セミナー室

ペプチド化学を基盤とするプロテアーゼ阻害剤の設計酵素作用の阻害を利用した薬の設計

Kenichi Akaji

赤路 健一

京都薬科大学

Published: 2018-09-20

はじめに

汎用されている医療用低分子医薬品の多くは,標的タンパク質との相互作用によって薬としての作用を示す.薬の標的タンパク質の8割近くが酵素と受容体であり,酵素のほうが受容体よりも標的としての割合がやや高いと考えられている(1)1) Ed.: by C. G. Wermuth; The Practice of Medicinal Chemistry, Third edition, ELSEVIER, 2008, Chapters 3 and 4..プロテアーゼはタンパク質中のペプチド(アミド)結合の切断反応を触媒する酵素で,生体機能調節や細胞増殖,細菌・ウイルスの増殖に必要なタンパク質の産生に不可欠な機能を担っている.単に必要タンパク質を産生するのみならず,機能発現の必要性に応じてアミド結合切断反応を調整している.このような生理機能調整にかかわるプロテアーゼや疾患発症に直接かかわるプロテアーゼを阻害することで,疾患の原因となる分子の生成を抑えたり細胞内情報伝達を抑制したりすることが可能になる.プロテアーゼ阻害剤の開発では,酵素認識の基本となるペプチド化学に基づく阻害剤設計が行われることが多い.また,プロテアーゼと阻害剤との複合体構造解析に基づいて効率よく構造最適化が進められる.本稿ではこのような阻害剤設計について概説するとともに,筆者の研究室での阻害剤設計についても簡単に触れたい.

プロテアーゼとその阻害剤

1. セリンプロテアーゼとその阻害

セリンプロテアーゼはその活性中心にセリン残基を含む.セリンプロテアーゼによる基質ペプチド結合切断の第一段階では,プロテアーゼのセリン残基の側鎖ヒドロキシ基が基質アミド結合のカルボニル基を求核攻撃する.通常,ヒドロキシ基はアミド結合に求核攻撃できるだけの求核性をもたないが,プロテアーゼ活性中心では,隣接ヒスチジン残基のイミダゾール側鎖・窒素原子がヒドロキシ水素を引き寄せることでヒドロキシ酸素原子の求核性が上がっている.ヒスチジン側鎖イミダゾール基がこのようなヒドロキシ基活性化作用を示すのは,ヒスチジン残鎖に隣接するアスパラギン酸側鎖カルボキシレートアニオンがイミダゾール基の水素を引き寄せるためである(図1図1■セリンプロテアーゼの触媒機構).イミダゾール基はその等電点が中性付近にあるため,僅かな局所性pHの変化で酸としても塩基としても作用できる.このようなアスパラギン酸・ヒスチジン・セリンの各側鎖官能基の共同作業によって,セリンプロテアーゼによる基質アミド結合切断反応が始まる.セリンヒドロキシ基の求核攻撃により,プロテアーゼは基質とエステル共有結合を形成しアシル化中間体に変換される.このエステル中間体に上記と同じ機構で活性化された水分子が求核攻撃を起こすことでエステルの加水分解が進行し,基質のアミド結合開裂反応が完了しプロテアーゼが再生される.

図1■セリンプロテアーゼの触媒機構

多くのセリンプロテアーゼ阻害剤は,全く同じ反応機構に従ってプロテアーゼと反応しアシル化中間体を生成する.基質との反応の違いは,阻害剤との反応で生じたアシル化中間体の加水分解が進行しにくいことにある.阻害剤の構造最適化により,プロテアーゼと阻害剤との反応で生成する中間体の立体的嵩高さなどによって続く加水分解が進行しにくく元のプロテアーゼの形に戻れなくなる.したがって,この段階でプロテアーゼによる触媒反応がストップし,プロテアーゼは触媒機能を失う.

