バイオサイエンススコープ

「腸内デザイン」が切り拓く病気ゼロ社会腸内環境制御に基づく層別化ヘルスケアの実現に向けて

Shinnosuke Murakami

村上 慎之介

株式会社メタジェン

慶應義塾大学先端生命科学研究所

Shinji Fukuda

福田 真嗣

株式会社メタジェン

慶應義塾大学先端生命科学研究所

JSTさきがけ

筑波大学医学医療系

神奈川県立産業技術総合研究所

Published: 2018-09-20

はじめに

ここ十数年の間に「腸内細菌」や「腸内環境」という言葉は広く社会に浸透してきた.メディアにも注目され,テレビ番組や雑誌など多くの媒体に日々腸内細菌が登場している.その背景には,腸内細菌やそれらが産生する代謝物質が健康維持やさまざまな疾患に関与している可能性が,最新の研究により続々と明らかになっていることが挙げられる.したがって,腸内環境を適切にコントロールすることが健康維持や疾患予防に重要と考えられるが,個々人の腸内環境を整え,健康状態を保ち,疾患を予防する具体的な方法論は十分に確立されているとは言えない.その理由として,腸内環境は食生活などに起因して個人ごとに異なることから,腸内環境をコントロールするためには万人に共通の画一的な手法ではなく,個々人の腸内環境に合わせたアプローチが必要であると考えられる.しかし,現時点ではどのような腸内環境にどのようなアプローチが適しているのかについて,十分な科学的根拠が蓄積されていない.また,近年の研究では,特定の食品や医薬品を摂取した際の効果が,腸内環境のタイプに依存して異なる例も報告されている.そこでわれわれは,腸内環境に基づいて個々人を分類し,適切な制御を行う層別化ヘルスケアを実現するため,腸内環境データベースを構築するとともに,各々に合わせた腸内環境改善策を提案するシステムの開発を目指している.

個人ごとに異なる腸内環境を理解するためには,近年盛んに行われている腸内細菌叢の16S rRNA遺伝子増幅産物のメタゲノム解析や,ショットガンメタゲノム解析に加え,腸内細菌叢から産生される代謝物質を網羅的に解析するメタボローム解析も必要であると考えている.われわれはこれまでに,メタボロミクスとメタゲノミクスを組み合わせた概念として「メタボロゲノミクス®」を提唱してきた.最先端の分析技術を組み合わせることによって,正しく腸内環境の機能を理解し,制御することが可能になると考えている.

また,近年ではIoTを活用した取り組みも盛んになってきている.たとえば,トイレにセンサーを取り付けることによって便からさまざまなデータを取得し,層別化ヘルスケアにつなげる「スマートトイレ」構想や,超音波で腸の動きをセンシングすることによって排便を予告するウェアラブルデバイスなど,次々と新たな研究開発が行われている.これらのイノベーションは健常者の健康維持や疾患予防に貢献することに加え,介護や看護の現場にも革命を起こす可能性を秘めており,これからの人類生活に欠かせないものになると考えられる.

本稿では,腸内環境と疾患に関する近年の研究成果について紹介するとともに,科学的根拠に基づくヒト腸内環境制御に基づく層別化ヘルスケアの実現に向けたわれわれの取り組みや,腸内環境およびその周辺領域を対象とした新たな産業について紹介する.

腸内環境制御に基づく層別化ヘルスケアの可能性

近年の研究により,腸内細菌叢のバランスの乱れは消化管疾患のみならず遠隔臓器における疾患や,全身性疾患の発症や増悪にかかわることが明らかになりつつある.腸内細菌はさまざまな代謝物質を産生,あるいは消費する.産生された代謝物質の一部は体内へ取り込まれ,その後全身へ移行するため,腸内細菌叢由来の代謝物質が健康維持に寄与することや,その逆にさまざまな疾患発症・増悪に関与する例が報告されている.したがって,腸内細菌叢のバランスや腸内細菌叢全体の代謝をコントロールすることができれば,多くの疾患の予防や治療につながる可能性があると考えられる.

