Kagaku to Seibutsu 56(8): 573-576 (2018)
海外だより
15th Weurman Flavour Research Symposiumに参加して発表内容の概要とシンポジウムの雰囲気,次回の参加に向けて
Published: 2018-07-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
2017年9月,オーストリアのグラーツ工科大学で15th Weurman Flavour Research Symposiumが開催されました.本シンポジウムはフレーバーサイエンスに関連する研究についての国際会議です.1975年のオランダに始まった本会はヨーロッパ各地で3年ごとに開催されており,今回で第15回を迎えました.フレーバーサイエンスの分野で世界的に著名な大学や研究機関,大手食品会社や香料会社の研究者など数多くの方々が各地から集まり,研究発表や議論が行われました.本稿ではシンポジウムで発表された研究の概要のほかに,全体の雰囲気やスケジュールなども含めて紹介し,次回フランスで行われるシンポジウムへの参加を検討される際の参考になる情報をお伝えできればと思います.
事務局の発表では,30カ国以上から一般228名(男45%,女55%)と学生35名の計263名,国別では,ドイツ35名,イギリス28名,オーストリア27名,フランス20名,アメリカ18名,日本12名が参加しているとのことでした.ヨーロッパで開催されるシンポジウムなので当然のことながらEU圏からの参加者の割合が高くなっていますが,日本のほかにも中国やシンガポールといったアジア圏からの参加者も多くいました.発表形式とその数は基調講演と口頭発表で38題,フラッシュプレゼンテーション14題,ポスター130題でした.口頭発表の一部およびすべてのフラッシュプレゼンテーションはポスター発表も行われていますので,重複を除くと発表内容の数は160題前後となります.参加者数263名に対する発表者の割合は60%超,さらに共同研究者も考慮すると実際に発表に関係している参加者の割合はかなり高いと考えられます.参加にあたっては申し込みをすれば誰でも参加できるわけではなく,参加者は基本的に発表者とその同行者(共同研究者)が優先され,聴講だけの参加は限られているようです.本シンポジウムは口頭発表を一つの会場のみで行うスタイルとなっていたので,会場の収容人数の関係によるものと考えられます.
会期は2017年9月18~22日の5日間,初日にサテライトシンポジウムがあり,2日目以降は口頭発表とポスター発表が行われました(表1表1■シンポジウムのスケジュール).
Mon | Tue | Wed | Thu | Fri | |
---|---|---|---|---|---|
Morning | Opening Ceremony Session 1 | Session 2 Poster Session 2 | Session 4 Poster Session 3 | Session 6 Flush Presentation 3 | |
Closing Ceremony | |||||
Lunch | Lunch | Lunch | Lunch | ||
Afternoon | Satellite Symposium Registration | Session 2 Flush Presentation 1 Poster Session 1 | Session 3 Guided Tours | Session 5 Poster Session 4 Flush Presentation 2 | |
Evening | Welcome Reception | Free | Styrian Delicatessen Fair | Conference Dinner |
サテライトシンポジウムは装置メーカー2社の主催によるものでした.2セッションを2会場で同時並行して行う形式で,聴講希望者は事前にどちらのセッションに参加するか選択して申し込みます.先着順とのことでしたが,両会場ともほぼ満席でしたので,参加できなかった方もいらっしゃったかもしれません.第1会場はIonicon Analytik GmbHが主催するPTR-TOFMSを用いたリアルタイムフレーバーリリース分析の紹介でした.PTR-TOFMSの装置が会場に持ち込まれており,実際に装置を使ったデモンストレーションも行われたようです.講演終了後も多くの方が残ってメーカーの技術者とディスカッションを続けており,リアルタイム計測技術の注目度の高さがうかがえました.第2会場はShimadzu Europa GmbHが主催する高度なクロマトグラフィによる香気成分分析で,新しい前処理技術や最新のクロマトグラフィを用いた分析事例の紹介がありました.
2日目以降は,メインのシンポジウムが行われました.6セッションで構成され,各セッションの最初に基調講演が行われ,続いて口頭発表,フラッシュプレゼンテーションがありました.セッションの間にはポスター発表が行われました.各セッションの概要について簡単に紹介したいと思います.
