農芸化学@High School

腹ペコアリと満腹アリの行動学的考察西日本を中心に拡大するアルゼンチンアリの分布調査とフェロモンを使った駆除

勝野 浩志

岐阜県立八百津高等学校自然科学部

野村 真愛

岐阜県立八百津高等学校自然科学部

平林 功多

岐阜県立八百津高等学校自然科学部

若尾 岳登

岐阜県立八百津高等学校自然科学部

藤本 千夢

岐阜県立八百津高等学校自然科学部

柘植 千佳

岐阜県立八百津高等学校自然科学部

長谷川 雄登

岐阜県立加茂高等学校自然科学部

竹腰 和真

岐阜県立加茂高等学校自然科学部

山本 忠輝

岐阜県立加茂高等学校自然科学部

貝川 太亮

岐阜県立加茂高等学校自然科学部

Published: 2018-07-20

本研究は,日本農芸化学会2018年度大会(開催地:名城大学)における「ジュニア農芸化学会」で発表された.外来特定生物であるアルゼンチンアリについて,種特異的に有効な道しるべフェロモンに着目し,誘引捕獲による「大量誘殺」法の開発を目的とした.アリのフェロモンと採餌行動の関係を明らかにする実験では,「腹ペコアリ」はフェロモン軌跡を「巣」から「エサ場」に,「満腹アリ」はその逆にたどることを明らかにした.続いてフェロモントラップの作成に進み,ろ紙とペットボトルを加工した蟻地獄型容器がアリの捕獲に最適であること,また道しるべフェロモンを誘引だけでなく,正規航路のかく乱にも有効であることを見いだした.これらは,新規なフェロモン農薬の開発にもつながる独創的かつ画期的な結果として,学会から高く評価された.

本研究の目的・方法および結果

【目的】

私たちは,アルゼンチンアリが隣接市の各務原市に定着した2007年の翌年から,分布調査・行動学的研究などを行ってきた.また,2年前から合成道しるべフェロモンを使った防除に着手し,圃場を借り受け,調査・研究を行っている.アルゼンチンアリは薬剤に弱く,駆除にはベイト剤(毒餌)が多く用いられている(1)1) 環境省自然環境局:アルゼンチンアリ防除の手引き,2009..しかし,在来アリもこのベイト剤を食べるため,生態系への影響がある.そこでアルゼンチンアリだけの捕獲・駆除ができないかと考えた.一方,アリの行動には道しるべフェロモンがかかわっていることが知られている.これまで,アルゼンチンアリは高濃度の道しるべフェロモンが存在すると忌避行動を取ることから,合成品を用いて分布拡大を抑える手法が採られてきた(2, 3)2) 田付貞洋:アルゼンチンアリ 史上最強の侵略的外来種,東京大学出版,2014.3) 砂村栄力:侵略的外来種アルゼンチンアリの社会構造解析および合成道しるべフェロモンを利用した防除に関する研究,東京大学博士論文,2011..私たちは,道しるべフェロモンの働きを直接的に利用する誘殺法(誘導・捕殺)を開発することにした.

そのための基礎研究としてアルゼンチンアリの合成道しるべフェロモンに対する行動を明らかにする必要がある.「満腹アリ」はエサ場から巣に,「腹ペコアリ」は巣からエサ場に向かう性質があるものと仮定し実験を行った.

【方法および結果】

1. 腹ペコアリと満腹アリの合成道しるべフェロモンに対する行動の観察

アルゼンチンアリの道しるべフェロモンの主成分は,揮発性の(Z)-ヘキサデカ-7-エナールであることがわかっている(2)2) 田付貞洋:アルゼンチンアリ 史上最強の侵略的外来種,東京大学出版,2014..東京大学の寺山守先生から提供していただいた(Z)-ヘキサデカ-7-エナールをヘキサンで10−4~10−9倍まで希釈し,行列を作らせるのに最も適している濃度を調べると,10−6倍に薄めたものであることがわかった.そこで,この濃度の溶液を合成道しるべフェロモンとして利用した.

デスクペンで合成道しるべフェロモンを塗布したろ紙を,アルゼンチンアリに近づけて行動を観察した.実験6日前に行列をたどっているアルゼンチンアリを採集した.これらにガムシロップを与えて飼育したアリを「満腹アリ」,水だけで飼育したアリを「腹ペコアリ」とした.

