Kagaku to Seibutsu 56(9): 591-597 (2018)
解説
ナノ界面における生体分子の精密整列固定化技術:バイオナノカプセルバイオセンシングの高感度化に向けて
Precise Oriented Immobilization of Biomolecules on Nano-Interface with Bio-Nanocapsule: Aiming at the Establishment of Sensitive Biosensing Techniques
Published: 2018-08-20
生体分子間相互作用を検出するバイオセンシング技術は,食品,環境,医療,セキュリティーなどの応用分野のみならず,農芸化学をはじめとする生命科学などの基礎分野においても極めて重要な技術である.バイオセンシングの感度や特異性を向上させるためには,センシング分子(例,抗体,受容体,レクチン,酵素など)と標的物質(抗原,リガンド,糖鎖,基質など)が効率良く結合できるように,ナノ界面でセンシング分子をクラスター化し,その配向性を精密に制御して整列固定化できる足場分子が鍵となる.本稿では,筆者らが開発した「バイオナノカプセル足場分子」を用いたセンシング分子のクラスター化および精密整列固定化技術,および本技術を用いた各種バイオセンシングの高感度化について解説する.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
本稿では,代表的な生体分子間相互作用である抗原抗体反応を例にとり,イムノグロブリン(immunoglobulin(Ig))Gの固定化技術について概説する(1)1) M. Iijima & S. Kuroda: Biosens. Bioelectron., 89, 810 (2017).(図1A図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)).最も古典的なIgG固定化法は,ファンデルワールス力,疎水性,電荷などの物理的吸着力を用いたものであるが(図1A図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)-a),IgGの配向性がランダムになり,抗原結合部位(Fv)周辺の立体障害により標的物質の認識能を十分に引き出すことができない.次に,リンカー(例,polyethylene glycol(PEG)鎖,アルキル鎖,DNA)(図1A図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)-b),自己組織化単分子膜(self-assembled monolayer(SAM))(図1A図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)-c)に,IgG表層のフリーNH2基やフリーCOOH基,Fc領域に存在する糖鎖を化学結合させて固相上に完全長IgGを固定化することで,ある程度Fv周辺の立体障害を低減させた方法が開発された.しかし,一般的にIgG表面での化学修飾部位が定まらないためIgGの配向性がランダムになるとともに,化学修飾によるIgGの変性が課題である.一方,Fc結合能を有するタンパク質やペプチドを用いる方法(図1A図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)-d)やリンカーやSAMと組み合わせる方法(図1A図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)-e)は,完全長IgGを未修飾のまま固定化することができるが,足場分子自身の配向性制御が困難なため,IgGの完全な整列化は達成できない.さらに,断片化IgGであるFab′やHalf IgGのSH基や,遺伝子組換え技術を用いた単鎖抗体(single-chain(sc)Fv)およびラクダ科重鎖抗体由来可変ドメイン(VHH(camelid single-domain antibodies))のC末端COOH基を用いる固定化法は完全な整列化を期待できるが,抗体作製が煩雑な点,既存の抗体には適用できない点,化学修飾が必要な点などが課題である.そこで,IgGの抗原認識能を最大限に引き出すための理想的な足場分子として,以下の6条件を想定しているが,これまでに上記条件をすべて満たす足場分子は存在しなかった.
