解説

ビールの香り:その‘構造’を解き明かす76成分によるビール香気の再構築

The Components Contributing to the Structure of Beer Aroma: Reconstitution of Beer Aroma Using 76 Odorants

Toru Kishimoto

岸本

アサヒビール株式会社酒類技術研究所

Published: 2018-09-20

“香り”は食品や飲料のおいしさを決定づける大きな要素である.そのためビールの香りに関する多くの研究が進められ,さまざまな特徴に寄与する香気成分が明らかにされてきた.これまでビールの香りの研究においては,その特徴への「寄与度が高い」香気成分に着目されてきた.一方で,ビール中で大多数を占める寄与度が小さい香気成分群の役割については,ほとんど考察されてこなかった.本解説では,ビール香味への香気成分の寄与について,これまでの報告から紹介するとともに,一方で,寄与度が小さい大多数の香気成分群の寄与について,筆者らが得た知見をもとに紹介する.

なぜ,香りの分析が必要なのか?

飲料や食品のメーカーにかかわらず,製造メーカーには「お客様に多種多様な商品をスピーディに提供する」,「高い品質の商品を提供する」ということが求められる.高い品質の商品を大量に製造するためには商品の品質(食品メーカーであれば,香りや味,おいしさ)を分析値で表し,その分析値を製造工程にて管理していく必要がある.また,お客様に多種多様な商品をスピーディに提供するためには,商品の設計図をスピーディに作成せねばならない.香りや味,おいしさに寄与する成分を明らかにし,分析値で表現できるようになれば,多種多様な香りや味を容易にコントロールすることができ,お客様からのニーズや期待,市場の変化に速やかに応えることができる.このような背景から,あらゆる食品や飲料の香りに関する研究が精力的に進められている.

ビールの香味に寄与する香気成分

ビールは,水,麦芽,ホップを主な原料とし,酵母による発酵を経て作られる.そのため原料に直接由来する香り,アミノ酸や脂肪酸,糖から発酵を経て作られる香りなど,さまざまな香気成分が含まれ(1)1) L. Nykänen & H. Suomalainen: “Aroma of Beer, Wine and Distilled Alcoholic Beverages,” Springer Science & Business Media, 1983.,現在までに660以上もの成分が報告されている(2)2) B. Nijssen & K. I. Visher: “VCF online, Volatile Compounds in Food 16.4”, Triskelion B.V. a TNO initiative, Zeist, The Netherlands, http://www.vcf-online.nl/VcfHome.cfm (2016).

このような香りの研究の中で特に着目されるのは「特徴に寄与する成分」であり,「高濃度で含まれる成分」ではない.香気成分には「閾値(=匂いを識別できる濃度)」が存在し,ppm(=mg/L)レベルで匂いを感じない物質も存在すれば,ppt(=ng/L: 50 mプールに目薬1滴程度)で匂いを識別できる物質も存在する.寄与度を評価するためには,主にOdor Activity Value(OAV:濃度÷閾値)を算出し,ビール中に閾値の何倍の濃度で含まれるかを評価する手法(3~5)3) P. Schieberle: “ New Developments in Methods for Analysis of Volatile Flavor Compounds and Their Precursors, in Characterization of Food: Emerging Methods,” ed. by A. G. Gaonkar, Elsevier Science B.V., 1995, p. 403.4) W. Grosch: Chem. Senses, 26, 533 (2001).5) 時友裕紀子:化学と生物,55, 743(2017).や,ヒトの鼻を検出器とする匂い嗅ぎガスクロマトグラフィー(GC-olfactometry; GC-O)を用いて鼻元に届く香気強度を評価する手法(6, 7)6) A. R. Mayol & T. E. Acree: ACS Symp. Ser., 782, 1 (2001).7) I. Blank: Food Sci. Technol, 115, 297 (2002).が多く用いられる.それら手法の詳細については,過去本誌での解説(5)5) 時友裕紀子:化学と生物,55, 743(2017).を同時にご参照いただきたい.

