Kagaku to Seibutsu 56(11): 718-724 (2018)
解説
子囊菌酵母の接合型スイッチング酵母の変身術多様性
Mating-Type Switching in Ascomycete Yeasts: Diversity of Yeast Transformer Techniques
Published: 2018-10-20
単細胞真核微生物の酵母には性分化と呼んでもいい「接合型システム」があり,遺伝的多様性の創出に役立っていると考えられている.この酵母細胞の接合型は遺伝的に別のタイプの接合型にスイッチすることが知られており,この接合型変換機構の詳細は出芽酵母と分裂酵母で非対称分裂の細胞分化のモデル系としても長年研究されてきた.また最近になって,系統的に離れたメタノール資化性酵母での新しい接合型スイッチ機構が発見された.本稿ではヒトを含めた動植物細胞の多様な分化の仕組み解明への貢献も期待し,酵母の系統関係と酵母の接合型スイッチングについて紹介したい.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
酵母は細菌や古細菌のように単細胞微生物であるが,われわれと同じ真核生物であり,生物学の分類ではカビやキノコと同じ菌類である.細胞増殖のときには,通常細胞から新しい小さな細胞を産み出す「出芽」によって細胞が増える.条件によってはカビのように細胞が伸長して菌糸のようになることもある.2011年に出版された酵母の分類学書(1)1) C. P. Kurtzman & J. W. Fell: J.W. & T. Boekhout, (eds.): “The yeasts, a taxonomic study, 5th edition,” Elsevier (2011).には約1,400の酵母の種が記載されており,大きく子囊菌酵母と担子菌酵母の2つのグループ(門のレベル)に分けられている.さらに亜門レベルでは,子囊菌酵母は3つの亜門のうちの2つ,タフリナ亜門とサッカロミケス亜門に属し,担子菌酵母は3つの亜門(クロボキン亜門,ハラタケ亜門,サビキン亜門)すべてに属している.また,複数の遺伝子配列を比較し,系統樹解析を行うことにより,子囊菌酵母は系統樹での分岐のまとまりの観点から大きく12のクレードに分類されている(2)2) C. P. Kurtzman & C. J. Robnett: FEMS Yeast Res., 13, 23 (2013)..
キノコの多くが属する担子菌祖先と分岐した子囊菌の共通祖先は,5億年ほど前の三葉虫やアノマロカリスなどの無脊椎動物が繁栄していた古生代カンブリア紀時代からさらに進化を続け,3つの亜門に属する種に分岐したと考えられている.遺伝子情報などの分子系統解析から,分裂酵母Schizosaccharomyces pombeが含まれるタフリナ亜門がまず別れ,その後に麹菌やアカパンカビなどの子囊菌系糸状菌が属する亜門であるチャワンタケ亜門と子囊菌酵母のほとんどで構成されるサッカロミケス亜門が分岐したと考えられる(2, 3)2) C. P. Kurtzman & C. J. Robnett: FEMS Yeast Res., 13, 23 (2013).3) X.-X. Shen, X. Zhou, J. Kominek, C. P. Kurtzman, C. T. Hittinger & A. Rokas: G3 (Bethesda), 6, 3927 (2016)..図1図1■子囊菌酵母の系統関係とMAT遺伝子座の数に示すようにサッカロミケス亜門の子囊菌酵母では(3, 4)3) X.-X. Shen, X. Zhou, J. Kominek, C. P. Kurtzman, C. T. Hittinger & A. Rokas: G3 (Bethesda), 6, 3927 (2016).4) K. H. Wolfe & G. Butler: Annu. Rev. Microbiol., 71, 197 (2017).,油滴酵母として有名なLypomyces starkeyi,脂質資化やクエン酸合成で知られるYarrowia lipolyticaなどが分岐し,日和見病原性酵母Candida albicansや耐塩性酵母Debaryomyces hanseniiなどのロイシンコドンCUGをセリンに翻訳するグループやメタノールを単一炭素源として利用できるメタノール資化性酵母が分かれる.さらには多くの恐竜たちが繁栄していた約1億年前の中生代白亜紀には「全ゲノム重複」を起こした祖先種が出現し,その後のゲノム再編成によって出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeや日和見病原性酵母Candida glabrata系統が誕生した.全ゲノム重複以前に分岐した酵母としては醤油酵母Zygosaccharomyces rouxii,馬乳酒酵母Kluyveromyces lactisや耐熱性酵母Kluyveromyces marxianusなどが含まれる.このように進化,多様化してきた子囊菌酵母には異なるタイプの生活環をもつものが知られている.次にその生活環について紹介しよう.