筆者らは,B型肝炎ワクチン抗原およびB型肝炎ウイルスの感染機構に基づく薬物送達用ナノキャリアとして,同ウイルス外皮Lタンパク質(389アミノ酸(aa))を出芽酵母内で過剰発現させて直径約30 nmの中空ナノ粒子「バイオナノカプセル(bio-nanocapsule(BNC))」を得た(2, 3)2) S. Kuroda, S. Otaka, T. Miyazaki, M. Nakao & Y. Fujisawa: J. Biol. Chem., 267, 1953 (1992).3) T. Yamada, Y. Iwasaki, H. Tada, H. Iwabuki, M. K. Chuah, T. VandenDriessche, H. Fukuda, A. Kondo, M. Ueda, M. Seno et al.: Nat. Biotechnol., 21, 885 (2003).(図1B図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)左).Lタンパク質は,C末端側半分に3回膜貫通型ドメイン(S領域)を有し,N末端側半分(Pre-S1, Pre-S2領域)をBNC表層に提示している.最近,Lタンパク質のN末端領域の一部(51~159 aa)をProtein A由来IgG-Fc結合Zドメイン2量体(ZZ; 127 aa)に置換したZZ-Lタンパク質を作製し,BNCと同様に出芽酵母内で過剰発現させ,直径約30 nmのZZドメイン提示型BNC(ZZ-BNC)を得た(4)4) M. Iijima, H. Kadoya, S. Hatahira, S. Hiramatsu, G. Jung, A. Martin, J. Quinn, J. Jung, S. Y. Jeoung, E. K. Choi et al.: Biomaterials, 32, 1455 (2011).(図1B図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)右).ZZ-BNCと各種IgGとの結合能を水晶発振子微量天秤法(quartz crystal microbalance(QCM))により測定した結果,protein Aと類似した抗体特異性を示し,ZZ-Lタンパク質1分子あたり最大でIgG約0.5分子と結合した.ZZ-BNC 1粒子にはZZ-Lタンパク質約120分子が埋め込まれてZZドメインを提示することから(5)5) M. Iijima, M. Somiya, N. Yoshimoto, T. Niimi & S. Kuroda: Sci. Rep., 2, 790 (2012).,ZZ-BNC 1粒子あたり最大約60分子のIgGが結合できると考えられた(4)4) M. Iijima, H. Kadoya, S. Hatahira, S. Hiramatsu, G. Jung, A. Martin, J. Quinn, J. Jung, S. Y. Jeoung, E. K. Choi et al.: Biomaterials, 32, 1455 (2011)..また,金基板に固定したZZ-BNCと液中のIgGの会合を高速原子間力顕微鏡により経時的に観察したところ,IgGは速やかにFc領域を介してトラップされ,Fc領域を支点として平均速度0.92 nm/秒,最大角度44°で回転ブラウン運動を行ったことから,ZZ-BNCはその表層でIgG Fv領域を放射状に整列提示できると考えられた(5)5) M. Iijima, M. Somiya, N. Yoshimoto, T. Niimi & S. Kuroda: Sci. Rep., 2, 790 (2012).(図1A図1■IgGの整列固定化に使用する足場分子(A),BNCおよびZZ-BNCの構造(B)-f).そこで,筆者らは,ZZ-BNCが上述した理想的な足場分子の諸条件を満たす可能性が高いと考えて,以下の検討を行った.
