解説

Corynebacterium glutamicumを用いたタンパク質分泌生産系の開発タンパク質受託発現サービス事業への展開

Development of a Novel Protein Secretion System Using Corynebacterium Glutamicum: Toward a Protein Expression Service Business

Yoshimi Kikuchi

菊池 慶実

味の素株式会社バイオ・ファイン研究所

Yoshihiko Matsuda

松田 吉彦

味の素株式会社バイオ・ファイン研究所

Published: 2018-07-20

医薬品や産業用酵素として利用されているタンパク質は,全世界で約20兆円程度の市場を有しており,その市場は年々伸びている.また産業用途のみならず,研究用試薬やタンパク質構造解析などの基礎研究のために必要とされるタンパク質も多く存在している.そのような背景のため,タンパク質を効率良く発現・生産する手段は,私たち人類のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を向上させるために必要と考えられ,これまでには,大腸菌,バチルス属細菌,その他細菌,カビ,酵母,動物細胞,in vitroタンパク質翻訳系,さらには動物個体を利用した,多くのタンパク質発現・生産系が開発されてきた.しかしながら,あらゆるタンパク質を効率良く発現・生産できるような万能のタンパク質発現・生産系はこれまでに存在しておらず,効率的に発現・生産することができないタンパク質が,いまだ多く存在しているのが現状となっている.われわれは,このような問題を少しでも解決し,産業,科学の発展,そして人々のQOL向上に少しでも貢献できるような,新たなタンパク質発現・生産系の開発を行ってきた.

1956年に木下らによって発見されたグラム陽性細菌であるCorynebacterium glutamicumは,グルタミン酸,リジンをはじめとする多種のアミノ酸の生産菌として60年以上世界中で産業利用されてきた(1, 2)1) S. Kinoshita, S. Udaka & M. Shimono: J. Gen. Appl. Microbiol., 3, 193 (1957).2) R. Krämer: FEMS Microbiol. Rev., 12, 75 (1994)..そのため,各種アミノ酸の効率的な生産を目指すために,代謝生理学,生化学,遺伝学,培養技法などに関する数多くの基礎的,応用的観点からの知見が得られ報告されてきた.しかしながら,アミノ酸の重合体であるタンパク質の生産に関する研究はほとんどなされてこなかった.われわれは,C. glutamicumが潜在的に有していると考えられる,タンパク質素材のアミノ酸の高い生合成能力,そしてC. glutamicumを利用しアミノ酸生産を長年実施してきた弊社における技術蓄積からこの菌に着目し,まずはトランスグルタミナーゼをモデルタンパク質として,新たなタンパク質分泌生産系の開発を開始した.

放線菌Streptomyces mobaraensis由来のトランスグルタミナーゼ(TGase)は,タンパク質分子中に存在するグルタミン残基とリジン残基間の架橋形成反応を触媒する.この反応は食品中に含まれるタンパク質の物性変化や接着などを引き起こすため,食品加工分野で広く利用されてきた(3)3) K. Yokoyama, N. Nio & Y. Kikuchi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 64, 447 (2004)..またタンパク質医薬品の血中安定性を向上させるためのPEG(ポリエチレングリコール)化に利用されるなど,食品加工分野以外での利用拡大も期待されていることから,さらに効率の良い生産手段が期待されてきた.しかしながらわれわれの検討においては,既存のタンパク質発現・生産系において,TGaseの高生産性を達成することはできなかった.そのため,以上述べてきたような背景もあることから,C. glutamicumでのタンパク質分泌生産系の開発を開始した.

図1図1■C. glutamicum ATCC13869株の細胞表層に存在しているCspBタンパク質に示したようにC. glutamicum ATC C13869株の培養上清に分泌された宿主由来タンパク質はほとんど存在していなかったが,菌体表層には細胞表層タンパク質であるCspB(Cell Surface Protein)が著量存在していたことから,この株はタンパク質の膜透過能力が高い可能性があることが考えられた.そこで,このCspB遺伝子のプロモーターとタンパク質の膜透過に必要なシグナル配列を利用したTGaseの分泌発現の検討を開始することとした.最終的に,C. glutamicumの近縁種であるCorynebacterium ammoniagenesの菌体表層タンパク質のシグナル配列の利用などにより,5 g/Lを超えるTGaseの分泌発現を達成し,工業生産プロセスを構築することに成功した(4~6)

図1■C. glutamicum ATCC13869株の細胞表層に存在しているCspBタンパク質

C. glutamicumによる異種タンパク質分泌生産系の特長

C. glutamicumを用いた異種タンパク質分泌生産系でのTGaseの工業生産プロセス構築を完了した後,この新しいタンパク質分泌生産系の改良を継続してきた.その過程で,C. glutamicumを用いた異種タンパク質分泌生産系には,これまでの既存の異種タンパク質生産系と比較し,いくつかの有用な点があることを示すことができた.以下にその特長を説明する.