この作用機構からわかるように,セリンプロテアーゼ阻害剤はセリンヒドロキシ基と反応できる官能基を含む場合が多い.その一つの例に,細菌感染症に対する薬として汎用されるペニシリンやセファロスポリンなどのβラクタム系抗生物質(図2図2■セリン残基の修飾反応に基づく薬剤)がある.細菌は宿主であるヒトにはない細胞壁という固い構造をもっているが,この細胞壁の生合成に必須の酵素がペニシリン結合タンパク(penicillin binding proteins; PBPs)(2, 3)2) J. Basu, R. Chattopadhyay, M. Kundu & P. Charkrabarti: J. Bacteriol., 174, 4829 (1992).3) C. Contreras-Martel, M. Job, A. M. Di Guilmi, T. Vernet, O. Dideberg & A. Dessen: J. Mol. Biol., 355, 684 (2006).と呼ばれるセリンプロテアーゼである.PBPsは細胞壁の硬い網目構造を作るときに必要な酵素で,アラニルアラニンのアミド結合カルボニル基を求核攻撃しアミド結合の組換え反応を触媒することで,ペプチド鎖間の結合形成を促進する.βラクタム系抗生物質はひずみのかかった4員環ラクタム構造をもっており,PBPsがβラクタム系抗生物質を基質として認識することでセリンヒドロキシ基がこのβラクタム環カルボニル基を求核攻撃してしまう.その結果,ひずみのかかったβラクタム環が容易に開裂し,PBPsとの安定なエステル結合が形成される.生成した修飾PBPsには嵩高い抗生物質が結合しているため続く加水分解反応が起こりにくくなり,PBPsの本来の触媒機能が阻害される(4)4) S. Sainsbury, L. Bird, V. Rao, S. M. Shepherd, D. I. Stuart, W. N. Hunter, R. J. Owens & J. Ren: J. Mol. Biol., 405, 173 (2011).

図2■セリン残基の修飾反応に基づく薬剤

(βラクタム系抗生物質,DPP-4阻害糖尿病薬,アスピリン(COX阻害)の構造)

もう一つのセリンプロテアーゼ阻害剤の例として,経口糖尿病治療薬として使われるDPP-4(dipeptidylpeptidase-4)阻害剤が挙げられる.糖尿病は血中血糖値が経常的に高くなり,血管壁タンパク質の糖化を引き起こす疾患である.この糖化反応により,糖尿病性腎炎(による腎透析),糖尿病性網膜症(による失明),糖尿病性神経症(による下肢切断)などの重篤な合併症が引き起こされる.血中糖(グルコース)濃度を上げる因子は多い(交感神経刺激,成長ホルモン,グルカゴン,ステロイドなど)が,グルコース濃度を下げることができるのはインスリンだけである.特に,摂食後のグルコース濃度の急上昇が問題とされている.摂食後の血中グルコース量を下げる際には,血中グルコース濃度の上昇に応じて放出されるインクレチンというペプチドホルモンが働きインスリン分泌を促進させる.放出されたインスリンの作用によってグルコースの細胞内取り込みが促進され,食後血糖値が下がる.ただ,インクレチンの血中半減期は,2~4分と極めて短い.インクレチンを分解し不活性化させるDPP-4と呼ばれるプロテアーゼが働くためである.DPP-4は活性型インクレチンのN末端から2残基を切断するセリンプロテアーゼで,分解生成物はインクレチン作用を示さずインスリン分泌が促進されない.DPP-4を阻害することでインクレチンの分解を抑制できれば,インクレチン作用を持続させグルコース濃度の上昇に対応してインスリン分泌を促進することができる.グルコース濃度が上がらなければインクレチンは分泌されないので,インクレチンの分解阻害に基づく薬剤は低血糖を起こしにくい.

