農芸化学@High School

クモの糸の構造と引っ張りの力に対する強度の関係

德岡 直樹

兵庫県立西脇高等学校生物部(クモ班)

小寺 康太

兵庫県立西脇高等学校生物部(クモ班)

小枝 瑞歩

兵庫県立西脇高等学校生物部(クモ班)

齊藤 優奈

兵庫県立西脇高等学校生物部(クモ班)

堀江 千紘

兵庫県立西脇高等学校生物部(クモ班)

Published: 2018-08-20

本研究は,日本農芸化学会2018年度大会(開催地:名城大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.発表者らは,高校にて採取した11種類のクモの巣の糸の構造を顕微鏡を用いて観察し,螺旋繊維が巻き付く縦糸と横糸の張力の強度を調べ,糸の構造と強度との関係を分析した.

本研究の目的・方法および結果と考察

【目的】

学校では,いたるところでクモの巣を見る.そこに大型の昆虫などが捕らえられてもがいても,いっこうに糸が切れる様子は見られない.クモの糸はどうしてこんなに強いのだろうか,クモの種類が異なっても糸は同じ構造なのだろうか,さまざまな疑問をいだき,クモの糸の構造に着目した.クモの糸については,巣の縦糸(中心から放射状に張る糸)と横糸(縦糸に対して横方向に張る糸)の構造が異なることが知られているが,これらの構造について詳細に研究したものはない.

クモの糸はさまざまな分野への応用利用が可能だとして多くの研究がなされているが,それらは分子レベルのものである.筆者らは,分子レベルの研究では示すことができない構造と強度の関係を明らかにすることを目的に研究を行った.

【方法および結果】

1. 研究に用いたクモの種類

6~7月に学校で採取した,11種類のクモ(図1図1■研究に用いた11種類のクモ (1)コガネグモ,(2)ナガコガネグモ,(3)オニグモ,(4)アシナガグモ,(5)オオシロカネグモ,(6)オオヒメグモ,(7)ヒメグモ,(8)ヒラタグモ,(9)クサグモ,(10)イエユウレイグモ,(11)ミヤグモ)の巣の糸の構造を顕微鏡を用いて観察し,中心繊維や螺旋繊維の本数と引っ張りに対する強度との関係を調べた.クモの同定は,新海・高野(1984),浅間ほか(2001)によった(1, 2)1) 新海栄一,高野伸一:“フィールド図鑑クモ”,東海大学出版会,1984.2) 浅間 茂,石井規男,松本嘉幸:“野外観察ハンドブック”,全国農村教育協会,2001.

図1■研究に用いた11種類のクモ

2. クモの糸の構造と観察

クモの糸の基本的な構造と,縦糸と横糸の顕微鏡観察の結果を図2図2■(a)クモの糸の基本構造,(b)縦糸と横糸の顕微鏡写真に示す.本研究では,同一種のクモを5個体ずつ採取し観察した.巣の縦糸と横糸では,構造が異なり,縦糸は中心繊維の周りに1本~数本の螺旋繊維が規則正しく巻き付く構造をもっていた.一方,クモの横糸には螺旋繊維は見られず,1本の中心繊維のみからできていた.

図2■(a)クモの糸の基本構造,(b)縦糸と横糸の顕微鏡写真

縦糸の繊維の本数や螺旋の特徴はクモによって異なっていた.クモの横糸には粘着球と呼ばれる粘着性の液体が付着しており,これで獲物を捕らえている.巣の形が不規則な住居を造るクモは,縦糸と横糸の区別が見られず,粘着球も見られない.クサグモは棚網という独特な巣を作り,縦糸と横糸の区別が困難であった.地上に水平に張る下糸も,「よしず」のように立ち上げる上糸にも粘着球は見られない.ヒラタグモとミヤグモは,住居を構成する糸と,住居から放射状に伸びて獲物の振動を感じ取るための受信糸からなる円盤状住居である.いずれの糸にも粘着球は見られなかった.

3. クモの糸の構造と強度測定

すべての種類のクモの縦糸と横糸をそれぞれ5本ずつ採取し,縦糸と横糸の区別がつかないクモについては,糸を5本採取して強度を測定した.測定は,ケニス株式会社製のサイエンスキューブにフォースセンサを接続し,測定範囲±10 N,レンジ測定範囲-10~+10N,精度±0.00056で行った(図3図3■糸の強度測定方法).フォースセンサの鍵部分にクモの糸をかけてそのまま引っ張り,糸が切れる瞬間の最大値を記録した.

図3■糸の強度測定方法

縦糸および放射状に伸びる受信糸,地上から垂直に上がる上糸について,螺旋繊維の波長や振幅に対する引っ張りの強度(N)との関係の測定結果の一部を図4~7図4■縦糸の螺旋繊維の波長と強度の関係1図5■縦糸の螺旋繊維の振幅と強度の関係2図6■受信糸および上糸の波長と強度の関係1図7■受信糸および上糸の振幅と強度の関係2に示す.個体の大きさと螺旋繊維の波長の長さや振幅の大きさ,それに対する強度には相関はなかった.また,クモの種類が異なると,糸の成分が異なる可能性があると考えられる.実際に,クモの種類ごとに測定範囲は異なっていた.

