Kagaku to Seibutsu 56(10): 678-685 (2018)
解説
生体膜を標的にする天然有機化合物天然物による厳密な脂質認識とそれに基づく表現型
Natural Products Targeting Cell Membrane: Specific Recognition of Lipids and Unique Phenotypes by Natural Products
Published: 2018-09-20
細胞は細胞膜により外界と隔てられ,細胞内はオルガネラ膜により仕切られている.生体膜ではさまざまな反応が制御され,疾患関連イベントも多く起こる.そのような生体膜の構造・機能をイメージするモデルに流動モザイクモデルや脂質ラフトモデルがある.しかし生体膜の重量にして約50%を占めるとされる膜脂質は,遺伝子に直接コードされていないため解析手段に乏しく,機能の理解が進んでいない.一方で,膜脂質は感染症治療薬の標的となっており,機能解明が求められている生体分子の一つである.ところが,いずれの観点においても,分子レベル,原子レベルでの機能理解は十分ではない.本稿では抗真菌剤であるアムフォテリシンB(AmB)をはじめとして,膜脂質を標的とするいくつかの天然有機化合物(天然物)について,その化学構造と作用機序について概説する.そして,そこから見えてくる今後の研究展開についても議論する.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
天然物には生体膜に作用してユニークな表現型を示すものがしばしば見られる.それらは高い疎水性による非選択的な相互作用ではなく,厳密な分子認識に基づく特異的な相互作用を示す.たとえば,フィリピンやAmBなどのポリエンマクロリドやサポニン,アンフィジノール3はステロールを,パプアミドBはホスファチジルセリン,ライソシンEはメナキノンを認識して脂質膜に結合する(図1図1■膜脂質に結合する天然物の化学構造).ところが,それらの分子間相互作用についてわかっていることは限定的である.医薬品のAmBですら,分子間相互作用モデルが最近になって導き出されたばかりである(後述).以下に,3つの天然物について最新の状況を紹介する.まずは50年以上にわたって臨床で使用されているAmB,次に高い特異性をもってステロールを認識するセオネラミド,最後は膜脂質標的型天然物の探索研究により見いだされた8-デオキシヘロナミドCである.
AmBは代表的なポリエンマクロライド抗生物質であり,アスペルギルス属やカンジダ属などに対する幅広い作用スペクトルと耐性菌ができにくい性質から,発見以来60年を経た現在でも臨床上重要な抗真菌剤である(1)1) S. Hartsel & J. Bolard: Trends Pharmacol. Sci., 17, 445 (1996)..真菌は動物細胞と同じ真核生物に属するため抗真菌剤の作用標的は限られるが,AmBは細胞膜中のステロールの違いを認識し選択毒性を発揮する.すなわち,AmBは動物細胞膜中のコレステロールよりも真菌細胞膜中のエルゴステロールと強く相互作用し,真菌細胞膜により大きなダメージを与える.その作用機構については,主に二つの説が存在する.一つは,AmBがステロールとともに細胞膜中に樽板状のイオンチャネル会合体を形成するとする樽板モデルである(2)2) B. de Kruijff & R. A. Demel: Biochim. Biophys. Acta, 339, 57 (1974)..1970年代に提唱されたこのモデルは現在でも広く受け入れられているが,樽板状の複合体構造を観察した研究はない.もう一つは近年,イリノイ大学のMartin Burke博士らによって提唱されたモデルで,AmB作用発現には必ずしもイオンチャネルの形成を必要とせず,AmBがスポンジのように真菌細胞膜からエルゴステロールを吸収することで真菌細胞膜の機能不全をもたらすというものである(3, 4)3) T. M. Anderson, M. C. Clay, A. G. Cioffi, K. A. Diaz, G. S. Hisao, M. D. Tuttle, A. J. Nieuwkoop, G. Comellas, N. Maryum, S. Wang et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 400 (2014).4) K. C. Gray, D. S. Palacios, I. Dailey, M. M. Endo, B. E. Uno, B. C. Wilcock & M. D. Burke: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 2234 (2012)..いずれのモデルも,膜中でのAmBとエルゴステロールの相互作用を前提としている.