1. 分泌された異種タンパク質が培養上清中で高い純度をもつ

C. glutamicumを用いた異種タンパク質分泌生産系の最大の特長として挙げられるのは,C. glutamicum自身の本来の分泌タンパク質であるHCP(Host Cell Protein)が培養上清中には非常に少ないため,培養上清中に分泌された目的タンパク質が,非常に高い純度で培養上清中に分泌発現されている点である.図2図2■C. glutamicumを用いた異種タンパク質生産時における培養上清の電気泳動像に,いくつかの異種タンパク質分泌発現の例を示すが,これらは培養上清を直接電気泳動に供し,ゲルをCBB(Coomassie Brilliant Blue)で染色した結果を示している.これらの例において,目的タンパク質以外の夾雑タンパク質はほとんど存在せず,培養上清中において分泌発現させた目的タンパク質の純度が非常に高いことがわかる.このような特長から,目的タンパク質の精製工程を簡略化できる可能性が期待され,本系が特に高度な精製を要求される医薬品タンパク質の製造に適していることが期待される.

図2■C. glutamicumを用いた異種タンパク質生産時における培養上清の電気泳動像

2. 菌体外プロテアーゼによる分解が少ない

先に述べたように,培養上清中のHCPが非常に少ないため,培養上清中のプロテアーゼ活性もほとんど検出されない.そのため,多くのタンパク質分泌生産系で大きな問題となっている,分泌された目的タンパク質の分解が,ほとんど認められない点が2点目の特長として挙げられる.これまでにわれわれは,各種タンパク質の分泌発現を実施してきたが,そのほとんどの例において分泌された目的タンパク質の分解は認められなかった.しかしながら最近,タンパク質の何らかのドメイン同士をGly-Serリンカーで結合させたような,構造的に不安定だと考えられる人工デザインタンパク質などは,多少の分解が起こる場合もあることを見いだした.このようなマイナーな分解問題を少しでも低減するために,プロテアーゼ欠損株の取得を実施した.C. glutamicum ATC C13869のゲノム配列情報(7)7) Y. Nishio, C. Koseki, N. Tonouchi, K. Matsui, S. Sugimoto & Y. Usuda: J. Gen. Appl. Microbiol., 63, 157 (2017).からは,61種類のプロテアーゼの存在が予想されていた.そこでわれわれは,これら61種類のプロテアーゼ遺伝子欠損株を各々取得し,61株のプロテアーゼ欠損株ライブラリーを構築している.これらの欠損株を利用することにより,分解を低減させることができた例を図3図3■プロテアーゼ欠損株による目的タンパク質の分解低減例に示した.

図3■プロテアーゼ欠損株による目的タンパク質の分解低減例

3. 正しい高次構造で分泌され正常な生物活性を有する

3点目の特長としては,分泌された目的タンパク質が正しい高次構造を取り,かつ正常な生物活性を有している点が挙げられる.一般的にタンパク質分泌発現系においては,分泌されたタンパク質は正しい高次構造,そして正常な生物活性を有しているが,決してそうではない場合もあるのが事実である.C. glutamicumの異種タンパク質分泌生産系では,これまでに分泌発現させた目的タンパク質は,ほとんどすべての場合において正しい高次構造,そして正常な生物活性を有していた.その一例として,抗体断片であるFabの分泌例を挙げる.Fabは,H鎖とL鎖が分子間ジスルフィド結合をし,さらにそれぞれの分子内にも2つのジスルフィド結合をもつ,計5つのジスルフィド結合を有している複雑な高次構造を有したタンパク質であるといえる.われわれは,C. glutamicumの異種タンパク質分泌生産系においては,各種Fabが正常な抗原認識活性を有するタンパク質として分泌発現されていることを確認している(8)8) Y. Matsuda, H. Itaya, Y. Kitahara, N. M. Theresia, E. A. Kutukova, Y. A. V. Yomantas, M. Date, Y. Kikuchi & M. Wachi: Microb. Cell Fact., 13, 56 (2014).

