解説

Developmental Origin of Health and Disease(DOHaD)を理解する新時代の到来ゲノム・エピゲノムと加齢性慢性疾患の関連性に関する新たな視点

The Advent of a New Era for Understanding DOHaD: A New Perspective of the Link between Genome/Epigenome and Age-Related Chronic Diseases

Noriko Sato

佐藤 憲子

東京医科歯科大学難治疾患研究所分子疫学/環境エピゲノム分野

Published: 2018-08-20

糖尿病,肥満,循環器疾患,精神発達障害など多因子疾患の発症を低減させることは,現代の重要な課題となっている.これらの疾患発症に出生前や幼少期の環境が影響することが多くの観察研究によって示された結果,Developmental Origin of Health and Disease(DOHaD)概念が生まれた.その概念に基づく疾患発症機序の解明に重要なヒントが,最新のゲノム疫学およびRNA研究の成果から得られる可能性がある.本稿では,最初にDOHaD概念のポイントを整理し,次に疾患発症機序を説明するための新しい枠組みである「多因子疾患の全遺伝子モデル」と「親の体細胞が獲得した環境情報の子どもへの伝達メカニズム」の発見について紹介し,DOHaD研究におけるそれらの重要性を解説する(図1図1■加齢性慢性疾患発症に影響する出生前栄養環境).

図1■加齢性慢性疾患発症に影響する出生前栄養環境

DOHaD概念形成の経緯

20世紀イギリスにおける虚血性心疾患の死亡率はもともと富裕層で高かったが,1960年を境に逆転し貧困層の死亡率のほうが高くなった.当時の疫学者はこの現象を「成人後の生活習慣悪化」と「“若い”頃の貧困」の相互作用(組み合わせ)で説明しようとした.David Barkerは,1968~1978年の虚血性心疾患死亡率の地域別分布と,それから約60年前の地域別乳児死亡数分布がよく似ていることに気づき,“胎児期”の貧困が重要な要因であると指摘した.一方,20世紀初頭,出生体重は新生児死亡数と強い相関を示したので,Barkerは胎児期の栄養状態を反映する指標として出生体重を用いた(1)1) D. J. Barker: BMJ, 301, 1111 (1990)..さらに,この指標とさまざまな死因との関連を解析した結果「低出生体重児は将来心血管病で死亡するリスクが高い」ことを見いだし,成人病胎児期発症説を提唱した(2)2) D. J. Barker: J. Intern. Med., 261, 412 (2007).

この成人病胎児期発症説は非常に重要な仮説を提唱したものであったが,疾病発症のメカニズムが不明であったため学問の主流としては容易に受け入れられなかった.また,出生体重は発生発達期環境の指標として万能ではないことも,出生体重に重点を置く成人病胎児期発症説に限界があるとの指摘につながった.しかしそのような状況でも,第二次世界大戦中オランダで起こった飢饉の期間に懐妊していた母親から生まれた人々は,2型糖尿病や高脂血症を発症しやすいという調査結果をはじめ,成人病胎児期発症説を支持する疫学研究結果が相次いで発表された.時代が変遷し,世界中で加速的に肥満が蔓延する現代では,肥満や妊娠糖尿病の母親から生まれた子どもは肥満やアレルギー疾患になりやすいことが報告されている.そこでPeter GluckmanとMark Hansonは,成人病胎児期発症説を一般化しDevelopmental Origin of Health and Disease(DOHaD)という概念に発展させた.それは「妊婦の栄養状態のみならず,出生前から乳幼児期に至るストレス,生活習慣,生活環境といった環境因子は,胎児や新生児の発生発達過程に影響を及ぼし,生後数年から数十年経過した後の児の健康を左右する要因となる」という概念である(3)3) M. A. Hanson & P. D. Gluckman: Physiol. Rev., 94, 1027 (2014).