ビールの香味に寄与する成分を調べるため,1975年にMeilgaardは239もの成分の閾値を調査し(香気成分・呈味成分含む),ビールに寄与する成分の同定を試みている(8)8) M. C. Meilgaard: Tech. Q. Master Brew. Assoc. Am., 12, 151 (1975)..寄与する成分として,新鮮なビールではエタノール,ホップ苦味物質,炭酸ガス,および発酵で生成するバナナ様のエステル,リンゴ様エステル,フーゼルアルコールが,劣化したビールにおいてはdimethylsulfide(海苔様香気),hydrogen sulfide(硫化水素臭),diacetyl(バター様),(E)-2-nonenal(ダンボール紙様)といったビールの美味しさを損なう物質が香味に寄与していると述べている(8)8) M. C. Meilgaard: Tech. Q. Master Brew. Assoc. Am., 12, 151 (1975)..Fritschらはピルスナービール(ドイツ産)をGC-Oを用いて解析した結果を報告している(9)9) H. T. Fritsch & P. Schieberle: J. Agric. Food Chem., 53, 7544 (2005)..GC-O解析での強度が高い26成分について定量し,またそれら香気成分の水中での閾値を求め,OAVを算出したところエタノール,アセトアルデヒド,そして蜂蜜様香気を呈するdamascenone,華様のlinalool,甘いフルーティな香りを呈するethyl butanoate, ethyl 2-methylpropanoate, ethyl 4-methylpentanoateの寄与(OAV)が高かったことを報告している.

さらにそのほか,ビールに特徴を与えるためにホップを用いてさまざまな香りが付与される.世界中には100以上もの品種のホップが存在し,筆者らも各品種やホップの使用方法がビールに特徴的な香りを付与することを報告してきた(10~14)10) T. Kishimoto, A. Wanikawa, K. Kono & K. Shibata: J. Agric. Food Chem., 54, 8855 (2006).11) T. Kishimoto, M. Kobayashi, N. Yako, A. Iida & A. Wanikawa: J. Agric. Food Chem., 56, 1051 (2008).12) T. Kishimoto, M. Morimoto, M. Kobayashi, N. Yako & A. Wanikawa: J. Am. Soc. Brew. Chem., 66, 192 (2008).13) T. Kishimoto, K. Kono & K. Aoki: Proceedings of the 31st European Brewery Convention Congress, Venice, Italy, (2007).14) T. Kishimoto, A. Wanikawa, N. Kagami & K. Kawatsura: J. Agric. Food Chem., 53, 4701 (2005)..近年の総説(15)15) N. Rettberg, M. Biendl & L. A. Garbe: J. Am. Soc. Brew. Chem., 76, 1 (2018).においてはホップの香りに関する160以上もの報告が引用されている.

上記のようにビールの香りに関する研究ではOAVが高い香気成分(寄与度が高い香気成分)に着目されてきた.一方で,ビール中で大多数を占める寄与度が小さい香気成分群の役割については,ほとんど考察されて来なかった.筆者らは,GC-O分析から同定した総計76成分のビール中での濃度を正確に定量し(表1表1■ビール香気の再構築に用いた76香気成分16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).),その76香気成分を用いてビール香気の再構築を試み,各香気成分がどのようにしてビールの香りの構造を完成させているかについて考察した(16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018)..そこで得られた結果について次項で紹介する.なお詳細な手法や化合物に関する情報については,原著論文(16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).をご参照いただきたい.