4. 簡便な大量培養法が確立されている

上述したように,C. glutamicumは,60年にわたりアミノ酸の工業生産菌として使用されてきた豊富な経験と実績を有しているため,安価で単純な培地を使用した高菌体培養法が確立されている.この簡便な培養法を4点目の特長として挙げることができる.アミノ酸生産培養においては,数百kL規模の発酵槽において安定的に工業生産培養が行われているが,C. glutamicumでのタンパク質生産においても,スケールアップに大きな問題はなく,5 kL発酵槽でのIGF-1の生産,そしてcGMPのタンパク質製造設備においては500 L,あるいは1 kL発酵槽でのタンパク質生産にも成功してきた.

5. C. glutamicumの安全性

5点目の特長として,C. glutamicum自身の菌株の安全性が挙げられる.C. glutamicumは,毒性物質を生産せず,病原性を有していないことが知られている.それは60年にわたり,食品用途アミノ酸,飼料用途アミノ酸,そして医薬品用途アミノ酸の生産を問題なく行ってきた歴史的経緯からも実証されてきた.また胞子形成能もなく殺菌に関しては問題が生じない,そしてグラム陽性細菌であるためグラム陰性細菌の大腸菌などの医薬品タンパク質生産系において大きな問題点となる場合もあるエンドトキシンを産生しないことから,生産設備の保全や生産物の安全性においても優位な点となっている.

以上のような特長から,本系は産業用酵素のように大量生産を必要とする場合から,医薬用タンパク質生産のように高度な精製を必要とする場合まで,広く利用可能な異種タンパク質生産系であると考えられた.そして2009年からは,本系を用いたタンパク質受託発現サービス事業CORYNEX®Corynebacterium glutamicum protein expression system)を開始した(9)9) 味の素株式会社社:https://www.ajinomoto.co.jp/corynex/jp/.以下,商標として登録した受託発現事業と区別し,本生産系の技術を「CORYNEX」と表記する.

異種タンパク質分泌発現成功確率向上のためのツールボックスの開発

ここまで,「CORYNEX」の特長を述べてきたが,ほかのタンパク質生産系と同様に「CORYNEX」は異種タンパク質生産系として万能なタンパク質生産系ではない.それはおそらくすべての異種タンパク質生産系にも言える課題であるが,あらゆるタンパク質を効率良く分泌生産できるわけではない.われわれはこの問題を少しでも改善していくために,異種タンパク質分泌発現の成功確率向上を目的とした各種ツールボックスの開発を行ってきた.

1. CspB融合法

上記のように,CspBは,C. glutamicum ATC C13869株において最も大量に分泌されており,分泌後に細胞表層に吸着しているタンパク質である(図1図1■C. glutamicum ATCC13869株の細胞表層に存在しているCspBタンパク質).このことから,CspBはC. glutamicumにおいて非常に分泌されやすいタンパク質であるため,タンパク質の膜透過が開始されると考えられているCspBのシグナル配列とそのN末端領域を併せた構造は,C. glutamicumにおいて非常に膜透過されやすい構造を有していると考えられた.各種検討の結果,CspBのシグナル配列にCspBのN末端6アミノ酸残基をタグとして目的タンパク質のN末端に融合させた結果,CspB6タグ融合目的タンパク質の分泌量が飛躍的に向上する場合があることを見いだした(10)10) 松田吉彦:日本農芸化学会大会講演要旨集,LS14 (2015)..CspB6融合法で目的タンパク質を分泌させた場合は,目的タンパク質にCspB6タグが付加されているため,目的タンパク質を取得するにはCspB6融合タグを切断する必要性が生じてくる.われわれは,「CORYNEX」において,Glu-Asn-Leu-Tyr-Phe-Glnの6アミノ酸配列を認識するTEVプロテアーゼの分泌発現にも成功していることから,CspB6タグにTEVプロテアーゼの認識配列を付加した,計12アミノ酸残基からなるCspB6TEVタグを利用し,分泌されたCspB6TEV融合タンパク質をTEVプロテアーゼで切断するにより目的タンパク質を取得できるようにした.この手法では,十分な分泌量が得られない場合や,アミノ酸鎖長の短いペプチドを生産する場合に非常に有用な手段となりえる.