文献(3)のFig. 3図3■S. cerevisiaeとS. pombeの接合型変換パターンと文献(4)のFig. 1図1■子囊菌酵母の系統関係とMAT遺伝子座の数から抜粋して改変した.
子囊菌酵母の有性生活環では一倍体細胞どうしが接合し,核融合が進行して二倍体細胞になる.この二倍体細胞は栄養飢餓などの環境条件により減数分裂を経て4つの一倍体胞子を含む細胞に変わる.この胞子を子囊胞子,そして胞子を含む細胞を子囊と呼ぶ.栄養増殖するときの細胞が分裂酵母S. pombeのように主に一倍体細胞である場合をhaplonticな生活環,出芽酵母S. cerevisiaeのように二倍体の場合をdiplonticな生活環として区別される(図2図2■S. cerevisiae(A)とS. pombe(B)のホモタリック生活環参照).さらに,一倍体細胞には接合型遺伝子によって決まる異なるタイプの細胞があり,S. cerevisiaeをはじめとして多くの酵母ではa型とα型と呼ばれている.また,単独培養で有性生活環を示すホモタリズムの系統と単独培養では接合して子囊胞子を形成できないヘテロタリズムの系統がある.ヘテロタリック系統の培養では異なる接合型細胞の混合により有性生活環を観察することができる.ホモタリズムは一倍体細胞どうしが自由に接合できる第1ホモタリズム(primary homothallism)と接合型変換を起こして異なる接合型細胞間でのみ接合する第2ホモタリズム(secondary homothallism)に区別できる.S. cerevisiaeとS. pombeではヘテロタリック系統と第2ホモタリック系統の両方が存在する.もう少し両酵母のホモタリック生活環を説明しよう.
S. cerevisiaeのホモタリック系統では,a型あるいはα型の一倍体細胞は栄養増殖中に接合型のスイッチを起こし,反対の接合型細胞に変わる(接合型変換).つまり,a細胞でスタートしても増殖中にα細胞が出現し,そのα細胞は集団中のa細胞と接合してa/α二倍体細胞となる.図2A図2■S. cerevisiae(A)とS. pombe(B)のホモタリック生活環に示すようにS. cerevisiaeのホモタリック系統では一倍体細胞から時間が経てば二倍体細胞の培養集団となる.そして,栄養飢餓状態になると二倍体細胞は減数分裂,胞子形成を経て,4つの子囊胞子を形成する.子囊胞子は栄養状態がよい条件で発芽して,一倍体の栄養細胞へともどる.一方,S. pombeにはh+(hプラス;P)とh−(hマイナス;M)の接合型があり,ホモタリック系統(h90)では栄養増殖中に接合型変換が起こり,P細胞からM細胞が,M細胞からはP細胞が生じる.しかし,栄養豊富な条件では接合は起こらず,異なる接合型の一倍体細胞の混合状態で増殖を続ける.そして,栄養飢餓状態になることで,P型とM型の細胞間で接合し,接合子となり,そのまま減数分裂,胞子形成が進行する(図2B図2■S. cerevisiae(A)とS. pombe(B)のホモタリック生活環).なお,接合子を栄養豊富な条件に移すと,二倍体細胞として栄養増殖させることが可能である.しかし,栄養増殖中に染色体喪失による一倍体化が起こりやすいと言われている.
