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低温排水処理に適した南極酵母の新たな生きざまMrakia―担子菌彼の地にて,斯く奮闘せり

Tamotsu Hoshino

星野

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門

広島大学大学院先端物質科学研究科

筑波大学大学院生命環境科学研究科

Masaharu Tsuji

雅晴

国立極地研究所

Published: 2018-08-20

極地など寒冷地に生息する微生物は低温適応能が高いと考えられており,基礎生物学はもとより,産業利用の観点で古くから注目されている.筆者らは,積雪下で越冬性植物に対して病原性を示す糸状菌,雪腐病菌の研究を通じて,分類群(卵菌・子嚢菌・担子菌)ごとに凍結環境への適応様式が異なることを明らかにした(1)1) T. Hoshino, N. Xiao, Y. Yajima, K. Kida, K. Tokura, R. Murakami, M. Tojo & N. Matsumoto: “Plant and Microbe Adaptations to Cold in a Changing World,” eds. by R. Imai, M. Yoshida, N. Matsumoto, Springer, 2013, 285..このうち担子菌は,氷結晶に特異的に結合し,結晶成長を抑制する機能タンパク質(不凍タンパク質・氷結晶結合タンパク質:ice-binding protein; IBP)を細胞外に分泌し,菌糸周辺に凍りにくい環境を自ら形成する.

IBPは異なる先祖タンパク質から収斂進化した結果,分子構造の異なる多種類のIBPが細菌類から動植物まで広く分布している.特に担子菌より同定されたIBPは,遺伝子の水平伝播により菌類以外に細菌・藻類やカイアシ類の動物など多系統の分類群に広く存在している(2)2) J. A. Raymond & R. Morgan-Kiss: PLOS ONE, 8, e59186 (2013)..また,菌類IBPは,担子菌以外の菌類分類群内に点在している.

南極大陸のほとんどは氷床に覆われており,夏季に地表が現れる場所(露岩域)は僅か2%ほどである.しかし,南極大陸の陸上生物の大半がこの地域で活動している.露岩域には来歴の異なる多様な湖沼があり,昭和基地周辺の淡水湖沼では冬期の最大氷厚は1.7 m程度である.これ以上の水深がある湖沼であれば湖底に年間を通じ,未凍結な環境が存在する.筆者ら(3)3) M. Tsuji, S. Fujiu, N. Xiao, Y. Hanada, S. Kudoh, S. Tsuda & T. Hoshino: FEMS Microbiol. Lett., 346, 121 (2013).は,これら湖底堆積物および湖岸土壌中から菌類の分離し,分離菌株の約54%が担子菌酵母であり,さらにシロキクラゲ綱シストフィロバシディウム目Mrakia属酵母が42%を占める特殊な環境であることを明らかにした.Mrakia属菌は,両極から低緯度凍土地域,ヒマラヤ・アルプス・アンデスなどの高山帯から高頻度で分離される.南極で分離した菌株から北海道の酪農搾乳施設で排出される低温・高脂質含量の排水に適したMrakia blollopis SK-4株を見いだし,これを共同研究先である帯広市の㈱アクトが商品化した(この段落を読まれた方は,筆者らによる生物工学94, 329–331 2017と同じ内容か? と心配されておられるかもしれません.大丈夫,ここから違う展開です).

この菌株の驚くべき性質は,低温環境への高い適応能である.さまざまな微生物種が混在している低温順化した活性汚泥に本株を添加すると,水温が10°C以下ならばほかの微生物を差し置いて,本株は増殖する.北海道での夏場の水温を想定した20~25°Cでは,さすがに増殖できず生菌数は減少するが,水温が10°C以下になると再び生菌数が増加する(そんなこんながあり,本株を用いた排水処理システムは,第7回ものづくり日本大賞で,ものづくり地域貢献賞を受賞することができた).ほかのMrakia属菌のいない環境ならば,4°C以下で培養するだけで本株のほぼ選択培地になるほど,本株の低温環境での増殖性は高い.本株のこの性質は,どこからくるのだろうか?

傘をもつキノコの代表で有るハラタケ目では,シイタケなど南方系の種も広くIBP遺伝子を有するのとは対照的に,SK-4株を含む複数のM. blollopisのゲノム解析の結果,本種はIBP遺伝子を有していなかった.極地で見られるサビキン亜門など別属担子菌酵母Leucosporidium, Rhodotorulaでは,IBPに基づく活性・遺伝子の存在が知られており,担子菌酵母の低温適応機構が多様であると推定された.雪腐病担子菌であるイシカリガマノホタケTyphula ishikariensisは,氷点下で培養すると細胞外タンパク質の95%以上に達するIBPを分泌し,細胞周囲の環境制御に多大なコストを払っている.一方,SK-4株は,搾乳施設排水に含まれる脂質を炭素源として利用するため,低水温での乳脂肪を分解する細胞外リパーゼを分泌する.この酵素は好冷菌らしからぬ高い耐熱性(至適温度60~65°C)と幅広いpH安定性(pH 4.0~10.0で安定)を有し(4)4) M. Tsuji, Y. Yokota, K. Shimohara, S. Kudoh & T. Hoshino: PLOS ONE, 8, e59376 (2013).,その生産性はイシカリガマノホタケIBPのように高くはない.SK-4株が少量で安定性の高い酵素を生産する意味を,筆者らはSK-4株による代謝の効率化(省エネ)と考えている.