表1■ビール香気の再構築に用いた76香気成分16)
リテンションインデックス(DB-WAX)GC-Oにて検出された香調同定された化合物濃度(µg/L)弁別閾値(ビール中)(µg/L)Group
891パイナップルEthyl acetate1530021000A
915ポテト,アーモンド3-Methylbutanal4.99.6A
1111バナナIsoamyl acetate1230724A
1215フーゼルアルコール3-Methyl-1-butanol5960016800A
1235甘い,フルーティEthyl hexanoate119.2163.0A
1296ナッツ,マッシュルーム1-Octen-3-one0.00660.0026A
1317ナッツ,チアミン2-Methyl-3-furanthiol0.0750.190A
1379金属,生魚(Z)-1,5-Octadien-3-one0.000140.00040A
1440エステル,フルーティEthyl octanoate159.5290.0A
1453ポテト,醤油Methional1.21.8A
1537カードボード(E)-2-Nonenal0.0820.100A
1546フローラル(R)-Linalool1.21.0A
1640調理玉ねぎ2-Sulfanyl-3-methyl-1-butanol0.270.29A
1676チーズ,腐敗3-Methylbutanoic acid454.91230.0A
1710フーゼルアルコール,醤油Methionol8221397A
1730フルーティ,キャッティ3-Sulfanylhexyl acetate0.00470.0050A
1825ストロベリー,はちみつ(E)-β-Damascenone1.82.5A
1847フルーティ,キャッティ3-Sulfanyl-1-hexanol0.0440.055A
1854フローラル,バラGeraniol2.77.0A
1910フーゼルアルコール,フローラル2-Phenylethyl alcohol276697739A
2035甘い,桃,ミルクγ-Nonalactone33.711.2A
2040カラメル,甘酸味Furaneol290.6112.0A
2195カラメル,焦げた砂糖Sotolon1.500.54A
2210フェノール,スモーク,甘い4-Vinylguaiacol116.698.0A
2228グレープ2-Aminoacetophenone2.45.0A
910ポテト,アーモンド2-Methylbutanal1.7B
1105コゲ,スカンク3-Methyl-2-butene-1-thiol0.00290.0070B
1338穀物,シリアル2-Acetyl-1-pyrroline0.543.00B
1411ナッツ,土様2,3,5-Trimethylpyrazine0.24B
1438ゴム2-Sulfanylethyl acetate2.36.3B
1465パン,アーモンド,甘いFurfural20.4B
1470土様,ナッツ2-Ethyl-3,5(6)-dimethylpyrazine0.25B
1530アーモンド,焦げた砂糖Benzaldehyde1.6B
1615ロースト,焦げた香りBenzyl mercaptan0.0061B
1724ココナツ,ミルクγ-Hexalactone22.6B
1830カラメル,焦げた砂糖Cyclotene20.4B
1864スモーク,甘い香り,フェノールGuaiacol3.065.0B
1897キノコ,シナモンEthyl 3-phenylpropionate1.65.0B
1925ココナツ,甘い香りγ-Octalactone3.7B
1981カラメルMaltol1243B
2090カラメル,焦げた砂糖Homofuraneol11.468.0B
2135キノコ,シナモンEthyl cinnamate0.932.40B
2263カラメル,焦げた砂糖Maple furanone0.13B
2380スモーク,甘い香り,フェノール4-Vinylphenol78.9B
2444防虫剤,糞Indole0.72B
2490防虫剤,糞3-Methylindole0.054B
2585バニラ,ココナツVanillin3.048.0B
2630キノコ,シナモン3-Phenylpropionic acid20.2B
2978ラズベリーRaspberry ketone5.021.2B
952フルーティ,リンゴEthyl propionate96.2C
965柑橘,リンゴ-likeEthyl 2-methylpropanoate0.916.30C
970バター2,3-Butanedione13.0C
1036フルーティ,リンゴEthyl butanoate73.1367.0C
1052バター2,3-Pentanedione5.0C
1055フルーティ,パイナップルEthyl 2-methylbutanoate0.211.10C
1065柑橘,パイナップルEthyl 3-methylbutanoate0.412.00C
1090草,グリーンHexanal6.2C
1097甘い香り,カビ様2-Methyl-1-propanol12400C
1198フルーティ,リンゴEthyl 4-methylpentanoate0.141.00C
1391S系,キャベツDimethyl trisulfide0.000120.01600C
1498フレッシュな,オレンジDecanal1.5C
1503フレッシュな,きゅうり,揚げ物E,E)-2,4-Heptadienal2.7C
1590きゅうり,グリーンE,Z)-2,6-Nonadienal0.012C
1621腐敗,チーズButanoic acid4401899C
1646バラ,フローラルPhenylacetaldehyde4.539.7C
1658煮タマネギ3-Sulfanyl-3-methyl-1-butanol0.33C
1770柑橘,フローラル,バラCitronellol2.37.5C
1815脂肪酸,油E,E)-2,4-Decadienal0.032C
1820フローラル,ミント2-Phenylethyl acetate382.52760C
1849腐敗,汗Hexanoic acid910C
1954フローラル,スミレβ-Ionone0.0130.600C
2020金属臭,生魚Trans-4,5-epoxy-(E)-2-decenal0.00370.0590C
2070汗,腐敗Octanoic acid1990C
2277腐敗,汗Decanoic acid370C
2335腐敗,汗9-Decenoic acid150C
2556フローラル,バラPhenylacetic acid2080C