1. 腸内環境と肝臓がん

腸内細菌由来の代謝物質が関与する疾患の一例として,肝臓がんが挙げられる.7,12-ジメチルベンズ(a)アントラセン処理による発がんマウスモデルでは,高脂肪食を摂取させると,腸内細菌が産生するデオキシコール酸(deoxycholic acid: DCA)が増加し,肝臓がんが誘発される(1)1) S. Yoshimoto, T. M. Loo, K. Atarashi, H. Kanda, S. Sato, S. Oyadomari, Y. Iwakura, K. Oshima, H. Morita, M. Hattori et al.: Nature, 499, 97 (2013)..腸管から吸収されたDCAは,肝臓の肝星細胞の老化を促進し,炎症性サイトカインなどの分泌を促すことでがんの発症に関与する.このとき,腸内細菌叢の16S rRNA遺伝子群のメタゲノム解析および血中脂質のリピドーム解析から,グラム陽性の腸内細菌由来のリポテイコ酸が宿主のToll様受容体2(TLR2)を介して,DCAと協調的に肝星細胞の老化を生じることも明らかとなっている(2)2) T. M. Loo, F. Kamachi, Y. Watanabe, S. Yoshimoto, H. Kanda, Y. Arai, Y. Nakajima-Takagi, A. Iwama, T. Koga, Y. Sugimoto et al.: Cancer Discov., 7, 522 (2017)..したがって,腸内でのDCA量やDCA産生菌を分析することによって,肝臓がんのリスクを評価することができる可能性がある.将来的には,DCA産生を抑制する手段が確立されれば,肝臓がんのリスクを軽減することも可能になると考えられる.

2. 腸内環境と動脈硬化

食品に含まれるコリンやL-カルニチンは,腸内細菌の働きによりトリメチルアミン(trimethylamine; TMA)に代謝される.TMAは腸から吸収された後に肝臓でトリメチルアミン-N-オキシド(trimethylamine-N-oxide; TMAO)へと代謝されるが,マウス実験やヒト血清のメタボローム解析によってTMAOはアテローム性動脈硬化を促進することが明らかになっている(3)3) W. H. Tang, Z. Wang, B. S. Levison, R. A. Koeth, E. B. Britt, X. Fu, Y. Wu & S. L. Hazen: N. Engl. J. Med., 368, 1575 (2013)..したがって,腸内で産生されているTMA量を分析することによって,動脈硬化のリスクを評価できる可能性がある.

また,マウス実験においてはコリンと構造がよく似たアナログ(3,3-ジメチル-1-ブタノール)を経口投与することで,腸内細菌がコリンをTMAに代謝する反応を阻害することができ,その結果動脈硬化を抑制できることが報告されている(4)4) J. M. Norman, S. A. Handley, M. T. Baldridge, L. Droit, C. Y. Liu, B. C. Keller, A. Kambal, C. L. Monaco, G. Zhao, P. Fleshner et al.: Cell, 160, 447 (2015)..今後はこのような腸内細菌の代謝を標的とした創薬も可能になると考えられる.