安定性の高い酵素は,触媒としての回転数が高く,「長持ち」する.このため低温によりほかの微生物の活動が制限される環境ならば,SK-4株は,丈夫で長持ちする酵素の生産コストを低く抑えることができる.TsujiはSK-4株のメタボローム解析を通じて,本株が氷点下で培養した際にもTCA回路上の化合物が高濃度に存在することを見いだした(5)5) M. Tsuji: R. Soc. Open Sci., 3, 160106 (2016)..この結果よりSK-4株は,細胞増殖や代謝などに共通して使用されるATP生産を効率的に行うことで,低温環境に適応しているようだ.同様の結果は,同属のMrakia psychrophilaからも報告されている(6)6) Y. Su, X. Jiang, W. Wu, M. Wang, M. I. Hamid, M. Xiang & X. Liu: G3 (Bethesda), 6, 3603 (2016)..本属は担子菌酵母には珍しく微好気環境でエタノール発酵を行う.この性質もATP生産を優先させる生き方で合目的に説明できる.Mrakia属菌は大陸性南極で唯一エタノールを生産できる菌類であり,この特徴自体,たいへん興味深い.本菌のエタノール発酵については,別の機会に是非紹介したい.

図1■増殖・代謝速度および栄養分量により南極産担子菌酵母Mrakia blollopisの細胞形態が変化する

上:概念図,中:生クリームを含む培地上での脂質分解とコロニー形態,下:ポテトデキストロース寒天培地にて培養2週間後の細胞形態.

IBPを生産する担子菌サビキン亜門酵母Glaciozyma属菌がさまざまな培養条件においても酵母状の細胞形態を「頑な」と思うほど維持するのに対して,SK-4株は培養条件に応じて酵母状から糸状に「融通無碍」に変化する(7)7) M. Tsuji, Y. Yokota, S. Kudoh & T. Hoshino Int. J. Res. Engineer. Sci., 2, 49 (2014)..増殖・代謝速度に比べて十分に栄養素がある場合,あるいは栄養素が分散している水中では主に酵母状であり,栄養素が減少すると周囲の栄養素を獲得するため糸状の細胞に変化する.生クリームを単一炭素源とした寒天培地でSK-4株を4~15°Cで培養すると,4°Cではほぼ酵母状であり,細胞外リパーゼによって生クリームが分解され,透明なハローを生じる.培養温度が上昇するに従い,ハローは減少し,細胞は菌糸状に変化してこれを覆うようになる.この状況に応じたSK-4株の細胞変化には,吸収した栄養素から効率的生産されたATP利用していると考えられる.IBPをもたぬMrakia属担子菌酵母は,ほかの担子菌にはない生理・生化学的機構により低温環境に高度に適応している.上述のように担子菌は,IBPを遺伝子の水平伝播により獲得した可能性がある.Mrakia属菌の低温適応機構の解明を通じて,IBP獲得前の担子菌の生き様を知ることができるかもしれない.この点に注目し,今後も研究を続けていきたい.

Reference

1) T. Hoshino, N. Xiao, Y. Yajima, K. Kida, K. Tokura, R. Murakami, M. Tojo & N. Matsumoto: “Plant and Microbe Adaptations to Cold in a Changing World,” eds. by R. Imai, M. Yoshida, N. Matsumoto, Springer, 2013, 285.

2) J. A. Raymond & R. Morgan-Kiss: PLOS ONE, 8, e59186 (2013).

3) M. Tsuji, S. Fujiu, N. Xiao, Y. Hanada, S. Kudoh, S. Tsuda & T. Hoshino: FEMS Microbiol. Lett., 346, 121 (2013).

4) M. Tsuji, Y. Yokota, K. Shimohara, S. Kudoh & T. Hoshino: PLOS ONE, 8, e59376 (2013).

5) M. Tsuji: R. Soc. Open Sci., 3, 160106 (2016).

6) Y. Su, X. Jiang, W. Wu, M. Wang, M. I. Hamid, M. Xiang & X. Liu: G3 (Bethesda), 6, 3603 (2016).

7) M. Tsuji, Y. Yokota, S. Kudoh & T. Hoshino Int. J. Res. Engineer. Sci., 2, 49 (2014).