固相上の抗原(例,オボアルブミン(ovalbumin(OVA))を検出する酵素標識免疫測定法(enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA))において,西洋ワサビペルオキシダーゼ(horseradish peroxidase(HRP))標識二次抗体とZZ-BNCとの複合体を用いると,従来の二次抗体のみの場合と比べて検出感度が約10倍に上昇し,さらにアビジン-ビオチン複合体を併用すると約20倍に上昇した(6)6) M. Iijima, T. Matsuzaki, H. Kadoya, S. Hatahira, S. Hiramatsu, G. Jung, K. Tanizawa & S. Kuroda: Anal. Biochem., 396, 257 (2010).(図2A上).このZZ-BNCの効果は,ウェスタンブロット法においても認められ,ZZ-BNC単独で約50倍,アビジン-ビオチン複合体を併用で約100倍であった.次に,HRP(約40 kDa)よりも高分子のアルカリフォスファターゼ(alkaline phosphatase(ALP))(約100 kDa)で標識された二次抗体を用いるELISAでは,ZZ-BNCとALPが立体障害により干渉したが,両分子間のリンカー長を最適化することにより同障害を回避することに成功した(7)7) M. Iijima, M. Yamamoto, N. Yoshimoto, T. Niimi & S. Kuroda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 77, 843 (2013)..以上より,ZZ-BNCは二次抗体を表層にクラスター化および精密整列化し,抗体1分子あたりの標識酵素の分子数を高めることで高感度検出を可能にすることが判明した.また,4種類の抗原を同時検出するウェスタンブロット法において,同じ動物種由来の一次抗体しか存在しない場合,従来は実施不可能であった.そこで,各一次抗体を4種類の蛍光色素(Cy2, Cy3, Cy5, Cy7)で標識したZZ-BNCとそれぞれ複合体化し,同一ブロット上に同時添加したところ,各抗原を同時に高感度検出できた(8)8) M. Iijima, T. Matsuzaki, N. Yoshimoto, T. Niimi, K. Tanizawa & S. Kuroda: Biomaterials, 32, 9011 (2011).(図2A図2■液相中ZZ-BNCを用いたIgGのクラスター化と精密整列固定化による各種バイオセンシングの高感度化下).本技術(IRODORI法と命名)は,従来技術での多重同時染色における使用抗体制限という課題を初めて解消するとともに,蛍光免疫組織・細胞染色法およびフローサイトメトリー法にも応用可能であった.
(A)固相抗原検出ELISA(右上),固相化抗原(オボアルブミン(OVA),0~3.13 ng/mL)を0.05% (v/v) Tween 20を加えたPBS(137 mM NaCl, 2.7 mM KCl, 10 mM Na2PO4, 2 mM KH2PO4, pH 7.4)で3回洗浄後,5%スキムミルクを用いて室温で1.5時間ブロッキングした.抗OVA IgG(0.4 µg/mL)を室温で1.5時間反応後,PBSTで3回洗浄した.西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識二次抗体(2 µg/mL)を室温で1.5時間反応後,PBSTで3回洗浄した.このとき,アビジンを用いてビオチン化二次抗体(2 µg/mL),ビオチン化ZZ-BNC(2 µg/mL)およびビオチン化HRPを複合体化した.免疫複合体の検出には,3,3′,5,5′-tetramethylbenzidine (TMB) substrate kitを使用し,450 nmにおける吸光度を測定した(リファレンス波長690 nm).従来法(●),ZZ-BNC法(■),アビジン-ビオチン複合体併用法(▲)).同一動物種由来抗体4種類による多重蛍光ウェスタンブロット法(IRODORI法)(下),抗原(グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST),アクチン,β-チューブリン,デスミン(各0.5 µg/lane)および混合物(2 µg/lane))をSDS-PAGEで分離してポリフッ化ビリニデン膜に転写した.4種類のCy標識ZZ-BNC抗体複合体(IgGとして各20 µg/mL; Cy2標識ZZ-BNC抗GSTマウスIgG2a, Cy3標識ZZ-BNC抗アクチンマウスIgG2a, Cy5標識ZZ-BNC抗β-チューブリンマウスIgG2b,およびCy7標識ZZ-BNC抗デスミンマウスIgG2a)を1%スキムミルクを含むTBST (5 mM Tris, 13.8 mM NaCl, 0.27 mM KCl(pH 7.4),0.02% Tween 20)に混合し,膜と室温で1時間反応した後,TBSTで3回洗浄した.イメージアナライザーを用いてCy2(励起473 nm,蛍光506 nm),Cy3(励起532 nm,蛍光570 nm),Cy5(励起635 nm,蛍光670 nm),およびCy7(励起776 nm,蛍光785 nm)の蛍光を検出した.(B)固相上ZZ-BNCを用いたIgGのクラスター化と精密整列固定化による液相抗原検出QCMの高感度化,QCMセンサーチップ(9-mm diameter Au disc)に抗アクチンIgG(3 µg/mL PBS)を添加して固定化した後,スキムミルク(2 mg/mL)でブロックし,アクチン(0~10 µg/mL)を添加して結合量を測定した(直接法).このとき,あらかじめProtein A(10 µg/mL),SAM-Protein A(10 µg/mL),およびZZ-BNC(10 µg/mL)をセンサーチップに固定化した方法と比較した.QCMによる液相アクチンの検出(左),直接法(◇),Protein A法(△),SAM-Protein A法(■),ZZ-BNC法(●),測定限界値(2 ng/cm2)(点線).抗体1分子あたりの抗原結合数(右),直接法(黒),ZZ-BNC法(赤).