遅延して現れる環境の影響

DOHaD現象が観察されてきた主な疾患は,糖尿病,肥満,循環器疾患,精神発達障害,アレルギー疾患であり,これらは加齢性に進行する非感染性疾患(non-communicable disease; NCD)である.時間スケールで考えると,環境暴露時期(出生前~乳幼児期)から疾病発症までの期間が長く,環境の影響は数年から数十年遅延して現れる.このような問題を考えるときには,健康とライフコース(個人が一生の間にたどる道筋)との関係に関するClyde Hertzmanの以下の3つのキーワードが参考になる(4)4) C. Hertzman: Ann. N. Y. Acad. Sci., 896, 85 (1999).

(1) 臨界期:感覚や言語,運動などに関する脳の神経回路網の可塑性が一過性に高まる時期を言う.その時期に受けた経験や環境によって神経機能や行動が可塑的に変わり,この変化はその後の経験によって変化しない.HansonとGluckmanは,精神発達疾患は「臨界期」現象の特性が認められることもあるが,循環器疾患にはあまりあてはまらないと指摘している(3)3) M. A. Hanson & P. D. Gluckman: Physiol. Rev., 94, 1027 (2014).

(2) 経路効果(Pathway effects):人生初期での環境変化に対する応答の結果によって,生涯のトラジェクトリーは方向づけられていくというものである.トラジェクトリーとは時間経過に伴う属性値(測定値,状態など)の推移を指す.近年縦断研究でさまざまな属性(例:発達や成長を反映する体重,身長,精神発達検査のスコアなど)の時系列データの解析が行われるようになって,集団においてトラジェクトリーにはいくつかのパターンが存在する(異質性がある)ことが示された.疾患発症に向かうトラジェクトリーとそれ以外のトラジェクトリーの違いを明らかにすることは疾患発症要因の理解に役立つ.ここで,同一人物の時系列データでは,逐次的に前のデータは次のデータに影響を与えるので,経路効果を考えることは,初期の環境の影響が後に及んで疾患発症へ進むというDOHaD現象を説明するのに適合している.HansonとGluckmanは,初期の環境の影響について,DOHaD研究者がよく使用する「プログラミング」という遺伝子決定論的な術語を用いることをあえて避け,「コンディショニング」(あるいは「プライミング」や「誘導」)というある幅をもった非決定的遷移を許す言葉を用いることを提唱している.人生初期の可塑性のある時期に「遺伝子(gene),エピジェネティック遺伝あるいは出生前環境」によってコンディショニングが行われる.生後のトラジェクトリーはコンディショニングと生後の環境要因との相互作用によって決められていく構図を描いているのがDOHaD概念の特徴である(3)3) M. A. Hanson & P. D. Gluckman: Physiol. Rev., 94, 1027 (2014).

(3) 累積効果:好ましくない(あるいは好ましい)程度が強く,持続期間が長い環境要因ほど,健康に損害(あるいは好影響)を与える影響は大きいことを意味する.

DOHaD現象はこれらいずれかの,あるいは複数の特性をもつさまざまな現象が複合的に関与した結果であると考えられる.

多因子疾患の発症要因の構成

DOHaDの対象疾患は,その発症に複数の環境要因と複数の遺伝要因の両方が関与する多因子疾患である.多因子疾患とゲノムの関係についての理解は最近約十年の間に急速に深まった.その新しい概念的枠組みを明確化するため,Jonathan Pritchardは,“omnigenic”という造語を作り,多因子疾患の全遺伝子モデルを提唱した(5)5) E. A. Boyle, Y. I. Li & J. K. Pritchard: Cell, 169, 1177 (2017)..Pritchardは,ゲノムワイド関連解析(Genome-wide association study; GWAS)の結果に照らし合わせて,これまで一般的であった多因子疾患のポリジーン(polygenic)モデルに基づいた発症機序の説明,すなわち「多因子疾患の要因を,疾患に関連する生物学的機能経路上の多数(多くても通常数十~百個程度)の構成遺伝子の機能異常に集約しようとする試み」は適切ではないことを指摘した.