一方で,われわれが研究を開始した2000年前後には,膜中でAmBとエルゴステロールが相互作用していることを直接示した研究はなかった.これは膜中でのステロール認識を実験的に示すことが困難であることに起因する.そのため,AmBはエルゴステロールと直接相互作用せずに,エルゴステロール含有膜とコレステロール含有膜の物理化学的な性質の違いにより選択毒性が発現するとするとの説も存在した(5)5) B. V. Cotero, S. Rebolledo-Antunez & I. Ortega-Blake Biochim. Biophys.: Acta-Biomembranes, 1375, 43 (1998)..そこでわれわれは,2H NMRを用いてAmBが脂質膜中でエルゴステロールと直接相互作用をしているかどうかを確認することにした(6)6) N. Matsumori, K. Tahara, H. Yamamoto, A. Morooka, M. Doi, T. Oishi & M. Murata: J. Am. Chem. Soc., 131, 11855 (2009)..図2A, B図2■固体NMRによる脂質膜中(palmitoyloleoylphosphocholine; POPC)におけるAmB-エルゴステロール相互作用解析には重水素を導入したエルゴステロールおよびコレステロールの脂質膜中での2H NMRスペクトルを示す.これらのステロールは膜中で回転拡散運動をするため,2H NMRスペクトルは分裂幅の小さいスペクトルを与える.一方,この回転が遅くなると,シグナルは広幅化もしくは分裂幅の大きなスペクトルを与える.図2A, B図2■固体NMRによる脂質膜中(palmitoyloleoylphosphocholine; POPC)におけるAmB-エルゴステロール相互作用解析から明らかなように,重水素化エルゴステロールのシグナルはAmBが共存すると広幅化した一方,重水素化コレステロールのそれはほとんど変化しなかった.このことは,エルゴステロールがAmBと脂質膜中で直接相互作用し,その回転拡散が妨げられたことを示している.この実験は非常に単純であるが,本研究により脂質膜中におけるAmB–エルゴステロール分子間相互作用の存在を初めて明確に示すことができた.
(A, B)重水素化ステロールの2H NMRスペクトル.コレステロール(A, 3-d-Cho)およびエルゴステロール(B, 3-d-Erg)の3位に導入した重水素のシグナルを観測した.(C)生合成的に13C標識(赤丸)したエルゴステロールと化学合成的にフッ素を導入したAmB間のREDOR測定.青矢印のC-F間にREDORが観測された.(D)化学合成した13C標識エルゴステロールとF-AmB間でのREDOR測定による精密分子間距離測定.末端の2炭素(26, 27位)あるいはA環の4位を13C標識したエルゴステロールと,14位あるいは32位にフッ素を導入したAmBを用いた.(E)AmBとエルゴステロールの相互作用モデル.平行と逆平行の相互作用が7 : 3で共存することがREDOR測定から示された.