QCMセンサーチップ上に,等量の検出用IgGを直接法,Protein A法,SAMを介したProtein A法,またはZZ-BNC法で添加したところ,直接法ではほとんど抗原検出できなかったが,ZZ-BNC法は抗原結合量および検出感度を最も改善し,直接法に比べてそれぞれ約247倍および約128倍になった(4)4) M. Iijima, H. Kadoya, S. Hatahira, S. Hiramatsu, G. Jung, A. Martin, J. Quinn, J. Jung, S. Y. Jeoung, E. K. Choi et al.: Biomaterials, 32, 1455 (2011).(図2B図2■液相中ZZ-BNCを用いたIgGのクラスター化と精密整列固定化による各種バイオセンシングの高感度化).このとき,固定化IgG 1分子に結合できる抗原分子数が0.01分子から1.22分子に上昇し,理想的な分子数(2分子)に近づいた.同様なZZ-BNCの効果はほかの抗原抗体系3種類でも観察されており,またQCM法のみならず表面プラズモン共鳴法(surface plasmon resonance(SPR))においても観察された.SPR法によるカイネティクス解析では,ZZ-BNC法はProtein A法と比べて抗原結合速度は同等だが,抗原解離速度が約3割まで抑制されていた.これは,IgG Fv領域周辺の立体障害による抗原脱離が軽減された結果,アフィニティーが上昇したと考えられた(4)4) M. Iijima, H. Kadoya, S. Hatahira, S. Hiramatsu, G. Jung, A. Martin, J. Quinn, J. Jung, S. Y. Jeoung, E. K. Choi et al.: Biomaterials, 32, 1455 (2011)..以上より,ZZ-BNCはセンサー表面においてIgGのクラスター化および精密整列固定化を達成し,抗体1分子あたりの抗原結合数を最大化できる足場分子であることが判明した.また,QCMセンサーチップ上に固定化したZZ-BNCの抗体結合能は,酸処理(0.16 N HCl)による抗体剥離を20回以上繰返しても変わらなかった(4)4) M. Iijima, H. Kadoya, S. Hatahira, S. Hiramatsu, G. Jung, A. Martin, J. Quinn, J. Jung, S. Y. Jeoung, E. K. Choi et al.: Biomaterials, 32, 1455 (2011)..さらに,BNCの粒子構造は,界面活性剤処理(0.2% SDS,室温,30分)(9)9) T. Yamada, H. Iwabuki, T. Kanno, H. Tanaka, T. Kawai, H. Fukuda, A. Kondo, M. Seno, K. Tanizawa & S. Kuroda: Vaccine, 19, 3154 (2001).や,熱処理(70°C,20分)(10)10) J. Jung, M. Iijima, N. Yoshimoto, M. Sasaki, T. Niimi, K. Tatematsu, S. Y. Jeong, E. K. Choi, K. Tanizawa & S. Kuroda: Protein Expr. Purif., 78, 149 (2011).にも安定であることから,ZZ-BNCは化学的および物理的ストレスに対して高い耐性を有する足場分子であると判明した.最近,抗ネスチン抗体修飾ナノニードルによる神経幹細胞の1細胞単離において,ZZ-BNC法で同抗体を固定化すると細胞回収率が著しく上昇した(11)11) R. Kawamura, M. Miyazaki, K. Shimizu, Y. Matsumoto, Y. R. Silberberg, R. R. Sathuluri, M. Iijima, S. Kuroda, F. Iwata, T. Kobayashi et al.: Nano Lett., 17, 7117 (2017)..これは,ナノニードル先端部における抗ネスチン抗体群のAvidityがZZ-BNCのクラスター化および精密整列固定化効果により上昇したことを示している.以上から,「ZZ-BNC足場分子技術」はバイオセンサーの高感度化だけでなく,抗原抗体反応を用いるさまざまな技術の効率化を可能にすると考えられた.
