農芸化学@High School

佐賀県基山町内から分離・選別した優良酵母の研究および町の特産品開発への応用

小田 京香

東明館学園東明館高等学校バイオ同好会

池田 莉咲

東明館学園東明館高等学校バイオ同好会

江本

東明館学園東明館高等学校バイオ同好会

河原田 結羽

東明館学園東明館高等学校バイオ同好会

白水 恵美莉

東明館学園東明館高等学校バイオ同好会

Published: 2018-09-20

本研究は日本農芸化学会2018年度大会(開催地:名城大学)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.発表者の高校が位置する佐賀県基山町の豊かな自然の中で生育している花や果実などから優良な酵母を多数採取し,それらの安全性や性能を詳細に検討するとともに,独自の『自然酵母パン』や『酒蒸し饅頭』などの商品開発を進めた.さらに新たな商品開発に向けた課題を解決するための取り組みも進めている.

本研究の目的,方法および結果

【目的】

東明館高校が位置する佐賀県基山町は,福岡市や久留米市などの大都市に近接するにもかかわらず,豊富な自然が残っており,さらに日本最古の山城である基肄城や創建1300年の大興善寺など数多くの文化遺産もある静かで住み良い町である.

しかし近年,全国の多くの地方自治体同様,若者の急速な地元離れが大きな悩みとなっている.私たちは,そのような課題に対し町のために何かできることはないか?と考え,検討を行った.その結果,「基山町独自の特産品を開発し売り出すことで,町の活性化のお手伝いができるのでは?」という結論に達し,活動を開始した.

基山町は,豊かな自然に恵まれてはいるが,町の面積が狭いことに加え,その半分近くを山林が占め,農産物の大量生産には向いていない地域であることがわかった.そのため,野菜や果実を使った町興しではなく,最近注目を集めている「発酵食品」による町の活性化ができないか,と考えた.

手始めとして私たちは,まず基山町の豊かな自然の中で生育している花・果実などから優良な酵母を多数採取し,それらの安全性や性能を詳細に検討するとともに,基山町独自の『自然酵母パン』や基山町由来酵母(基山酵母)で発酵させた『酒蒸し饅頭』などの商品開発を目指して活動を開始することとした.

私たちは最終的な目標を,①市販の酵母より優良な酵母を基山町内から採取すること,②基山酵母を用いて開発した物品を実際に販売すること,と設定した.

【方法】

1. 使用培地

  • ①リンゴジュース改変培地(リンゴジュース50%,ショ糖20%,乳酸でpH 3.1に調整):自然界からの酵母分離,発酵力試験,官能検査用培地に使用した.糖濃度を上げ,pHを下げることで,酵母以外の雑菌増殖を抑えることを期待して用いた.
  • ②YPD寒天培地(酵母エキス1%,ペプトン2%,グルコース2%,寒天2%):シングルコロニー形成,菌体増幅,菌株保存などに使用した.自然界から採取した試料を①の培地で培養した後,培養液中の酵母をシングルコロニー化する場合のみ,抗生物質(Ampicillin & Chloramphenicol各20 ppm)を培地に添加して使用した.
  • ③YM-5培地(酵母エキス0.3%,麦芽エキス0.3%,ペプトン0.5%,ショ糖5%):製パン試験用の酵母培養に使用した.糖濃度を,製パン試験で作った食パンと同程度に設定した.

2. 自然界からの酵母採取

試料(花・果実・土壌,等々)は,本校はじめ基山町内全域から広く採取した(図1-1図1■酵母の採取・選別実験).採取した試料を容器に移し,分離用培地(リンゴジュース改変培地)を加え,重さの減りを約1週間にわたって計測した.重さの減りが大きな試料には,発酵力が強い酵母が存在していると考え,培養液からの分離作業を開始した.

図1■酵母の採取・選別実験

花や果実からの酵母採取に加え,基山町にある酒蔵「基峰鶴」の壁や泥に生息する「蔵付き酵母」の分離も試みた.

3. 酵母の単離(シングルコロニーの形成および釣菌)

重さの減りの大きな培養液から三段階希釈法で酵母のシングルコロニーを得た.

  • ・三段階希釈
    • ①滅菌水5 mLを入れたチューブに培養液50 µLを入れ,ミキサーで撹拌を行った(希釈倍率100倍).同様の操作をさらに2度繰り返すことで,最終的に100万倍希釈液を得た.
    • ②得られた100万倍希釈液を,細菌用抗生物質を含むYPD寒天培地にセルスプレッダーを用いて全体に均一に塗布し28°Cで2日培養後シングルコロニーを得た.
    • ③各コロニーを,8~12分割したYPD寒天培地に塗布し,培養した後,識別番号を付け,その後の実験に用いた.