さらにAmBのエルゴステロール認識機構に迫るため,Rotational-Echo Double-Resonance(REDOR)法によりAmBとエルゴステロールの分子間距離を測定した.REDOR法はマジック角回転下で異種核間双極子相互作用を観察する固体NMRの手法であり(7)7) T. Gullion & J. Schaefer: Adv. Magn. Reson., 13, 57 (1989).,本実験では13Cと19F原子間の13C-19F REDORを適用した.まずわれわれは1-13C-酢酸ナトリウム存在下で酵母を培養して13C標識エルゴステロールを調製し,これを化学的に19F標識したAmBと脂質膜中で混合し,13C-19F REDORを測定した(図2C図2■固体NMRによる脂質膜中(palmitoyloleoylphosphocholine; POPC)におけるAmB-エルゴステロール相互作用解析).その結果,予想外なことに,エルゴステロールの19位メチル炭素だけでなく,側鎖のメチル炭素にもREDORが観測された.これはエルゴステロールとAmBの相互作用が当初想定していた平行型ばかりでなく,逆平行型も共存していることを示唆している(8)8) Y. Umegawa, Y. Nakagawa, K. Tahara, H. Tsuchikawa, N. Matsumori, T. Oishi & M. Murata: Biochemistry, 51, 83 (2012)..そこで,図2D図2■固体NMRによる脂質膜中(palmitoyloleoylphosphocholine; POPC)におけるAmB-エルゴステロール相互作用解析に示す4つの組み合わせについてREDORを測定し,逆平行の相互作用をより明確に示すとともに精密な分子間距離データを取得した(9)9) Y. Nakagawa, Y. Umegawa, N. Matsushita, T. Yamamoto, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 55, 3392 (2016)..この距離データに基づく動力学計算,およびエルゴステロールの構造活性相関データ(10)10) Y. Nakagawa, Y. Umegawa, K. Nonomura, N. Matsushita, T. Takano, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 54, 303 (2015).を併せて考えることで,最終的に図2E図2■固体NMRによる脂質膜中(palmitoyloleoylphosphocholine; POPC)におけるAmB-エルゴステロール相互作用解析に示す相互作用モデルを提唱した(9)9) Y. Nakagawa, Y. Umegawa, N. Matsushita, T. Yamamoto, H. Tsuchikawa, S. Hanashima, T. Oishi, N. Matsumori & M. Murata: Biochemistry, 55, 3392 (2016)..本モデルにおいてAmBとエルゴステロールの特異的相互作用は,エルゴステロールの分子骨格とAmBのマクロライド骨格平面部分の効率的なVDW(ファンデルワールス)接触に起因し,平行でも逆平行でも相互作用が可能である.一方,コレステロールでは7位axial水素による立体障害や側鎖メチル基脱落によるVDW接触面積の低下が相互作用を弱めていると考えられる.さらにコレステロールでは,二重結合がないことに起因する側鎖の配座自由度の高さもAmBとのVDW接触を妨げているであろう.このように,標識体の合成と固体NMR測定を融合するアプローチによって,脂質膜中におけるAmBのステロール認識機構を解明することができた.
セオネラミド(図1図1■膜脂質に結合する天然物の化学構造)は海綿Theonella swinhoeiに含有される二環性ペプチドで,コレステロールやエルゴステロールなどのステロールに結合する(11~13)11) S. Nishimura, Y. Arita, M. Honda, K. Iwamoto, A. Matsuyama, A. Shirai, H. Kawasaki, H. Kakeya, T. Kobayashi, S. Matsunaga et al.: Nat. Chem. Biol., 6, 519 (2010).12) S. Nishimura, K. Ishii, K. Iwamoto, Y. Arita, S. Matsunaga, Y. Ohno-Iwashita, S. B. Sato, H. Kakeya, T. Kobayashi & M. Yoshida: PLOS One, 8, e83716 (2013).13) R. A. Espiritu, N. Matsumori, M. Murata, S. Nishimura, H. Kakeya, S. Matsunaga & M. Yoshida: Biochemistry, 52, 2410 (2013)..この化合物はもともと強い抗真菌活性を指標に海綿抽出液から精製されたもので,1989年に初めて化学構造が報告された(14)14) S. Matsunaga, N. Fusetani, K. Hashimoto & M. Walchli: J. Am. Chem. Soc., 111, 2582 (1989)..その約20年後に分裂酵母のケミカルゲノミクス研究により標的分子が明らかになった(11)11) S. Nishimura, Y. Arita, M. Honda, K. Iwamoto, A. Matsuyama, A. Shirai, H. Kawasaki, H. Kakeya, T. Kobayashi, S. Matsunaga et al.: Nat. Chem. Biol., 6, 519 (2010)..原子レベルでの脂質認識機構はいまだに明らかではないものの,AmBとは異なるステロール認識様式をもつ.たとえば,セオネラミドは真菌ステロールであるエルゴステロールだけでなく,動物のステロールであるコレステロールにも結合する.そして,酵母や動物培養細胞に与える細胞形態変化も全く異なる.セオネラミドの標的分子の同定と酵母における表現型解析は以前の総説(15)15) 西村慎一,掛谷秀昭,吉田 稔:化学と生物,49, 295 (2011).を参照いただき,本稿ではセオネラミドと脂質膜との相互作用解析について紹介する.