S. cerevisiaeとS. pombeのホモタリック系統は前述したようにどちらも第2ホモタリズムのタイプである.つまり,接合型をスイッチする能力があることでホモタリック系統となり,スイッチ能を失うことでヘテロタリック系統となる.長年の研究成果から両酵母の接合型変換は似ている部分もあるが,異なる機構であることが明らかとなっている.図3図3■S. cerevisiaeとS. pombeの接合型変換パターンに示すようにS. cerevisiaeの接合型変換では分裂した2つの細胞が同時に接合型をスイッチするのに対し,S. pombeの場合は片方の細胞のみスイッチする非対称の接合型変換となる.この違いを産み出す重要なポイントとして,S. cerevisiaeでは接合型遺伝子座に特異的なHOエンドヌクレアーゼの発現で接合型変換が起こり,S. pombeの接合型スイッチでは接合型遺伝子座のDNA鎖へのインプリンティングによってDNA二本鎖切断が生じ,接合型がスイッチすることがあげられる.それぞれの接合型変換について,次に少し詳しく解説しよう.
図4図4■S. cerevisiaeとS. pombeの接合型遺伝子構成に示すように接合型遺伝子として第III染色体上に3つの遺伝子座が存在しているが,発現している遺伝子は染色体右腕のセントロメアに近い位置にあるMAT座のみである.この発現遺伝子座がMATaであればa細胞となり,MATαであればα細胞となる.MATaと同じ配列のHMRa遺伝子とMATαと同じ配列のHMLα遺伝子は発現していないサイレント遺伝子座で,接合型スイッチのドナー遺伝子座となっている.これらサイレント遺伝子座の両端にはサイレンサー配列(EとI)があり,DNA複製開始に働く複製開始点認識複合体,Sir1~Sir4, Rap1などの働きでヘテロクロマチン構造が形成されて発現が抑制されている.
さて,接合型のスイッチングは,HO遺伝子がコードする配列特異的エンドヌクレアーゼが発現遺伝子MAT座のY-Z1境界部に二本鎖切断を入れることで始まる.そして,サイレント遺伝子座の一方を使用したDNA合成依存的単鎖アニーリングによる相同組換え修復機構によって二本鎖切断が修復される.このとき,a細胞ではHMLα座が,α細胞ではHMRa座が優先的にドナーとして使用されて反対接合型へ変換される.このドナー遺伝子座の優先性にはHMLαのセントロメア側17 kbにある約700 bpのrecombination enhancer(RE)が働いている.a細胞ではREに複数のFkh1が結合し,さらにSwi4-Swi6も結合することによってHML座の優先的選択が成立する.一方,α細胞ではα2タンパク質(MATα遺伝子座から発現)が転写因子Mcm1とともにREに結合し,RE領域にきっちりとしたヌクレオソーム構造が形成される.これによりα細胞ではREの働きが抑えられ,HML座ではなくてHMR座が二本鎖切断修復に使用されると考えられている.HML座の優先的選択機構として,REに結合したクラスターFkh1がMAT座の二本鎖切断部位に会合しているタンパク質のリン酸化トレオニンに結合してHMLα領域をMATa座に近づけるというモデルが提案されている(6)6) J. E. Haber: Genetics, 191, 33 (2012)..