1.1 野外で行列をたどる腹ペコアリと満腹アリ

野外で行列を作っている腹ペコアリと満腹アリにろ紙を近づけても,寄ってくることはなかった.しかし,これらを採集して,フェロモンで描いた円の内側で放すと,フェロモンに近づいたアリは,フェロモンの軌跡をたどるという結果となった(図1図1■合成道しるべフェロモンに対する野外の腹ペコアリと満腹アリの行動実験).フェロモン溶液は揮発性のため,描いた円の始点は低濃度で「エサ場」を,終点は高濃度で「巣」を模していると考えた.野外の腹ペコアリは,終点「巣」から始点「エサ場」に向かって誘導されていることを観察した.また,始点である「エサ場」にたどり着くと,フェロモンの軌跡を外れて周辺を歩き回ったり,逆走して終点「巣」に戻ったりしていた(図1図1■合成道しるべフェロモンに対する野外の腹ペコアリと満腹アリの行動実験上).一方,満腹アリは始点「エサ場」から終点「巣」に向かって誘導されていた.終点である「巣」にたどり着くと立ち止まるが,フェロモンの軌跡から外れることはなく,再び始点から終点へ向かい,フェロモンで描いた円をたどり続けた(図1図1■合成道しるべフェロモンに対する野外の腹ペコアリと満腹アリの行動実験下).

図1■合成道しるべフェロモンに対する野外の腹ペコアリと満腹アリの行動実験

点線はケント紙に塗布したフェロモンの軌跡 △始点 〇腹ペコアリ ●満腹アリ(上)逆走して終点「巣」に戻る腹ペコアリ(矢印).(下)円をたどり続ける満腹アリ

1.2 人工的な腹ペコアリと満腹アリ

腹ぺコアリ,満腹アリともに,フェロモンで描いた円の内側で放すと,軌跡にたどり着いた後には,野外のアリと同じ行動をとった.

2. 捕獲装置の検討

アルゼンチンアリの誘導・捕獲に適したフェロモントラップの試作を行った.まずフェロモンを使わずに実験した.実験には飼育のアリを使用した.

2.1 粘着シートでの捕獲実験

アルゼンチンアリを捕獲するために,市販されている多種類の粘着シートを試験した.

アルゼンチンアリは,シートに乗る前に触角で確認することに加え,前脚がシートに触れたとしても逃げていく様子が確認された.粘着力の強いシートで試してみても同じであった.

2.2 蟻地獄式容器での捕獲実験

蟻地獄をヒントに,500 mLのペットボトルの上部3 cm程度を切り取って逆さに置き,滑りやすくするために内部にタルクを塗布した(図2図2■蟻地獄式容器(左),山型装置(右)左).蟻地獄に落ちたアルゼンチンアリは,すべて穴に滑り落ちた.

図2■蟻地獄式容器(左),山型装置(右)

3. フェロモンを用いた誘導捕獲実験

実験2の結果から,蟻地獄式捕獲装置を開発することにした.山型にケント紙を折り,山の中央に蟻地獄を作った(図2図2■蟻地獄式容器(左),山型装置(右)右).

3.1 高濃度のフェロモンで行列をかく乱

もともと行進している行列の近くに,合成道しるべフェロモンを引いてもアルゼンチンアリを引き寄せることはできなかった.そこで,一度10−4倍に希釈した高濃度のフェロモンで行列をかく乱させてみると,装置に引いたフェロモンに新たな行列が生じて多くのアルゼンチンアリを誘導することができた.しばらくすると蟻地獄を避けて,紙の上に新たな行列を作った(図3A図3■試作した捕獲装置).そこで,裾野から蟻地獄に向かうにつれて細くした先尖型,紙の代わりに糸を張ったメリーゴーランド型,横幅を狭めた富士山型で試した(図3B, C, D図3■試作した捕獲装置).

図3■試作した捕獲装置

(A)山型 (B)先尖型 (C)メリーゴーランド型 (D)富士山型,水色の点線はフェロモンを塗布した箇所,矢印は塗布した方向

先尖型やメリーゴーランド型では,新たな行列を作ることはなかったが,装置に誘導されたアリは蟻地獄の手前で溜まり,多くは引き返してしまい,捕獲数は数頭であった.