セッション1「Impact of Flavour Compounds on Humans」では味や香りの鎮静,覚醒作用や食欲,脂質代謝への影響についての研究が発表されました.一つの感覚がほかの感覚に影響を及ぼすこと,たとえばレストランの照明(視覚)や音楽(聴覚)が食事の味の感じ方に影響していることは,多くの方が経験的に理解している現象だと思います.特に味覚と嗅覚はほかからの影響を受けやすく,さらにそのときの個人の体調や気分にも左右されるため,その感じ方に対して客観的なデータを得ることは難しいと言えます.感覚的には容易に理解できる現象であっても信頼できる客観データに基づいて科学的に証明していくことはそれほど簡単ではないことがわかります.
セッション2「Flavour Generation & Release」では,微生物や酵素を利用したフレーバー化合物の合成についての発表がありました.植物や微生物は多種多様な二次代謝産物を産生しています.生合成経路とその経路を構成する遺伝子や酵素が徐々に明らかになってきており,それらを利用することで化学合成では難しい反応を進行させることができます.スクリーニングにより得た微生物だけでなく,大腸菌に特定の遺伝子を発現させて有用化合物の探索に利用した研究も紹介され,そこで得られた酵素を用いて数多くの新規化合物を合成していました.このような生物を利用した酵素反応は,安価な再生可能原料から有用化合物を持続的に供給できる技術であることから,今後も応用例が増えていくと予想されます.
セッション3「Flavour and Off-Flavour of Non-Food Products」では,トイレの環境改善に対する取り組みや自動車の人工皮革の香気成分の解明に関する発表がありました.現在,全世界で25億人が衛生的な環境のトイレを利用できない状況にあるそうです.環境改善のための取り組みとして,トイレの悪臭成分を解明するところからスタートし,香料によって悪臭の感じ方を低減させるというプロジェクトの紹介がありました.また,自動車の新車の内装臭の原因となる材料として人工皮革を取り上げ,その特徴的な香気に対して最新の装置を用いた分析を実施し,3つの寄与成分の特定に成功していました.
セッション4「Flavour Perception & Psychophysics」では,味や香りの知覚に関して遺伝子や受容体レベルで検討した研究や味覚と嗅覚のクロスモーダル効果に関する報告などが行われました.甘さに対する個人の好みと知覚に遺伝子の影響があるのか調査し,2つの人工甘味料の好みと知覚は味覚受容体遺伝子型に影響されていることを明らかにしていました.多くの食品中に含まれているピラジン類は低濃度でも香気が感じられる重要な香気成分として知られています.これまで明らかにされていなかったピラジン類の嗅覚受容体に関してスクリーニングを行い,その嗅覚受容体を明らかにしていました.また,クロスモーダル効果の一例として特定の香りが塩味や甘味を強く感じさせることが知られており,この現象を上手く利用すれば食品の味の品質を低下させずに塩分や糖分の摂取量を調整することができます.一方で訓練された評価者は香りと味を明確に区別でき,その結果,増強効果が得られないことが示されています.一般消費者も長期的に摂取を続けた場合に訓練された評価者と同様に増強効果が得られにくくなるのか,クロスモーダル効果の堅牢性についての検討が報告されました.
セッション5「Industry related Flavour Issues」では,EUの香料の規制の状況と課題や香料中で生成するアーティファクトについての研究が報告されました.
セッション6「Recent Developments in Analytical Techniques」では,二次元ガスクロマトグラフィと質量分析計を組み合わせた最新の情報と新しい試料調製法,リアルタイム計測のための手段としてPTR-TOFMSやNIR-MVAを用いた手法の紹介がされました.
ポスター発表は奇数番号,偶数番号の2つのグループに分かれて行われました.約1時間30分のセッションが4回あり,両グループともに2回のセッションが割り当てられました.ポスターは事前に掲示してあり,発表時間以外でも見ることができました.全体的な印象としては,PTR-MSを用いた発表が数多くあり,最新の機器を利用した香気成分のリアルタイム計測がトレンドとなっているようです.一方で,サンプル中に含まれる揮発性成分の種類とその量を明らかにし,さらにGC-Oを使って各揮発性成分の香りの評価を行うといった伝統的な研究発表も多数ありました.