S. cerevisiaeでは,一度出芽を経験した母細胞が次の分裂時に接合型変換を起こし,母細胞と娘細胞ともに反対接合型細胞になる.つまり,4つの孫細胞では接合型の異なる細胞が2つになる(2:2ルール;図3図3■S. cerevisiaeとS. pombeの接合型変換パターン).このパターンはHO遺伝子の発現パターンに由来する.HO遺伝子の発現は細胞周期のG1後期に一倍体の母細胞でのみ転写されるという制御を受けており,二倍体細胞や娘細胞では転写は起こらない.G1後期でのHO転写はサイクリン依存性Cdk1(Cdc28)キナーゼで活性化される転写因子(Swi4~Swi6)によって起こり,母細胞のみでのHO転写はSwi5転写因子によるクロマチン再構築およびアセチル化複合体のリクルートによる活性化と娘細胞でのGAT Aファミリーの転写調節因子Ash1による転写抑制によって実現する.もう少し詳しく説明すると,体細胞分裂後期後半に転写される母細胞のASH1 mRNAはShe2 RNA結合タンパク質に結合し,さらにdsRNAに親和性の高いLoc1も働いて核外に出ていく.排出されたASH1 mRNA–She2複合体はShe3–Myo4複合体とリボヌクレオタンパク質複合体を形成し,アクチン繊維骨格に沿って出芽(娘細胞)の先端部へと輸送されて母細胞から排除される.そして,先端部に運ばれてHek2/Bud6/Bni1の働きで出芽キャップ部位に係留されたASH1 mRNAは翻訳されて核内に入り,リプレッサーとしてHO転写を抑制する.したがって,娘細胞にはHOエンドヌクレアーゼが存在せず,接合型変換が起こらない.一方,ASH1 mRNAが存在しない母細胞ではHOの転写抑制が起こらず,発現したHOエンドヌクレアーゼにより接合型遺伝子がスイッチし,S期でのDNA複製を経て姉妹染色分体のMAT遺伝子は両方とも変換することになる.また,発現したHOエンドヌクレアーゼはユビキチン–プロテアソーム系で速やかに分解され,G1後期でのみ活性が存在している.このような仕組みで出芽を経験した母細胞のみが接合型変換した2つの細胞に変身し,2 : 2の変換パターンになるわけである.
接合型遺伝子はS. cerevisiaeと同じく同一染色体(染色体II長腕)に3つあり,セントロメア側からmat1–mat2–mat3の順に並んで位置している(図4図4■S. cerevisiaeとS. pombeの接合型遺伝子構成).mat1が発現遺伝子座で,その情報によって接合型はP(プラス)型あるいはM(マイナス)型になる.mat2-Pとmat3-Mはサイレント遺伝子座で,それぞれP型とM型の遺伝子であり,接合型スイッチのドナー遺伝子座となる.mat1とmat2-Pは15 kb, mat2-Pとmat3-Mは11 kb離れており,mat2–mat3間(K領域と呼ばれる)には4.3 kbのセントロメア反復配列とよく似た部分(CenH)がある.このmat2–mat3領域はmat座だけでなく,内側のK領域も含めて全体がサイレンシング状態で,組換えも抑制されている.サイレンシングにはclr1~clr4, rik1, swi6がトランス因子として働き,この領域でのヘテロクロマチン構造を形成,維持している.また,mat2-mat3の両側には2.1 kbの逆向き反復配列(IRLとIRR)があり,サイレンシングの広がりを止めている.
S. pombeの接合型変換は前述したようにS. cerevisiaeとは異なっている.一度分裂した細胞がスイッチング可能になり,次の分裂時に分裂した2細胞が同時にスイッチするのではなく片方のみ接合型変換細胞になるという1:3ルールで,HOのような特異的エンドヌクレアーゼ遺伝子は存在しない.ただ,スイッチングにおいてmat1の接合型遺伝子とは反対の接合型サイレント遺伝子座が優先的に選択されることは同じである.それでは特異的エンドヌクレアーゼがないS. pombeでは何が引き金となって接合型スイッチが起こるのだろうか.その答えはDNA複製が起こるS期でmat1座に生じるインプリントである.そのインプリントは次のS期の複製で二本鎖切断を生じさせ,ドナー遺伝子座(mat2あるいはmat3)を利用した二本鎖切断修復によってmat1座で接合型スイッチが起こる.ではどのようにしてS期で二本鎖切断を誘起するインプリンティングが起こるのだろうか.そして,そのインプリントの実体はなんだろうか.
