プロダクトイノベーション

ペクチンを含有する濃厚流動食品の開発利便性と機能性の両立を目指して

Kazuo Hino

日野 和夫

株式会社大塚製薬工場OS-1事業部メディカルフーズ研究所

Published: 2018-08-20

はじめに

適切な栄養摂取は健康維持のための基本であり,その重要性は言うまでもない.

病気やけがで入院した際に十分な栄養を摂ることができず栄養障害が進行すると,治療反応性が低下し感染性合併症が発生しやすくなるため,退院が遅れ医療コストが増加する.逆に適切な栄養療法を施せば患者予後が改善し医療費が削減される.

必要な栄養素を経口で十分に摂取できない場合には,静脈栄養や経腸栄養による栄養療法が必要となる.原則として腸が機能している場合には経腸栄養法が選択される.医療現場では医薬品(経腸栄養剤)だけでなく食品(濃厚流動食品,以下流動食と記載する)も経腸栄養法の栄養補給源として利用されている.本稿では,ペクチンの特性を利用した流動食の開発経緯とその機能性について紹介する.

開発の経緯

流動食は通常の食事を経口摂取するだけでは栄養素の必要量を十分に満たすことができない方のための食事代替品として用いられる,必要な栄養素を過不足なく補給できる汎用性の高い食品である.通常の食事を補う目的で摂取されることもあるが,疾患によっては食事代替物として長期間継続して栄養チューブを通して投与せざるを得ないケースもある(経管栄養).その際問題となるのが経管栄養法に伴う消化器系の合併症であり,たとえば,下痢,腹部膨満,胃・食道逆流などがある.流動食を経管投与したときに胃から逆流することによって引き起こされる誤嚥性肺炎や,逆に胃から腸へ速く移動して生じる下痢などの合併症をいかに防ぐかが今でも医療の課題となっている(1)1) 日本静脈経腸栄養学会(編):静脈経腸栄養ガイドライン第三版,照林社,2013, p. 166..経管栄養時の合併症が生じると,栄養障害や廃用を招いてリハビリテーションの支障となるため,患者自身の機能改善や日常生活動作を妨げ,看護や介護の負担を増加させる.こうした課題の解決に向けた取り組みの一つが,ペクチンの特性を利用した流動食の開発であった.

流動食が液体であることが胃・食道逆流や下痢などの合併症の原因の一つであるとの考えから,液体の流動食に増粘剤や寒天などを混ぜてあらかじめ流動食の粘性を高める対策が2000年代前半頃から医療機関で行われていた(2)2) 東口髙志(監修):半固形化栄養法ガイドブック,メディカ出版,2012, p. 2..これを受けて半固形状の流動食が各社から発売され,当社でも寒天で固めた半固形状の製品を2007年に発売し,医療機関から評価を得ていた.

一方,半固形状の流動食は自家調製に手間がかかり,粘性が高いため経管投与時に強い力を要するなど使用面の課題が残っていた.そのため,使用するまでは液状で安定し経管投与が容易で,なおかつ投与後は半固形状流動食の利点が得られる製品が求められていた.

この課題を解決するヒントは当社製品に対する苦情から得られた.それは当社の液状流動食を半固形化するためにペクチン溶液を加えても増粘しないという内容であった.試してみると,確かに報告のとおりペクチン溶液を混ぜても流動食はさらさらした液体であった.ところがこの混合液を人工胃液に入れるとゼリー状に固まることがわかった.この現象を見て画期的な新製品の誕生を確信した.使用時は液体で,胃の中でゲル状に物性が変化する流動食である.

ペクチンを含有する流動食の開発

ペクチンは高等植物の細胞壁に存在する,さまざまな単糖から構成される複合多糖類であり,栄養学的には食物繊維に分類される.ペクチンの化学的な特徴はガラクツロン酸の含有量が多いことであり,ペクチンの物理化学的な特性はガラクツロン酸のカルボキシル基修飾の程度で影響される(3)3) B. R. Thakur, R. K. Singh, A. K. Handa & M. A. Rao: Crit. Rev. Food Sci. Nutr., 37, 47 (1997).