図2図2■セリン残基の修飾反応に基づく薬剤に示したDPP-4阻害剤ビルダグリプチン(5)5) C. Mathieu & E. Degrande: Vasc. Health Risk Manag., 4, 1349 (2008).はその構造中に嵩高いアダマンチル構造,グリシルプロニンに相当するジペプチド構造,およびシアノ基を有している.セリンプロテアーゼDPP-4阻害のための中心官能基となるのはシアノ基である.DPP-4がビルダグリプチンのグリシルプロリンジペプチド様構造を認識して阻害剤と複合体を形成すると,薬剤中のシアノ基がDPP-4活性中心のセリンヒドロキシ基と反応しイミノエステル共有結合が形成される.阻害剤中の嵩高いアダマンチル基は,ビルダグリプチンのジケトピペラジン形成による不活性化(図3図3■ジケトピペラジン形成による阻害剤不活性化)を抑制するとともに,プロテアーゼとの共有結合によってかさ高い置換基構造を導入することができる.この結合形成によってDPP-4のアミド結合切断反応が阻害される.

図3■ジケトピペラジン形成による阻害剤不活性化

酵素反応機構の中心残基との反応ではないが,活性中心近傍のセリンヒドロキシ基との共有結合形成で酵素機能を阻害する薬剤の一つにアスピリンがある.アスピリンはよく知られた非ステロイド性抗炎症剤(nonsteroidal anti-inflammatory drug; NSAID)であるが,その作用機序はサイクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase; COX)阻害である.COXはプロスタグランディン生合成の最初の過程にかかわる酵素で,酸素ラジカルによるプロスタグランディン骨格形成反応を触媒する.アスピリンはアセチル基とのエステル結合を利用したCOXセリン残基とのエステル交換反応によりCOXの活性中心近傍セリン残基のヒドロキシ基と共有結合を形成する.この修飾反応によりCOXは不可逆的に修飾され,プロスタグランディン生合成触媒機能が阻害される.この作用機序は共有結合形成に基づいているため,アスピリンの作用持続時間は共有結合を形成しないほかのNSAIDに比べて長い.

2. アスパルテックプロテアーゼとその阻害

アスパルテックプロテアーゼはその活性中心に2残基のアスパラギン酸を含む.そのアミド結合切断反応機構は図4図4■アスパルテックプロテアーゼの基質切断機構に示すとおりである.一方のアスパラギン酸のカルボキシレートアニオンが水分子水素原子に水素結合することで水分子の求核性を上げ,活性化された水分子のアミドカルボニル基への求核攻撃で生じるカルボキシアニオンがもう一方のアスパラギン酸カルボキシ基の水素結合により安定化されている.この安定化の寄与を受けるのは,アミド結合切断の遷移状態にあたるsp3炭素を含む構造である.

図4■アスパルテックプロテアーゼの基質切断機構

基質ペプチド結合はsp2カルボニル構造に由来する平面構造を有するが,アミド結合切断の遷移状態では切断カルボニル基はsp3ピラミッド状立体構造に変化する.プロテアーゼはこのsp3遷移状態構造を効率よく認識することでアミド結合切断の遷移状態エネルギーレベルを低下させている.したがって,この遷移状態認識構造をうまく模倣すれば,本来の基質ペプチドよりも効率よく遷移状態に結合できる構造を作ることができる.これが遷移状態概念に基づく阻害剤設計の基本的考え方である.遷移状態への結合を水素結合2つ分程度強化することができれば,本来の基質よりも少なくとも10万倍以上効率よく遷移状態と結合できる化合物を創製できる.この概念に基づく薬剤設計で最も華々しい成果を上げたのが,エイズ(acquired immunodeficiency syndrome; AIDS)の原因ウイルスであるHIV(human immunodeficiency virus)のプロテアーゼ阻害に基づく抗エイズ薬である.

HIVは一本鎖RNAをもつウイルスである.宿主(ヒト)に感染後,ウイルスRNAはDNAに逆転写され宿主DNAに組み込まれる.感染ウイルスの増殖の際には,組み込まれていたウイルス由来の前駆体タンパク質がプロテアーゼによって成熟タンパク質にまで切断されウイルス複製に使われる.宿主への感染,DNAへの逆転写,前駆体タンパク質のプロセシング,いずれの段階にもウイルス特有のタンパク質が関与しており,抗HIV薬の標的となる.HIVプロテアーゼ阻害剤は,ウイルス由来前駆体タンパク質のプロセシングに必要なプロテアーゼを阻害する.標的となるHIVプロテアーゼはアスパルテックプロテアーゼに分類される99残基からなる小型タンパク質で,ホモ二量体を形成することでアミド結合切断に必要な2残基のアスパラギン酸を活性中心に位置させている.