最も多くのアルゼンチンアリを捕獲できたのは,富士山型(図3D図3■試作した捕獲装置)であり,2時間ほどで434頭であった.

工夫したポイントは,3つである.

  • ①ゴキブリ捕獲装置からヒントを得て,裾野付近の勾配は緩やかで,山頂に向かうにかけて急にした.蟻地獄は内部にもフェロモンを塗布するためにケント紙で作成し,滑りやすくするためにタルクを塗った.勾配が徐々に急になることで,アルゼンチンアリの触角を少しずつ上に向けさせることができ,トラップと気づかれることなく,タルクによって滑り落とすことができた.
  • ②合成道しるべフェロモンは,蟻地獄をエサ場と見立てて,蟻地獄から裾野に向けて塗布した.
  • ③装置の裾野が行列に対して広く面するように置き,行列を挟んだ対面に高濃度のフェロモンを塗布した(図4図4■フェロモンで行列をかく乱(上),裾野を差し込んで行列をかく乱(下)上).行列を乱すことによって,アルゼンチンアリが合成道しるべフェロモンをたどり捕獲装置を登った.

図4■フェロモンで行列をかく乱(上),裾野を差し込んで行列をかく乱(下)

3.2 装置を行列に差し込んでかく乱

富士山型装置の裾野を行列に差し込んでかく乱させてみると,途切れた行列の端に溜まったアリが裾野に登り,合成道しるべフェロモンをたどった(図4図4■フェロモンで行列をかく乱(上),裾野を差し込んで行列をかく乱(下)下).

【考察】

腹ペコアリと満腹アリの合成道しるべフェロモンに対する行動を以下のように考察した.始点は「エサ場」となるため,腹ペコアリは興奮状態になっており,フェロモンの影響を受けにくく,軌跡を外れる.逆に,満腹アリはエサを巣にもち帰る必要があるのと,興奮が抑えられているので,軌跡に従う.

誘導捕獲装置では,蟻地獄式を考案し大量のアリを捕獲することができた.また,すでに形成されている行列については,合成道しるべフェロモンでかく乱した後に新たな行列として誘導する手法を見いだした.

今後は,フェロモンを使用せずにかく乱できる裾野の形状,効率よく捕集できる大きさ,天候に左右されない素材についても研究していきたい.

フェロモントラップを用いれば,アルゼンチンアリのみを捕獲することができる.環境に負荷を与えることがなくアルゼンチンアリの個体数を減らすことができるので在来アリによるバイオレジスタンス〔在来種が数的優勢をもって外来種を駆逐すること〕の効果も見込まれる.

本研究の意義と展望

1993年に広島県廿日市市で発見されたアルゼンチンアリは,以来じわじわと生息地域を拡げながら生態系や農業・生活環境に被害を与え続け,2005年には特定外来生物に指定された.本研究は,アルゼンチンアリに特異的に有効な道しるべフェロモンに着目し,環境に負荷の少ない防除法の開発を目的としている.まず,道しるべフェロモンに対するアリの行動特性を明らかにするため,「腹ペコアリ」と「満腹アリ」,フェロモン軌跡の始点(エサ場)と終点(巣)を組み込む実験計画の発想に驚かされた.そして想定どおりに,アリの野生環境での行動を再現する結果に繋がった.続く「大量誘殺」を目的としたフェロモントラップの形状試験も興味深いが,野生アリの正規航路を変更させるべく「交信かく乱」の手法を併用したことも極めて独創的である.本研究は,アルゼンチンアリに限らず,フェロモン農薬の新手法開発のヒントとなると期待される.

(文責「化学と生物」編集委員)

Reference

1) 環境省自然環境局:アルゼンチンアリ防除の手引き,2009.

2) 田付貞洋:アルゼンチンアリ 史上最強の侵略的外来種,東京大学出版,2014.

3) 砂村栄力:侵略的外来種アルゼンチンアリの社会構造解析および合成道しるべフェロモンを利用した防除に関する研究,東京大学博士論文,2011.