全遺伝子モデルでは,遺伝子には3つのタイプがあると考える.タイプ1は疾患に直接関連するコア遺伝子,タイプ2は発現すべき細胞タイプに発現していて,コア遺伝子の発現や機能を調節する周辺遺伝子,タイプ3は疾患関連の細胞に発現していない遺伝子である.多因子疾患に影響を与えるのはごく少数のタイプ1と大多数のタイプ2の遺伝子で,それらはゲノム全体に広がっていている.Pritchardは,コア遺伝子についての明確な定義を避けているが「コア遺伝子とは疾患形質に影響を与えることが説明可能な遺伝子」だとしている.GWASの結果,統計学的に有意な疾患関連が認められる遺伝子多型(疾患関連SNP(single nucleotide polymorphism;一塩基多型))の効果を足し合わせても,ほんの一部しか疾患発症を説明できなかった.結局全SNP(今はマイクロアレイ上のすべてだが,将来全ゲノムシークエンスで明らかにされるSNPも含めて)の効果を足し合わせた“SNP遺伝力”推定方法の開発が期待されている(6)6) J. Yang, J. Zeng, M. E. Goddard, N. R. Wray & P. M. Visscher: Nat. Genet., 49, 1304 (2017)..すなわち,一見疾患と関係がないような膨大な数の周辺遺伝子の遺伝子多型の効果を足し合わせた疾患発症への寄与はコア遺伝子の分の寄与をはるかに超えている.このことから実際には周辺遺伝子はすべてコア遺伝子と機能的な連結関係にあると想定したのが全遺伝子モデルである.Pritchardは,転写のみならずタンパク質相互作用,細胞間コミュニケーションなどあらゆる階層のコア遺伝子と周辺遺伝子の連結関係,すなわち細胞のネットワーク構造の解明に力点を置くべきだと主張している.全遺伝子モデルは「複雑ネットワーク」理論の「スモールワールド」特性をイメージしている.一見関係ない分子同士でも,中間の少数の分子を介して何らかの関係性をもっている.周辺遺伝子一つひとつはコア遺伝子とのつながりがあるため,疾患に及ぼす影響度は非常に小さいが0(ゼロ)ではない.遺伝統計学の基礎を築いたSir Ronald A. Fisherは,DNAが発見されるより二十年以上前の論文で,量的形質が,それぞれ独立な環境と複数の遺伝子座位によって相加的に影響を受ける場合,それらの影響の和は正規分布することを示し,「遺伝子座位の数が非常に大きくなるに従い,各遺伝子座位の影響度は限りなく小さくなる」という無限小(Infinitesimal)モデルを提唱した(7)7) R. A. Fisher: The Philosophical Trans. R. Soc. Edinb., 52, 399 (1918)..このモデルは,ほとんどすべての遺伝子が影響をもつという現在の全遺伝子モデルと同種の考え方であり,百年前にこのようなモデルが既に提唱されていたことは驚くべきことである.

Missing heritability

「遺伝力」(heritability)とは,ある時点のある集団における形質値の分散に対する遺伝的(genetic)分散の占める比率と定義され,多因子疾患に対する遺伝要因の環境要因と比べた相対的な関与の大きさを示すのに用いられる(8)8) P. M. Visscher, W. G. Hill & N. R. Wray: Nat. Rev. Genet., 9, 255 (2008)..遺伝力の推定はGWASが行われる前から血縁個体を用いて行われ,両親の中間形質に対して子どもの形質をプロットしたときの傾き(回帰係数),あるいは一卵性双生児と二卵性双生児の形質の相関の差に基づいて行われてきた.この方法によれば,2型糖尿病に対する遺伝力は30~60%,中年期BMIの場合は約60%と報告されており,DOHaDが対象とする加齢性慢性疾患が一般的には生活習慣病と呼ばれているにもかかわらず,案外遺伝要因の関与が大きいことがわかる.GWASによって疾患関連SNPが同定され,それらの遺伝型分散の足し算が可能となった(“GWAS遺伝力”)が,その寄与分は疾患の遺伝要因のせいぜい10%程度にしかならなかった.このようなコア遺伝子分の足し算では説明できなかった遺伝力の部分は,遺伝力の欠損部分(missing heritability)と呼ばれている(9)9) T. A. Manolio, F. S. Collins, N. J. Cox, D. B. Goldstein, L. A. Hindorff, D. J. Hunter, M. I. McCarthy, E. M. Ramos, L. R. Cardon, A. Chakravarti et al.: Nature, 461, 747 (2009)..血縁個体を用いた遺伝力推定では,純粋に遺伝子の(genetic)(すなわちDNA塩基配列の違いの)影響だけではなく,家族に共有されている環境要因の影響も含まれているため,missing heritabilityの一部にはDOHaDの問題とする出生前~幼少期の環境が関係している可能性が強い.またそれ以外の残りのmissing heritabilityを補填する主なものとしては,(1)周辺遺伝子の遺伝型分散を足し合わせた寄与分,(2)足し算では説明できない遺伝子の効果(遺伝子・遺伝子相互作用,遺伝子・環境相互作用,優性効果),(3)エピジェネティック遺伝がある.

