Kagaku to Seibutsu 56(11): 725-731 (2018)
解説
体重を一定に保つ分子機構と肥満レプチンによる摂食制御とレプチン抵抗性
Molecular Mechanisms of Body Weight Homeostasis and Obesity: Regulation of Food Intake by Leptin and Leptin Resistance
Published: 2018-10-20
脂肪細胞から分泌されるレプチンは,脳の視床下部に働いて摂食を強力に抑制する.肥満により脂肪組織が肥大するに従ってレプチンの分泌量が増加するため,レプチンによる食欲制御機構は動物の体重を一定に保つシステムとして機能していると考えられる.しかしながら肥満が続くと,レプチンが視床下部に作用しにくくなるレプチン抵抗性が生じることで肥満が解消しにくくなる.本稿では,レプチンの情報伝達制御機構ならびにレプチン抵抗性の形成機構について解説するとともに,われわれが最近明らかにしたチロシンホスファターゼであるPTPRJによるレプチンシグナルの制御機構について解説する.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
私たち動物はエネルギーを食事だけから得ており,これを「摂取エネルギー」と呼ぶ.一方,私たちは生きるために絶え間なく呼吸をし,心臓を動かし,体温を一定に保っている.また,歩いたり,話したり,考えたりもする.これらの活動のために使われるエネルギーを「消費エネルギー」と呼ぶ.摂取エネルギーと消費エネルギーの収支が釣り合っていれば,ヒトは太ることもやせることもない.ところが,摂取エネルギー量が消費エネルギー量を上回ると,余ったエネルギーは主に中性脂肪に変えられて脂肪組織に貯蔵される.この状態が継続することで脂肪組織が拡大した状態が肥満である.
現代社会では,美味しくてカロリーの高い食料品があふれる一方で,家事の自動化などによって生活は便利になり,また肉体労働は以前に比べてずっと減っている.その結果,摂取エネルギー量が消費エネルギー量を上回りやすい状況が続いている.すなわち,現代社会では肥満が起こりやすい状況になっていると考えられる.
しかしながら,身の回りのすべてのヒトに肥満が生じているわけではない.動物はエネルギーの摂取と消費を調節して体重を一定に保つメカニズムを有しており,これが適切に働くことでむやみに肥満を起こすことはないのである.この摂取エネルギーの調節において最も重要なものが摂食の制御である.すなわち,体内の貯蔵エネルギーが過剰な場合には摂食量を抑制し,逆に貯蔵エネルギーが不足した場合には摂食量を増加させる制御機構が存在している.
摂食の制御において,脂肪細胞から分泌されるレプチンが主要な役割を果たしていることが知られている.レプチンは脳内の視床下部に働いて摂食を強力に抑制する.肥満により脂肪組織が肥大するに従ってレプチンの分泌量が増加するため,レプチンによる食欲制御機構は動物の体重を一定に保つシステムとして機能していると考えられる.しかし,肥満が続くとレプチンが視床下部に作用しにくくなるレプチン抵抗性が生じることで,このシステムが破たんすると考えられる.本稿では,レプチンの発見に至るまでの経緯を述べた後,レプチンの情報伝達制御機構ならびにレプチン抵抗性の形成機構について,プロテインチロシンホスファターゼ(PTP)の生理機能に注目して解説を行う.
19世紀の後半に,自然科学の進歩とともに医学や生物学が大きく発展し,食欲が生じる仕組みについて解析が進み出した.事故や腫瘍などによって脳の一部を損傷した人や脳の一部を破壊した実験動物の摂食行動を解析することで,食欲が生じるには脳内の視床下部と呼ばれる領域が重要であることが次第に明らかになった.
視床下部はヒトでは親指の先くらいの大きさの間脳の一部分である(図1図1■視床下部).視床下部は摂食行動に加えて,体温や血圧・心拍数の調節,ホルモンの分泌,飲水行動,睡眠,性行動,体内時計の中枢として,体内の環境が一定に保つ恒常性(ホメオスタシス)の維持に必須の役割を果たしていることがわかっている.