インプリンティングに関して,4つのシスに働く配列と6つのトランスに働くタンパク質が知られている.mat1座から0.7 kb程セントロメア側にSwi1とSwi3を含むタンパク質複合体が結合するRTS1(replication termination site)があり,反対にmat2座側にはスイッチングに必要なSap1(switch activation protein-1)の結合部位SAS1がある(図4図4■S. cerevisiaeとS. pombeの接合型遺伝子構成).インプリント部位はmat座共通のH1(135 bp)とmatユニーク配列領域の境界にあり,SAS1側から進んできたDNA複製が一時停止するMPS1領域と「スペーサー(spacer)」と呼ばれるインプリンティングに必要な領域がそのセントロメア側に隣接している.RTS1に結合したSwi1/Swi3複合体はセントロメア側からmat1座への複製進行を阻止し,SAS1側からのセントロメア方向への複製のみが進行する.しかし,この複製もMPS1領域でSwi1/Swi3によって一時停止する.この複製の一時停止にはリジン特異的脱メチル化酵素であるLsd1/Lsd2も必要である.H1部位で一時停止した複製フォークのラギング鎖では,インプリント部位でプライマーゼ/DNAポリメラーゼα複合体(触媒サブユニットの一つがSwi7)によって特別なRNAプライミングが起こると考えられている.そして,DNA複製がスペーサーのセントロメア側から再開し,インプリント部位でRNAプライマーの2個のRNAが取り残されて新生ラギングDNA鎖が完成する.この2個のRNAがインプリントの実体という説が有力である(10)10) J. Z. Dalgaard: Trends Genet., 28, 592 (2012)..次の周期のDNA複製のときにはリーディング鎖合成がこのインプリント部位で停止して二重鎖切断が生じ,ドナー遺伝子座を鋳型としたDNA合成依存的単鎖アニーリングで修復されてmat1遺伝子がスイッチする.一方,ラギング鎖合成の方ではインプリンティングが再生される.
P細胞ではmat3-Mが,M細胞ではmat2-Pがドナー遺伝子として優先的に選択される.これにはドナー遺伝子座のテロメア側に隣接するswitching recombination enhancer(あるいはSwi2-dependent recombination enhancer)と名付けられた領域(mat2ではSRE2でmat3ではSRE3)にSwi2とSwi5の組換え促進複合体(RPC)が結合すること,そしてmat2/3領域のヘテロクロマチン構造も寄与することが知られている.P細胞ではRPCがSRE3に結合し,M細胞ではSRE2に結合することが重要である.
最近われわれ(11)とWolfeらのグループ(12)12) S. J. Hanson, K. P. Byrne & K. H. Wolfe: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, E4851 (2014).によって独立に,系統的にS. cerevisiaeとS. pombeの間にあるメタノール資化性酵母で新タイプの接合型スイッチ機構が明らかにされた.そこで,メタノール資化性酵母Ogataea polymorpha(syn. Hansenula polymorpha)の生活環をはじめに説明し,その新しいタイプの接合型変換について紹介する.現在のところO. polymorphaではホモタリック系統しか知られておらず,その生活環はS. pombeに似ているhaplonticなものである(図5A図5■O. polymorphaの生活環(A)と接合型遺伝子構成(B)).栄養飢餓条件で接合して接合子を形成し,そのまま減数分裂,胞子形成が進行し,4つの子囊胞子を含む子囊が形成される.接合型はS. cerevisiaeと同じa型とα型を使用して区別しており,接合型変換と接合はともに栄養飢餓条件で起こり,S. pombeとは異なっている.