図4■縦糸の螺旋繊維の波長と強度の関係1

図5■縦糸の螺旋繊維の振幅と強度の関係2

図6■受信糸および上糸の波長と強度の関係1

図7■受信糸および上糸の振幅と強度の関係2

本研究で,すべてのクモに共通する傾向が見られたことがあった.図4~7図4■縦糸の螺旋繊維の波長と強度の関係1図5■縦糸の螺旋繊維の振幅と強度の関係2図6■受信糸および上糸の波長と強度の関係1図7■受信糸および上糸の振幅と強度の関係2のグラフは右下がりを示した.オオシロカネグモも同様の傾向を示すが,振幅が極端に大きいため,グラフからは省略した.クモの大きさに依存せず,測定を行ったすべてのクモにおいて,螺旋繊維は波長が短いほど,また振幅が小さいほど強度が増す傾向が見られた.図4と5図4■縦糸の螺旋繊維の波長と強度の関係1図5■縦糸の螺旋繊維の振幅と強度の関係2では縦糸と横糸の区別ができるクモの螺旋繊維の波長と振幅に対する強度の関係を示したが,円盤状住居を作るミヤグモやヒラタグモの受信糸においても,また独特な巣を作るクサグモの上糸や,不規則網を作るオオヒメグモやヒメグモ,イエユウレイグモの糸の螺旋繊維の波長と振幅に対する強度の関係には同様な傾向が見られた(図6と7図6■受信糸および上糸の波長と強度の関係1図7■受信糸および上糸の振幅と強度の関係2).

ほかにも,本研究では,縦糸の引っ張りの力に対する強度(0.061~0.963 N)は,横糸(0.005~0.078 N)よりも強い値を示すことがわかった.図2(b)図2■(a)クモの糸の基本構造,(b)縦糸と横糸の顕微鏡写真でも観察されたように,螺旋繊維が巻き付く縦糸は,螺旋繊維が見られない横糸よりはるかに強かった.

図8図8■縦糸の中心繊維の本数と強度の関係には縦糸の中心繊維の本数と強度の関係を調べた結果の一部を示すが,1本でも強度にばらつきが見られ,2本や3本となることで強度が増すようなこともなかった.同様に,縦糸の螺旋繊維の本数,横糸の繊維の本数と強度の関係も調べたが相関関係は見られなかった.住居として作る住居糸と地上に水平な下糸についても,繊維の本数と強度の関係は横糸と同様であった.

図8■縦糸の中心繊維の本数と強度の関係

【考察】

横糸は粘着球で獲物を捕らえることに特化した糸であり,強度を必要としないと考えられる.一方,縦糸は,中心繊維を螺旋繊維が補強し,獲物がかかっても切れない強度を有することに特化した糸であると考えられる.巣の作りが不規則なクモは,縦糸と横糸の特性によって獲物を獲得するのではなく,それぞれに特別な役割をもつ糸を作ることができる.しかし,糸の構造と強度についての関係を見てみると,本研究の結果で示されたように,やはり糸の螺旋構造と強度の間には相関関係が認められた.このように,クモはさまざまな種類の糸を構成して生活環境に適応しているものと考えられる.系統樹と糸の構造や強度との有意な傾向は見られていない.

本研究の意義と展望

クモの種類によって糸の構造に違いはあるのか,共通性はあるのか,身近にあるシンプルな題材に対して,研究の原点とも言える純粋な興味と観察力から始まった研究である.分子レベルからの解明を目指すアプローチもあるが,比較的身近にある観察・測定機器を使用したことにより,定量的な分析を行い,考察をすることができた.クモの糸は,クモの発育段階や季節によって成分が変化するのではないかと言われているが,これらについてはまだ明らかにされていない.本研究では,同一のクモが張った巣の縦糸と横糸の構造と強度の関係をターゲットとした研究に絞り込んでいるが,糸の成分が強度や伸縮性にどのように関係しているのか,筆者らはさらなる興味を抱いている.クモの種類が異なれば糸の成分も異なる可能性があり,それが糸の強度に影響を及ぼしているのかもしれない.純粋な興味と観察から始まった研究の,今後の展開が楽しみである.

Acknowledgments

国立科学博物館の小野展嗣九州大学大学院地球社会統合科学府客員教授から,クモの糸の構造と成分についてアドバイスを得た.本校生物部顧問の川勝和哉先生には終始有益な助言と議論をいただいた.ここに記して謝意を表する.本研究は,平成29年度JST中高生科学研究実践活動推進プログラム助成金を利用して実施した.

Reference

1) 新海栄一,高野伸一:“フィールド図鑑クモ”,東海大学出版会,1984.

2) 浅間 茂,石井規男,松本嘉幸:“野外観察ハンドブック”,全国農村教育協会,2001.