3. 腸内細菌叢由来の短鎖脂肪酸がもたらす有益効果

腸内細菌叢から産生されるコハク酸などの有機酸や,酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸にはさまざまな有益効果があることが多数報告されている.筆者らの研究では,腸内細菌叢由来の酢酸が腸管上皮細胞のバリア機能を高めることで,腸管出血性大腸菌O157の感染を予防する効果があることを見いだした(5)5) S. Fukuda, H. Toh, K. Hase, K. Oshima, Y. Nakanishi, K. Yoshimura, T. Tobe, J. M. Clarke, D. L. Topping, T. Suzuki et al.: Nature, 469, 543 (2011)..また,腸内細菌叢由来の酪酸には,免疫応答を抑制する制御性T細胞の分化誘導を,エピジェネティックに促進することで,大腸炎を抑制できることも明らかにした(6)6) Y. Furusawa, Y. Obata, S. Fukuda, T. A. Endo, G. Nakato, D. Takahashi, Y. Nakanishi, C. Uetake, K. Kato, T. Kato et al.: Nature, 504, 446 (2013)..ほかにも,新生児の腸内細菌叢から産生されるコハク酸が,クロストリジウム目細菌群の腸管内への定着を促すことで腸内細菌叢の成熟化を促し,結果としてサルモネラや病原性大腸菌などの腸管感染症を予防することも明らかにした(7)7) Y. G. Kim, K. Sakamoto, S. U. Seo, J. M. Pickard, M. G. Gillilland 3rd, N. A. Pudlo, M. Hoostal, X. Li, T. D. Wang, T. Feehley et al.: Science, 356, 315 (2017).

腸内細菌叢のバランスは肥満や2型糖尿病との関連も報告されており(8~10)8) K. Forslund, F. Hildebrand, T. Nielsen, G. Falony, E. Le Chatelier, S. Sunagawa, E. Prifti, S. Vieira-Silva, V. Gudmundsdottir, H. K. Pedersen et al.: Nature, 528, 262 (2015).9) E. Le Chatelier, T. Nielsen, J. Qin, E. Prifti, F. Hildebrand, G. Falony, M. Almeida, M. Arumugam, J. M. Batto, S. Kennedy et al.: Nature, 500, 541 (2013).10) J. Qin, Y. Li, Z. Cai, S. Li, J. Zhu, F. Zhang, S. Liang, W. Zhang, Y. Guan, D. Shen et al.: Nature, 490, 55 (2012).,腸内細菌叢から産生される短鎖脂肪酸や有機酸が血糖状態にも影響する可能性が示唆されている.たとえば,プロピオン酸は大腸で作用し,グルカゴン様ペプチド1や食欲抑制ホルモンであるペプチドYYなどの血中濃度の増加に寄与することが報告されている(11, 12)11) E. S. Chambers, A. Viardot, A. Psichas, D. J. Morrison, K. G. Murphy, S. E. Zac-Varghese, K. MacDougall, T. Preston, C. Tedford, G. S. Finlayson et al.: Gut, 64, 1744 (2015).12) G. Tolhurst, H. Heffron, Y. S. Lam, H. E. Parker, A. M. Habib, E. Diakogiannaki, J. Cameron, J. Grosse, F. Reimann & F. M. Gribble: Diabetes, 61, 364 (2012).

このように,腸内細菌叢から産生される短鎖脂肪酸にはさまざまな有益効果が期待される.したがって,腸内の短鎖脂肪酸量を測定することで,腸内環境の状態を評価できる可能性があり,また短鎖脂肪酸量を適切に調節することができれば,健康維持につながる可能性があるが,ヒトの腸内細菌叢は実験動物のように画一的ではないため,腸内において短鎖脂肪酸量をコントロールする最適な手法は,人によって異なると考えられる.

メタボロゲノミクスの重要性

本稿で紹介したいくつかの研究例から,腸内細菌叢のバランスや腸内細菌叢由来の代謝物質が健康維持やさまざまな疾患に関与していることは明らかである.これまでに報告されている宿主に影響を及ぼす因子の多くは,腸内細菌の構成成分や,腸内細菌が産生する代謝物質である.したがって,腸内環境から疾患のリスクなどを評価するためには「どのような菌がどのくらいいるか」を知る腸内細菌叢のメタゲノム解析に加えて,「どのような代謝物質がどのくらいあるか」を知るメタボローム解析も並行して実施することが重要であると考えられる.