ビールの香りの解析と化合物による再構築

1. GC-O分析:香気の抽出と分析操作

市販のピルスナービールを対照ビールとした.対照ビール1 Lから500 mLのジクロロメタンを用いて香気を抽出し,さらに回収したジクロロメタン層をSolvent-Assisted Flavor Evaporation(SAFE)装置(5, 17)5) 時友裕紀子:化学と生物,55, 743(2017).17) W. Engel, W. Bahr & P. Schieberle: Eur. Food Res. Technol., 209, 237 (1999).を用いて蒸留し不揮発性成分を除いた.無水硫酸ナトリウムにて脱水処理を行った後,低沸点香気を損失しないようにKuderna–Danish evaporative concentratorを用いてジクロロメタン層を1 mLまで濃縮した(この抽出液を以下Extract Pと呼ぶ).

2. 高OAV香気25成分による再構築

上記のExtract PのGC-O解析においては65の香気を検出し56成分を同定した.そのうちGC-O解析における強度が高い38成分をスクリーニングし,これらの香気成分について寄与度を精査するために,対照ビールを用いてビール中での閾値を測定しOAVを算出した.その結果,9成分のみのOAVが1.0以上(閾値以上の濃度)であった(表1表1■ビール香気の再構築に用いた76香気成分16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).).

さらにこのGC-O解析における強度が高い38成分がビール香気の香味に単独で寄与しているか否かを確認した.具体的な方法としては,対照のビールにこの38成分をそれぞれ単独で添加し,対照ビールと比較する3点識別法を用いて寄与を確認した.その結果OAVが1.0以上の9成分の中でもさらに6成分のみ(isoamyl acetate, 3-methyl-1-butanol, 2-phenylethyl alcohol, γ-nonalactone, furaneol, sotolon)が3点識別法にて有意,つまりビールの香味に単独で寄与していたが,残りの32成分は有意な寄与を示さなかった(16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).

上記38成分のうち,OAVが高い25成分(OAV=3.58~0.35)をGroup A(表1表1■ビール香気の再構築に用いた76香気成分16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).)とした.0.20 MPaのCO2と40.9 g/Lのエタノールを含む水溶液に,Group Aの香気成分をビール中に含まれる濃度と同じ濃度で添加し,ビール香気の再構築を試み,官能評価にて特徴を評価した.Group Aは最も寄与度が高い25成分であることからビールの香りに近い再構成液が完成すると期待されたが,Group Aによる再構成液はビールに不可欠な「麦芽/穀物」「エステル」の特徴,および「香りの総量」を著しく欠き(図1図1■官能評価による再構成液の特徴評価16)-①),一方で3-methyl-1-butanol, methionol, phenylethyl alcoholに由来する「フーゼルアルコール」の香りが著しく突出し,非常にバランスが悪い香調を呈していた(図1図1■官能評価による再構成液の特徴評価16)-①).そして対照ビールを100%としたビール香気との類似度を評価したところ,このGroup Aの25成分による再構成液の類似度は極めて低かった.パネリストによる評価平均値およびのディスカッションの結果,この25成分による再構成液の類似度を30%と定めた(図2図2■対照ビールと比較した再構成液の類似度評価16)).その後の再構成液の官能評価においては,このGroup A(=30%)と,対照ビール(=100%)をマーカーとして類似度を評価した.