視床下部は小さな脳部位であるが,さらに複数の神経核と呼ばれる小さな領域に分けられる(図1図1■視床下部).これらの神経核が役割分担して,恒常性の維持を行っている.視床下部のどの神経核が食欲に重要かを明らかにするために,神経核の破壊実験が行われた.その結果,1942年に腹内側核を破壊すると摂食量が増えて肥満することがわかった(1)1) A. W. Hetherington & S. W. Ranson: Am. J. Physiol., 136, 609 (1942)..さらに1951年には,外側核を破壊すると逆に食べる量が減って動物はやせ衰えることが見いだされた(2)2) B. K. Anand & J. R. Brobeck: Yale J. Biol. Med., 24, 123 (1951)..これらの結果から,腹内側核は満腹したときに食べるのを止めさせる役割をしていると考えられたため「満腹中枢」と名づけられた.一方,外側核は空腹のときに摂食を促すと考えられたことから「摂食中枢」と名づけられた.そして,満腹中枢と摂食中枢はお互い協調して摂食行動をコントロールしていると考えられたのである.
1950年代にMayerらによって,血中のグルコース濃度,すなわち血糖値を満腹中枢と空腹中枢が監視しており,血糖値に応じて摂食をコントロールしているという「糖定常説」が提唱された(3)3) J. Mayer: Ann. N. Y. Acad. Sci., 63, 15 (1955)..この説では,空腹によって血糖値が低下すると満腹中枢の働きが弱まるとともに空腹中枢の働きが活発になり,動物は食べ始める.一方,食事が進み血糖値が上がってくると今度は空腹中枢の働きが弱まるとともに満腹中枢の働きが活発になり動物は食べるのをやめる.
1970年代に入ると,Oomuraらが満腹中枢には血糖値の上昇を検知して活発化する神経細胞が存在し,一方,空腹中枢には血糖値の低下を検知して活発化する神経細胞が存在することを見いだした(4)4) Y. Oomura, T. Ono, H. Ooyama & M. J. Wayner: Nature, 222, 282 (1969)..この発見は糖定常説を支持する証拠であると考えられた.
低血糖になると空腹になるから食べ始め満腹になると高血糖になるから食べるのをやめるという糖定常説は,動物の摂食行動をうまく説明できると考えられたため多くの人に信じられてきた.実際に,糖尿病の薬が効きすぎて低血糖状態になった場合には激しい空腹を感じることから,血糖値が食欲に関係しているのは明らかである.しかし,血糖値は体内に蓄積されたエネルギー量に比例して変動しておらず,糖定常説では体重が一定に保たれる現象は説明できない.糖定常説が中心だった食欲の研究にブレークスルーをもたらしたのが1994年のレプチンの発見である.
1950年頃にアメリカのジャクソン研究所で,大量の餌を食べることで肥満し体重が通常のマウスの3倍以上になるマウスが見つかった.この形質はメンデルの法則に従って遺伝したことから,たった一つの遺伝子が肥満の原因となっていることが推定された.この遺伝子は潜性(劣性)であり両親より同時に受け継がれたときにのみ肥満の形質が現れる.この遺伝子は「肥満」を意味する「obese」からob遺伝子と名づけられ,肥満マウスはob/obマウスと呼ばれた(5)5) D. L. Coleman & K. P. Hummel: Diabetologia, 9, 287 (1973)..
ob/obマウスの異常をさらに詳しく調べるためにパラバイオーシス(並体結合)と呼ばれる実験が行われた.パラバイオーシスでは血液交換が可能なように2匹の動物の体を手術によって結合されており,両者の間ではホルモンなどのさまざまな物質が交互に行き来できる.ob/obマウスと正常なマウスをパラバイオーシスによって結合するとob/obマウスの摂食量が減少して体重が増えにくくなった(6)6) D. L. Coleman & K. P. Hummel: Am. J. Physiol., 217, 1298 (1969)..この結果から,ob/obマウスでは摂食を抑制する未知の因子がなくなっており,正常なマウスからその因子が供給されることで肥満しにくくなったと推定された.