ペクチンは,メチルエステル化されたガラクツロン酸残基の割合が50%以上か未満かによって,高メトキシと低メトキシペクチンに大別される.原料から抽出直後のペクチンは高メトキシペクチンである.低メトキシペクチンは,高メトキシペクチンを酸,アルカリまたは酵素で脱エステルすることで得られる.脱エステル化の工程によってはカルボキシル基がアミド化されたペクチンも産生される(図1図1■ペクチンのガラクツロン酸残基修飾).

図1■ペクチンのガラクツロン酸残基修飾

市販のペクチンは柑橘類の果皮やリンゴの絞り滓を主な原材料として生産されている.身近な例として,ペクチンはゲル化剤としてジャムやゼリーなどの食品に利用されている.ペクチンのゲル化は,pHの低下に伴って荷電状態が変化したペクチン鎖同士の凝集や,カルシウムなど二価金属イオンを介したペクチン鎖の架橋形成が機序と考えられている.当社製品に配合したペクチンは後者の性質を有する低メトキシペクチンである.すなわち,流動食中に含まれるカルシウムが酸性環境下でイオン化することによりペクチンと架橋形成して,流動食の粘性が増加する(図2図2■ペクチン含有流動食の性状変化(株式会社大塚製薬工場:社内資料)).

図2■ペクチン含有流動食の性状変化(株式会社大塚製薬工場:社内資料)

ただし,液体流動食の原材料にペクチンを加えれば良いだけかというと,実際の製品化はそんなに簡単な話ではなかった.流動食にはタンパク質,糖質,脂質,ビタミン,ミネラルなどが配合されているため,ペクチンを加えるとタンパク質の凝集沈殿や油脂の分離が顕著に発生した.流動食は基本的に栄養成分を均一にしておかなければならないので,これらの問題の解決が不可避であった.

さまざまな食品素材や食品添加物を用いてスクリーニングを繰り返し,成分の均一化を達成することができても,今度は保管中に流動食がゲル化する問題が生じた.詳細を述べることはできないが,流動食としての栄養バランスおよび製剤の均一性・安定性を達成するための試行錯誤に数年を要した.こうして完成した製品が,ペクチンの特性を利用した流動食(製品名:ハイネイーゲル®)である.この流動食を投与すると胃内で胃酸に触れることで物性が変化し,半固形化栄養法と同様のメリットを享受できる可能性が考えられる.

以下には,このペクチンを含む流動食の機能性を検討した実験結果を紹介する.

ペクチン含有流動食の機能性

1. 酸性環境下の物性変化

胃内の低pH環境を再現することを目的として人工胃液を使用し,ペクチン含有流動食と人工胃液混合後の物性変化を検討した.

ペクチン含有流動食と人工胃液を7 : 3の割合で混合し,10分間放置した後の粘度をB型粘度計(12回転)で測定した.人工胃液の酸度を種々に設定して,混合後のpHが4~5となるように調整した.その結果,混合液のpHが低下するとともに粘度が上昇し,とろみ状から固形状に変化することが確認された(図3図3■酸性環境下の物性変化(株式会社大塚製薬工場:社内資料)).

図3■酸性環境下の物性変化(株式会社大塚製薬工場:社内資料)

この水準の粘度は市販半固形状流動食を同様の比率で人工胃液と混合した際の粘度と同じであり,臨床的に半固形化栄養法と同等の有用性が期待できると考えられた.

2. ラットを用いた消化管内動態の検討(4)

流動食の経管投与を想定し,ラットを用いて胃瘻から持続投与した条件下で,ペクチン含有流動食の消化管内動態を評価した.

雄性SD系ラット(7週齢)に胃瘻を造設して4週間の馴化後に一晩絶食し,トリパンブルーで着色した流動食(ペクチン含有流動食または市販液体流動食)を胃瘻から10 mL/hの速度で48分間持続投与した.投与終了後は麻酔下で開腹および胸腔切開を行い,食道への流動食の逆流の有無を記録した.また胃幽門部から盲腸までの全長と,着色した試験物質の到達した部位までの長さを測定し,試験物質の小腸への進入率を算出した.