2. Twin-Arginine Translocation Pathway(Tat経路)の利用

一般的な分泌タンパク質は,Sec経路と呼ばれる膜透過経路を経て細胞膜を透過し,細胞外に分泌される.このSec経路は,原核生物から真核生物まで広く進化的に保存されている経路であり,GSP(General Secretion Pathway)とも呼ばれている(11)11) A. P. Pugsley: Microbiol. Rev., 57, 50 (1993)..この経路においては,細胞内で翻訳されたタンパク質が,フォールド(折りたたみ)されることなく,アンフォールド(伸びた状態)タンパク質が膜透過され,膜透過後にフォールドして高次構造を形成することが知られている.一方,1993年には,植物細胞の葉緑体チラコイド膜のタンパク質膜透過経路として,Tat経路が発見された(12)12) K. Cline, R. Henry, C. Li & J. Yuan: EMBO J., 12, 4105 (1993)..この経路においては,アンフォールドタンパク質が輸送されるSec経路とは異なり,細胞内で翻訳されたタンパク質が高次構造を形成した,フォールドされた状態で膜透過される(13)13) B. C. Berks, F. Sargent & T. Palmer: Mol. Microbiol., 35, 260 (2000)..このような基本的な膜透過メカニズムの違いから,従来のSec経路では分泌できなかったタンパク質が,Tat経路を利用することで分泌されるのではないかと期待された.事実,Sec経路では分泌されなかったGFP(Green Fluorescent Protein)は,Tat経路を利用することにより効率よく分泌されることを確認することができた.その他多くの例においてもSec経路では分泌できなかったタンパク質をTat経路で分泌させることができている(14~16)14) Y. Kikuchi, M. Date, H. Itaya, K. Matsui & L. F. Wu: Appl. Environ. Microbiol., 72, 7183 (2006).15) Y. Kikuchi, H. Itaya, M. Date, K. Matsui & L. F. Wu: Appl. Microbiol. Biotechnol., 78, 67 (2008).16) Y. Kikuchi, H. Itaya, M. Date, K. Matsui & L. F. Wu: Appl. Environ. Microbiol., 75, 603 (2009).

3. シグナルペプチドベクターライブラリー

分泌させようとする目的タンパク質によって,至適なシグナル配列が異なってくることはよく知られている.われわれは,C. glutamicum ATC C13869株のゲノム情報(7)7) Y. Nishio, C. Koseki, N. Tonouchi, K. Matsui, S. Sugimoto & Y. Usuda: J. Gen. Appl. Microbiol., 63, 157 (2017).より抽出された154種類のシグナル配列をcspBプロモーターの下流に挿入してプラスミドに搭載,その結果,154種類からなるシグナルペプチドベクターライブラリーを構築した.このシグナルペプチドベクターライブラリーを利用することで,目的タンパク質の分泌に最適なシグナル配列を網羅的にスクリーニングできる系を構築している.

4. テーラーメード変異株育種

これまでに,「CORYNEX」の分泌量向上,そして汎用性拡大のためのツールボックスの開発に関して述べてきた.しかしながら,上記のCspB融合法,Tat経路の利用,シグナルペプチドライブラリーのツールボックスを利用しても,いまだ分泌させることが困難なタンパク質が多く存在しているのが現状である.われわれは,あらゆるタンパク質を分泌できるような万能宿主を取得することは非常に困難であると考え,目的タンパク質の分泌に適した変異株を取得するという,テーラーメード変異株育種の手法を開発した.この手法においては,「CORYNEX」において分泌困難な目的タンパク質の生産菌をニトロソグアニジンなどの変異剤で突然変異処理を実施し,数千株の変異株の中から目的タンパク質が分泌されるようになった変異株をスクリーニングしてくる方法である.図4図4■テーラーメード変異株取得による分泌量向上例にテーラーメード変異株育種の例を示したが,変異処理前の生産株と比較し,取得したテーラーメード変異株においては,目的タンパク質の分泌量を飛躍的に向上させることができた例を確認することができた.

