Kagaku to Seibutsu 56(8): 566-572 (2018)
セミナー室
四倍体作物,ジャガイモのゲノム編集ジャガイモ育種の革新
Published: 2018-07-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
ジャガイモ(伝統的に公的機関ではバレイショと呼ぶ(1)1) 財団法人いも類振興会:“ジャガイモ辞典”,全国農村教育協会,2012.)は,南米アンデスを起源とする野生種から栽培化されたとされている.生産量は世界4番目で,直接口に入る食用作物としてもイネ,コムギに次いで3番目の食用作物である(2)2) FAO: FAOSTAT, http://www.fao.org/faostat/en/#home, 2017..単位面積当たりのタンパク質生産はダイズに次いで2番目(3)3) M. S. Kaldy: Econ. Bot., 26, 142 (1972).,水の消費量あたりのエネルギーやタンパク質生産量では1番目と報告されており(4)4) D. Renault & W. W. Wallender: Agric. Water Manage., 45, 275 (2000).,持続可能な開発目標(SDGs)を目指すためにも重要な作物と位置づけられる.現在の品種の大部分は同質四倍体であり優良品種を塊茎(いも)で栄養繁殖する.遺伝子構成がヘテロであるため,育種はほかの種子繁殖をする主要作物と比べて遅れている.QTL解析による遺伝子の同定や育種への応用,ランダム変異プールから遺伝子変異の同定による利用,F1ハイブリッド育種(オランダのSolyntaで取り組まれている(5)5) Solynta: Hybrid potato breeding, http://solynta.com/, 2018.)などの報告は限られている.一方で遺伝子組換えによる形質転換が容易なこともあり,果樹や精英樹などエリート品種を挿し木や組織培養で栄養繁殖している産業上重要な植物の育種のモデルともなっている.日本での2014年のジャガイモの消費量206万トンの内訳をみると,青果用33%以外に,でん粉用41%,加工用26%でポテトチップなどの菓子やコロッケ・サラダの食品メーカーの加工品原料に利用されており,食品産業の利用という重要な面を持ち合わせている作物である(6)6) 田宮誠司:砂糖類・でん粉情報,2016年10月号,62 (2016)..
新しい育種技術(NPBT: New Plant Breeding Techniques)の一つである人工制限酵素は,切断する配列を自由にデザインすることができるため標的遺伝子を破壊することができる.ゲノム編集技術については,最も広く使われる人工制限酵素を用いた方法を説明する.原理などは前号まで掲載された本セミナー室や雑賀と土岐のイネでの解説(7)7) 雑賀啓明,土岐精一:化学と生物,55, 676 (2017).を参照されたい.人工制限酵素を用いた技術が多くの育種関係者から注目されたのは,2011年のCermakら(8)8) T. Cermak, E. L. Doyle, M. Christian, L. Wang, Y. Zhang, C. Schmidt, J. A. Baller, N. V. Somia, A. J. Bogdanove & D. F. Voytas: Nucleic Acids Res., 39, e82 (2011).による,それまでの技術より格段に実用的に切断配列をデザインできるようになった人工制限酵素としてTALENを用いた報告からである.われわれのグループが着目したのも,この時点からであった.その後,より簡単に人工制限酵素を作ることができるCRISPR/Cas9によって広く利用されるようになった.植物では遺伝子組換えの手法を用いて,ゲノムに人工制限酵素を発現させる部分(ゲノム編集ツール)をいったんゲノムに組み込んでゲノム編集をする必要があった.そのためゲノム編集の実験では遺伝子組換えの容易さが必要な条件であった.品種によるが,ジャガイモはタバコと並んで遺伝子組換えが容易なことから,1980年代末頃から遺伝子組換え実験の材料として使われてきた.ジャガイモのゲノム編集としては,われわれが行ったTALENを用いたSSR2遺伝子の破壊についての2014年の報告が最初の例である(9)9) S. Sawai, K. Ohyama, S. Yasumoto, H. Seki, T. Sakuma, T. Yamamoto, Y. Takebayashi, M. Kojima, H. Sakakibara, T. Aoki et al.: Plant Cell, 26, 3763 (2014).