ペクチン含有流動食群では粘性のある胃内容物が観察された.流動食投与時の食道逆流は,対照流動食投与群の6匹すべてに観察されたのに対して,ペクチン含有流動食投与群では7匹中4匹であった.小腸への進入率は,対照流動食投与群の90.6±3.1%に対してペクチン含有流動食投与群では74.7±8.3%と有意に低値であった(平均値±標準偏差,n=6および7)(対応のないt検定:p<0.05).

これらの結果から,ペクチン含有流動食が実際に胃内でゲル化し,胃から小腸への移送は液体流動食と比べて緩除であることが確認された.ペクチン含有流動食の投与時には消化器合併症(胃・食道逆流や下痢)が軽減することが期待された.

3. マウスを用いた胃排出動態の検討(5)

マウスにペクチン含有流動食を経口ボーラス投与後の胃排出動態を,In Vivo Imaging Systemを用いて非侵襲的かつリアルタイムに観察した.

24時間絶食させた雄性BALB/cマウスに対して,蛍光プローブ(GastroSense™750, Perkin Elmer Inc.)を含む流動食を10 µL/g体重で経口投与し,その消化管内動態をIVIS®イメージングシステム(Perkin Elmer Inc.)を用いて60分後まで経時的に定量記録した.試験流動食としてペクチンの有無のみが異なる2種類の流動食を比較した.

その結果,胃に対応する部位の蛍光強度は,ペクチン含有流動食を投与した場合のほうが非含有流動食の場合に比べて高値に推移した(図4図4■ペクチン含有流動食の胃排出動態(文献5より転載,licensed under CC BY)).計測後に切除した胃について蛍光強度を測定した結果も同様であった.すなわち,流動食にペクチンを配合すると胃からの排出が緩やかとなることが,マウスを用いた非侵襲的な実験でも確認された.

図4■ペクチン含有流動食の胃排出動態(文献5より転載,licensed under CC BY)

4. ラットの便性状に対する影響(6)

流動食投与時の主な消化器合併症である下痢に対するペクチン配合の影響を評価することを目的として,雄性SD系ラット(10週齢)に対して流動食を2週間自由摂取させた.試験流動食として,高メトキシペクチン(HM)もしくは低メトキシペクチン(LM)が配合され,またはペクチンが配合されていない(PF)流動食を比較した.

その結果,HMとPFでは下痢便が観察されたのに対して,LMでは正常便が観察された.ペクチンのタイプより便性状に与える影響が異なることが示唆された.

さらに排便中のガラクツロン酸含有量を分析し,流動食から摂取されたペクチンの資化性を検討した.一般にペクチンは腸内でほぼ完全に資化される食物繊維であると考えられており,確かにHMはほぼ完全に資化されていた.一方,LMは摂取量の半分近くが資化されずに便中排泄されており,ペクチンの種類により資化率が異なることが示唆された.

これらの結果から,ペクチンの中でも低メトキシペクチンが流動食投与時の下痢防止に有効な素材であり,その機序として胃から腸への移送が緩除になることだけではなく,未消化ペクチンの糞塊形成に対する寄与も関係すると考えられた.

5. マウスにおける消化管移動速度(7)

マウスから排泄された糞を蛍光イメージングする実験系を用いて,ペクチン含有流動食の消化管通過時間を評価した.

BALB/c系雄性マウスに対して,高メトキシペクチン(HM)もしくは低メトキシペクチン(LM)が配合された流動食,または固型飼料をそれぞれ1週間自由摂取させた.摂取終了後に0.01%インドシアニングリーン(ICG)溶液を経口投与し,その後8時間にわたって排泄された糞を経時的に採取した.IVIS®イメージングシステム(Perkin Elmer Inc.)を用いてICGに由来する蛍光を検出し,蛍光を発する糞が初めて排泄されるまでの時間を消化管通過時間として計測した.

その結果,固型飼料群の消化管通過時間(平均130±36分)に比してHM群では280±96分と有意に延長したが(Tukeyの多重比較:p<0.05),LM群は111±35分と差はなかった(平均値±標準偏差,各群n=8).またLM群の糞は軟便で固型飼料群に近い形状であったが,HM群の糞は泥状に変化した.

