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網羅的shRNAスクリーニングを用いた,化合物による細胞増殖抑制メカニズムの解明動物培養細胞での化合物標的同定

Ken Matsumoto

松本

理化学研究所環境資源科学研究センター

Shohei Takase

高瀬 翔平

理化学研究所環境資源科学研究センター

明治大学大学院農学研究科

Minoru Yoshida

吉田

理化学研究所環境資源科学研究センター

Published: 2018-09-20

細胞の増殖速度の変化,形態変化,分化といった細胞の表現型変化を指標に得られる生理活性物質について,標的となる生体高分子や表現型の変化をもたらす作用機序を明らかにできれば,その生理活性物質の有用性は著しく向上する.標的や作用機序を明らかにする主な方法としては,(1)化合物処理細胞のプロファイリングによりデータベースと比較して作用機序を推測する方法,(2)細胞抽出液から生化学的に標的分子を探索する方法,(3)モデル生物を用いた遺伝学的方法がある.プロファイリング法は,既知物質と類似の作用機序をもつ生理活性物質の場合に非常に有効である.一方で生化学的方法や遺伝学的方法は,網羅的に標的探索を行うことができ,新規の標的や作用機序の同定もできる点が長所である.本稿では,遺伝学的方法の一つとして哺乳類培養細胞でのshRNA(short hairpin RNA)ライブラリーによる遺伝学的スクリーニングを紹介する.

本法の詳細は総説(1)1) K. Jastrzebski, B. Evers & R. L. Beijersbergen: Methods Mol. Biol., 1470, 49 (2016).に譲るが,簡単に述べれば,shRNAにより化合物の細胞増殖抑制機構にかかわるmRNAがノックダウンされた時,化合物処理された場合と未処理の場合とで細胞の生存率に差が出ることを利用して,遺伝子を同定する方法である(図1図1■shRNAライブラリーを用いた化合物の標的経路の同定).

図1■shRNAライブラリーを用いた化合物の標的経路の同定

本法の長所は,培養細胞を用いて化合物の細胞増殖抑制に関係するヒトやマウスの遺伝子を直接同定できること,RNA干渉によるノックダウンをゲノムワイドに行うことによりバイアスなく網羅的解析が可能なこと,さらに,遺伝学的方法に共通の長所として,化合物処理と合成致死の関係にある遺伝子が同定でき,ほかの方法では同定が困難な予想外のパスウエイが細胞増殖抑制に関与することを明らかにできることが挙げられる.これにより例えば抗がん剤をスクリーニングに供した場合,合成致死の関係にある遺伝子産物に阻害剤があれば,それが新規の併用薬剤につながりうる.逆に本法の短所としては,生存に必須の遺伝子が効率よくノックダウンされると化合物なしでも細胞が致死となってしまうのでこれらの遺伝子の評価が難しいこと,多くのshRNAが混合されたプール型ライブラリーでのスクリーニングの場合には細胞培養スケールが比較的大きく手間がかかり,次世代シークエンス解析を伴うのでコストがかかることが挙げられる.

われわれは市販のバーコード配列付きshRNAライブラリーを使用している(2, 3)2) H. Kobayashi, H. Nishimura, K. Matsumoto & M. Yoshida: Biochem. Biophys. Res. Commun., 467, 121 (2015).3) S. Takase, R. Kurokawa, D. Arai, K. Kanemoto Kanto, T. Okino, Y. Nakao, T. Kushiro, M. Yoshida & K. Matsumoto: Sci. Rep., 7, 2002 (2017)..まず,複数サンプルを次世代シークエンサーの同一のレーンで解析するために,PCRプライマーにインデックス配列を挿入し,この配列によってサンプルを区別できるように工夫した(3)3) S. Takase, R. Kurokawa, D. Arai, K. Kanemoto Kanto, T. Okino, Y. Nakao, T. Kushiro, M. Yoshida & K. Matsumoto: Sci. Rep., 7, 2002 (2017)..この方法の有効性を確認するため,DNAトポイソメラーゼII(トポII)阻害剤であるエトポシドをスクリーニングに供したところ,トポIIαに対するshRNAをもつ細胞が顕著に生き残っていた.エトポシドはトポIIによるDNA鎖切断中間体で反応を止めることにより鎖切断を促進するため,トポII依存的に細胞死が誘導されることが知られている.この結果はトポIIαをノックダウンするとエトポシドが効きにくくなることを示しており,このスクリーニングの有効性が確かめられた.

次に,海洋天然物オーリライドBをスクリーニングに供した.オーリライドBは,いくつかのがん細胞においてGI50が10 nM以下といった強力な細胞毒性を有する.類縁化合物であるオーリライドが,プロヒビチンと結合してミトコンドリアを介したアポトーシスを誘導することがすでに知られていたため,このスクリーニングではオーリライドB処理と合成致死となる遺伝子の同定を目指した.その結果,ノックダウンによって細胞のオーリライドB感受性が高まる遺伝子としてATP1A1を同定した.ATP1A1遺伝子産物は細胞膜でNa/K勾配を作り出すNa, Kポンプの触媒サブユニットであり,その阻害剤として強心配糖体ウアバインが知られる.そこで,オーリライドBとウアバインを共処理したところ,細胞のオーリライドB感受性が高まることがわかった.以上より,オーリライドBの新たな作用あるいは合成致死経路としてNa, Kポンプ阻害を見いだすことができた(3)3) S. Takase, R. Kurokawa, D. Arai, K. Kanemoto Kanto, T. Okino, Y. Nakao, T. Kushiro, M. Yoshida & K. Matsumoto: Sci. Rep., 7, 2002 (2017)..現在は,標的未知化合物をshRNAライブラリースクリーニングに供して細胞増殖抑制に関係する遺伝子を同定するとともに,プロファイリング法や生化学的方法と組み合わせて,標的に迫ろうと努力している.

shRNAライブラリーでのスクリーニングは必ずしも化合物標的同定だけでなく,特定のがん細胞の脆弱性などの注目する表現型にかかわる遺伝子の同定に広く使われるとともに,培養細胞のみならずマウス個体でのスクリーニングにも使われている(4)4) N. Yeddula, Y. Xia, E. Ke, J. Beumer & I. M. Verma: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, E6476 (2015)..さらに最近数年のゲノム編集技術の発展に伴って,CRISPR-Cas9による遺伝子ノックアウトや,CRISPR-dCas activationによる遺伝子高発現のためのゲノムワイドguide RNAライブラリーも作製されていて,さまざまなスクリーニングに使われるようになっている(5)5) M. Jost & J. S. Weissman: ACS Chem. Biol., 13, 366 (2018)..複数の遺伝学的スクリーニングを組み合わせることで,またプロファイリング法や生化学的方法を併用することで,化合物の正しい標的やオフターゲットの同定に迅速に結びつく方法の確立が望まれる.

Reference

1) K. Jastrzebski, B. Evers & R. L. Beijersbergen: Methods Mol. Biol., 1470, 49 (2016).

2) H. Kobayashi, H. Nishimura, K. Matsumoto & M. Yoshida: Biochem. Biophys. Res. Commun., 467, 121 (2015).

3) S. Takase, R. Kurokawa, D. Arai, K. Kanemoto Kanto, T. Okino, Y. Nakao, T. Kushiro, M. Yoshida & K. Matsumoto: Sci. Rep., 7, 2002 (2017).

4) N. Yeddula, Y. Xia, E. Ke, J. Beumer & I. M. Verma: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, E6476 (2015).

5) M. Jost & J. S. Weissman: ACS Chem. Biol., 13, 366 (2018).