また,腸内環境を制御するためには,まず現時点において個々人の腸内にどのような細菌が存在し,どのような代謝物質が産生されているかを把握しなければならない.そのためには,腸内細菌叢のメタゲノム解析によって腸内細菌叢が有する代謝遺伝子を網羅し,遺伝子地図を作成することに加えて,メタボローム解析によって実際にその環境で産生されている代謝物質を網羅的に測定することが重要である.このように,メタゲノミクスによって得られる腸内細菌叢の遺伝子情報とメタボロミクスによって得られる腸内代謝物質情報を統合することにより,初めてどのような腸内細菌が何を産生し,それらがどのように宿主へ作用しているのか,すなわち宿主–腸内細菌叢間相互作用の理解につながると考えられる.メタボロゲノミクスにより腸内細菌叢機能を包括的に理解することができれば,将来的には,科学的根拠に基づく腸内環境の適切な制御につながると考えられる(13)13) S. Fukuda: Seikagaku, 88, 61 (2016).

腸内環境に基づくレスポンダー・ノンレスポンダーの概念

腸内環境を適切に評価するためには上述のメタボロゲノミクスの概念が重要であるが,腸内環境を制御するためには個々人によって異なる腸内環境を適切に分類し,それぞれに合わせたアプローチが必要であると考えられる.このような腸内環境制御に基づく層別化ヘルスケアを実現させるためには,近年のいくつかの研究によって提唱されているような,腸内環境に基づく「レスポンダー・ノンレスポンダー」の概念が重要である.腸内環境は個人ごとに異なるため,ある食品や医薬品を摂取した際の効果はその腸内環境の違いに基づいて個人ごとに異なる例が報告されており,効果が得られる人を「レスポンダー」,得られない人を「ノンレスポンダー」と定義している.

たとえば大麦を摂取した際,その次の食事による血糖値上昇が抑えられる「セカンドミール効果」があることが知られているが,この効果は腸内細菌叢中のプレボテラ属細菌の比率が多い人のみで得られることが2015年に報告された(14)14) P. Kovatcheva-Datchary, A. Nilsson, R. Akrami, Y. S. Lee, F. De Vadder, T. Arora, A. Hallen, E. Martens, I. Bjorck & F. Backhed: Cell Metab., 22, 971 (2015)..この場合,プレボテラ属細菌の比率が多い人は大麦摂取によってセカンドミール効果が得られる「レスポンダー」,少ない人はその効果が得られない「ノンレスポンダー」となる.また,サッカリンという人工甘味料を摂取した際に耐糖能が悪化する人としない人がおり,その違いも腸内細菌叢プロファイルに依存しているとの報告がある(15)15) J. Suez, T. Korem, D. Zeevi, G. Zilberman-Schapira, C. A. Thaiss, O. Maza, D. Israeli, N. Zmora, S. Gilad, A. Weinberger et al.: Nature, 514, 181 (2014).

このような概念は大麦やサッカリンに限ったことではなく,たとえばヨーグルトのようなプロバイオティクスや機能性表示食品など,摂取する食品(飲料やサプリメントも含む)と,それによってもたらされる影響との間で普遍的に存在する概念であると考えられる(図1図1■腸内環境に基づくレスポンダー・ノンレスポンダーの概要).医薬品の場合も同様であり,たとえばがん治療薬として近年注目されている免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-L1抗体や抗CTLA-4抗体)の効果が,患者の腸内細菌叢のパターンに依存することが報告されている(16, 17)16) A. Sivan, L. Corrales, N. Hubert, J. B. Williams, K. Aquino-Michaels, Z. M. Earley, F. W. Benyamin, Y. M. Lei, B. Jabri, M. L. Alegre et al.: Science, 350, 1084 (2015).17) M. Vetizou, J. M. Pitt, R. Daillere, P. Lepage, N. Waldschmitt, C. Flament, S. Rusakiewicz, B. Routy, M. P. Roberti, C. P. Duong et al.: Science, 350, 1079 (2015)..さらに,2018年1月には抗PD-1抗体薬によるがん治療効果が得られた患者における腸内環境の特徴に関する論文がScience誌の同号に3報同時に報告された(18~20)18) V. Gopalakrishnan, C. N. Spencer, L. Nezi, A. Reuben, M. C. Andrews, T. V. Karpinets, P. A. Prieto, D. Vicente, K. Hoffman, S. C. Wei et al.: Science, 359, 97 (2018).19) V. Matson, J. Fessler, R. Bao, T. Chongsuwat, Y. Zha, M. L. Alegre, J. J. Luke & T. F. Gajewski: Science, 359, 104 (2018).20) B. Routy, E. Le Chatelier, L. Derosa, C. P. M. Duong, M. T. Alou, R. Daillere, A. Fluckiger, M. Messaoudene, C. Rauber, M. P. Roberti et al.: Science, 359, 91 (2018)..これらの結果は,腸内細菌叢のパターンが宿主免疫系に影響を与えることが理由であると考えられる.しかし,抗PD-1抗体薬のレスポンダーにおける腸内環境の特徴は,先述の3報すべてで共通というわけではなかったため,詳細なメカニズムの解明にはさらなる研究が求められる.