ZZ-BNC足場分子の汎用性を広げるために,これまでの抗原検出を行うIgGではなく,ホルモンやサイトカインなどのリガンド検出を行うFc融合受容体(リガンド結合部位を含む細胞外ドメインとヒトIgG1-Fcとの融合体)を用いるQCM法を検討した(12)12) M. Iijima, N. Yoshimoto, T. Niimi, A. D. Maturana & S. Kuroda: Biotechnol. J., 11, 805 (2016).(図3A図3■Fc融合VEGFRのクラスター化と精密整列固定化したZZ-BNCによるVEGF検出QCMの高感度化).QCMセンサーチップ上に,等量のヒト血管内皮増殖因子受容体(vascular epidermal growth factor receptor(VEGFR))細胞外ドメイン融合ヒトIgG1-Fc(VEGFR-Fc)を直接法,Protein A法,ZZ-BNC法で添加したところ,ZZ-BNC法は直接法と比べてリガンド(VEGF)の検出感度および結合量が,それぞれ約46倍および約4倍上昇していた.このとき,固定化VEGFR-Fc(2量体)1分子に結合できるVEGF分子数が0.20分子から理想的な分子数(2分子)に近い2.06分子に上昇していた.同様なZZ-BNCの効果はほかのリガンド・受容体系2種類でも観察され,SPR法や酵素標識リガンド結合アッセイでも再現できた.以上から,「ZZ-BNC足場分子技術」はIgGのみならずFc融合受容体のような多様なバイオセンシング分子にも対応できることが判明した.
QCMセンサーチップにFc融合VEGFR(2 µg/mL PBS)を添加して固定化した後,スキムミルク(2 mg/mL)でブロックし,ヒトVEGF(0~7.3 µg/mL)を添加して結合量を測定した(直接法).このとき,あらかじめProtein A(10 µg/mL)およびZZ-BNC(10 µg/mL)をセンサーチップに固定化した方法と比較した.QCMによる液相VEGFの検出(左),直接法(▲),Protein A法(◇),ZZ-BNC法(●),測定限界値(2 ng/cm2)(点線).Fc融合VEGFR 1分子あたりのVEGF結合数(右),直接法(黒),Protein A法(白),ZZ-BNC法(赤).
核酸アプタマーは抗体のように特定の標的物質に対して高い親和性と特異性を示す捕捉分子であり,抗体に替わるセンシング分子や分子標的医薬として注目されている.筆者らは,核酸アプタマーを固相上でのクラスター化および精密整列固定化により,標的分子の検出感度の向上を目指した.一方,ZZ-BNCはFc領域を有するセンシング分子の精密整列固定化に限定されていた.そこで,核酸アプタマーにZZ-BNC足場技術を応用するために,λファージ転写抑制因子Cro由来の特異的DNA配列結合領域を一本鎖化した分子(single-chain Cro(scCro))(13)13) R. Jana, T. R. Hazbun, J. D. Fields & M. C. Mossing: Biochemistry, 37, 6446 (1998).を提示したBNCを出芽酵母で過剰発現させ,直径約30~50 nmのscCro-BNCを得た(山田ら,投稿準備中).QCMセンサーチップ上に,等量のscCro認識配列融合トロンビン特異的DNAアプタマーを直接法またはscCro-BNC法で添加したところ,単位センサー面積あたりのトロンビン結合量が約1.7倍上昇することを見いだした(図4図4■トロンビン結合DNAアプタマーのクラスター化と精密整列固定化したscCro-BNCによるトロンビン検出QCMの高感度化).これは,DNAアプタマー1分子に結合するトロンビン分子数が約2.5倍増加したことを示しており,scCro-BNC上でDNAアプタマーがクラスター化および精密整列固定化され,トロンビン認識部位周辺の立体障害が著しく改善されたためと示唆された.一方,DNAアプタマー提示scCro-BNCのリガンド結合量の上昇率は,抗体提示ZZ-BNCおよびFc融合受容体提示ZZ-BNCと比べて低かった.これは,DNAアプタマーがほかのセンシング分子と比べて構造がフレキシブルであるためと考えられた.以上から,scCro-BNCはDNAアプタマーを用いるバイオセンサーの高感度化および標的物質の結合能を高める有望な足場分子であると考えられた.