セオネラミドが3β-ステロールを認識することは,蛍光セオネラミド(図1図1■膜脂質に結合する天然物の化学構造)を用いた結合試験や,表面プラズモン共鳴を用いた相互作用解析により明らかになっていた(12, 13)12) S. Nishimura, K. Ishii, K. Iwamoto, Y. Arita, S. Matsunaga, Y. Ohno-Iwashita, S. B. Sato, H. Kakeya, T. Kobayashi & M. Yoshida: PLOS One, 8, e83716 (2013).13) R. A. Espiritu, N. Matsumori, M. Murata, S. Nishimura, H. Kakeya, S. Matsunaga & M. Yoshida: Biochemistry, 52, 2410 (2013)..そこで次にわれわれは,セオネラミドがステロールに結合した後,脂質膜に何が起こるのか,固体NMRと動的光散乱を用いて解析した.リン脂質の31Pのシグナルの検出により脂質膜の形態やリン脂質のダイナミクスを検出できる.そこでPOPCをベースに,コレステロールおよびセオネラミドA有無の組成でリポソームを作製し,31P NMRを測定した(図3A図3■セオネラミドによる脂質膜の変形).すると,リポソームはコレステロールの有無にかかわらずラメラ構造を反映した,特徴的な広幅スペクトルを示したのに対して,セオネラミドを含有させると0 ppmあたりに鋭いピークが出現した.これはセオネラミドにより,高い曲率あるいは速い回転を示すドメインや断片が出現した可能性を示唆していた.そこで動的光散乱を用いて人工膜の粒径を測定すると,人工膜にステロールが入っている場合のみ,セオネラミドの添加により粒形の小さい粒子の出現が認められ,31P NMRの結果を支持していた.さらに興味深いことに,光学顕微鏡下で十分に観察できるサイズの人工膜GUV(巨大単層膜)を用いて観察すると,セオネラミドの添加により膜の融合や分裂が惹起された(図3B図3■セオネラミドによる脂質膜の変形).これらの結果はセオネラミドが脂質二重膜の表層にコレステロール依存的に結合,集積することにより,リポソームの断片化や融合を伴う激しい膜曲率の変化が起こることを示唆している(図3C図3■セオネラミドによる脂質膜の変形).
(A)固体NMRで観測した31P NMRスペクトル.セオネラミドを添加した場合,0 ppmに鋭いピークが出現する.(B)GUVの形態変化.セオネラミドAと蛍光セオネラミドの混合物(9 : 1)をGUVに添加し,蛍光顕微鏡で観察すると,コレステロール含有時のみGUVの変形が見られた.矢印はセオネラミドにより誘起された膜の突出.(C)セオネラミドによる脂質膜の変形モデル.リン脂質膜にステロールが含有されていると,セオネラミドはステロールを認識して膜の浅部に結合し,それが集積することで膜曲率が歪になる.それにより膜の変形,分裂や融合が起こると考えられる.
