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日本の伝統発酵食品の健康機能性解明に向けて日本食の重要な健康エビデンスに

Hiroshi Kitagaki

北垣 浩志

佐賀大学

Published: 2018-10-20

日本人の平均寿命は世界でもトップレベルであることから,日本食が全体として健康によいことは明らかである.過去30~40年,日本人の生活習慣病は増加しており,それは日本食の減少と関係があると考えられる.しかし日本食の健康機能性のエビデンスは少なく,その不足は日本の伝統食品が日本人の健康を守り,さらに世界の健康食品になることを妨げていると言える.この問題を解決するため,一般社団法人和食文化国民会議,日本食と健康研究会などの研究会・会議が立ち上げられ,日本食がどのようなメカニズムで健康に寄与しているかが盛んに研究されている.こうした研究の中で,たとえば1975年の日本食がマウスで抗老化作用や寿命延長効果をもつこと(1)1) K. Yamamoto, E. Shuang, Y. Hatakeyama, Y. Sakamoto, T. Honma, Y. Jibu, Y. Kawakami & T. Tsuduki: Nutrition, 32, 122 (2016).やヒトでメタボリックシンドローム改善効果をもつ(2)2) S. Sugawara, M. Kushida, Y. Iwagaki, M. Asano, K. Yamamoto, Y. Tomata, I. Tsuji & T. Tsuduki: J. Oleo Sci., 67, 599 (2018).ことが明らかになっている.

一方,日本食の特徴は,多くの発酵食品を含むことである.したがって,日本食の健康機能性を考えるうえで,発酵食品の健康機能性は重要であると考えられる.日本食の中で特に発酵食品にどのような健康作用がありどのようなメカニズムで健康に寄与しているかを研究する研究会として,スローフード共生発酵工学研究部会や発酵と酵素の機能食品研究会,日本ポリアミン学会などがある.

われわれは日本の伝統発酵食品である甘酒,濁り酒,味噌,塩麹には,日本の伝統発酵微生物であるAspergillus oryzaeで造った麹に特異的な構造のグリコシルセラミド(N-2′-hydroxyoctadecanoyl-l-O-β-D-glucopyranosyl-9-methyl-4,8-sphingadienine)が多く含まれている(3)3) 阪本真由子,酒谷真以,J. Ferdouse,浜島浩史,松永陽香,柘植圭介,西向めぐみ,柳田晃良,永尾晃治,光武 進,北垣浩志:日本醸造学会誌,112, 655 (2017).が,麹グリコシルセラミドは小腸の腸液酵素ではほとんど分解されなかったことを明らかにしている.このことから,小腸では分解・吸収はほとんどされずに大腸にまで到達し,腸内細菌の餌になっていると考えられた.そこで麹グリコシルセラミドのマウスの腸内細菌叢への影響を調べたところ,Blautia coccoides, Bacteroides sartorii, Hathewaya histolyticaなどが増加することが明らかとなった(4)4) H. Hamajima, H. Matsunaga, A. Fujikawa, T. Sato, S. Mitsutake, T. Yanagita, K. Nagao, J. Nakayama & H. Kitagaki: Springerplus, 5, 1321 (2016)..特にBlautia coccoidesはプロバイオティクスとして摂取すると抗不安作用や腸炎防止作用が期待されていることから,麹グリコシルセラミド自体にもこれらの効果を惹起するプレバイオティクス効果が期待できる.

さらに佐賀大学の光武 進准教授らのグループは麹や酵母などの発酵食品に含まれるスフィンゴ脂質の分解物であるスフィンゴイド塩基に,PPARγおよびGPR120の活性化能があることを見いだしている(5)5) S. Esaki, T. Nagasawa, H. Tanaka, A. Tominaga, D. Mikami, S. Usuki, H. Hamajima, H. Hanamatsu, S. Sakai, Y. Hama et al.: J. Food Biochem., e12624, 12624 (2018)..このことから,これらの発酵食品を食べると発酵食品に含まれるスフィンゴ脂質の一部が小腸でスフィンゴイド塩基に分解され,肝臓に吸収されてメタボリックシンドローム改善効果を発揮することが考えられる.

