傷害に与える影響を解析するために,ヒト培養細胞株HEK293を親株としてDsupを定常的に発現する細胞株を作出した(図1B図1■ヨコヅナクマムシのクロマチン分画から同定されたDsupは,放射線照射によって発生するDNA損傷を低減する).核DNAに局在するDsupタンパク質を定常発現したことにより,細胞周期やクロマチン構造に影響を与える可能性が考えられたが,少なくとも作出された細胞株と親株では顕著な変化は見られなかった.X線照射後のDNA傷害の程度を,断片化の割合またはDNA二本鎖切断のマーカー数を指標にして解析したところ,いずれにおいても親株と比較してDNA傷害はおおよそ半分にまで減少することがわかった(図1C図1■ヨコヅナクマムシのクロマチン分画から同定されたDsupは,放射線照射によって発生するDNA損傷を低減する).また,これらのDNA傷害の低減効果は,Dsup遺伝子をターゲットとしたshort hairpin RNA(shRNA)による発現抑制によって消失したことから,Dsup自体がDNA傷害抑制を担う実体であることが示された.

図1■ヨコヅナクマムシのクロマチン分画から同定されたDsupは,放射線照射によって発生するDNA損傷を低減する

(A)ヨコヅナクマムシ.(B)Dsupを発現するヒト培養細胞.Dsupは核DNAのほぼ全域と同じ局在を示す.(C)放射線照射後のDsup発現細胞とコントロール株.Dsup発現細胞ではコントロール株と比較して,DNA損傷箇所を示すγ-H2AX(緑色)が減少する.(B,Cは文献5より改変転載)

X線などの放射線は,生体内の水分子に作用して活性酸素種を産生し,DNA傷害を引き起こす(間接作用).そこで,Dsupが活性酸素種である過酸化水素からDNAを保護するのかを検証したところ,Dsup発現株では親株と比較して顕著にDNA切断が抑制された.これらの結果は,DsupはX線の間接作用からDNAを保護することを示唆する.さらに,Dsupによって細胞自体の放射線耐性が向上しているかを検証するため,増殖能に影響を与える線量(4 Gy)のX線を照射したところ,親株やDsup抑制株ではほぼ完全に増殖能を失い培養継続によって細胞数の増加停止および減少が観察されたのに対し,Dsup発現株では細胞数の明瞭な増加が観察された.これらの結果は,致死的な線量のX線照射後も,Dsup発現株の一部は増殖能を維持したことを示しており,われわれは,Dsupがヒト培養細胞の放射線耐性を向上させたと結論づけた.現在,DsupがどのようにDNAと結合し,放射線や過酸化水素から保護しているのか解析を進めているところである.

近年,クマムシの全ゲノム情報が決定され,酸化ストレス抵抗能の亢進や過剰なストレス応答の抑制など特徴的な遺伝子レパートリーをもつことが明らかになってきた(5)5) T. Hashimoto, D. D. Horikawa, Y. Saito, H. Kuwahara, H. Kozuka-Hata, T. Shin-I, Y. Minakuchi, K. Ohishi, A. Motoyama, T. Aizu et al.: Nat. Commun., 7, 12808 (2016)..また,耐性の高いヨコヅナクマムシのゲノムは総塩基長55.8 Mbとコンパクトではあるが19,521個の遺伝子が予測され,そのうちの約40%(約8,000遺伝子)は他生物種の遺伝子と相同性を示さないクマムシ固有の遺伝子であることが判明している.Dsupもそうしたクマムシ固有の遺伝子の一つであり,今回われわれが明らかにした結果を考えると,こうした固有の遺伝子はクマムシの耐性能力に寄与する有力な候補と考えられる.クマムシ自体におけるDsupの機能阻害実験は現在進行中である.Dsupがヒト培養細胞の耐性強化をもたらしたことを考えると,クマムシ遺伝子群は耐性遺伝子資源としても有望と期待される.将来的には,クマムシの遺伝子をほかの生物に導入することで,個体レベルでの環境適応能力の向上や特定の環境耐性能の強化につなげられるかもしれない.

Reference

1) D. Stec, K. Arakawa & Ł. Michalczyk: PLOS ONE, 13, e0192210 (2018).

2) D. D. Horikawa, T. Kunieda, W. Abe, M. Watanabe, Y. Nakahara, F. Yukuhiro, T. Sakashita, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama et al.: Astrobiology, 8, 549 (2008).

3) D. D. Horikawa, T. Sakashita, C. Katagiri, M. Watanabe, T. Kikawada, Y. Nakahara, N. Hamada, S. Wada, T. Funayama, S. Higashi et al.: Int. J. Radiat. Biol., 3, 843 (2006).

4) E. J. Hall & A. J. Giaccia: “Radiobiology for the Radiologist,” 7th ed., Lippincott, Williams & Wilins, 2012.

5) T. Hashimoto, D. D. Horikawa, Y. Saito, H. Kuwahara, H. Kozuka-Hata, T. Shin-I, Y. Minakuchi, K. Ohishi, A. Motoyama, T. Aizu et al.: Nat. Commun., 7, 12808 (2016).