図4■テーラーメード変異株取得による分泌量向上例

抗体断片Fabの分泌量向上に向けた育種例

先に述べたように,「CORYNEX」において抗体断片Fabの活性型発現にも成功しているが,検討初期の分泌生産量はごく微量であった.われわれはFab高生産菌育種に取り組んだ結果,細胞表層中の透過段階がFab分泌の律速となっていることを見いだした(8)8) Y. Matsuda, H. Itaya, Y. Kitahara, N. M. Theresia, E. A. Kutukova, Y. A. V. Yomantas, M. Date, Y. Kikuchi & M. Wachi: Microb. Cell Fact., 13, 56 (2014).C. glutamicumの細胞表層構造は,脂質二重膜よりなる細胞膜の外側に,ペプチドグリカン(PG),アラビノガラクタン(AG),および長鎖脂肪酸のミコール酸がそれぞれ共有結合により連結したPG–AG–ミコール酸複合体と,その外側に,トレハロースと結合した遊離型のミコール酸糖脂質(トレハロース–ジミコール酸やトレハロース–モノミコール酸),さらに最外層にS層(Surface layer)を形成しており(17)17) M. A. Lanéelle, M. Tropis & M. Daffé: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 9923 (2013).,細胞内外の物質透過において物理的および生化学的な透過障壁となっている.タンパク質分泌生産においては,このような複雑な細胞表層構造を通過してきてはじめて,培養上清中に目的タンパク質を得ることができる.細胞表層の構築に関連する因子の遺伝子欠損を検討した結果,図5図5■細胞表層関連遺伝子の欠損化によるFab分泌量向上に示したように,S層構成タンパク質のCspB,およびPG合成酵素の一つPBP1a(Penicillin-binding protein)の二重欠損株を用いることで,Fab分泌生産量を大きく向上させることに成功した.それぞれ単独の遺伝子欠損株ではFab分泌量は向上しなかったことから,細胞表層構造中のPG層およびS層の少なくとも2段階の透過障壁が律速となっており,これら障壁を同時に改善することによって,Fab分泌量を大きく向上させることができた.また,ここで取得したCspB・PBP1a二重欠損株を親株とし,先に述べたシグナルペプチドライブラリーおよびテーラーメード変異株育種を組み合わせることによって,さらなるFab高生産株を取得することにも成功している.このように,主に膜透過段階の至適化に有効な技術である各種ツールボックスの活用に加え,細胞表層構造の改変が各タンパク質の高生産株育種において有効である.

図5■細胞表層関連遺伝子の欠損化によるFab分泌量向上

「CORYNEX」の産業応用展開

これまでに述べた「CORYNEX」を利用した,タンパク質の工業化,およびタンパク質受託発現事業CORYNEX®について例を挙げて説明する.

1. 増殖因子の工業化例

医薬品タンパク質の売上げ上位を占めている抗体医薬は,さらに市場が大きく成長している.現在は,そのほとんどがチャイニーズハムスター卵巣由来のCHO(Chinese Hamster Ovary)細胞を用いて生産されている.これまでCHO細胞の増殖因子の一つとしてインスリンが多用されてきたが,培地への添加量がインスリンの約1/100程度でも同等の効果を発揮するIGF-1(Insulin-like Growth Factor-1)の需要が高まっていた.しかしながらIGF-1は,それまでの既存のタンパク質生産系では効率的な生産が困難で非常に高価なタンパク質となっていたため,CHO細胞の培地添加剤としての普及は広がっていなかった.われわれは,「CORYNEX」を用いたIGF-1生産菌の構築,培養プロセス,そして精製プロセスを開発し,それまでのタンパク質生産系と比較して,1段のクロマトグラフィー精製による簡略化した製造プロセスを確立することに成功した.その結果,安価なCHO細胞培地添加用IGF-1の工業化に成功し,2009年から販売を開始している.

再生医療分野においては,iPS細胞の増殖用培地の必須添加剤としてbFGFが知られているが,これも既存のタンパク質生産系では効率的な生産が困難であり,非常に高価なタンパク質となっていた.われわれは,「CORYNEX」によるbFGF生産菌の構築,培養プロセス,そして精製プロセスの開発に取り組み,効率の良い製造方法を確立することができた.その結果,iPS細胞培地添加用bFGFの製造に成功し,2017年から販売を開始している.

2. タンパク質受託発現サービス事業:CORYNEX®

味の素株式会社は,これまでに述べてきたC. glutamicumでの異種タンパク質分泌生産系である「CORYNEX」を展開した事業として,2009年からCORYNEX®の商標のもと,タンパク質受託発現サービス事業を開始している.製薬企業をはじめ,多くの企業,研究機関において,既存のタンパク質生産系では効率良い発現を達成できず,開発を進められないタンパク質が数多く存在している.われわれは,このような顧客が有しているタンパク質生産に関する諸問題をCORYNEX®を利用することで少しでも解決できるのではないかと期待している.これまでに,日米欧を主とした多くの企業,研究機関からタンパク質発現を受託し,お客様のニーズに応える柔軟なタンパク質受託発現サービスを展開してきた.