図1■腸内環境に基づくレスポンダー・ノンレスポンダーの概要

摂取物の効果を得られる人をレスポンダー,得られない人をノンレスポンダーと呼ぶ.腸内環境は人によって違いがあるため,摂取物の効果が腸内環境を介して発揮される場合,その効果は腸内環境のタイプに依存する.

これらの研究成果から,食品や医薬品などわれわれが経口摂取するものは,腸内環境を介して宿主に影響を及ぼすことが少なくないことがわかる.腸内環境は個々人で異なることから,有益な効果が期待されている食品(特定保健用食品や機能性表示食品など)や医薬品などは,すべての人に一様な効果がもたらされる可能性は低く,レスポンダーとノンレスポンダーが存在することを認識する必要がある.したがって,食品などの摂取によって腸内環境の制御を目指す場合には,あらかじめ腸内環境の特徴を把握し,レスポンダーの特徴に一致する食品を摂取することが重要である.そのためには,有益効果が期待されている食品などのレスポンダーの特徴をあらかじめ把握しなければならない.たとえば先述の大麦の研究を例に挙げれば,自身の腸内細菌叢プロファイルを解析し,プレボテラ属細菌の比率が多ければ,血糖値の上昇抑制を期待して大麦を摂取することができるが,プレボテラ属細菌の比率が少ない場合には大麦を摂取してもセカンドミール効果は期待できないことになる.その場合には大麦の摂取に先立って,まずプレボテラ属細菌の比率を増加させるようなアプローチを講じるなど,腸内環境情報に基づく適切な健康維持・疾患予防法を実用化する必要があると考えている.

腸内環境制御に基づく層別化ヘルスケアの実現に向けて

これまで述べたような実情を踏まえ,腸内環境制御に基づく層別化ヘルスケアを社会実装するため,筆者らは2015年3月に株式会社メタジェン(以下,メタジェン)を設立した.個々人によって異なる腸内環境を適切に分類し,コントロールすることで,健康維持・疾患予防を目指す層別化ヘルスケア(これを「腸内デザイン」と定義)の実用化を目指している.

本稿で述べたように,人々の腸内環境を適切にコントロールすることができれば健康維持・疾患予防が可能になると考えられるが,腸内環境は食習慣や生活習慣等が影響し,個人ごとに異なることがわかっている.実際に筆者らの研究でも,日本国内の同地域に居住する健常者においてさえ腸内細菌叢のバランスは個人差が大きいことが明らかになっている(21)21) S. Murakami, Y. Goto, K. Ito, S. Hayasaka, S. Kurihara, T. Soga, M. Tomita & S. Fukuda: Evid. Based Complement. Alternat. Med., 2015, 824395 (2015)..そのため,画一的な手法では個々人の腸内環境を適切にコントロールすることは困難である.そこでまずは,われわれの腸内環境を機能別に区分けした「腸内環境パターン」を構築し,それぞれのパターンに適した腸内環境改善ソリューション(食品,飲料,サプリメントなど)をひもづけていきたいと考えている.現在,これらの課題解決に向け,多くの食品企業や製薬企業などと連携して共同研究開発を進めている.