さらに,同じくジャクソン研究所でob/obマウスとは別の肥満マウスが見つかった.このマウスの肥満はob遺伝子とは異なる単一の潜性遺伝子が原因であることがわかった.このマウスは肥満が続くと糖尿病を発症することから原因遺伝子は「糖尿病」という意味の「diabetes」からdb遺伝子と名づけられ,マウスは「db/dbマウス」と呼ばれた(7)7) K. P. Hummel, D. L. Coleman & P. W. Lane: Biochem. Genet., 7, 1 (1972)..パラバイオーシスによってdb/dbマウスと正常マウス結合するとdb/dbマウスは太ったままだったが,驚いたことに正常マウスは餌を食べなくなって餓死してしまった.さらに,db/dbマウスとob/obマウスを結合するとdb/dbマウスは太ったままだったが,ob/obマウスをはやせていった(8)8) D. L. Coleman: Diabetologia, 9, 294 (1973)..
これらの結果からdb/dbマウスの体内には摂食を抑制する因子がたくさんあり,これが正常マウスやob/obマウスの体に流れ込んだため餌を食べなくなったと考えられた.また,db/dbマウスでは摂食を抑制する因子の受容体が壊れているため,この因子が大量にあっても餌を食べ続けると考えられた.
1980年代の後半になると遺伝子の解析技術が急速に進歩した.Friedmanらは染色体上の位置情報から目的遺伝子を同定するポジショナルクローニング法と呼ばれる手法を用いて,1994年についにob/obマウスで肥満を引き起こす原因となっている遺伝子を見つけることに成功した(9)9) Y. Zhang, R. Proenca, M. Maffei, M. Barone, L. Leopold & J. M. Friedman: Nature, 372, 425 (1994)..ob/obマウスでは分子量約15,000の分泌性タンパク質の遺伝子が変異しており,正常なタンパク質を作れなくなっていた.この分泌性タンパク質は肥満を防ぐ役割をしていると考えられたことから,ギリシャ語のやせを意味する「leptos」からレプチン(leptin)と名づけられた.
レプチンの発現組織について調べられたところレプチンは脂肪細胞だけで作られていることが明らかになった.実は1953年にKennedyらによって,脳が体内の脂肪の量を監視していて脂肪量が常に一定になるように食べる量を調節しているという「脂肪定常説」が提出されていた(10)10) G. C. Kennedy: Proc. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 140, 578 (1953)..この説を裏づけるように,脂肪組織を除去すると動物の食欲が増加する.つまり,脂肪組織から何らかの分泌性因子が放出されていて,それが脳に働いて食欲を抑制していることが予想されていた.レプチンは,このホルモンではないかと考えられた.
その後の研究から,予想どおりレプチンは視床下部に働いて摂食行動を強力に抑制することがわかった(11)11) M. A. Pelleymounter, M. J. Cullen, M. B. Baker, R. Hecht, D. Winters, T. Boone & F. Collins: Science, 269, 540 (1995)..また,レプチンは交感神経を刺激して脂肪組織に蓄えられている中性脂肪の分解を促進する(12)12) W. G. Haynes, D. A. Morgan, S. A. Walsh, A. L. Mark & W. I. Sivitz: J. Clin. Invest., 100, 270 (1997)..このレプチンの働きによって体内の脂肪量が一定に保たれていると考えられる(図2図2■レプチンによる体重維持機構).すなわち,食べる量が増えて体脂肪が増加すると脂肪細胞で作られるレプチンの量も増える.すると,視床下部にたくさんのレプチンが作用することで食欲が抑制され食べる量が減る.また中性脂肪の分解も進む.その結果,体脂肪量が元の量まで減少するのである.また逆に,食べる量が減って体脂肪が減少するとレプチンの量も減る.その結果,視床下部へのレプチンの作用が減ることで食欲が増進され食べる量が増える.そして,体脂肪量が増加して元に戻るのである(図2図2■レプチンによる体重維持機構).
脂肪細胞から分泌されるレプチンは脳に作用して摂食を強力に抑制するとともに,交感神経を活性化して中性脂肪の分解を促進する.レプチンの分泌量は脂肪組織の大きさに比例するので,レプチンのシステムは体重を一定に維持する役割を果たしていると考えられる.