図4図4■アスパルテックプロテアーゼの基質切断機構に示したように,HIVプロテアーゼによるアミド結合切断反応の遷移状態では,基質はsp3配置をとっている.HIVプロテアーゼ阻害剤はこの遷移状態の2つのヒドロキシ基のうち一方だけを利用しているが,プロテアーゼ遷移状態での活性中心アスパラギン酸と十分相互作用できるように構造を最適化されている.一例として,図5図5■基質遷移状態からネルフィナビルへの構造最適化に遷移状態構造から抗エイズ薬ネルフィナビル(6)6) S. W. Kaldor, V. J. Kalish, J. F. Davies II, B. V. Shetty, J. E. Fritz, K. Appelt, J. A. Burgess, K. M. Campanale, N. Y. Chirgadze, K. Clawson et al.: J. Med. Chem., 40, 3979 (1997).への構造変換の概要をまとめた.基質切断配列であるフェニルアラニルプロリン構造に遷移状態類似構造としてヒドロキシエチレン構造を組み込んだ化合物1がリード化合物として開発された.ついで,プロテアーゼとの水素結合が可能な官能基を末端に組み込むとともに,化合物全体の疎水性と親水性のバランスが取れた最終構造へと最適化された.ネルフィナビルを含めたHIVプロテアーゼ阻害剤の開発は,プロテアーゼとの複合体のX線結晶構造解析が阻害剤構造最適化に効率よく応用された最初の成功例である.以後,複合体X線結晶構造解析がプロテアーゼ阻害剤開発のほぼ必須の開発ツールとなった.

図5■基質遷移状態からネルフィナビルへの構造最適化

プロテアーゼ阻害に基づく感染症治療薬の開発

本章では,現在治療薬がない2つの疾患—認知症と新興感染症—を例にとって,プロテアーゼ阻害に基づく筆者らの最近の研究を簡単に紹介したい.認知症の約6割を占めるアルツハイマー病と東南アジアで最初に発症例が報告された新興感染症SARSを具体的疾患として取り上げる.

1. アルツハイマー治療薬(アスパルテックプロテアーゼ阻害剤)

アルツハイマー病はわが国における認知症の中で最も多い疾患である.厚生労働省の調査によると,2010年時点で少なくとも200万人の患者が確認されており,高齢化が進む2020年には325万人まで増加すると予測されている.アルツハイマー病の発症メカニズムにはいまだ不明な点が多いが,凝集性の高いアミロイドβペプチド(Aβ)の産生が発症に深く関与していると考えられている.Aβはその前駆体タンパク質(amyloid precursor protein; APP)から切り出される40~42残基のアミノ酸からなるペプチドで,特に42残基からなるAβ42の凝集性が高い.APPからAβが切り出される最初の反応を触媒するプロテアーゼがBACE1(beta-site amyloid precursor protein cleaving enzyme 1, βセクレターゼとも呼ばれる)である.

BACE1は活性中心にアスパラギン酸を含むアスパルテックプロテアーゼであり,図4図4■アスパルテックプロテアーゼの基質切断機構に示した反応機構でアミド結合切断反応が進行する.したがって,抗エイズ薬開発で活用された基質遷移状態概念に基づく阻害剤設計が可能で,多くの阻害剤候補化合物が報告されてきた.ただ,いずれの化合物も臨床試験での効果が確認されず,医薬品としての承認にまでは至っていない.筆者らの研究室では,BACE1による遷移状態認識の立体化学に関する基礎的研究(7)7) Y. Hattori, K. Kobayashi, A. Deguchi, Y. Nohara, T. Akiyama, K. Teruya, A. Sanjoh, A. Nakagawa, E. Yamashita & K. Akaji: Bioorg. Med. Chem., 23, 5626 (2015).を進めてきたので,その概要を紹介したい.