(図1図1■ステロイドグリコアルカロイド生合成経路の分岐にかかわるSSR2遺伝子と同遺伝子を標的にしたゲノム編集植物での変異).SSR2遺伝子はステロール24位還元酵素をコードしており,ジャガイモの食中毒の原因物質であるステロイドグリコアルカロイドの生合成経路と,植物が共通してもっている植物ステロールやホルモンを作る生合成経路の分岐にかかわる遺伝子である.詳しくは以前の解説(10)10) 梅基直行:化学と生物,53, 843 (2015).や論文(11, 12)11) N. Umemoto, M. Nakayasu, K. Ohyama, M. Yotsu-Yamashita, M. Mizutani, H. Seki, K. Saito & T. Muranaka: Plant Physiol., 171, 2458 (2016).12) M. Nakayasu, N. Umemoto, K. Ohyama, Y. Fujimoto, H. J. Lee, B. Watanabe, T. Muranaka, K. Saito, Y. Sugimoto & M. Mizutani: Plant Physiol., 175, 120 (2017).を参照されたい.SSR2遺伝子の破壊により,ステロイドグリコアルカロイド含有が極めて低い系統を得ることができた.ここでジャガイモとして重要なことは,使用したジャガイモは四倍体の品種(サッシー)であり,1回の実験ですべてのアレルを破壊することができ,潜性(劣性)の表現型を確認できたことである.変異体を得るために自殖できる二倍体作物ではランダム変異のプールから変異遺伝子をもつ変異体を得て,それを交配することで標的遺伝子が破壊され表現型が出る潜性変異を固定することができる.四倍体のジャガイモは変異を見いだしても交配の集積に二倍体植物の2倍以上の時間がかかる.また,ジャガイモには自殖弱性や,後述するように細胞質優性不稔の系統が多いことなど交配に制限があるため,交配によって変異遺伝子を集積して表現型を得るのは極めて困難である.ゲノム編集技術を使えば,1回の操作で潜性変異を固定し表現型が確認できることになり,ジャガイモでも潜性の育種の可能性が開かれる.以降,さまざまなグループで切断活性をもつ人工制限酵素のデザインを行い,形質転換効率のいいジャガイモを使うことによって遺伝子欠失をもつジャガイモのゲノム編集個体が得られている.
ゲノム編集ツールは遺伝子組換えにより導入する必要があるが,変異を得たあとではゲノム編集ツールは不要になる.自殖容易なイネやトマトはゲノム編集ツールが染色体上に1コピーであれば,メンデルの法則にしたがって自殖後代で1 : 3に分離してゲノム編集ツールを含まない個体を容易に得ることができる(図2図2■交配によるヌルセグリガント獲得の模式図).これをヌルセグリガントと呼ぶ.ゲノム編集ツール自体も環境中の野生生物に大きな影響を与える「遺伝子ドライブ」をもたらす危険性が指摘されており(13)13) H. Ledford: Nature, 524, 16 (2015).,除去することが望ましい.ヌルセグリガントは育種過程に遺伝子組換え技術を適用するが,最終的にできる系統・品種には遺伝子組換えに用いた外来の遺伝子は存在しないことになる.変異だけをもつことから,慣行の育種技術によって作出された農作物,つまり自然や化学処理などの(突然)変異を集積した変異体と区別ができない.すなわち,慣行の突然変異育種法によって作出される農作物とみなすことができるため,生物多様性に関して懸念すべき事項はないと判断できる旨の報告書が農水省のHPに記載されている(14)14) 新たな育種技術研究会:資料1新たな育種技術研究会報告書の概要,http://www.affrc.maff.go.jp/docs/commitee/nbt/top.htm, 2015..このようにヌルセグリガントの状態になったゲノム編集植物は遺伝子組換え植物ではないと判断されることが期待される.本稿を書いている時点では日本でのゲノム編集植物の規制や表示のルールは検討中とのことである.米国では,すでにゲノム編集植物やキノコが遺伝子組換えなどの規制の範囲外であるとの判断が米国農務省(USDA)から出ており,自由に栽培および販売することができるようになっている(15)15) E. Waltz: Nat. Biotechnol., 36, 6 (2018)..