4. 液体培地中での発酵力測定および香り評価

得られた各酵母を,発酵力試験用培地(リンゴジュース改変培地)10 mLが入った試験管に同量ずつ植菌し,28°Cで約1週間培養を行った.毎日重さを測定し,発酵力を測定する(図1-2図1■酵母の採取・選別実験図2■各酵母のパン生地膨張力比較)とともに,官能検査で香りを評価した(図1-3図1■酵母の採取・選別実験図3■販売中の基山自然酵母パン).

重量減少が速く,香りの好ましい酵母を『基山酵母』として選別・保存した.コントロールとして,市販パン酵母(カメリア:日清フーズ製)を用いた.

発酵力試験は,リンゴ果汁に加え,ブドウ,オレンジ,グレープフルーツなどの果汁でも実施した.

5. 菌種同定試験

得られた酵母の安全性を確認するために,菌種同定試験を行った.試験は,シスメックス社製真菌同定キット『API 20 C AUX』を用いて行った.

6. パン生地膨張力試験

得られた多くの発酵力を有する酵母の中から,優良と思われる酵母を5種選別し,市販酵母と比較しながら経時的に食パン用生地の膨張試験を実施した.

7. 食パン焼成による官能評価

約1年半にわたる実験期間を半年ごと3期に分け,各期で得られた優良酵母の中から特に優秀と思われる酵母を各期4株ずつ計12株選び,実際に食パンを焼成し,食することで食感や香りなどを総合的に評価した.

8. 分析装置による各酵母の香気成分・有機酸生成量比較

各酵母でリンゴジュース改変培地を28°Cで3日間発酵させた後,培養液の香気成分,有機酸生成量を比較した.

実験は,佐賀県工業技術センターの協力を得て,ガスクロマトグラフィーおよび液体クロマトグラフィーを用いて実施した.

9. 採取した酵母の長期保存

基山町内各所から採取できた貴重な優良酵母を失わないように,以下3種の方法で菌株を保存した.

  • ①寒天斜面培地に植菌の後,冷蔵庫(4°C)で保管.
  • ②グリセリン溶液に菌体を懸濁後,冷凍庫(−20°C)で保管.
  • ③佐賀県工業技術センターの協力を得て,超低温フリーザー(−80°C)で保管.

【結果】

1. 基山町内からの酵母採取

2015年秋より冬にかけて実験を開始した(一次選抜).町内各所から126種の花・果実を採取し多くの酵母を分離したが,発酵力に優れた酵母を得ることはできなかった.大半が市販酵母の5割以下,最高の酵母でも6割以下であった.

一次選抜での失敗の要因と解決策を探るため,私たちは過去の論文(1~3)1) 数岡孝幸:醸協,110, 298 (2015).2) 小田有二,山内宏昭,田村雅彦:日本食品化学工学,59, 1 (2012).3) 樋口智子,上田京子:福岡県工業技術センター報,16, 32 (2006).を精査したり,専門家から話を伺ったりした.それらをもとに議論した結果,①採取した試料の量が不十分だったため,優良酵母に出会う確率が低かった,②培地の成分が不適だったため,多くの雑菌が繁殖し分離作業を妨げた,という結論を得た.これらを踏まえて,二次選抜実験(2016年春~夏)から以下2点を改善し,実施した.

  • ①採取する試料の量を大幅に増やす:一次選抜では,採取量は気にしていなかったが,二次選抜以降では,可能な限り多く(キログラム単位)の花・果実を採取した.
  • ②選択培地の組成を改善:一次選抜ではリンゴジュースをそのまま分離培地として用いたため,雑菌が多数繁殖し,酵母の分離を妨げた.改善策として,リンゴジュースにショ糖を加え糖濃度を20%まで上げ,乳酸を添加しpH値を3.1に下げ,酵母以外の微生物の増殖を抑えた.

2つの改善の結果,二次選抜では,4種の花(桜,つつじ,さつき,バラ)から市販酵母並みかそれ以上の発酵力をもつ酵母を多数得ることに成功した.それ以降も同様の方法を用いて,野イチゴや皇帝ダリアなどから発酵力が強く,香りも良い酵母を得ることに成功している.これまでに,約5,000個のシングルコロニーを調べ,約80株の「基山酵母」を得ている(2018年春現在).