DOHaD動物モデルのエピゲノム解析

DOHaD疾患の発症遺伝要因について,①遺伝子の違い(多型,多様性)だけでなく,出生前環境やエピジェネティック遺伝も重要であること,②コア遺伝子のみならず周辺遺伝子の多様性が大きく関与していることを述べてきた.しかし出生前環境がDOHaD疾患の要因となる分子機序は現在でも明らかではない.一つの可能性として,エピ多型(epivariation)におけるDNAメチル化レベルが,環境によって変化することが考えられた.ここでエピ多型とは,塩基配列の変化を伴わずDNAメチル化レベルの多様性が形質の違いの原因となる場合,そのDNAメチル化レベルの変化が起きること,あるいはそれが起きるアレルの場所のことを言う.エピ多型の一例として,Avy(Agouti viable yellow)マウスのA座位に変異挿入されたレトロエレメント領域がある.胎仔においてこの領域のDNAメチル化レベルが妊娠期飼料によって変化し,その結果仔獣の形質(肥満,毛色)が変化するものである(10)10) R. A. Waterland & R. L. Jirtle: Mol. Cell. Biol., 23, 5293 (2003)..しかしエピ多型は哺乳動物ではまれな事象であり,DOHaD現象一般を説明できるものではなかった.

DOHaD現象のメカニズムを明らかにするためさまざまな胎生期栄養環境要因の影響を調べる動物実験モデルが考案された(11)11) S. C. Langley-Evans: J. Anat., 215, 36 (2009).表1表1■胎生期栄養環境要因が仔獣の健康に及ぼす影響を調べるための主な動物実験モデル).なかでも最もよく用いられてきた動物モデルは母獣低タンパク質給餌モデルである.エネルギー摂取量を一定とし,含有タンパク質割合(重量%)を低下(多くは半減)させた飼料(炭水化物割合は相対的に増加)を妊娠母獣に与える.アウトカムは,通常の飼育条件下の仔獣が,食生活環境を特段悪化させなくても脂肪肝や糖尿病を発症し寿命が短縮することである.アウトカムが顕在化する時期は老齢であり,若齢では疾患形質は現れない(11)11) S. C. Langley-Evans: J. Anat., 215, 36 (2009)..母獣低タンパク質給餌モデルの多くの実験では,多因子疾患のpolygenicモデルに従い,疾患関連臓器におけるコア遺伝子のエピゲノムが解析されてきた.母獣低タンパク質給餌による仔獣の明白なエピゲノム変化は,母獣低タンパク質単独の効果として現れるのではなく,疾患形質の顕在化と同様,仔獣の加齢が組み合わさることにより現れた(11, 12)11) S. C. Langley-Evans: J. Anat., 215, 36 (2009).12) D. Duque-Guimarães & S. Ozanne: Biogerontology, 18, 893 (2017)..この結果は,コア遺伝子のエピゲノム状態と仔獣のトラジェクトリーに相関があることを示したが,胎生期栄養環境による疾患発症誘導の原因がコア遺伝子のエピゲノム変化であるという証拠を示すものではない(図2A~C図2■DOHaD動物モデルにおける遺伝子発現,エピゲノム変化の概略図).

