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新しい生物学的等価体としての四員環状エーテル,オキセタンビタミンDのヒドロキシ基をスピロオキセタン構造で代替する

Toshie Fujishima

藤島 利江

徳島文理大学香川薬学部薬化学講座

Published: 2018-08-20

活性を有する化合物の分子設計にあたっては,ターゲットとする活性発現に重要な構造の抽出,それにつづく構造の変換が鍵となる.同一の活性を有する化合物群から必須構造を見いだすことは化学者にとってチャレンジである.ただし,その部分構造のために不安定であったり溶解性が悪かったりなど,種々の問題に直面することも多い.その意味で,同じ機能をもちながら異なる構造へ変換できる「等式」をどれだけ知っているか,そして新たにそれらの「等式」を満たす等価体を見つけることは重要である.ある生体内活性を指標に変換可能な部分構造,つまり「等式」で結ばれる構造を互いに,生物学的等価体(バイオイソスター)と呼ぶ.それらは化学者の試行錯誤から生まれてきており,結集された英知は多くの医薬品構造の設計に応用されている.

近年,四員環状エーテルであるオキセタンがユニークな代替置換基として脚光を浴びつつある(1, 2)1) G. Wuitschik, M. Rogers-Evans, A. Buckl, M. Bernasconi, M. Märki, T. Godel, H. Fischer, B. Wagner, I. Parrilla, F. Schuler et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 47, 4512 (2008).2) J. A. Bull, R. A. Croft, O. A. Davis, R. Doran & K. F. Morgan: Chem. Rev., 116, 12150 (2016)..環状エーテルのうち,三員環オキシラン(エポキシド)は反応性に富む中間体として,また,五員環テトラヒドロフラン(THF)は有機合成に汎用される溶媒としてなじみ深い.一方で,四員環オキセタンはパクリタキセルやトロンボキサンA2など,一部の天然有機化合物の構造中に見いだされていたものの,機能性分子のビルディングブロックとしては顧みられていなかった.

オキセタンはgem-ジメチル基とカルボニル基の性質を併せ持ち,カルボニル基に相当する高い水素結合能を有する(図1図1■オキセタン構造とgem-ジメチル基およびカルボニル基の相似性,ならびにオキセタンを有するビタミンD誘導体).一般に,ヒドロキシ化を受けるなど代謝されやすい位置にあるメチレン基をgem-ジメチル基に置換すると,メチル基が酵素反応の立体障害となるため代謝が抑えられることが知られる.gem-ジメチル基導入は脂溶性増大や水溶性低下をもたらすのに対し,オキセタンへの置換は,代謝安定性とともに水溶性も増大するという医薬品などの物性としては好ましい変化が見られる.さらに,オキセタンの双極子(電荷の片寄りに由来する極性)とその水素結合能から,カルボニル基の安定な構造等価体として機能することが示されつつある(3)3) J. A. Burkhard, G. Wuitschik, J.-M. Plancher, M. Rogers-Evans & E. M. Carreira: Org. Lett., 15, 4312 (2013)..他の安定な五員環テトラヒドロフランや六員環テトラヒドロピランに比べ,ひずみのある四員環オキセタンではエーテル酸素の孤立電子対がむきだしとなるため,優れた水素結合受容体として機能する.カルボニル基はC=O結合への求核反応,α位脱プロトン化やエピ化などの反応性の高さに比較し,オキセタン構造は比較的安定であること,さらにはカルボニル基の1.2 Åに比較して2.1 Åと長いため,空間を埋める必要がある際には,より良い代替置換基となりうる.

