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養殖魚におけるTILLING法を用いた品種改良技術の確立日本で開発された水産育種技術を使ったダブルマッスルトラフグの作出

Miwa Kuroyanagi

黒柳 美和

水産研究・教育機構瀬戸内海区水産研究所

Masato Kinoshita

木下 政人

京都大学大学院農学研究科

Yasutoshi Yoshiura

吉浦 康寿

水産研究・教育機構瀬戸内海区水産研究所

Published: 2018-07-20

最近,日本のニュースで,さまざまな魚種の不漁について耳にする.1990年代以降,国内における天然からの漁獲量は著しく減少しており,魚の乱獲や地球温暖化による海の環境変化などが原因と考えられる.一方,世界における魚食への需要は人口の増加や嗜好の変化などにより拡大し,養殖生産量は漁獲量を上回るほど急速に成長している.こうした世界的なニーズに対し,国内における養殖生産量は横ばいで,養殖産業を取り巻く状況は厳しい.そこで,養殖業が抱える問題の解決策の一つとして,養殖するうえで有利な形質を示す魚(高産肉性・高成長・抗病性など)を作出する“育種”に着目した.

畜産や農作物で盛んな選抜育種は,有用形質個体の選抜と交配を繰り返すが,自然発生する突然変異個体の出現率が極めて低いため,膨大な時間をかけて優良品種を作出する.植物においては,人為的に突然変異を誘発する突然変異育種法を利用して,さまざまな品種の農作物を作出し,この方法を発展させたTILLING法が開発されている(1)1) C. M. McCallum, L. Comai, E. A. Greene & S. Henikoff: Nat. Biotechnol., 18, 455 (2000)..TILLING法とは,薬剤などにより突然変異を誘発し,そのなかから望ましい性質をもつ遺伝子変異を特定するものである.大きな特徴として,生物のゲノムに存在しない外来遺伝子を取り込む遺伝子組換えとは異なり,その生物に存在する遺伝子を使用する点で,安全で自然に近い品種改良技術として理解されている.本法は植物・動物のみならず,細菌などの微生物にまで有効で,ランダムに変異が導入される.数千から数万単位で次世代を作製し,そのなかから目的の遺伝子に変異が確認された個体を選抜する.自家受精で数千粒の種が収穫できる植物と同様に,養殖対象魚も何十万の卵を産み,一対交配のため内在性多型と導入変異は見分けやすい.こうした理由で,トラフグを対象魚とし,TILLING法を養殖魚の品種改良技術として導入した.

本法の導入にあたり,望ましい形質をもたらす遺伝子変異を特定することが先決である.ウシの品種「ダブルマッスル(DM)ウシ(ピエモンテ種)」は筋肉の過形成の抑制に関するミオスタチン(MSTN)の変異により高産肉性を示すことが知られている(2)2) A. C. McPherron & S. J. Lee: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 12457 (1997)..そこで,最初に,モデル生物であるメダカにおいて,MSTNへの導入変異による筋肉の影響を調べた.本法により作製したMSTN変異メダカ(mstnC315Y)と野生型の比較において,骨格筋の筋線維数および太さが増加し,体長あたりの骨格筋量(可食部位量)が1.5~2倍に増加することも明らかになった(3)3) S. Chisada, H. Okamoto, Y. Taniguchi, Y. Kimori, A. Toyoda, Y. Sakaki, S. Takeda & Y. Yoshiura: Dev. Biol., 359, 82 (2011)..これらの結果は,MSTNは魚類でも哺乳類と同様の働きをし,養殖魚の産肉性の向上に関与することを示す.

次に,トラフグに突然変異を誘発する技術開発を行った(4)4) M. Kuroyanagi, T. Katayama, T. Imai, Y. Yamamoto, S. Chisada, Y. Yoshiura, T. Ushijima, T. Matsushita, M. Fujita, A. Nozawa et al.: BMC Genomics, 14, 786 (2013)..まずは,哺乳類で化学誘発剤として使用され,点変異を引き起こすENU(アルキル化剤の一種,N-ethyl-N-nitrosourea)をオスの腹腔内に投与した.採精後の精子と野生型のメスとを人工授精し,飽和変異集団(F1)を作製した.これらのゲノムサンプルを用いて,MSTNに導入されたヘテロ変異を高解像度融解曲線(HRM)法を使ったハイスループットスクリーニングで検出し,ダイレクトシーケンスで確認した.その結果,ENUによる導入変異を同定し,トラフグMSTN遺伝子における変異導入効率は1/297 kbで,メダカのTILLINGライブラリーと同様の値(1/350 kb)だった(5)5) Y. Taniguchi, S. Takeda, M. Furutani-Seiki, Y. Kamei, T. Todo, T. Sasado, T. Deguchi, H. Kondoh, J. Mudde, M. Yamazoe et al.: Genome Biol., 7, R116 (2006)..トラフグにおいて突然変異を誘発する方法が確立され,ゲノムライブラリーとして十分使用可能であることが示された.