レプチンが見つかった翌年の1995年にはdb/dbマウスでレプチンの受容体をコードする遺伝子が壊れていることがわかった(13)13) L. A. Tartaglia, M. Dembski, X. Weng, N. Deng, J. Culpapper, R. Devos, G. J. Richards, L. A. Campfield, F. T. Clark, J. Deeds et al.: Cell, 83, 1263 (1995)..db/dbマウスではレプチンが視床下部に届いても,その情報を細胞内に伝えられなくなっており,そのため異常な食欲が生じて肥満するのである.パラバイオーシスの実験でdb/dbマウスと結合された正常マウスやob/obマウスが餌を食べなくなったのは,db/dbマウスの肥大した脂肪組織から大量に放出されたレプチンが正常マウスやob/obマウスの体に流れ込んだためと解釈された.
脳内でレプチン受容体が存在している場所が調べられたところ,視床下部の下部領域にある弓状核(図1図1■視床下部)にレプチン受容体が特に多く存在することがわかった(14)14) J. M. Friedman & J. L. Halaas: Nature, 395, 763 (1998)..また,人工的に作製したレプチンを動物に投与したときに応答する神経細胞のほとんどが弓状核の神経細胞であることも明らかになった(15)15) N. Satoh, Y. Ogawa, G. Katsuura, M. Hayase, T. Tsuji, K. Imagawa, Y. Yoshimasa, S. Nishi, K. Hosoda & K. Nakao: Neurosci. Lett., 224, 149 (1997)..これらの研究結果から,レプチンが作用する主要な部位は弓状核であると考えられるようになった.
一方,膵島から分泌されるインスリンも弓状核に働いて摂食抑制効果を発揮することが明らかになった(16)16) M. W. Schwartz, S. C. Woods, D. Porte Jr., R. J. Seeley & D. G. Baskin: Nature, 404, 661 (2000)..インスリンは食事による血糖値の上昇に応答して分泌が促進されるため,食後の満腹感の形成に関与していると推測される.
現在では弓状核はレプチンやインスリンだけでなくブドウ糖やアミノ酸,脂肪酸などの栄養素の変化を監視する役目も果たしており,これらのホルモンや栄養素の変化に応じて摂食の開始と停止の両方を制御していると考えられている.このように,弓状核は満腹中枢と空腹中枢の両方の機能をもつことが明らかになったことから「摂食中枢」と呼ばれるようになった.一方,かつて満腹中枢や空腹中枢と呼ばれていた腹内側核と外側核は弓状核と共同することで摂食の制御にかかわっていることがわかっている.
弓状核には摂食制御に関与するプロオピオメラノコルチン(POMC)ニューロンとagouti-related protein(AgRP)ニューロンと呼ばれる2種類の神経細胞が存在している.POMCはプロペプチドでありプロセッシングによりα-melanocyte-stimulating hormone(α-MSH)が生成される.POMCニューロンはレプチンによって活性化し,α-MSHを室傍核や外側核に放出することで摂食を抑制する情報を送る.一方,AgRPニューロンはAgRPとともにニューロペプチドY(NPY)を放出することで摂食を促進する情報をほかの脳領域に送っており,レプチンによって不活化される.ob/obマウスやdb/dbマウスではレプチンが機能しないためAgRPニューロンの著しい活性化が観察される.
レプチン受容体は,その細胞内領域に非受容体型のプロテインチロシンキナーゼ(PTK)であるJAK2を結合しており,タンパク質のチロシンリン酸化を介した情報伝達を行う(17)17) L. A. Tartaglia: J. Biol. Chem., 272, 6093 (1997).(図3図3■レプチンの情報伝達機構).すなわち,レプチンがレプチン受容体の細胞外領域に結合するとJAK2は自己リン酸化することで活性化し,レプチン受容体の細胞内領域の特定のチロシン残基をリン酸化する.すると,これらのチロシン残基にSTAT3などの情報伝達分子がリクルートされる(18)18) S. H. Bates, W. H. Stearns, T. A. Dundon, M. Schubert, A. W. K. Tso, Y. Wang, A. S. Banks, H. J. Lavery, A. K. Haq, E. Maratos-Flier et al.: Nature, 421, 856 (2003)..リクルートされたSTAT3はJAK2によってチロシン残基がリン酸化されることで活性化し,核内へ移行して転写を調節することで摂食制御やエネルギー代謝調節の情報が伝達されると考えられている.