しかしジャガイモについてはヌルセグリガントを得ることには課題がある.北海道のジャガイモ畑では紫や白い花を見ることができるが,そのほかの地域ではなかなか見ることはできない.さらに,その花が結実するのはまれである.ジャガイモは塊茎を生産し,その塊茎で増殖できるため花や実がつかなくても問題にはならない.ジャガイモはトマトとゲノムが92%同一であり(16)16) Tomato Genome Consortium: Nature, 485, 635 (2012).,条件が整えばミニトマトのような果実をつけるが,ジャガイモの実はいつまでも緑色のままである.今ある品種は,このような果実から得た種子を播種し,品質,生産性,栽培性,耐病性などの優良な形質を選抜して確立した塊茎によって増殖するクローンである.二倍体の系統は自家不和合であるがSli遺伝子座(17)17) K. Hosaka & R. E. Hanneman Jr.: Theor. Appl. Genet., 76, 172 (1988).をもっている場合は自殖が可能となる.四倍体の場合は結実の難易は品種に依存しているが,帯広畜産大の保坂らは,その原因は多くの品種で細胞質雄性不稔のためであると報告し,このことがジャガイモ育種の幅を狭める原因となっていると議論している(18)18) C. Phumichai, M. Mori, A. Kobayashi, O. Kamijima & K. Hosaka: Genome, 48, 977 (2005)..日本を含めた世界の主要な品種は,この細胞質雄性不稔の形質を持ち合わせているために母親にしかなることはできない.われわれが形質転換のしやすさから実験材料として利用してきた前項の品種「サッシー」も同じく細胞質優性不稔である.そのため日本のジャガイモ育種団体で作出された花粉稔性の高い系統で自殖できる二倍体種である97H32-6(17)17) K. Hosaka & R. E. Hanneman Jr.: Theor. Appl. Genet., 76, 172 (1988).と品種「ながさき黄金」の親である西海35号(19)19) K. Mori, N. Mukojima, T. Nakao, S. Tamiya, Y. Sakamoto, N. Sohbaru, K. Hayashi, H. Watanuki, K. Nara, K. Yamazaki et al.: Am. J. Potato Res., 89, 63 (2012).を提供いただいた.これらの品種を利用しゲノム編集個体を作出しSSR2遺伝子が破壊された系統を得ることができた.これらはゲノム編集ツールを含む遺伝子組換え体である.いずれも閉鎖屋内の環境で自殖を行い結実することができ(図3図3■SSR2遺伝子が破壊された西海35号のジャガイモ果実),種子から得られる個体にはヌルセグリガントが含まれると期待される.ほかのグループでも同様に自殖によってジャガイモからヌルセグリガントを得た報告がある(20)20) N. M. Butler, P. A. Atkins, D. F. Voytas & D. S. Douches: PLOS ONE, 10, e0144591 (2015)..しかし,ジャガイモの場合は上述のとおり,遺伝構成がヘテロであるため交配によって得たヌルセグリガントは親系統とは異なる性質をもつ.自殖の場合は自殖弱性のために得られた集団の中から品種にするのは極めて困難であると考えられる.われわれは花粉稔性をもつ品種「さやか」でもゲノム編集個体を得ており,「サッシー」,「西海35号」も含めて現在日本の育種業界で親として利用している優良母本でゲノム編集個体を得ることができた.実用化を進めるために新しい品種としてヌルセグリガントを得る目的で,これら品種間の交配を進めている.
ジャガイモなど栄養繁殖性の作物では交配によってヌルセグリガントを得ても,親の性質を維持できないため,改めて品種選抜をしなければならない.つまり,実用化するためには,従来の育種に必要な段階を経て品種を作り直さなければならない.早期に品種を出す,社会実装を目指すためには交配を経ずに,なおかつ,ゲノム編集ツールを含まないゲノム編集個体(当代ヌル)を得る方法が望まれる.いくつかの手法が開発されつつあり,以下にこれらを概説する(図4図4■当代でゲノムに組込んだ痕跡をもたないゲノム編集ジャガイモを獲得する方法や課題).
解決策の一つは,ゲノム編集ツールをタンパク質やRNAや複合体で直接,細胞に導入し,ゲノム編集された細胞を個体まで分化させることである.現時点でジャガイモではタンパク質やRNA,あるいはそれらの複合体として直接細胞に導入したとする報告は見当たらないが,DNAを導入し一過的発現させることでも原理的には同じである.この場合,ゲノムに組み込まれていないことはNGSなど大規模なゲノムシークエンスでの確認が必要となる.動物ではゲノム編集を行う細胞に受精卵を使うことで遺伝子組換えでないゲノム編集個体の作出が容易に行われている.一方,高等植物は受精細胞にゲノム編集ツールを導入することは極めて難しい.しかし葉肉細胞などから得られたプロトプラストを効率よく再分化できる系があれば可能となる.Clasenら(21)21) B. M. Clasen, T. J. Stoddard, S. Luo, Z. L. Demorest, J. Li, F. Cedrone, R. Tibebu, S. Davison, E. E. Ray, A. Daulhac et al.: Plant Biotechnol. J., 14, 169 (2016).