上記した基質遷移状態概念に基づくアスパルテックプロテアーゼ阻害剤設計で鍵となるのは,sp3立体構造をとる遷移状態mimicとなるヒドロキシ基の立体化学である.遷移状態mimic型阻害剤では,その合成上の制約から基質切断の遷移状態に存在する2つのヒドロキシ基を一つにした化合物構造をとらざるをえない.このため,このヒドロキシ基がとりうる2つの立体化学のうちどちらがより遷移状態に近い構造であるかを知る必要がある.しかしこの立体化学はその近傍の構造を含めたプロテアーゼとの相互作用によって決まるため,あらかじめ予測することは極めて困難である.したがって,それぞれの遷移状態mimic構造に応じて,ヒドロキシ基の立体化学の異なる阻害剤候補化合物をそれぞれ合成して阻害活性を比較する必要がある.そこで,2種類の異なる遷移状態mimic(hydroxymethylcarbonyl; HMCおよびhydroxyethylamin; HEA)構造を組み込んだBACE1阻害剤をそれぞれ立体選択的に合成し,BACE1阻害活性を調べてみた.その結果,それぞれの遷移状態mimicで最適ヒドロキシ基の立体配置が逆転することがわかった.さらに,BACE1・阻害剤複合体のX線結晶構造解析により,それぞれの遷移状態mimicはそれぞれの構造に応じてプロテアーゼと相互作用していることが確認された(図6図6■BACE1と2種類の基質遷移状態mimic型阻害剤との相互作用様式).

図6■BACE1と2種類の基質遷移状態mimic型阻害剤との相互作用様式

2. 抗SARS薬(チオールプロテアーゼ阻害)

重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome; SARS)は2002年11月に中華人民共和国・広東省で最初の症例が報告され,翌年にかけて中華人民共和国南部を中心として流行した感染症である.原因ウイルスは新型コロナウイルス(SARS-CoV)で,呼吸器や消化管などに発現しているアンジオテンシン変換酵素がSARSコロナウイルスの受容体として作用し宿主細胞に取り込まれる.2012年には急性肺炎で死亡した患者からSARS-CoVとよく似た新型コロナウイルスが同定され,中東呼吸器症候群(Middle East Respiratory Syndrome; MERS)と呼ばれる新興呼吸器感染症の病原ウイルスであることが確認された.MERS-CoVの感染では,宿主のDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)がウイルス受容体として働く.SARS-CoVやMERS-CoVの起源はいずれもコウモリやラクダなどの動物であろうと考えられている.これらの重症肺炎症状を引き起こす新興感染症は高い致死率(SARSで10%程度,MERSで40%程度)を示すが,有効なワクチンあるいは治療薬はいまだ開発されていない.

SARS-CoVの増殖には前駆体タンパク質のプロセシングで生成する機能性ウイルスタンパク質が必要で,最も多くのプロセシング反応にかかわっているプロテアーゼがSARS 3CL(chymotrypsin like)プロテアーゼである.SARS 3CLプロテアーゼは306残基のアミノ酸からなるシステインプロテアーゼであり,その活性中心にシステインおよびヒスチジン残基を含む.セリンプロテアーゼと同様(図1図1■セリンプロテアーゼの触媒機構)にシステイン側鎖スルファニル基が近傍のヒスチジン側鎖イミダゾール基によって活性化され,切断部位アミド結合のカルボニル基を求核攻撃する.これにより切断反応中間体としていったんプロテアーゼとのチオ酸エステルが形成され,これが加水分解されることでプロテアーゼが再生される.