脂質二重膜は構成するリン脂質の種類やステロールの含有率によって,炭化水素部分が液体に近い液晶相や,分子の動きが制限されたゲル相といった分子の自由度の異なる状態をとる.生体膜に近い組成では,液晶相からゲル層への相転移温度の高いリン脂質と低いリン脂質と,そこにコレステロールを混合すると,秩序液体相(Lo)や無秩序液体相(Ld)をとりうる.Lo相は飽和脂肪酸を含むリン脂質に富み,液晶相とゲル相の中間的な性質をもつ.Ld相は不飽和脂肪酸を含むリン脂質に富み,分子の自由度が高い.われわれはセオネラミドの膜親和性と膜秩序との関連を調べるために,GUVを用いて蛍光顕微鏡下にて検討した.まず,Ld相とLo相のどちらに結合しやすいのか試験した.Ld相とLo相を同一GUVに共存させて観察すると,Lo相には蛍光セオネラミドのシグナルはほとんど認められず,Ld相に結合が認められた(図4A図4■セオネラミドによる膜秩序への影響と細胞収縮).前述のように,セオネラミドは膜の浅い部分でステロールを認識すると考えられており,Lo相の深部に存在するステロールとは相互作用できないと考えられる.次に,多めのコレステロールを含有させることで相が分離していない状態の人工膜を用いてセオネラミドAの効果を検討した.すると,セオネラミドAを添加することでLd相とLo相への相分離が誘導された(図4B図4■セオネラミドによる膜秩序への影響と細胞収縮).これは,セオネラミドAが結合することによりコレステロールの有効濃度が低下したことが原因と考えられる.さて,これらの人工膜で見られる膜秩序に対する効果は,細胞に与える効果とどのように関連しているのであろうか?
A)蛍光セオネラミドによる膜秩序の認識.相転移温度の低い脂質(DOPC)と高い脂質(スフィンゴミエリン),コレステロール(1 : 1 : 1)を用いて,Ld相(赤:ローダミン-DOPEで標識)とLo相(緑:EGFP-ライセニンで標識)が共存する脂質膜を作製し,そこに蛍光セオネラミド(青)を添加した.蛍光セオネラミドはLd相に結合することがわかる.(B)セオネラミドが膜秩序に与える影響.DOPCとスフィンゴミエリン,高濃度のコレステロール(1 : 1 : 2)を含む脂質膜にセオネラミドを加えると,20分後にはローダミン-DOPEが局在する無秩序液体(Ld)相と排除された領域が生じ,相が分離した.(C)ヒト培養細胞(この図はA549ヒト肺胞基底上皮腺がん細胞)にセオネラミドを加えると,30分後には細胞が激しく収縮する(右).細胞骨格を蛍光顕微鏡で観察すると(上段),アクチン(緑)と微小管(赤)はともに正常な形態を保っていないことがわかる.正常なアクチン繊維の構築には適切な膜秩序が必要で,セオネラミドを処理することで膜秩序が維持できなくなり,アクチン骨格が崩壊し,微小管依存的に細胞が収縮したと考えられる(下段モデル図).
われわれはセオネラミドの蛍光プローブの評価の過程で,セオネラミドが動物培養細胞を著しく収縮させることを見いだしていた(図4C図4■セオネラミドによる膜秩序への影響と細胞収縮).改めてこの現象を解析すると,アクチンの崩壊を必要とする,微小管依存的な収縮であることがわかった.すなわちアクチンの脱重合阻害剤や,微小管重合阻害剤を処理しておくと,この現象は起こらなかったのである.次に,蛍光波長のシフトにより膜秩序をモニターできる蛍光色素di-4-ANEPPDHQを用いて,生細胞の膜秩序を観測した.すると,セオネラミドの処理により細胞辺縁部にLo相の増加が見られた.細胞膜の秩序が変化したことは,人工膜においてセオネラミドがLd相を認識し,Ld/Lo相の分離にも影響を与えた結果と矛盾はなさそうである.すなわち,セオネラミドにより細胞膜の流動性が変化し,細胞膜の内側に集積していたアクチン骨格が崩壊することで細胞が収縮したと考えられる(16)16) Y. Arita, S. Nishimura, R. Ishitsuka, T. Kishimoto, J. Ikenouchi, K. Ishii, M. Umeda, S. Matsunaga, T. Kobayashi & M. Yoshida: Chem. Biol., 22, 604 (2015).(図4C図4■セオネラミドによる膜秩序への影響と細胞収縮).アクチン骨格の成長により膜ドメインの形成が誘起されることが知られており(17)17) A. P. Liu & D. A. Fletcher: Biophys. J., 91, 4064 (2006).,その知見と本現象は矛盾しない.興味深いことに,アクチンの重合阻害剤も細胞収縮を引き起こすが,そのあと,細胞は死ぬ.ところがセオネラミドの場合には,細胞が死ぬことはない.半日もすれば収縮から回復しており,何事もなかったかのように正常な細胞形態に戻っている.細胞形態の恒常性を理解するうえで,セオネラミドが有用な解析ツールになると期待できる.