2013年には医薬品タンパク質の生産をも可能とするために,米国のバイオ医薬品の製造受託会社であるAlthea Technologies社(現Ajinomoto Althea, Inc.)を買収したことで,味の素(株)での発現検討,製造プロセス開発,そしてAjinomoto Althea社でのcGMP生産までを一貫してサポートできる体制を整えた.その結果,医薬品候補タンパク質の1 kLスケールのGMP生産に成功し,そのタンパク質が第1相臨床試験に使用されるという実績を得ることに成功した(18)18) 味の素株式会社:https://www.ajinomoto.com/jp/presscenter/press/detail/2016_10_04.html, 2016.

最後に

日本で発見されたCorynebacterium glutamicumは,これまで60年にわたりさまざまなアミノ酸の工業生産菌として世界中で広く利用され,産業上重要な地位を獲得するに至ってきた.そして,アミノ酸のみならず,アミノ酸の重合体であるタンパク質の生産にも適している事を見いだし,人類にとってさらに有用な菌株となりつつある.上記のように,まだ「CORYNEX」は万能なタンパク質生産系ではないが,今後もさらなる改良を継続して「CORYNEX」の汎用性拡大を成し遂げ,タンパク質生産の標準的な生産系としていくことで,人類のQOL向上に貢献できることを願っている.

Acknowledgments

「CORYNEX」の開発そして事業化は,味の素株式会社の多くの共同研究者,関連部所の皆様の尽力に負うところが多かった事を付記し,特に共同受賞者であった,萬年輝久,竹中康浩,小島淳一郎の各氏に謝辞を申し上げます.

Reference

1) S. Kinoshita, S. Udaka & M. Shimono: J. Gen. Appl. Microbiol., 3, 193 (1957).

2) R. Krämer: FEMS Microbiol. Rev., 12, 75 (1994).

3) K. Yokoyama, N. Nio & Y. Kikuchi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 64, 447 (2004).

4) Y. Kikuchi, M. Date, K. Yokoyama, Y. Umezawa & H. Matsui: Appl. Environ. Microbiol., 69, 358 (2003).

5) M. Date, K. Yokoyama, Y. Umezawa, H. Matsui & Y. Kikuchi: Appl. Environ. Microbiol., 69, 3011 (2003).

6) M. Date, K. Yokoyama, Y. Umezawa, H. Matsui & Y. Kikuchi: J. Biotechnol., 110, 219 (2004).

7) Y. Nishio, C. Koseki, N. Tonouchi, K. Matsui, S. Sugimoto & Y. Usuda: J. Gen. Appl. Microbiol., 63, 157 (2017).

8) Y. Matsuda, H. Itaya, Y. Kitahara, N. M. Theresia, E. A. Kutukova, Y. A. V. Yomantas, M. Date, Y. Kikuchi & M. Wachi: Microb. Cell Fact., 13, 56 (2014).

9) 味の素株式会社社:https://www.ajinomoto.co.jp/corynex/jp/

10) 松田吉彦:日本農芸化学会大会講演要旨集,LS14 (2015).

11) A. P. Pugsley: Microbiol. Rev., 57, 50 (1993).

12) K. Cline, R. Henry, C. Li & J. Yuan: EMBO J., 12, 4105 (1993).

13) B. C. Berks, F. Sargent & T. Palmer: Mol. Microbiol., 35, 260 (2000).

14) Y. Kikuchi, M. Date, H. Itaya, K. Matsui & L. F. Wu: Appl. Environ. Microbiol., 72, 7183 (2006).

15) Y. Kikuchi, H. Itaya, M. Date, K. Matsui & L. F. Wu: Appl. Microbiol. Biotechnol., 78, 67 (2008).

16) Y. Kikuchi, H. Itaya, M. Date, K. Matsui & L. F. Wu: Appl. Environ. Microbiol., 75, 603 (2009).

17) M. A. Lanéelle, M. Tropis & M. Daffé: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 9923 (2013).

18) 味の素株式会社:https://www.ajinomoto.com/jp/presscenter/press/detail/2016_10_04.html, 2016.