表1■胎生期栄養環境要因が仔獣の健康に及ぼす影響を調べるための主な動物実験モデル
胎生期環境要因方法仔獣に見られた疾患形質
低出生体重仔作出母獣飼料カロリー制限子宮動脈結紮高血圧,肥満,糖尿病
母獣過栄養母獣肥満母獣高脂肪食給餌母獣高タンパク質食給餌
母獣低栄養妊娠期微量栄養元素(Ca, Fe, Na, Zn)欠乏母獣低タンパク質食給餌

図2■DOHaD動物モデルにおける遺伝子発現,エピゲノム変化の概略図

A. 胎生期栄養環境が適切でない場合(母獣低タンパク質給餌や子宮動脈結紮など)仔獣が老齢になると糖尿病,肥満,脂肪肝などを発症する.それら加齢性慢性疾患形質に関連する属性(体重,肝臓中性脂肪など)の値の継時的推移(トラジェクトリー)は不適切な胎生期環境の影響により,本来の健康な経路から逸れて疾患発症に向かうことを示す.
B. 脂肪肝と関連する肝臓のPparaや糖尿病と関連する膵臓β細胞のHnf4aは,疾患のコア遺伝子である.疾患責任臓器におけるコア遺伝子の発現レベルは,加齢に伴い変化する.胎生期栄養環境がコア遺伝子発現に及ぼす有意な影響は老齢時に現れる.
C. 糖尿病と関連する膵臓β細胞のHnf4a, Pdx1などのコア遺伝子の調節領域エピゲノム変化が解析されてきた.抑制性ヒストン修飾やDNAメチル化が加齢に伴い増大する.胎生期栄養環境が適切でないと,加齢に伴う抑制性のエピゲノム変化が増強される.これらの実験結果からは,疾患臓器コア遺伝子のエピゲノム変化が疾患の原因であるとは言えない.胎生期栄養環境の直接の標的が何かはいまだ明らかでない.
D. 疾患に関連するコア遺伝子の機能は,多数の周辺遺伝子によって調節される.脂肪肝を発症する前の段階では,コア遺伝子Pparaの発現やエピゲノム状態に大きな差は検出できない.しかし胎生期栄養環境が適切でない場合,絶食応答時にコア遺伝子機能調節を担う周辺遺伝子Acot3Hspa1aなどの遺伝子発現誘導は障害され,PPARa活性の減弱が認められた.Pparaにはpositive feedbackがあるため,Pparaの誘導低下も認められた.しかし胎生期栄養環境による絶食応答調節の障害のメカニズムはいまだ明らかでない.

DOHaDから考察されるコア遺伝子と周辺遺伝子の関係

そこで筆者らは,胎生期環境は最初から疾患関連遺伝子エピゲノムを直接標的とするのではなく,摂食絶食応答のような個体の環境応答調節機能に影響を及ぼした結果,加齢に伴い環境応答を繰り返すたびに行われる応答調節遺伝子の転写が遺伝子座位のエピゲノム状態の軽微な変化を引き起こし,それが長期間累積され多数(全ゲノムにわたって)の疾患型のエピゲノム状態に変わっていくのだろうと想定した.一般に転写がクロマチン構造,エピゲノム状態の変化を誘導しうることが知られている.上記の仮説を検証する最初の一歩として,「母獣低タンパク質給餌は,仔獣若齢時点では,疾患責任遺伝子に直接影響を与えるのではなく,肝臓の絶食応答に異変を引き起こす」ことを示すことにした.網羅的遺伝子発現解析の結果,Hsp90–Hsp70シャペロンやAcot3などの長鎖脂肪酸代謝関連の遺伝子群の絶食時発現誘導が母獣低タンパク質給餌により減弱することを見いだした(13)13) N. Sato, K. Sudo, M. Mori, C. Imai, M. Muramatsu & M. Sugimoto: Sci. Rep., 7, 9812 (2017).図2D図2■DOHaD動物モデルにおける遺伝子発現,エピゲノム変化の概略図).その結果は,多因子疾患の全遺伝子モデルでは,これらの絶食応答遺伝子は脂肪肝のコア遺伝子ではないが,PPARa活性を調節する周辺遺伝子としてコア遺伝子機能に影響を及ぼすと解釈することができる.DOHaD現象では,胎生期環境が直接コア遺伝子に作用しなくても,周辺遺伝子への作用を介して段階的にコア遺伝子の機能に影響を及ぼす可能性がある.DOHaD現象で観察される全ゲノムレベルの遺伝子発現プロファイルの継時的変化を追うことにより,周辺遺伝子とコア遺伝子の関連の図式が明らかとなる可能性がある.全遺伝子モデルにおいて周辺遺伝子とコア遺伝子の結びつきの構造を明らかにすることは多因子疾患の発症の理解に重要であると同時に,胎生期環境による疾患発症のメカニズムの理解にもつながると期待される.