ここまで発表の概要をお伝えしてきましたが,本シンポジウムで発表された研究内容は2018年の夏ごろに“Flavour Science”というタイトルの書籍が出版される予定となっていますので,詳細につきましてはそちらをご覧になっていただければと思います.
会期を通じて一つの会場で発表が行われるので,約1週間にわたって全員が同じ会場で顔を合わせることになります.懇親会も複数回あるので,後半になってくると,ある程度顔見知りが増えてきて話がしやすい雰囲気にもなってきました.昼食は大学内で連日用意され,夕食については初日と3日目,4日目にそれぞれ場所を変えて懇親会が開催されました.初日と3日目は立食だったので特に話がしやすく,話をしているうちに別の方を紹介してもらえることもあり,思いがけず著名な方とお話しする機会にも恵まれました.
また,多くの方が発表関係者であることからお互いの研究内容を紹介するギブアンドテイクの関係が成り立っており,活発に議論しやすい状況にもなります.ポスター発表で質問した内容に答えてもらった後に,こちらが何を発表しているのか聞かれ,その内容に対して質問を受けたりする場面もありました.
全体的に会話や議論のしやすい雰囲気になるような発表スタイルや運営方法になっているのだと感じました.
グラーツはウィーンに次ぐオーストリア第2の人口を誇る都市です.その市街は世界文化遺産「グラーツ市歴史地区とエッゲンベルグ城」として登録されています.会期の中日である3日目の午後の後半はエクスカーションが設定されており,ガイドの方による案内がありました.シュロスベルクの丘にある街のシンボルの時計塔からは赤レンガ色の屋根が一面に広がる素晴らしい景色を一望することができました(図1図1■シュロスベルクの丘の時計台(左)と丘の上からの眺望(右)).発表会場であるグラーツ工科大学の内部は発表や聴講のしやすい最新の設備が整えられていましたが,外観はヨーロッパらしい歴史の感じられる建物でした(図2図2■シンポジウム会場のグラーツ工科大学).
次回以降の参加を検討される方にとって,準備に役立つような情報を提供できればと思います.2017年9月の開催に対してエントリー受付期間は2017年2月6日から4月1日までで,このときにA4用紙1枚のアブストラクトと発表希望形式(口頭またはポスター)を申し込みます.受付締切り後にアブストラクトのレビューが行われ,発表可否と形式決定の連絡が5月上旬にありました.今回は200題近くの申し込みと90題以上の口頭発表希望があったそうです.サテライトシンポジウムの参加希望連絡や会費の支払手続きが6月末まででした.7月下旬に詳細な発表プログラムが公開されました.シンポジウムの翌年に各発表内容のproceedingを収録したWeurman bookが“Flavour Science”というタイトルの書籍として出版されます.所定のテンプレートが用意され,口頭発表は6ページ,ポスター発表は4ページ以内で各研究のProceedingを提出します.期限は10月末までとなっていますが,発表前であっても提出して構いません.
今回,海外で開催される学会に初めて参加し,香りに関連する研究で著名な先生方と直接会ってお話しする機会にも恵まれ,多くの貴重な経験をすることができました.会期において最も印象的だったのが,クロージングセレモニーにおいて学会運営に裏方として尽力した学生たちが登壇し,オーガナイザーから彼らに対して賛辞が送られたことでした.海外では普通のことなのかもしれませんが,これまで私の参加した学会では目にしたことはなかったのでとても新鮮で心温まる光景でした.会場を一つに限定して開催する学会の長所とも言えます.海外で開催される国際学会は費用の負担も大きく容易に参加できるものではないですが,その分野の権威ある先生方に自分の研究内容を紹介できる絶好の場となっています.次回は2020年9月にフランスのDijonで開催されるとのことです.参加検討にあたり,本稿がお役に立てば幸いです.