ZZ-BNCは固相上においてドーム構造(高さ約13 nm,直径約48 nm)を形成するため,センサーチップ側ZZ-Lタンパク質が無駄になること,センサーチップ表面でパッチ状に存在すること,センサーチップ表面近傍(数nm以内)の分子間相互作用を検出するSPR法やエリプソメトリー法などには不向きであることが課題であった.そこで,ZZ-BNCの膜構造を界面活性剤で破壊してZZ-Lミセルを得て,センサーチップ上にZZ-Lミセルを埋め込んだ二次元膜(高さ約7 nm)を展開し,センシング分子を垂直に精密整列固定化するZZ-L膜法を開発した(図5A図5■ZZ-BNCからZZ-L膜の作製,飯嶋ら,投稿中).本ZZ-L膜を展開したセンサーチップ表面にIgGを提示して,QCM法およびSPR法で抗原検出を行ったところ,等量のIgGを添加したZZ-BNC法と比較して,それぞれの単位面積あたりの抗原結合量は約6倍および約4倍に上昇した(図5B図5■ZZ-BNCからZZ-L膜の作製).なお,QCM法においてIgG 1分子あたりの抗原結合分子数は大きく変化しなかったことから,ZZ-L膜の精密整列固定化効果はZZ-BNCと同等であるが,センサーチップ表面全体に対し均一にZZ-L密度を高めてクラスター化に貢献すると考えられた.また,QCMセンサーチップ上に固定化したZZ-L膜の抗体結合能は,酸処理(0.16 N HCl)による抗体剥離を20回以上繰返してもほとんど変わらなかったことから(図5C図5■ZZ-BNCからZZ-L膜の作製),ZZ-L膜は化学的ストレスに対して高い耐性を有する足場分子であると判明した.以上から,ZZ-L膜は,既に実績のあるZZ-BNCよりもさまざまな形状に加工できることから,一層広範なバイオセンサーの高感度化に寄与できると考えている.
(A) ZZ-BNC(上)およびZZ-L膜(下)を用いたIgG固定化.(B)抗体整列化ZZ-L膜によるQCMの高感度化(左),QCMセンサーチップに抗アクチンIgG(3 µg/mL PBS)を添加して固定化した後,スキムミルク(2 mg/mL)でブロックし,アクチン(0~10 µg/mL)を添加して結合量を測定した(直接法).このとき,あらかじめZZ-BNC(0.5 µg/mL)およびZZ-L膜(0.5 µg/mL)をセンサーチップに固定化した方法と比較した.直接法(白),ZZ-BNC法(黒),ZZ-L膜法(赤).抗体整列化ZZ-L膜によるSPRの高感度化(右),SPRセンサーチップ(Au)に抗ニワトリIgY IgG(10 µg/mL PBST)を添加して固定化した後,ニワトリIgY(0~6 µg/mL)の結合量を測定した.このとき,あらかじめZZ-BNC(0.5 µg/mL)およびZZ-L膜(0.5 µg/mL)をセンサーチップに固定化した方法と比較した.直接法(白),ZZ-BNC法(黒),ZZ-L膜法(赤).(C)QCMセンサーチップ上でのZZ-L膜の安定性,QCMセンサーチップにZZ-L膜(0.5 µg/mL PBS)を添加して固定化した後,スキムミルク(2 mg/mL)でブロックした.ウサギIgG(5 µg/mL)を添加して3分後の結合量を測定した後,0.16N HClを添加してIgGを剥離する操作を20回繰り返した.ウサギIgG(ひし形矢印),HCl(矢印).
