Kagaku to Seibutsu 56(8): 526-527 (2018)
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水田雑草イヌビエが獲得した化学防御システム生合成遺伝子クラスターの進化起源はどこに?
Published: 2018-07-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
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植物の生産する低分子化合物のなかで,イネのモミ殻から単離されたジテルペノイド化合物のモミラクトンは,生物間コミュニケーションにおいて複数の生物学的な意味をもつ化学防御物質と言える.モミラクトンの病害抵抗性における機能としては,イネいもち病菌などの病原菌の感染により,感染部位で生産が誘導され,病原菌の生育を抑える抗菌活性を発揮することから,植物が生産する抵抗性物質のファイトアレキシンとしてよく知られている.また,植物と植物の関係においては,周りの植物の成長を妨げるアレロパシー物質としての機能ももっており,イネの根から放出されるモミラクトンによって,周辺の雑草の生育が抑えられることも知られている(1)1) E. A. Schmelz, A. Huffaker, J. W. Sims, S. A. Christensen, X. Lu, K. Okada & R. J. Peters: Plant J., 79, 659 (2014)..さらに,近年,動物細胞に対する影響についても,モミラクトンの添加により細胞周期がストップしてしまい,細胞の増殖が抑制されることが報告されており,抗がん作用をもつ天然物としても期待されている(2)2) C. Park, N. Y. Jeong, G. Y. Kim, M. H. Han, I. M. Chung, W. J. Kim, Y. H. Yoo & Y. H. Choi: Oncol. Rep., 31, 1653 (2014)..
さて,このような幅広い生物活性を有するモミラクトンの生合成遺伝子は,高等真核生物では珍しい遺伝子クラスターをイネゲノム上に構成して存在している.同様な生合成中間体をもつジテルペノイド植物ホルモンのジベレリンについては,その生合成遺伝子は染色体上に散らばって存在しているが,モミラクトンの生合成遺伝子クラスターは,栽培イネOryza sativaだけでなくOryza属の野生イネ(O. rufipogonやO. punctataなど)においても保存されており,進化的なモミラクトン生合成遺伝子クラスター保持の分岐点が見えてきた(3)3) K. Miyamoto, M. Fujita, M. R. Shenton, S. Akashi, C. Sugawara, A. Sakai, K. Horie, M. Hasegawa, H. Kawaide, W. Mitsuhashi et al.: Plant J., 87, 293 (2016)..今のところ,モミラクトンの生産能と遺伝子クラスターの存在には相関があり,モミラクトンを生産するためには,なぜだか遺伝子クラスターとしてゲノム上に遺伝子を維持する必要があるようである.
筆者らは野生イネの研究を進めていたことをきっかけに,水田雑草のゲノムシーケンスを読み進めていた浙江大学のLongjiang Fan教授とコラボレーションする機会を得た.本稿で紹介するイヌビエEchinochloa crus-galliは,その研究のなかで材料として用いられていた品種の一つで,6倍体ゲノムをもつ.ゲノムシーケンスからは,3コピーあるゲノムセットのうち,一つにイネのモミラクトン生合成遺伝子と類似性の高い遺伝子群がクラスターを形成し保存されていることがわかった.イヌビエで見つかったこのクラスターは,図1図1■イヌビエと栽培イネのモミラクトン生合成遺伝子クラスターに示すように,イネ4番染色体に存在するモミラクトン生合成遺伝子クラスターとは完全に一致するものではなくシンテニーが低い.しかし,モミラクトンの炭素骨格であるピマラジエンの合成酵素遺伝子KSL4やモミラクトン合成の最終段階を担うMAS遺伝子に相当するイヌビエの遺伝子ホモログは,イネと同じようにいもち病菌の接種によって転写レベルで発現誘導を受ける.また,いもち病菌接種後のイヌビエ葉身では,モミラクトンの誘導的な生産も認められている(未発表データ).その生産量は,イネのそれと比較して微量ではあるものの,この結果から,イヌビエがイネと後述するハイゴケに続く第3のモミラクトン生産植物であることが明らかになった(4)4) L. Guo. J. Qiu, C. Ye, G. Jin, L. Mao, H. Zhang, X. Yang, Q. Peng, Y. Wang, L. Jia et al.: Nature Communications, 8, 1031 (2017)..
イヌビエのモミラクトン生合成遺伝子クラスターは,正確には個々の遺伝子機能の証明がなされていないので,「クラスター候補」であるが,その証明にはさほど時間を要さないであろう.一方で,イヌビエのモミラクトン生合成遺伝子クラスター(候補)の形成は,いつ,どのように行われたのかを証明することは容易ではない.進化系統樹を頼りに,イヌビエクラスターの構成手順が考察されている.イヌビエはイネやミナトカモジグサとは離れてアワやトウモロコシのようなイネ科植物と系統的にまとまるが,モミラクトン生合成酵素遺伝子に着目すると,イネのなかでもモミラクトンを合成するO. sativaに一番近くなる.このことは,モミラクトン生合成遺伝子クラスターが,多段階の遺伝子増幅と欠落,そして現段階ではメカニズム不明の遺伝子水平伝播を含むような,複雑なプロセスを経て構成された可能性を暗示している.今後,さらに多くのシーケンス解析が進み,モミラクトン生合成遺伝子クラスターを保持した植物が発見されれば,より確からしいクラスターの起源が見えてくるかもしれない.
イヌビエとイネを生態学的な観点で眺めてみれば,ヒトの手によって作られた四角いリング(水田)のなかで戦う2つの植物の攻防戦が垣間見られる.しかも,リングサイドからセコンドの手厚いサポートを受けているイネに比べ,イヌビエはアウェーの戦いのようではないか.そのような状況でも,「雑草魂」でイネにダメージを与えるイヌビエには,モミラクトンだけでなく,ほかの化学防御物質を利用する技もあることがわかってきた.ベンゾキサジノイドと呼ばれる化合物は,カビや昆虫に対する防除活性をもっているが,植物に対しても生育抑制効果が認められる.この化合物はトウモロコシやカラスムギで多く生産され,しかも生合成遺伝子群は,遺伝子クラスターとして存在している.イヌビエにおいても,ベンゾキサジノイドの生合成遺伝子クラスターが見つかっており,シンテニーを保って存在していることから,こちらは交配可能な種間が存在したかもしれない時代に,水平伝播によりイヌビエの祖先に取り込まれた可能性も否定できない.しかし,モミラクトンについては,野生イネのなかでクラスター出現の起点が見られることから,イヌビエのクラスター出現とは関係なく,それぞれにクラスターを構成しモミラクトン生産能を獲得したのではないかと考えられる.
イネとイヌビエ以外の植物については,アジア地域で普通に生息し,盆栽用のコケとして園芸店で取り扱われている蘚類ハイゴケ(Hypunum plumaeforme)が,モミラクトンを生産していることが2007年に報告され,その生合成遺伝子の取得も進んでいる(5)4) L. Guo. J. Qiu, C. Ye, G. Jin, L. Mao, H. Zhang, X. Yang, Q. Peng, Y. Wang, L. Jia et al.: Nature Communications, 8, 1031 (2017)..しかし,ハイゴケがモミラクトン遺伝子クラスターを保持しているのかどうかについては,まだ明らかにされていない.このように,ハイゴケもモミラクトンを生産できることを考え合わせると,イネとイヌビエは,生物活性の強いモミラクトンという化学防御物質の生合成能を収斂進化によりそれぞれ独立に獲得したものと思われる.
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