冒頭で述べたように,膜脂質に作用する天然物は多様な化学構造を有し,それらは時としてユニークな作用メカニズムに基づく特徴的な生物活性を示す.筆者らは新しい作用メカニズムをもつ天然物の発見を期待して,放線菌培養液抽出物から探索研究を行った.スクリーニングは分裂酵母の遺伝子変異株を用いた比較試験により行った.詳細は割愛するが,膜脂質の主成分であるエルゴステロールの生合成に必要な遺伝子を欠損する変異株は,膜脂質を標的にする抗真菌化合物に感受性が低下することを利用して(18)18) T. Iwaki, H. Iefuji, Y. Hiraga, A. Hosomi, T. Morita, Y. Giga-Hama & K. Takegawa: Microbiology, 154, 830 (2008).,野生株には効果を示すが変異株には効果の低いサンプルを探索したのである.その結果,得られたのが海洋由来の放線菌が産生する8-デオキシヘロナミドCとヘロナミドCである(図1図1■膜脂質に結合する天然物の化学構造).
ヘロナミドCは2010年に豪・クイーンズランド大学のRob Capon博士らにより既に報告されていた20員環のポリエンマクロラクタムで,1992年に抗微生物活性物質として万有製薬から報告されていたBE-14106など,いくつかの類縁の化合物が知られていた(19, 20)19) R. Raju, A. M. Piggott, M. M. Conte & R. J. Capon: Org. Biomol. Chem., 8, 4682 (2010).20) K. Kojiri, S. Nakajima, H. Suzuki, H. Kondo & H. Suda: J. Antibiot. (Tokyo), 45, 868 (1992)..しかし立体化学に未決定な点が多かったこと,生物活性の発現機構は全く未解明であったことから,われわれはヘロナミド類について研究を開始した.まずわれわれは,激しいシグナルの重複を示したNMRスペクトルの慎重な解析と,ポリエンの分子内環化反応を利用して,すべてのヘロナミド類とBE-14106の立体化学を明らかにした(21~23)21) R. Sugiyama, S. Nishimura, N. Matsumori, Y. Tsunematsu, A. Hattori & H. Kakeya: J. Am. Chem. Soc., 136, 5209 (2014).22) N. Kanoh, S. Itoh, K. Fujita, K. Sakanishi, R. Sugiyama, Y. Terajima, Y. Iwabuchi, S. Nishimura & H. Kakeya: Chem. Eur. J., 22, 8586 (2016).23) K. Fujita, R. Sugiyama, S. Nishimura, N. Ishikawa, M. A. Arai, M. Ishibashi & H. Kakeya: J. Nat. Prod., 79, 1877 (2016)..そして,生物活性の解析に着手した.
エルゴステロールの生合成変異株は8-デオキシヘロナミドCに対して顕著な耐性化を示したことから,生体膜を標的にすることが強く示唆された.そこで,表面プラズモン共鳴を用いて脂質膜とヘロナミドとの相互作用を解析したところ,期待どおり,8-デオキシヘロナミドCは脂質膜に結合した.ところが意外なことに,本化合物はステロールの有無にかかわらず脂質膜に結合し,不飽和の炭化水素鎖をもつリン脂質膜には弱く可逆的に,飽和炭化水素鎖をもつリン脂質膜には不可逆的に結合した.この親和性は酵母に対する増殖阻害活性と良い相関を示し,8-デオキシヘロナミドCよりも10分の1の濃度で増殖阻害活性を示すヘロナミドCは10倍ほど高い脂質膜への結合を示した.生物活性を示さなかったヘロナミドAやヘロナミドCのアセチル化体は脂質膜への親和性を示さなかった.この相関からわれわれは,ヘロナミドの膜への結合モデルを図5A図5■ヘロナミドの膜脂質との相互作用モデルと細胞壁異常の分子機構のように予想している.すなわち,極性官能基である水酸基を二重膜の外側に向けて,リジッドなマクロラクタム環は膜の深部に位置する.ヘロナミドがステロールと似た分子間相互作用で脂質膜に局在した結果,膜にどのような影響が出ているのか興味深い.