共同研究では主に各企業が有する商品について臨床試験を実施し,それらの商品が腸内環境に及ぼす影響の詳細を明らかにすることを目的としている.有益な効果が期待される場合には,先述のレスポンダー,ノンレスポンダーの特徴を明らかにすることもできる.これらのデータを解析することにより,たとえば「△△という商品は,〇タイプの腸内環境をもつ人の便秘を解消できる」というような,健康維持に有益な科学的根拠に基づく情報を得ることが可能である.これらの情報を蓄積することによって,個人向け腸内環境評価事業において「あなたの腸内環境は◯タイプなので△△という商品が合っている」といったエビデンスに基づく情報をフィードバックすることができる.

このような個人向け事業を足がかりに,将来的には人間ドックや健康診断への導入を目指している.検診を通じて腸内環境を評価し,改善策を提案することや,定期的な腸内環境評価によって以前と比べて大きな変動がないか確認することは,疾患の予防に非常に重要である.腸内環境は個人ごとに異なるが,一般的に同一個人内では比較的安定であることが明らかになっているため,腸内環境に大きな変動が生じた場合には,何らかの疾患のリスクが増加している可能性が推察される.健康診断や人間ドックを通じて本事業を展開できれば,「病気ゼロ社会」の実現に近づくことができると考えている.

病気ゼロ社会,そして長寿ハピネスへ

メタジェンが腸内デザインにより実現を目指しているのは「病気ゼロ社会」であり,さらにはその先の「長寿ハピネス」(健康で長生きするだけでなく,好きなこと,やりたいことを持続可能な社会)を真に実現すべき未来と考えている.日本国民の平均寿命は世界でもトップクラスであるが,平均寿命と健康寿命には男性でおよそ9年,女性でおよそ12年の差があり(平成22年の統計による),終末期を幸福に過ごすことが難しい社会になっている.また,介護やこれに起因する医療費の増加も重大な社会問題となっている.そのため健康寿命の延伸が求められているが,その際に重要なことは健康なうちから「健康維持」に取り組むことである.おそらく多くの人は体調を崩してから,あるいは病気に罹患してから「健康」の重要性に気がつくことになる.しかし,一度病気に至ってしまうと,健康な状態に戻ることは困難な場合も多い.特に,生活習慣病など長期的な食習慣や生活習慣に起因する疾患の場合はなおさらである.そこで,健康なうちに健康維持に取り組むことが重要であるが,健常者にその意識付けをすることは難しいと考えられる.したがって,理想的には「健康を意識しない健康社会」を創出することが重要である.そのためには,スマートトイレやウェアラブルデバイスなど,IoTの活用によって日常の中で自動的に健康維持に寄与する情報を取得し,フィードバックする社会を構築しなければならない.

そのような取り組みの一例として,たとえば代表的なトイレメーカーであるTOTO株式会社では,排便臭から健康状態をモニタリングし,病気の早期発見や健康維持につなげる研究開発を行っている(22)22) 日刊工業新聞:TOTO,「未病研究」を深化−排便臭データから疾患発見(2016年10月19日).2016, Available from: http://www.nikkan.co.jp/articles/view/00403539..便臭から大腸がんの腫瘍の大きさを推測できることから,健康診断に行かずとも自宅で大腸がんのリスクを判定し,早期発見につなげることができると考えられる.また,メタジェンが掲げる腸内デザインとスマートトイレやAIを融合することができれば,便から瞬時に腸内環境を評価し,そのときに最も適した食事内容を割り出して健康維持や疾患予防に有益な食事が自動的に提供される「スマートハウス」のようなものも実現できるのではないかと考えている(図2図2■スマートハウス構想).