胎生期環境による新生児DNAメチル化変化の意義

妊娠期に飢饉を経験した母親から生まれた人には,肥満や糖尿病,統合失調症のリスクが高まることが報告されている(14)14) L. H. Lumey, A. D. Stein & E. Susser: Annu. Rev. Public Health, 32, 237 (2011)..オランダ飢饉(1944~1945年)の場合,妊婦の極低エネルギー摂取期間が3~4カ月続いたため,妊娠三半期あるいは10週ごとに妊娠期間を分けて,児の中年期(60歳ごろ)の疾患発症や末梢血DNAメチル化レベルに対する飢饉の期間特異的効果が検討された.報告によって多少の違いがあるものの,概して肥満や糖尿病発症には期間特異性は認められなかった.一方,高脂血症や統合失調症は飢饉を妊娠前期に経験した場合に発症が多い傾向が見られた.中年期末梢血DNAメチル化レベルの変化は飢饉の経験が妊娠前期の場合にのみ観察された.メチル化レベルが変化したCpGの座位は脂質代謝や発生発達に関連する遺伝子の近傍に位置した(15, 16)15) E. W. Tobi, J. J. Goeman, R. Monajemi, H. Gu, H. Putter, Y. Zhang, R. C. Slieker, A. P. Stok, P. E. Thijssen, F. Müller et al.: Nat. Commun., 5, 5592 (2014).16) E. W. Tobi, R. C. Slieker, A. D. Stein, H. E. Suchiman, P. E. Slagboom, E. W. van Zwet, B. T. Heijmans & L. H. Lumey: Int. J. Epidemiol., 44, 1211 (2015)..しかしこのDNAメチル化レベルの変化した状態が誕生時から中年期までずっと維持されたという証拠はない.

英国エイボンにおける一般妊娠コホート(ALSPAC)の縦断的研究では,臍帯血,末梢血(7歳,17歳頃)のゲノムDNAが解析対象として採取されており,妊娠期環境と児のDNAメチル化レベルとの関連が調べられた.その結果,母親の肥満や痩せと関連して検出された臍帯血DNAメチル化の違いは,小児が成長した時点(7歳,17歳頃)では消失していた(17)17) G. C. Sharp, D. A. Lawlor, R. C. Richmond, A. Fraser, A. Simpkin, M. Suderman, H. A. Shihab, O. Lyttleton, W. McArdle, S. M. Ring et al.: Int. J. Epidemiol., 44, 1288 (2015)..すなわち妊娠期環境によって変化したDNAメチル化状態がライフコースを通じて続くわけではない.

