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紫色の花のアレキサンドライト効果色彩学の農学的利用

Ichiro Kasajima

笠島 一郎

岩手大学

Published: 2018-10-20

「色彩学」は,色を論理的に記述する学問である.農産物や食品の応用および基礎研究においても,今後,色彩学がわれわれの研究の手助けとなる契機が増えるかもしれない.農学の植物分野における色彩学の応用例としては,「SPADメーター」を用いたイネの葉の色の解析による栄養状態の評価や,カラーチャートとの比較による果実の収穫適期の判定がある.また,花の色を記載する際には王立園芸協会(RHS: Royal Horticultural Society)のカラーチャートの利用と並行して,測色計を用いた色彩パラメーターの測定を行う.色はわれわれの生活と密接した生理現象であるが,物体の色を数値化する原理についてはほとんど知られていないのが現状であろう.本稿ではまず色彩計測法について俯瞰し,さらに,植物色素が示す色彩現象を紹介する.

物体の色をカラーチャートと比較すると,自分の感覚に基づいて物体の色を記述することができる.より客観的に色を記述するためには,物体の反射光や透過光の可視光スペクトル(380~780 nm)を測定する.分光測色計を用いると,ある一定の照射光の下での「L*a*b*色彩パラメーター」などの数値を簡易的に得ることができる.色は「明度」(明るさ),「彩度」(鮮やかさ),「色相」(色の種類)で定義され,このうち彩度と色相を平面上にプロットしたものは色度図と呼ばれる.色度図にはa*–b*色度図,xy色度図,round色度図(カラーサークル)などがある.分光光度計を利用して不透明物体表面における拡散反射の反射率スペクトルを測定することも可能だ.照射光(照明)のスペクトルと反射率スペクトルの積スペクトルを計算すれば,その物体がその照射光の下で発する反射光のスペクトルが判明する.このスペクトルを国際照明委員会(CIE: Commission Internationale de l’Éclairage)が取りまとめた「RGB等色関数」(もしくは「XYZ等色関数」)により計算して赤(R),緑(G),青(B)の三原色の強度に変換し,ここから最終的に明度,彩度,色相を算出する.たとえばround色度図では赤,黄,緑,シアン,青,マゼンタの色相角がそれぞれ0°, 60°, 120°, 180°, 240°, 300°と均等なので,色相角の値により物体の色相を記述できる(1, 2)1) CIE 015: 2004: “Colorimetry,” 3rd edn., Commission Internationale de l’Éclairage, 2004.2) 笠島一郎:植物技術研究報,1, 5 (2018).

さて,吸光度の値をランバート・ベールの法則に従って変換すると,当該波長における透明溶液の光の透過率が得られる.色彩測定では,可視光の吸光度スペクトル全体を透過率スペクトルに変換する.この変換は非線型の指数関数によるものであるから,溶液の光路長や色素濃度が変化すると,透過率スペクトルの形状が変化する.つまりは,光路長や色素濃度の変化により溶液の透過光におけるそれぞれの波長の光の割合が変化し,その結果溶液の色相が変化することが理論的に予測される.実際に,光路長の変化によりパンプキンシードオイルの色相が赤から黄へ変化することが最初に報告され,この現象は「ダイクロマティズム」(dichromatism)と名づけられた(3)3) S. Kreft & M. Kreft: Naturwissenschaften, 94, 935 (2007)..また同様に,カロテノイドであるサフラン色素の希釈により色相が赤から黄へ変化し,クロロフィルとカロテノイドの混合物である植物の葉の色素の希釈により色相が緑から黄緑へ変化することも報告した(4)4) I. Kasajima & K. Sasaki: Color Res. Appl., 40, 605 (2015).図1(A), (B)図1■植物色素の色彩現象).このように,サフランの花の赤い雌蕊で作るサフランライスが黄色い理由や,植物の緑の葉が栄養欠乏により黄緑色になる(クロロシス)理由を,色彩学的に説明することができる.

図1■植物色素の色彩現象

(A)サフラン抽出物の希釈系列.(B)桜の葉の抽出物の希釈系列.(C)白熱灯下,(D)太陽光下,および(E)白色LED下で撮影したトレニアの花.

次に,アントシアニン色素により着色した紫色の花では「アレキサンドライト効果」と呼ばれる色彩現象を観察した.金緑石(クリソベリル,BeAl2O4)の1種であるアレキサンドライトという宝石は白熱灯下では赤く,太陽光下では青緑色になる.スペクトルを解析すると,アレキサンドライトの透過率スペクトルが持つ500 nm付近の青緑色のピークと650 nm付近の赤色のピークの大小関係が照射光のスペクトル次第で逆転することが,この効果の原因であった.そして,アレキサンドライトと同様に,「紫色」の花は白熱灯下では赤く,太陽光下では青紫~赤紫色に,そして白色LED下では青くなる(図1C, 1D, 1E図1■植物色素の色彩現象図1■植物色素の色彩現象図1■植物色素の色彩現象).紫色の花弁の反射率スペクトルはアレキサンドライトの透過率スペクトルに類似しており,450 nm付近に青色のピークを,650 nm付近に赤色のピークをもつ(5)5) I. Kasajima: Sci. Rep., 6, 29630 (2016)..このように,物体の色は照射光などの条件次第で変わり得るものなので,絶対的な基準で色を論じるにはその物体の反射率(透過率)スペクトルを記載しなければならない.

本稿では植物色素が示す色彩現象について記述したが,色彩学はほかにもさまざまな場面で利用できるであろう.色彩学に基づいてより巧みな商品展示手法や作物解析手法が開発されたり,生物の色に対する遺伝子や化合物の効果が科学的に解明されたりする,といった進展が今後も期待されるところだ.

Acknowledgments

本稿の掲載を承認してくださいました日本農芸化学会の皆様に,心より御礼申し上げます.

Reference

1) CIE 015: 2004: “Colorimetry,” 3rd edn., Commission Internationale de l’Éclairage, 2004.

2) 笠島一郎:植物技術研究報,1, 5 (2018).

3) S. Kreft & M. Kreft: Naturwissenschaften, 94, 935 (2007).

4) I. Kasajima & K. Sasaki: Color Res. Appl., 40, 605 (2015).

5) I. Kasajima: Sci. Rep., 6, 29630 (2016).