図2■スマートハウス構想

スマートトイレやAIを融合することにより,健康維持に最適な食事の自動提供や,要介護者の排泄に関する情報を介護者に自動通知する.

また,もう少し近い将来においては,たとえばスーパーマーケットの陳列棚が腸内環境タイプごとに分けられるような未来が来ることを想定している.消費者が自らの腸内環境タイプについて,自身の血液型を把握しているのと同様に当たり前に知る社会を創出することで,日常の食が疾患予防に直結することになる.すなわち,科学的根拠に基づく医食同源を実践するのが腸内環境制御に基づく病気ゼロ社会の実現へ向けた第一歩である.

このようにして人々の健康寿命が延伸した先の未来では,健やかに老いることのできる社会の創出が求められる.現時点においても,介護や看護の現場において排泄に関する問題は多数存在する.たとえば,自立排泄が困難な要介護者においては,介護者が排尿・排便のタイミングを察知できず失禁に至るケースや,排泄ケア用品を使用した場合でも排泄後の処置が遅れることによって皮膚疾患につながるケースなどが問題視されている.これを解決するアイディアとして,超音波によって腸の動きをセンシングすることにより,排便を予告するウェアラブルデバイスの開発などが進められている(23)23) 週刊アスキー:うんこ「10分後に出ます」世界の悩みを解決する画期的デバイス,日本の教授たちが開発『D free』(2015年2月26日).2015, Available from: https://weekly.ascii.jp/elem/000/000/307/307988/..このように,「健康を意識しない健康社会」や,その後の「長寿ハピネス」の実現のためには,腸内環境やその周辺領域とIoTとの融合が今後ますます重要になると考えられる.

おわりに

腸内環境に関する研究や,腸内環境を介した健康維持・疾患予防にかかわる産業は近年急速に発展している.さまざまな研究成果によって多くのことが明らかになってきたが,それに伴い解決すべき課題も多数見えてきた.腸内環境を適切にコントロールすることによって,健康維持や疾患予防に貢献できる可能性は十分にあると考えられるが,その具体的な手法はこれから確立していかなければならない.また,腸内細菌叢のバランスの乱れはさまざまな疾患とのかかわりが指摘されているが,その具体的な責任因子など,メカニズムについてはいまだ不明な点も多い.これらを明らかにしていくことで,より適切な腸内環境のコントロールや,腸内細菌叢を標的とした創薬などにつながっていくものと考えられる.スマートトイレに代表されるように,便から得られる腸内環境情報を活用する新たな取り組みも盛んに行われてきており,これらの発展は人類の健康,すなわち「病気ゼロ社会」の実現に重要であると考えられる.われわれは腸内環境制御に基づく層別化ヘルスケアや,その先にある「病気ゼロ社会」,「長寿ハピネス」を実現し,世界中の人類が健やかに楽しく生活できる社会を構築していきたいと考えている.

Reference

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19) V. Matson, J. Fessler, R. Bao, T. Chongsuwat, Y. Zha, M. L. Alegre, J. J. Luke & T. F. Gajewski: Science, 359, 104 (2018).

20) B. Routy, E. Le Chatelier, L. Derosa, C. P. M. Duong, M. T. Alou, R. Daillere, A. Fluckiger, M. Messaoudene, C. Rauber, M. P. Roberti et al.: Science, 359, 91 (2018).

21) S. Murakami, Y. Goto, K. Ito, S. Hayasaka, S. Kurihara, T. Soga, M. Tomita & S. Fukuda: Evid. Based Complement. Alternat. Med., 2015, 824395 (2015).

22) 日刊工業新聞:TOTO,「未病研究」を深化−排便臭データから疾患発見(2016年10月19日).2016, Available from: http://www.nikkan.co.jp/articles/view/00403539.

23) 週刊アスキー:うんこ「10分後に出ます」世界の悩みを解決する画期的デバイス,日本の教授たちが開発『D free』(2015年2月26日).2015, Available from: https://weekly.ascii.jp/elem/000/000/307/307988/.