新生児DNAメチル化に妊娠期環境が影響することは明らかである.臍帯DNAメチル化の個体差の約1/4は児の遺伝型による違いで残りの3/4は妊娠期環境と児の遺伝型の相互作用で説明できると報告された(18)18) A. L. Teh, H. Pan, L. Chen, M. L. Ong, S. Dogra, J. Wong, J. L. MacIsaac, S. M. Mah, L. M. McEwen, S. M. Saw et al.: Genome Res., 24, 1064 (2014)..さらに臍帯DNAメチル化と小児肥満との関連(19, 20)19) K. M. Godfrey, A. Sheppard, P. D. Gluckman, K. A. Lillycrop, G. C. Burdge, C. McLean, J. Rodford, J. L. Slater-Jefferies, E. Garratt, S. R. Crozier et al.: Diabetes, 60, 1528 (2011).20) X. Lin, I. Y. Lim, Y. Wu, A. L. Teh, L. Chen, I. M. Aris, S. E. Soh, M. T. Tint, J. L. MacIsaac, A. M. Morin et al.: BMC Med., 15, 50 (2017).,新生児ろ紙血DNAメチル化と小児BMIとの関連(21)21) S. J. van Dijk, T. J. Peters, M. Buckley, J. Zhou, P. A. Jones, R. A. Gibson, M. Makrides, B. S. Muhlhausler & P. L. Molloy: Int. J. Obes., 42, 28 (2018).,臍帯血DNAメチル化とADHD徴候や精神行動異常(22~24)22) E. Walton, J. B. Pingault, C. A. Cecil, T. R. Gaunt, C. L. Relton, J. Mill & E. D. Barker: Mol. Psychiatry, 22, 250 (2017).23) C. A. Cecil, E. Walton, R. G. Smith, E. Viding, E. J. McCrory, C. L. Relton, M. Suderman, J. B. Pingault, W. McArdle, T. R. Gaunt et al.: Transl. Psychiatry, 6, e976 (2016).24) F. de Vocht, M. Suderman, K. Tilling, J. Heron, L. D. Howe, R. Campbell, M. Hickman & C. Relton: J. Affect. Disord., 227, 588 (2018).との関連が続々と示されている.すなわち誕生時のDNAメチル化状態と将来の児の形質との関連の統計的事実が積み上がってきている.

しかし胎生期環境の違いや将来の形質の違いと関連したDNAメチル化レベルの差は動物,ヒトのどちらにおいても非常に小さい(5~10%程度かそれ以下のことが多い).一般に,DNAメチル化レベルの個人差には細胞タイプ,年齢,性別,遺伝的多型などのさまざまな要因が交絡する.したがってこれらの交絡要因に特に注意してバイアスのない実験を行うことが要求される.体格や精神発達などの児のトラジェクトリーが変更される過程で,出生前環境によって誘導されたDNAメチル化レベルの小さな変化がどのような意義をもつのかについては慎重に検討する必要がある(25)25) A. Bansal & R. A. Simmons: Am. J. Physiol. Endocrinol. Metab., 315, E15 (2018).

スモールRNAを介したエピジェネティック遺伝

最後に「エピジェネティック遺伝」について説明する.「エピジェネティック遺伝」とは生殖細胞によるDNA塩基配列を媒体としない遺伝の総称である.エピジェネティック遺伝の本体として,これまで主にDNAメチル化,クロマチン構造,RNAが考えられてきた.そのうちDNAメチル化やヒストン修飾に関して,精子の形成期および成熟期を通じての環境要因によって獲得されたエピジェネティックマークの変化は,子孫クロマチンに受け継がれ維持されるわけではないことが明らかにされた(26~30)26) E. Whitelaw: Dev. Cell, 35, 668 (2015).27) J. M. Shea, R. W. Serra, B. R. Carone, H. P. Shulha, A. Kucukural, M. J. Ziller, M. P. Vallaster, H. Gu, A. R. Tapper, P. D. Gardner et al.: Dev. Cell, 35, 750 (2015).28) E. A. Miska & A. C. Ferguson-Smith: Science, 354, 59 (2016).29) O. J. Rando: Cold Spring Harb. Perspect. Med., 6, a022988 (2016).30) 佐藤憲子:産婦人科の実際,66, 959 (2017) .