O. polymorphaのゲノムには,染色体IIIのセントロメア近傍にMATaとMATαの接合型遺伝子が見つかり,この2つの接合型遺伝子座は約2 kbの逆向き反復配列(IR)に挟まれ,約16 kb離れている(図5B図5■O. polymorphaの生活環(A)と接合型遺伝子構成(B)).ここではセントロメアに近い方をMAT2座,もう一方の遠い方をMAT1座と呼ぶことにする.菌株によってMAT1座にα型の接合型遺伝子(MAT1-α)が,MAT2座にa型の接合型遺伝子(MAT2-a)があるものとその逆の接合型遺伝子配置になっているもの(つまり,MAT1-aとMAT2-α)が見つかった.そして,2つの系統でMAT1/2間の染色体領域は逆向きになった構造を取っていることがわかった.いずれの株でもセントロメアから遠いMAT1座のみが転写発現しており,MAT2座は発現しないサイレント遺伝子座である.このことから,細胞の接合型は発現遺伝子座MAT1の遺伝子情報で決定され,両MAT遺伝子座の外側にあるIR間での相同組換えによる染色体逆位によって接合型がスイッチすると考えられる.IRを欠失させた変異体では逆位が起こらなくなり,ホモタリズムを示さなくなったことからも,IRを介した染色体逆位による新しい接合型変換機構であることを支持している.MAT2座はサイレント遺伝子座であるが,どのような機構でサイレント状態になっているかはまだ不明である.ただ,ヘテロクロマチン構造となっているセントロメア領域に特異的なヒストンH3バリアントのCse4の結合がMAT2座まで広がっていることが示唆されており(11)11) H. Maekawa & Y. Kaneko: PLoS Genet., 10, e1004796 (2014).,セントロメアヘテロクロマチン構造のため発現抑制が起こっている可能性がある.接合型スイッチの染色体逆位は栄養飢餓条件でIR間の相同組換えによって起こると考えられているが,栄養飢餓シグナルがどのようにして逆位反応を開始させるのかはまだわからない.最近,接合型スイッチングには3つの転写因子遺伝子(EFG1, RME1, STE12)が必要であるという報告がされ(13, 14)13) K. Yamamoto, T. N. M. Tran, K. Takegawa, Y. Kaneko & H. Maekawa: Sci. Rep., 7, 16318 (2017).14) S. J. Hanson, K. P. Byrne & K. H. Wolfe: PLoS Genet., 13, e1007092 (2017).,今後の研究が待たれる.
酵母の接合型変換機構の研究は,細胞分化における細胞の非対称分裂のモデルとしても興味がもたれており,酵母という単細胞生物のモデルがヒトも含めた動植物の多様な分化の仕組みを解明することに役立つことが期待できそうである.実際,今回紹介したS. cerevisiaeとS. pombeの接合型変換にかかわるドナー遺伝子はヘテロクロマチン構造によるエピジェネティック制御により遺伝子発現が抑制されており,S. pombeのインプリントによる接合型スイッチングはDNAメチル化や局所的クロマチン構造の制御とは違う機構のエピジェネティック制御である.また,HO転写の抑制因子ASH1 mRNAの局在性によるHO発現制御の知見も興味深い.
O. polymorphaでの2つの接合型遺伝子座と染色体逆位による接合型スイッチという新しい接合型変換機構は,ほかのメタノール資化性酵母種O. minuta, O. thermomethanolica, Komagataella phaffii(syn. Phichia pastoris)などやPachysolen tannophilusとAscoidea rubescensでも共通であることがわかっている(4, 7)4) K. H. Wolfe & G. Butler: Annu. Rev. Microbiol., 71, 197 (2017).7) S. J. Hanson & K. H. Wolfe: Genetics, 206, 9 (2017)..酵母の接合型変換機構の進化という点でもこの逆位による接合型スイッチの発見は興味深い視点を与えてくれそうである.
Reference
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2) C. P. Kurtzman & C. J. Robnett: FEMS Yeast Res., 13, 23 (2013).
4) K. H. Wolfe & G. Butler: Annu. Rev. Microbiol., 71, 197 (2017).
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13) K. Yamamoto, T. N. M. Tran, K. Takegawa, Y. Kaneko & H. Maekawa: Sci. Rep., 7, 16318 (2017).
14) S. J. Hanson, K. P. Byrne & K. H. Wolfe: PLoS Genet., 13, e1007092 (2017).