本稿では,センシング分子のクラスター化ならびに精密整列固定化を行う「BNC足場分子技術」について概説し,各種バイオセンシングの高感度化にZZ-BNCが有効であることを示した.しかし,ZZ-BNCに使用しているZドメインはマウスIgG1やヒトIgG3などの一部のIgGに対する親和性が極めて低いことから,ZZ-BNCの適用範囲は限定されていた.そこで,筆者らは広範囲なIgGと高い親和性を示すprotein G由来のFc結合ドメインや,広範囲なIg分子と親和性を示すprotein L由来のFab結合ドメインを提示した新型BNCも作製しており(14)14) K. Tatematsu, M. Iijima, N. Yoshimoto, T. Nakai, T. Okajima & S. Kuroda: Acta Biomater., 35, 238 (2016).,今後「BNC足場分子技術」のバイオセンシング分野での適用範囲拡大に貢献できると考えている.
特にZZ-L膜は,冒頭で述べた理想的な足場分子の6条件を基本的に満たしている.近年,SPRの金基板上に,PEGでSAMを形成し,足場分子となるZZctOmpA(ZZドメインを融合した大腸菌由来膜タンパク質)を埋め込んでIgGを固定化し,抗原を感度良く検出する方法が報告された(15)15) A. P. Le Brun, S. A. Holt, D. S. H. Shah, C. F. Majkrzak & J. H. Lakey: Biomaterials, 32, 3303 (2011)..本法もZZ-L膜と同様に理想的な足場分子の6条件を満たしており,ZZ-L膜と共通する構造的特徴を有していた(図6図6■ZZ-L膜および理想的な足場分子の構成).具体的には,膜貫通ドメインを有する足場分子,センサーチップ表面に対し垂直に足場分子を保持する脂質二重膜およびSAM,足場分子とセンシング分子をつなぐ結合ドメインである.今後,本足場分子技術を一層進化させるためには,物理的および化学的安定性が高い膜分子と膜透過ドメインを用いるとともに,分子揺らぎの少ない構造のセンシング分子結合ドメインを用い,さらに多様なセンシング分子を提示できる結合ドメインを導入する必要がある.
Acknowledgments
本研究は,日本学術振興会:科学研究費補助金・基盤研究(S)(16H06314(黒田)),基盤研究(C)(16K04888(飯嶋)),国立研究開発法人:日本医療研究開発機構補助金(17cm0106214h0002, 17fk0310105h0001(黒田)),文部科学省:人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス(黒田)からご援助を賜りました.ここに深謝いたします.
Reference
1) M. Iijima & S. Kuroda: Biosens. Bioelectron., 89, 810 (2017).
2) S. Kuroda, S. Otaka, T. Miyazaki, M. Nakao & Y. Fujisawa: J. Biol. Chem., 267, 1953 (1992).
5) M. Iijima, M. Somiya, N. Yoshimoto, T. Niimi & S. Kuroda: Sci. Rep., 2, 790 (2012).
12) M. Iijima, N. Yoshimoto, T. Niimi, A. D. Maturana & S. Kuroda: Biotechnol. J., 11, 805 (2016).
13) R. Jana, T. R. Hazbun, J. D. Fields & M. C. Mossing: Biochemistry, 37, 6446 (1998).