2. 液体培地(リンゴジュース改変培地)中での発酵力測定および香り評価

これまでに得られた基山酵母72株のうち,代表的な酵母の発酵力と官能評価を表1表1■基山酵母の発酵力・官能検査結果一覧(抜粋)にまとめた.発酵力は,市販酵母の重量減少量を100としたときの,試験酵母の重量減少量を比率で示した.

表1■基山酵母の発酵力・官能検査結果一覧(抜粋)
採取源採取場所酵母名(識別記号)発酵力※官能評価
東明館学園C1799濃い,甘い,重い香り
C52100アルコール臭強い,独特な香り
C6596甘い,独特な香り,複雑な香り,古臭い香り
つつじ大興善寺D4597独特な香り,甘い,スッキリとした香り
D15399香り強め,スッキリとした香り
D21496甘い,フルーティー,スッキリとした香り
サツキ基山町役場S27100お酒のような香り,少し刺激臭
S2892ワインの様な香り,軽い刺激臭,スッキリとした香り
S7498少し重い香り,アルコール臭強い,甘い
バラ基山モール商店街R1092甘い,スッキリとした香り,栗のような香り
R24101甘い,スッキリとした香り,好きな香り
R2893香り弱い,スッキリとした香り
皇帝ダリアかいろうの館L3-23101ウイスキーのような香り,不思議な香り
KD214108スッキリとした香り
HKD-5105良い香り,スッキリとした香り,香り弱い
野イチゴ基山山頂L4-291シャープな香り,乾いた香り,卵のような香り
L4-37107スッキリとした香り
HL4-1102アルコール臭,甘い
酒蔵基峰鶴(基山商店)508-6090お酒の様な香り
518-7995スッキリとした香り
茶の花園部製茶畑H11696スッキリとした香り,お酒のような香り,良い香り
H11891甘い,スッキリとした香り,良い香り
市販パン酵母日清フーズCC100スッキリとした香り
※市販パン酵母の重量減少量を100としたときの減少量比

3. 菌種同定試験結果

菌種の同定には『API 20 C AUX』を利用した.19種の炭素源の資化性と偽菌糸の有無を観察,データベースと照合することで同定した.結果として,製パン試験を行ったすべての酵母がSaccharomyces cerevisiaeであった.

S. cerevisiaeは,パンやお酒の製造に広く用いられている酵母で,得られた酵母は安全であると判断した.

4. パン生地膨張力試験

膨張力試験は,酵母選抜過程で高評価を得た「つつじ」「桜」(2種)「ダリア」「野イチゴ」および「市販」の酵母計6株で実施した.3時間の発酵の後,下線で示した3株(つつじ,桜2,ダリア)が市販酵母より強い膨張力を示した(図2図2■各酵母のパン生地膨張力比較).

図2■各酵母のパン生地膨張力比較

5. 食パン焼成による官能評価

半年ごとに計3回12株の酵母で食パンを焼成し,10代から70代までの延べ100名以上で,食感や味に関して評価した.12株の内訳は,桜酵母・ダリア酵母各3株,つつじ酵母・野イチゴ酵母各2株,さつき酵母・バラ酵母各1株であった.生地の膨らみ具合,味,香り,食感,後味などを比較した結果,つつじ酵母(D-214),桜酵母(C-17)およびダリア酵母(L3-23)の3株が,生地の膨らみも良く,味・香りともに高評価を得た.

6. 分析装置による各酵母の香気成分・有機酸生成量比較

各種酵母で発酵させた「リンゴジュース改変培地」の香気成分および有機酸の生成量を比較した結果,香気成分に関しては,「お茶」酵母が他の酵母と比較して,酢酸エチルで3倍以上,酢酸イソアミルで4倍以上の生成量を示した.そのほかの酵母では,大きな差は見られなかった.有機酸生成量は,「蔵付き」酵母でリンゴ酸が他の酵母より5割以上多く生成されていた.他の酵母間で大きな差異は認められなかった.

7. 「基山酵母」の長期保存

冷蔵庫(4°C)および冷凍庫(−20°C)で22カ月保存していた「つつじ酵母」をそれぞれYPD寒天培地にまき,28°Cで2~3日間培養した結果,両株とも生存していることを確認した.この結果,少なくとも2年近くは,冷凍・冷蔵庫で保存可能なことがわかった.

商品化に向けた取組みとこれからの課題

2016年度から,町の菓子店と共同で基山自然酵母を使った『酒蒸し饅頭』および『肉饅頭』を開発し,小規模ながら販売を開始した(図3図3■販売中の基山自然酵母パン).2017年度には,『自然酵母パン』の試作を行い,不定期ではあるがパン屋での販売を開始した.このパンは,地元の情報誌にも掲載され,口コミで徐々に販売が拡大している.