一方,RNAが関与するエピジェネティック遺伝に関しては最近精子を用いた目覚ましい研究の進展があった(31)31) Q. Chen, W. Yan & E. Duan: Nat. Rev. Genet., 17, 733 (2016)..これまで体細胞の情報が生殖細胞に伝えられてそれが子孫に伝わるという考えは受け入れ難いものであった.DNA塩基配列を媒体とした遺伝のみを考えた場合は,親の体細胞がいくら傷ついたとしても,それは子どもには影響しない.また,DNAメチル化やヒストン修飾といったエピゲノムを考えた場合は,生殖細胞および受精後のリプログラミングによって前世代の情報が大部分消去されリセットされる.ところが近年,新たに細胞外小胞(エクソソーム)による細胞間コミュニケーションおよびRNAシークエンス解析結果に対する理解が進み,体細胞から生殖細胞に細胞外小胞によって受け渡されるスモールRNAが「エピジェネティック遺伝」を媒介することが明らかになった.

精子には,多種多様なRNA(mRNA, miRNA, piRNA, tRNA断片,mitosRNA, lncRNA)が含まれている.これらのRNAが父親の獲得した環境情報の伝達に関与している可能性がある(32~34)32) G. D. Johnson, E. Sendler, C. Lalancette, R. Hauser, M. P. Diamond & S. A. Krawetz: Mol. Hum. Reprod., 17, 721 (2011).33) E. Casas & T. Vavouri: Front. Genet., 5, 330 (2014).34) M. Rassoulzadegan & F. Cuzin: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1341, 172 (2015)..精子は精巣上体管を通過中にepididymosomeと呼ばれる細胞外小胞と融合し成熟するが,そのとき,小胞中に存在するタンパク質やスモールRNA(miRNAやtRNA断片のような短いRNA)を取り込むことによって体細胞が感受した環境シグナルを受け取っていることが明らかになった.父親の食事(高脂肪食,低タンパク質食)やストレスによってマウス精子中のtRNA断片やmiRNAの構成や修飾状態が変化する.またこのように変化した精子由来のmiRNAを受精卵に注入すると仔の形質が変化することも示された.tRNA断片やmiRNAはタンパク質をコードしないが,転写,転写後,および翻訳レベルで遺伝子発現を調節する.特にtRNA断片の配列がレトロトランスポゾン由来の転移因子(transposable element)をもつプロモーターの塩基配列と一致することがわかり,tRNA断片が転移因子を介して遺伝子発現を調節する可能性が示唆されている(31, 35~38)31) Q. Chen, W. Yan & E. Duan: Nat. Rev. Genet., 17, 733 (2016).35) U. Sharma, C. C. Conine, J. M. Shea, A. Boskovic, A. G. Derr, X. Y. Bing, C. Belleannee, A. Kucukural, R. W. Serra, F. Sun et al.: Science, 351, 391 (2016).36) U. Sharma & O. J. Rando: Cell Metab., 25, 544 (2017).37) K. Gapp & J. Bohacek: Genes Brain Behav., 17, e12407 (2018).38) I. Donkin & R. Barrès: Mol Metab., pii: S2212-8778(18)30104-2, PMID: 2952406 (2018)..精子由来のスモールRNAは,受精卵に父親の環境情報を伝えることはわかったが,それ自体が発生過程で細胞分裂後安定的に受け継がれているわけではない.スモールRNAが初期胚の遺伝子発現カスケードを変化させることが,子孫の形質変化につながるのではないかと推測されている.

おわりに

これまでの多くの研究によって,加齢性慢性疾患発症に出生前環境による発生発達期のエピゲノム変化が関連していることが示唆されてきた.しかし,この初期のエピゲノム変化が疾患発症にどのような機序で関連しているのかは依然としてみえない状況である.一方で,いわば“遺伝の常識”に関して上述した2つのパラダイムシフトが近年起こったことにより,DOHaD現象分子メカニズム理解への新たな展望が開けつつあることについて述べた.今後,この新しい解釈のパラダイムに従って,初期発生や乳幼児発達過程において初期のエピゲノム変化からどのような連鎖的な変化をたどって最終的な形質変化を導くのかを,全ゲノムレベルの時系列データをもとに,遺伝子の調節ネットワーク構造を解きほぐすことにより理解していくことが求められている.

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