図1■オキセタン構造とgem-ジメチル基およびカルボニル基の相似性,ならびにオキセタンを有するビタミンD誘導体

筆者らは既に,水素結合能と疎水性部位を併せ持つこのユニークな構造を利用すべく,活性型ビタミンD(1)へのオキセタン導入を試みた(4~6)4) T. Fujishima, T. Nozaki & T. Suenaga: Bioorg. Med. Chem., 21, 5209 (2013).5) T. Fujishima, T. Suenaga & T. Nozaki: Tetrahedron Lett., 55, 3805 (2014).6) T. Suenaga & T. Fujishima: Tetrahedron, 74, 1461 (2018).図1図1■オキセタン構造とgem-ジメチル基およびカルボニル基の相似性,ならびにオキセタンを有するビタミンD誘導体).これまで,オキセタンはカルボニル基の代替として注目されるものの,ヒドロキシ基の代替として導入された例はなかった.生体内で骨代謝を制御する主要なホルモンである活性型ビタミンDは,特異的核内ビタミン受容体に3つのヒドロキシ基を介して結合することでその機能を発現する.受容体結合に重要なA環部ヒドロキシ基に関しては,これまで有効な官能基変換に成功した例はないことから,まずは3位ヒドロキシ基の構造修飾を試みることとした(5)5) T. Fujishima, T. Suenaga & T. Nozaki: Tetrahedron Lett., 55, 3805 (2014)..3位へのオキセタン導入は,水素結合能をもったカルボニル基に比較して安定な官能基としてだけでなく,メチレン部位の疎水性アームは3位近傍に存在する疎水性アミノ酸残基との相互作用が期待できる.また,対称なスピロオキセタン導入は3位ヒドロキシ基の立体化学に起因する問題を減じる観点からも有利であると考えた.

合成した新規誘導体2種(2a, b)の1位ヒドロキシ基の立体化学決定には,ビタミンD骨格がもつ特徴的なC(10)~C19エキソメチレンを利用した励起子キラリティー法により行った(図1図1■オキセタン構造とgem-ジメチル基およびカルボニル基の相似性,ならびにオキセタンを有するビタミンD誘導体).円二色性励起子キラリティー法は,化合物の絶対構造を非経験的に決定する方法として有用である.励起子相互作用は同一の発色団,すなわち同じ励起エネルギーをもつ発色団間に最も効果的に作用するが,アリルアルコールのベンゾエート誘導体のように異なる発色団間にも適用できる.ベンゾエート化によるCotton効果を明確にするため,それぞれの親化合物(2a, b)との差スペクトルをとったところ,エタノール溶液中にて互いに相補的なCDスペクトルが得られた.3a2aからの差CDスペクトルでは波長242 nmで正のCotton効果が観測されたことから,2つの発色団間の位置関係は時計回りであること,一方,3b2bからは波長241 nmにて負のCotton効果が観測されたことから,発色団間の位置関係は反時計回りであることが示された.したがって,1位ヒドロキシ基の絶対配置は2aを1α, 2bを1βと決定することができた.1H NMR解析により,C1–ベンゾエート誘導体におけるA環1位~2位間のビシナルカップリング定数は,重クロロホルム中で,それぞれ6.5, 6.2 Hzであり,ベンゾエート誘導体の1位置換基はいずれもアキシャル位を僅かに優先していた.これはCDスペクトルの観測結果を支持するものであった.構造解析と受容体結合能の結果,3位スピロオキセタン構造の導入は,A環部椅子型配座の平衡を移動させ,受容体結合に有利な配座を増加させることが明らかとなった(5)5) T. Fujishima, T. Suenaga & T. Nozaki: Tetrahedron Lett., 55, 3805 (2014).

筆者らはスピロオキセタン構造をビタミンDの重要なヒドロキシ基の代替として利用する初めての試みに成功した.四員環状エーテルであるオキセタンは,今後も医薬品など活性を有する化合物の新しいビルディングブロックとして注目される.オキセタンはgem-ジメチル基と同程度のファンデルワールス体積を占め,他の環状エーテルと比較し,高い水素結合能を有することから,カルボニル基の安定な等価体としてだけでなく,新しい酸素官能基の選択肢の一つとして今後も発展することが期待される.

Reference

1) G. Wuitschik, M. Rogers-Evans, A. Buckl, M. Bernasconi, M. Märki, T. Godel, H. Fischer, B. Wagner, I. Parrilla, F. Schuler et al.: Angew. Chem. Int. Ed., 47, 4512 (2008).

2) J. A. Bull, R. A. Croft, O. A. Davis, R. Doran & K. F. Morgan: Chem. Rev., 116, 12150 (2016).

3) J. A. Burkhard, G. Wuitschik, J.-M. Plancher, M. Rogers-Evans & E. M. Carreira: Org. Lett., 15, 4312 (2013).

4) T. Fujishima, T. Nozaki & T. Suenaga: Bioorg. Med. Chem., 21, 5209 (2013).

5) T. Fujishima, T. Suenaga & T. Nozaki: Tetrahedron Lett., 55, 3805 (2014).

6) T. Suenaga & T. Fujishima: Tetrahedron, 74, 1461 (2018).