は,導入したものはTALENを発現するDNAの一過的発現系で,フライ用ジャガイモ品種「Ranger Russet」で600の再分化したシュートからゲノム編集個体を18系統得ている.変異導入の標的遺伝子はポテトフライ作成時に問題となる低温保存時に還元糖を生成する液胞インベルターゼ遺伝子VInvである.7系統のゲノム編集個体のうち4つのアリルすべてが破壊された2系統が得られた.このうち1系統は低温保存時に還元糖が増えずアクリルアミドの増加が抑制され,かつチップにした際の色が淡色のままになる優良形質を示した.この研究開発はCalyxt社(旧Cellectis Plant Sciences)が2015年に米国で最初のフィールドテストを終え現在塊茎を増殖中であるとしてニュースリリースした(22)22) Calyxt: Calyxt Completes the First Field Trials of its Cold Storable Potato Product, http://www.calyxt.com/calyxt-completes-the-first-field-trials-of-its-cold-storable-potato-product/, 2015..Calyxt社は,これを含め4つのジャガイモの製品パイプラインを記載し,本件の低温貯蔵性と打撲耐性のジャガイモについて,すでに米国農務省の規制範囲外である確認を得ていることを記載している(23)23) Calyxt: PRODUCT OVERVIEW, http://www.calyxt.com/products/, 2018..Andersonら(24)24) M. Andersson, H. Turesson, A. Nicolia, A.-S. Fält, M. Samuelsson & P. Hofvander: Plant Cell Rep., 36, 117 (2017).はでん粉用品種「Kuras」のプロトプラストに,アミロース生成に必要となるGBSS遺伝子を標的にした複数のgRNAとCas9を発現するDNAを導入した.再分化個体の2%に4アレルとも変異をもつ系統を得たと報告した.これらは生化学的なデータの掲載はないが,でん粉染色でアミロースがなかったとしている.この文献中には再分化した個体のうち,約1/4の個体が生育阻害を起こし枯死したことを報告している.一般にプロトプラストによる再分化を経た個体では高い頻度でソマクローナル変異が入ることが知られている.後者の文献には再分化した個体の大部分は外見に違いはないとしているが,このようにプロトプラスト再分化によるソマクローナル変異を内包せざるをえないと考えられる.本方法で得られた編集個体が品種になるのか(なりうるのか)その後の報告が待たれるところである.
ゲノム編集された細胞が優先的に増殖してゲノム編集個体を得るためには,ゲノム編集細胞が何らかの増殖に有利な条件があれば,通常の遺伝子組換えのように組織から再分化する過程で選抜をかけてゲノム編集個体を得ることができる.しかし,ほとんどの場合は増殖優位な選抜をすることはできない.別の方法としては高頻度でゲノム編集を起こしたのち,キメラ状の組織の大部分をゲノム編集細胞や組織とすることで,そこから個体を分離する方法が考えられる.現在報告されているもので有効と考えられるのは,Butlerら(25)25) N. M. Butler, N. J. Baltes, D. F. Voytas & D. S. Douches: Front. Plant Sci., 7, 1045 (2016).によるジャガイモでジェミニウイルスのレプリコンを用いた環状DNAからゲノム編集ツールを発現させる方法である.このレプリコンはゲノムに組込まないためこのDNA上からはゲノムに組み込まずにゲノム編集できることを報告している.加えてこの技術の優れている点は大量のDNAを細胞内に供給できることでありゲノム編集の鋳型DNAとしても利用可能な点である.つまり単なる欠失などの標的変異(SDN-1)だけでなく,遺伝子挿入や遺伝子を書き換えることが可能な標的組換え(SDN-2やSDN-3)(7)7) 雑賀啓明,土岐精一:化学と生物,55, 676 (2017).をも可能とする技術である.本論文から効率を引用することはできないが,同じジェミニウイルスのレプリコンを使ったほかの作物での学会報告からは,極めて高い効率のゲノム編集個体を得ることが可能になっているようである.種子を介さずジャガイモで容易にウイルスのレプリコンが除去できるのであれば,有効な技術と考えられるが,まだ,その報告は見当たらない.賀屋らはゲノム編集ツールをウイルスベクターに載せゲノム編集することを進めている(26)26) H. Kaya, K. Ishibashi & S. Toki: Plant Cell Physiol., 58, 643 (2017)..Cas9遺伝子はウイルスベクターに載せるには大きいため分割し植物細胞内で再構成しゲノム編集できることを報告している.不要になったウイルスを除く方法も報告している(27)27) T. Chujo, M. Yoshikawa, H. Ariga, M. Endo, S. Toki & K. Ishibashi: Plant J., 91, 558 (2017)..この方法によって均一な植物体やジャガイモ個体が得られることを期待したい.