この結果から,HM配合流動食と比してLM配合流動食を食べさせた場合にはICGの消化管通過時間が通常食と同等であり,この違いは便性状の変化に起因することが考えられた.

6. ラット大腸吻合の治癒に対する影響(8)

手術を受けた消化管の治癒を促進する因子として,消化管内で産生される短鎖脂肪酸とともに腸管への物理的刺激が知られている.流動食中のペクチンの有無や含有されるペクチンのタイプによって排便性状や消化管通過時間が異なったことから,周術期にこれらの流動食を与えた場合に消化管の治癒速度が異なる可能性が考えられた.

そこで雄性SDラット(8週齢)に大腸吻合手術を行う前後1週間に試験流動食を与え,吻合部の治癒を評価するために吻合部が断裂するまでの最大張力を測定した.試験流動食として,高メトキシペクチン(HM)若しくは低メトキシペクチン(LM)が配合され,またはペクチンが配合されていない(PF)流動食を比較した.

その結果,大腸吻合部の最大断裂張力はHM, LM, PFの順にそれぞれ,1.36±0.20 N, 2.77±0.48 N, 1.59±0.30 Nであり,LM群の破断強度が有意に高かった(Tukeyの多重比較:p<0.05)(平均値±標準偏差,n=8, 6および10).また便性状は前項で述べたとおりLM群のみ正常便でほかは下痢便を呈した(図5図5■ペクチン含有流動食投与時の便性状(文献8より転載,licensed under CC BY-NC-ND)).

図5■ペクチン含有流動食投与時の便性状(文献8より転載,licensed under CC BY-NC-ND)

これらの結果から,大腸吻合部の治癒促進には下痢便を生じない低メトキシペクチンを含んだ流動食を与える方がより効果的であり,その機序の一つとして正常便糞塊による消化管内部からの物理的刺激が働いている可能性が考えられた.

最後に

医療現場の課題や要望を真摯に受け止め,製品化に立ちはだかる困難な課題に対して粘り強く取り組んだ結果,コモディティ化して差別化困難と思われていた流動食の市場に対して,画期的な機能をもった製品を提案することができた.胃内の物性変化という当初意図した機能性とともに,下痢改善効果および消化管の吻合治癒促進効果も新たな機能性として,今後の医療従事者の評価に注目していきたい.

当社ではメディカルフーズ事業として,本稿で紹介した濃厚流動食のシリーズのほかにも,経口補水液オーエスワン®やえん下困難者用食品エンゲリード®などを通じて患者さんの栄養状態に貢献してきた.今後も栄養食品のラインアップのさらなる充実を図り,適正な栄養管理に役立つ情報や製品を継続的に提供することで,臨床栄養の領域におけるベストパートナーを目指したい.

Reference

1) 日本静脈経腸栄養学会(編):静脈経腸栄養ガイドライン第三版,照林社,2013, p. 166.

2) 東口髙志(監修):半固形化栄養法ガイドブック,メディカ出版,2012, p. 2.

3) B. R. Thakur, R. K. Singh, A. K. Handa & M. A. Rao: Crit. Rev. Food Sci. Nutr., 37, 47 (1997).

4) 山田歩規代,三木新也,水貝和也,遠藤直之,山村泰久,松原 猛,戎 五郎:日本静脈経腸栄養学会雑誌,30, 1277 (2015).

5) I. Yamaoka, T. Kikuchi, N. Endo & G. Ebisu: BMC Gastroenterol., 14, 168 (2014).

6) 宮竹将,日野和夫,山田歩規代,遠藤直之,戎 五郎,岩切 洋:日本静脈経腸栄養学会雑誌,32S, 543 (2017). http://www.med-gakkai.org/jspen2017/pro/06poster.pdf

7) T. Kagawa, N. Endo, G. Ebisu & I. Yamaoka: Physiol. Rep., 6, e13662 (2018).

8) F. Yamada, N. Endo, S. Miyatake, G. Ebisu & K. Hino: Nutrition, 45, 94 (2018).