(A)ヘロナミドC(中央)と8-デオキシヘロナミドC(右)は,コレステロール(左)と同じように相転移温度の高いリン脂質(ここではスフィンゴミエリンを示す)のアルキル鎖に結合していると考えられる.(B)ヘロナミドとcss1遺伝子の変異は飽和炭化水素鎖を有するスフィンゴ脂質の機能を阻害し,セオネラミドはエルゴステロールに結合することで,脂質ラフトに機能制御されている細胞壁合成酵素Bgs1の活性化を誘導し,1,3-β-グルカンの過剰合成を促すと考えられる.
In vitroで検出されたヘロナミドの膜親和性がどのように生物活性に寄与しているのか? これを解明することが次の課題である.ヘロナミドが細胞形態に与える影響を調べると,酵母細胞壁の主要成分である1,3-β-グルカンの蓄積という特徴的な変化が検出された.これは,われわれが以前に見いだしていた,エルゴステロールを標的とするセオネラミドによるものとよく似ていた.実際,セオネラミドと同様に細胞壁異常は2つのタンパク質,低分子量GTPaseであるRho1と1,3-β-グルカン合成酵素Bgs1に依存した.さらに文献調査から,css1遺伝子の温度感受性変異株もよく似た形態変化を示すことがわかった(24)24) A. Feoktistova, P. Magnelli, C. Abeijon, P. Perez, R. L. Lester, R. C. Dickson & K. L. Gould: Genetics, 158, 1397 (2001)..この遺伝子はスフィンゴ脂質を基質とするホスホリパーゼCをコードする.スフィンゴ脂質は飽和炭化水素鎖を有しており,酵母におけるヘロナミドの標的分子であると考えられる.これらのことからヘロナミドは,スフィンゴ脂質の機能破綻を介して細胞壁異常を誘導していることが示唆された(図5B図5■ヘロナミドの膜脂質との相互作用モデルと細胞壁異常の分子機構).さらに,ヘロナミドが標的にする膜脂質はエルゴステロールと脂質ラフトと呼ばれる膜ドメインを形成すると考えられる.ヘロナミドやセオネラミドは脂質ラフトの構造を壊し,ラフトに機能制御を受けているBgs1の機能の異常亢進を促したものと考えられる.この分子メカニズムについては,現在,詳細を解析中である.
質量分析装置などの分析技術の発展により,膜脂質の研究は飛躍的に進展している.それでもなお,ゲノムに直接コードされず,マイナーな化学修飾により分子種が多いため,脂質の機能解析には多様なアプローチが必要である.脂質に作用して特徴的な表現型を提示する化合物が手元にあれば,その表現型の解析を通じて標的脂質の機能を明らかにすることができる.興味深いことに,脂質を認識する化合物は分子量1,000を超えるものが多く,探索源として合成化合物ライブラリーよりも天然物に軍配が上がりそうである.化学的多様性が高く,分子機能がほとんどの場合に解明されていない天然物には,脂質の機能解析と感染症治療薬開発に資する化合物がまだ多く眠っているはずである.
Acknowledgments
本解説で紹介した研究を精力的に推進して下さった梅川雄一博士(大阪大学),中川泰男博士(現・武田薬品工業),Rafael Atillo Espiritu博士(現・De La Salle大学),有田祐子博士(現・トロント大学),杉山龍介博士(現・理化学研究所),そして多大なご指導をいただいた村田道雄先生(大阪大学),吉田稔先生(理化学研究所・東京大学)に心より感謝いたします.
Reference
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