別の観点では,ゲノム編集ツールと薬剤耐性遺伝子をゲノムに導入し,薬剤耐性でゲノム編集個体を選抜してから,痕跡を残さないでゲノム編集ツールを除去する方法がある.この方法では動物由来のトランスポゾンでフットプリントを残さず除去できるpiggyBacの系が知られており,イネでの利用報告がある(28, 29)28) A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, K. Osakabe, H. Saika & S. Toki: Plant J., 77, 454 (2014).29) A. Nishizawa-Yokoi, M. Endo, N. Ohtsuki, H. Saika & S. Toki: Plant J., 81, 160 (2015)..トランスポゾンの切り出し効率は高く,かつ再挿入も少ないとの利点が報告されている.痕跡を完全になくすためには,最初の導入の時点でアグロバクテリウム形質転換に付随するRBやLBなどの外来遺伝子を導入せず,トランスポゾンの領域だけを導入する必要がある.報告は形質転換効率が高いイネを使ったものであり,ジャガイモでの応用が期待される.
アグロバクテリウムは形質転換に使われるのとは別に,葉などにインフィルトレーションすることで遺伝子産物の一過的発現にも利用される.われわれのグループではこの一過的発現でゲノム編集ツールを発現させ4つのアレルを破壊できることを見いだした.現在のところ,再分化効率のいい品種において“ゲノムに組み込まないゲノム編集”が可能となっている(未発表).現在,適応品種の拡大と頻度を上げる工夫をしているところである.われわれの方法は,すでに市販され普及している品種の標的遺伝子の改変を可能とする実用的な技術であり,早期の社会実装に向けた品種作成が可能となる.特にステロイドグリコアルカロイドは,青果用で2番目に生産の多く品種登録制度以前からある古い系統「メークイン」で極めて高くなることが知られている.毎年のように報道されるジャガイモの中毒事件(30)30) 青木政典:いも類振興情報,133, 3 (2017).も「メークイン」の性質によるところが大きいと考えられている.改良「メークイン」を開発することは食の安全・安心に直接貢献できるものと考えられる.
多倍数性作物でのゲノム編集の利点は理解されていたが,ようやく栄養繁殖性植物でも実用に値する技術が確立されつつある.例年11月に北海道の十勝川温泉で開催される次世代バレイショセミナー(31)31) 帯広畜産大学バレイショ遺伝資源開発学講座:次世代バレイショセミナー, http://www.obihiro.ac.jp/~Potato/japanese/home.html, 2018.は日本のジャガイモ育種関係者の勉強,情報共有・交換の場となっている.2017年度にはわれわれの最新の研究の進展と課題を報告し,関係者と社会実装への意見交換を行うことができた.育種関係者のゲノム編集に対する期待は高く,前述した遺伝子同定されている潜性の変異の導入の利用に加えて,逆に従来育種としてはゲノム編集で改良できない多因子に寄与されるような形質の評価に注力できるため育種が効率化できるとの意見もあった.加工メーカーなど実需団体や流通団体も期待される成果には魅力を感じていただいた.しかし一方で,いずれの組織もゲノム編集技術で作られた農作物のパブリックアクセプタンスを気にしていた.誰が一番乗りのリスクを取るか,極端には,研究開発が進んでいるトマトやイネのすぐ後ろをついていくのが良いのではないかとの意見や,有力産地の関係者からは,「個人的には技術に魅力を感じるが,軽々しく発言することも問題になりかねない」という話も伺った.加工業の方からは,本技術は「遺伝子組換えではないという表示ができるか,できるなら利用についての議論を始めたい」との質問もあった.同じNPBTであるSeed Production Technology(SPT)については,この技術を利用して得られたトウモロコシが遺伝子組換え食品に該当しないという判断が厚生労働省でされており(32)32) 日本植物細胞分子生物学会:新植物育種技術関連情報,http://www.jspcmb.jp/npbt/sub01.html, 2018.,その可能性はあるとは回答したが,消費者と加工業者・育種開発者の認識の隔たりもまだまだ大きいと感じたところである.われわれは内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」の試験研究計画名「ゲノム編集技術等を用いた農水産物の画期的育種改良」で,ステロイドグリコアルカロイドの生合成遺伝子を標的にしてゲノム編集技術の開発を進めるとともに,新たに作出する「毒を作らないジャガイモ」の社会実装を目指して品種作成へ向けた技術開発を行ってきた.今後,さまざまな機会を通してゲノム編集技術に対する認識をジャガイモ業界で共有できるよう努力していきたい.この報告が出版されるころには,日本でも明確な規制側の方針が出ることを期待するところである.加えて,われわれの所属するSIPでも実施しているが,消費者に対する理解を得られるような取り組み・仕組みづくりが重要であり,この点についても協力していきたい.
Reference
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