図1■官能評価による再構成液の特徴評価16)

①Group A(25成分),②Group A+B(49成分),③Group A+C(54成分),④Group A+B+C(76成分)

図2■対照ビールと比較した再構成液の類似度評価16)

3. 「麦芽/穀物」の特徴に寄与する成分の探索

25成分(Group A)による再構成液において,著しく欠損していた「麦芽/穀物」の香気を補うため,この特徴に寄与する成分を探索した.まず上記のExtract Pの調製に用いた手法と同様の手法で2.5 Lのビールから香気を抽出し10 mLまで濃縮した(この抽出液を以下Extract Qと記す).Extract Qを,アミノプロピル基によって修飾されたシリカゲルカラムと,ジクロロメタン–メタノールの混合比を振った溶媒を用いて分画した.分画した結果,「穀物,ナッツ,アーモンド,ややゴボウ様」の香気を有する画分,また「カラメル,焦げた砂糖,甘い香り」の特徴を有する画分が存在した.この2つの画分をGC-Oを用いて解析し,これらの画分の特徴香に寄与していると思われた44の香気を同定した.この44香気成分のうち20成分は既にGroup Aに含まれたことから,残りの24成分(表1表1■ビール香気の再構築に用いた76香気成分16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).: Group Bとする)を上記の再構成液に追加し,Group A+Bの合計49成分からなる再構成液を作成した.Group Bを添加することにより特徴が改善されると期待されたが,官能評価の結果,49成分による再構成液(Group A+B)の特徴は全く改善されず(図1図1■官能評価による再構成液の特徴評価16)-②),また類似度も同様に全く改善されなかった(図2図2■対照ビールと比較した再構成液の類似度評価16)).

このGroup Bの24成分についても,単独でビールの香味に寄与しているか否かを上記と同様に3点識別法を用いて確認した.その結果,Group Bの24成分はいずれも有意に識別されず,単独での有意な寄与がないことを確認した(16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).

4. 単独ではビールの香味に寄与しないそのほかの香気

本研究(16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).においては,上記Extract PのGC-O解析結果,およびExtract Qの全分画物のGC-O解析結果から,総計76成分を同定した(表1表1■ビール香気の再構築に用いた76香気成分16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).).

76成分のうち49成分は既に上記のGroup AまたはGroup Bに含まれる.残りの27成分は,GC-O解析における強度が弱くビールの香りも想起させない香気成分であるが,それらをGroup C(表1表1■ビール香気の再構築に用いた76香気成分16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018).)とし,その寄与を評価した.Group Cの各々の香気成分を単独でビールに添加し3点識別法によって寄与を確認した.その結果,Group Cの香気成分はいずれも有意に識別されず,単独での有意な寄与がないことを確認した(16)16) T. Kishimoto, S. Noba, N. Yako, M. Kobayashi & T. Watanabe: J. Biosci. Bioeng., 126, 330 (2018)..そしてGroup A+Bの合計49成分による再構成液にGroup Cの香気成分を添加し,総計76香気成分(Group A+B+C)による再構成液を作製した.官能評価によってその特徴を評価したところ,香気の特徴は大幅に改善し(図1図1■官能評価による再構成液の特徴評価16)-④),対照ビールと比較した類似度も大幅に上昇した(図2図2■対照ビールと比較した再構成液の類似度評価16)).

Group C(27成分)の寄与をさらに詳しく調べるためGroup A(25成分)にGroup Cを加えた合計52成分(Group A+C)による再構成液を作製し評価した.しかしながら官能評価の結果,その特徴は改善せずに(図1図1■官能評価による再構成液の特徴評価16)-③),類似度も全く向上しなかった(図2図2■対照ビールと比較した再構成液の類似度評価16)).

以上のように,Group B(24成分)のみ,またはGroup C(27成分)のみの添加では,Group A(25成分)再構成液のバランスの悪い特徴を改善できず,Group BとCの両方がビール香気の構築に欠かせないことが明らかになった.単独では香味に寄与しない50種以上の成分(閾値以下の成分,ビールの香りを想起させない香気成分を含む)の相乗的な寄与が,Group Aの突出した香りと釣り合いながらバランスをとることによって,ビールの香りの‘構造’を完成させていると考えられた.

今後,より正確な商品の香りやおいしさの設計図を作成していくために,このような単独では特徴に寄与しない多数の香気成分に着目していく必要がある.そのためには精度高く網羅的に定量する仕組みや,これらの寄与を統計的な手法を用いながら管理していくことがますます必要になっていくと思われる.

Reference

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