また日本の伝統発酵食品は酵素活性を保持しているものが多く,日本人は食品として長年酵素を摂取してきたと考えられる.これまで,食品として食べる酵素は胃酸や小腸で分泌されるヒト側の酵素で失活してしまい,分解してできるアミノ酸摂取以外の栄養的な効果はないと考えられてきた.これに対して広島大学大学院の加藤範久名誉教授らは高脂質食を,精製した0.384 g/kgの天野プロテアーゼ(Aspergillus oryzae由来)から精製した酸性プロテアーゼありなしで2週間ラットに給餌し,その腸内細菌叢を調べた.その結果,糞と盲腸のBifidobacteriumの数および盲腸の乳酸濃度が有意に酸性プロテアーゼ添加区で増加していることを明らかにした(6)6) Y. Yang, A. Iwamoto, T. Kumrungsee, Y. Okazaki, M. Kuroda, S. Yamaguchi & N. Kato: Nutr. Res., 44, 60 (2017)..これらの結果は,Aspergillus由来の酸性プロテアーゼが高脂質食を食べたラットの大腸の環境を改善することを示唆している.以上のことから,麹を含む発酵食品に含まれる酵素力が腸内環境を改善することが考えられた.

ポリアミンは納豆,醤油,味噌,チーズ,ヨーグルトなどの発酵食品に多く含まれる成分であり,自治医科大学の早田邦康教授らのグループは,炎症誘発因子LEA-1の発現を抑制し,慢性炎症が原因となる老化や生活習慣病を緩やかにする効果を報告している(7)7) K. Soda, Y. Dobashi, Y. Kano, S. Tsujinaka & F. Konishi: Exp. Gerontol., 44, 727 (2009).

九州大学の中山二郎准教授らのグループは,303人のアジアの子供たちの腸内細菌叢を調べ,2つのタイプ(Prevotella(P-type)or Bifidobacterium/Bacteroides(BB-type))に分けられることを明らかにした.日本はBBタイプであり腸内細菌の多様性が少なく,Bifidobacteriumが多く潜在的な病原微生物が少なかったことから日本食の影響が考えられた(8)8) J. Nakayama, K. Watanabe, J. Jiang, K. Matsuda, S. H. Chao, P. Haryono, O. La-Ongkham, M. A. Sarwoko, I. N. Sujaya, L. Zhao et al.: Sci. Rep., 5, 8397 (2015).

今後,日本の伝統発酵食品の健康機能性メカニズムが明らかになり,世界の人々の健康や病気の予防に貢献し,かつ日本の伝統発酵産業および地域伝統文化の持続可能な発展が可能になることを願っている.

Reference

1) K. Yamamoto, E. Shuang, Y. Hatakeyama, Y. Sakamoto, T. Honma, Y. Jibu, Y. Kawakami & T. Tsuduki: Nutrition, 32, 122 (2016).

2) S. Sugawara, M. Kushida, Y. Iwagaki, M. Asano, K. Yamamoto, Y. Tomata, I. Tsuji & T. Tsuduki: J. Oleo Sci., 67, 599 (2018).

3) 阪本真由子,酒谷真以,J. Ferdouse,浜島浩史,松永陽香,柘植圭介,西向めぐみ,柳田晃良,永尾晃治,光武 進,北垣浩志:日本醸造学会誌,112, 655 (2017).

4) H. Hamajima, H. Matsunaga, A. Fujikawa, T. Sato, S. Mitsutake, T. Yanagita, K. Nagao, J. Nakayama & H. Kitagaki: Springerplus, 5, 1321 (2016).

5) S. Esaki, T. Nagasawa, H. Tanaka, A. Tominaga, D. Mikami, S. Usuki, H. Hamajima, H. Hanamatsu, S. Sakai, Y. Hama et al.: J. Food Biochem., e12624, 12624 (2018).

6) Y. Yang, A. Iwamoto, T. Kumrungsee, Y. Okazaki, M. Kuroda, S. Yamaguchi & N. Kato: Nutr. Res., 44, 60 (2017).

7) K. Soda, Y. Dobashi, Y. Kano, S. Tsujinaka & F. Konishi: Exp. Gerontol., 44, 727 (2009).

8) J. Nakayama, K. Watanabe, J. Jiang, K. Matsuda, S. H. Chao, P. Haryono, O. La-Ongkham, M. A. Sarwoko, I. N. Sujaya, L. Zhao et al.: Sci. Rep., 5, 8397 (2015).