本法の実用化への鍵は,大規模な母集団を作製し,その中から効率良く変異体を選抜することである.大きな飼育施設をもつ種苗生産会社と連携し,量産化を目指したDMトラフグ親魚の作出技術の開発を試みた.これまでに確立した基盤技術を用いて,遠隔地において,生きたままMSTN変異個体を獲得する選抜システムを検証した.導入変異確認済みの凍結精子を使い,毎回45,000尾以上の飽和変異集団を作製した.選抜システムの効率化を図るため,トラフグ生産現場と解析施設をつなぐパイプラインを構築し,サンプル輸送とデータ共有の繰り返しで変異個体を選抜した.3回の解析操作を行い,50,974尾のトラフグについて調べたところ,62尾のMSTN変異体を同定,3尾のDMトラフグ親魚の獲得に成功した.高成長関連遺伝子を標的にした場合においても,この選抜システムで3尾の有用変異体を得た.これらの結果は,構築した選抜システムの有効性を実証し,養殖魚におけるTILLING法は大規模な飼育施設があれば全国どこでも導入可能なことを示した.また,DMトラフグの親魚(F1世代)から大量の次世代(F2世代)を作製し,導入変異の遺伝を確認した(図1図1■トラフグにおいてTILLING法により選抜された有用変異と次世代への遺伝変異の確認).選抜したトラフグ親魚は,MSTNの立体構造の変化で機能欠損となり,DM形質を示す可能性が高い.さらに,トラフグでMSTN遺伝子破壊が引き起こす形質を確認するため,ゲノム編集技術(CRISPR/Cas9)でMSTN欠損体を作製した結果,DM形質を示すことがわかった(図2図2■ゲノム編集技術により作製されたミオスタチン欠損体と通常トラフグの比較).以上のことから,量産化のためのDMトラフグ作出技術が確立した.

図1■トラフグにおいてTILLING法により選抜された有用変異と次世代への遺伝変異の確認

(1)トラフグ飽和変異集団のゲノムサンプルを用い,ミオスタチン(MSTN)有用変異が選抜されたときの高解像度融解曲線(HRM)像.HRM法は一塩基の違いによって生じる僅かな融解温度の差を識別し,遺伝子変異を見つけ出す.1回のスクリーニングで384サンプルを処理する.(2)F1世代(左)とF2世代(右)で確認されたMSTN有用変異(C310Y)のシーケンス波形.F2世代はF1世代で確認された導入変異を遺伝的に受け継いだ.

図2■ゲノム編集技術により作製されたミオスタチン欠損体と通常トラフグの比較

トラフグでMSTN遺伝子破壊が引き起こす表現型を調べるため,CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)/Cas9(CRISPR associated 9)を使ってMSTN欠損体(上)を作製した.通常トラフグ(下)と比べ,背部・尾部の筋肉が大きくなることから,MSTNの機能欠損によりダブルマッスル形質を示すことがわかった.

DMは劣性形質なのでホモ個体で出現することから,F3世代のDMトラフグ作製が必須となる.トラフグの場合,一般的にオスは2年,メスは3年で成熟するため,F1世代からF3世代のホモ個体を得るまでには5~6年程かかる.現在,品種改良のスピードを速めるため,日本で開発された代理親魚技術をTILLING法と融合させている.代理親魚技術とは,異種の生殖細胞を移植された宿主が,移植細胞由来の卵や精子を生産する方法である(6)6) M. Hamasaki, Y. Takeuchi, R. Yazawa, S. Yoshikawa, K. Kadomura, T. Yamada, K. Miyaki, K. Kikuchi & G. Yoshizaki: Mar. Biotechnol, 19, 579 (2017)..トラフグよりも体長が小さく,成熟期間の短いクサフグにMSTN有用変異体の生殖細胞を移植することで,次世代作製期間を短くする.TILLINGで選抜されたF1世代を移植すれば,さらに早くホモ個体の作製も可能となるだろう.

日本で開発された水産技術を使用した優良品種「DMトラフグ」の作出は,TILLING法を用いた養殖魚における品種改良の成功事例となり,ほかの養殖魚(マダイ,クロマグロ,ブリなど)への本法の普及と新たな魚類育種産業の創出につながるはずだ.

Reference

1) C. M. McCallum, L. Comai, E. A. Greene & S. Henikoff: Nat. Biotechnol., 18, 455 (2000).

2) A. C. McPherron & S. J. Lee: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 12457 (1997).

3) S. Chisada, H. Okamoto, Y. Taniguchi, Y. Kimori, A. Toyoda, Y. Sakaki, S. Takeda & Y. Yoshiura: Dev. Biol., 359, 82 (2011).

4) M. Kuroyanagi, T. Katayama, T. Imai, Y. Yamamoto, S. Chisada, Y. Yoshiura, T. Ushijima, T. Matsushita, M. Fujita, A. Nozawa et al.: BMC Genomics, 14, 786 (2013).

5) Y. Taniguchi, S. Takeda, M. Furutani-Seiki, Y. Kamei, T. Todo, T. Sasado, T. Deguchi, H. Kondoh, J. Mudde, M. Yamazoe et al.: Genome Biol., 7, R116 (2006).

6) M. Hamasaki, Y. Takeuchi, R. Yazawa, S. Yoshikawa, K. Kadomura, T. Yamada, K. Miyaki, K. Kikuchi & G. Yoshizaki: Mar. Biotechnol, 19, 579 (2017).