これまでのSARS治療薬開発では,このSARS 3CLプロテアーゼを標的とする阻害剤の研究が最も進んでいる.チオールプロテアーゼ阻害剤の設計では,活性中心チオールと反応する官能基を基質配列に組み込んだ化合物がリード化合物として選択されることが多い.チオール反応性官能基としては,Michael acceptor型不飽和結合,ハロメチルケトン,トリフルオロメチルケトン,アルデヒド,などがよく利用される.筆者らの研究室でも,SARS 3CLプロテアーゼの基質配列にMichael acceptor型不飽和結合あるいはホルミル基を組み込んだペプチド型阻害剤について検討を行った(8, 9)8) K. Akaji, H. Konno, H. Mitsui, K. Teruya, Y. Shimamoto, Y. Hattori, T. Ozaki, M. Kusunoki & A. Sanjoh: J. Med. Chem., 54, 7962 (2011).9) Y. Shimamoto, Y. Hattori, K. Kobayashi, K. Teruya, A. Sanjoh, A. Nakagawa, E. Yamashita & K. Akaji: Bioorg. Med. Chem., 23, 876 (2015)..その結果,ホルミル基の方がより高い阻害能を示すこと,本来の切断部位アミノ酸(グルタミン)に代えてヒスチジンを用いると阻害活性が向上すること,などを見いだした.得られたリード化合物とSARS 3CLプロテアーゼとの複合体のX線結晶構造解析をもとに阻害剤構造の最適化を進め,ナノモルレベルのペプチドアルデヒド型阻害剤を創製した.さらに,プロテアーゼとの疎水性相互作用に着目し,ペプチド側鎖を主鎖と連結させたこれまでにない新しい縮環骨格をもった非ペプチド性阻害剤へと展開させた(図7図7■非ペプチド性SARS 3CLプロテアーゼの設計).阻害活性はまだペプチド性阻害剤には届かないが,構造最適化により相互作用部位を増やすことで阻害活性向上を進めている.

図7■非ペプチド性SARS 3CLプロテアーゼの設計

おわりに

以上,ペプチド化学に基づくプロテアーゼ阻害剤の設計概念について簡単に紹介した.これらの設計概念はタンパク質と相互作用する多様な分子の設計に応用できる汎用性の高い方法であり,現在承認されている多くの薬剤設計にも適用されている.開発リード化合物の構造最適化もタンパク質との複合体X線結晶構造解析を利用することで格段に効率化され,多くの新しい骨格構造が報告されている.高分子タンパク製剤が疾患治療薬として利用されるようになってきたが,プロテアーゼを標的とする新たな薬剤開発は新しい作用機序に基づく薬剤開発の強力なツールの一つであり続けるであろう.

Reference

1) Ed.: by C. G. Wermuth; The Practice of Medicinal Chemistry, Third edition, ELSEVIER, 2008, Chapters 3 and 4.

2) J. Basu, R. Chattopadhyay, M. Kundu & P. Charkrabarti: J. Bacteriol., 174, 4829 (1992).

3) C. Contreras-Martel, M. Job, A. M. Di Guilmi, T. Vernet, O. Dideberg & A. Dessen: J. Mol. Biol., 355, 684 (2006).

4) S. Sainsbury, L. Bird, V. Rao, S. M. Shepherd, D. I. Stuart, W. N. Hunter, R. J. Owens & J. Ren: J. Mol. Biol., 405, 173 (2011).

5) C. Mathieu & E. Degrande: Vasc. Health Risk Manag., 4, 1349 (2008).

6) S. W. Kaldor, V. J. Kalish, J. F. Davies II, B. V. Shetty, J. E. Fritz, K. Appelt, J. A. Burgess, K. M. Campanale, N. Y. Chirgadze, K. Clawson et al.: J. Med. Chem., 40, 3979 (1997).

7) Y. Hattori, K. Kobayashi, A. Deguchi, Y. Nohara, T. Akiyama, K. Teruya, A. Sanjoh, A. Nakagawa, E. Yamashita & K. Akaji: Bioorg. Med. Chem., 23, 5626 (2015).

8) K. Akaji, H. Konno, H. Mitsui, K. Teruya, Y. Shimamoto, Y. Hattori, T. Ozaki, M. Kusunoki & A. Sanjoh: J. Med. Chem., 54, 7962 (2011).

9) Y. Shimamoto, Y. Hattori, K. Kobayashi, K. Teruya, A. Sanjoh, A. Nakagawa, E. Yamashita & K. Akaji: Bioorg. Med. Chem., 23, 876 (2015).