レプチン受容体の細胞内領域にはJAK2が結合しており,レプチンがレプチン受容体の細胞外領域に結合すると,JAK2は自己リン酸化することで活性化し,レプチン受容体の細胞内領域の特定のチロシン残基をリン酸化する.すると,これらのチロシン残基にSTAT3がリクルートされ.JAK2によってリン酸化されることで活性化する.活性化したSTAT3は核内へ移行して転写を変えることで,摂食制御やエネルギー代謝調節の情報が伝達される.
チロシンリン酸化を介した情報伝達の制御において,脱リン酸化酵素であるプロテインチロシンホスファターゼ(PTP)が重要な役割を果たしている.すなわち,PTPはPTKの逆反応を担うことによりアクセルであるPTKの反応を抑制するブレーキの役割を果たしていると考えられている.ヒトにはPTPをコードする遺伝子が約100個存在する(ちなみにPTKは約90である)(19)19) A. Alonso, J. Sasin, N. Bottini, I. Friedberg, I. Friedberg, A. Osterman, A. Godzik, T. Hunter, J. Dixon & T. Mustelin: Cell, 117, 699 (2004)..PTPにはリン酸化チロシン残基を特異的に脱リン酸化する古典的なPTP(classical PTP)と,リン酸化チロシンだけでなくリン酸化セリンやスレオニン残基をも脱リン酸化する二重特異性PTPs(dual specificity PTPs)がある.古典的なPTPはさらに,主に細胞質に分布する非受容体型と細胞外領域を有する受容体型とに大別される.
レプチンシグナルを制御する非受容体型のPTPとしてPTP-1BとTC-PTPがよく研究されている(20, 21)20) A. Cheng, N. Uetani, P. D. Simoncic, V. P. Chaubey, A. Lee-Loy, C. J. McGlade, B. P. Kennedy & M. L. Tremblay: Dev. Cell, 2, 497 (2002).21) K. Loh, A. Fukushima, X. Zhang, S. Galic, D. Briggs, P. J. Enriori, S. Simonds, F. Wiede, A. Reichenbach, C. Hauser et al.: Cell Metab., 14, 684 (2011)..PTP-1BはJAK2を基質分子として脱リン酸化することによりレプチンシグナルを抑制する.一方,TC-PTPはSTAT3を脱リン酸化することでレプチンシグナルを抑制する.これらのPtpの欠損マウスではレプチンシグナルが亢進しており,食餌誘導による肥満が起こりにくくなっていることが報告されている.
一方,われわれはさまざまな受容体型PTP(RPTP)の生理機能を明らかにする研究を進めてきた(22, 23)22) T. Shintani, M. Ihara, H. Sakuta, H. Takahashi, I. Watakabe & M. Noda: Nat. Neurosci., 9, 761 (2006).23) J. Sakuraba, T. Shintani, S. Tani & M. Noda: J. Biol. Chem., 288, 23421 (2013)..これまでにRPTPの一つであるPTPRJがインスリン受容体を脱リン酸化することによって,その働きを抑制していることを見いだしている(24)24) T. Shintani, S. Higashi, Y. Takeuchi, E. Gaudio, F. Trapasso, A. Fusco & M. Noda: J. Biochem., 158, 235 (2015)..すなわち,Ptprjの欠損マウスではインスリンの作用が増大しており,上昇した血糖値が速やかに正常値に戻ることを明らかにした.
Ptprj欠損マウスは野生型マウスに比べて摂食量が少なく脂肪量が少ないため低体重であったことから,PTPRJはレプチンシグナルの制御にも関与している可能性が考えられた.実際にPtprj欠損マウスの脳室内にレプチンを投与すると,野生型マウスに比べてSTAT3の活性化が顕著に亢進するとともに,摂食量および体重が有意に減少することが見いだされた(25)25) T. Shintani, S. Higashi, R. Suzuki, Y. Takeuchi, R. Ikaga, T. Yamazaki, K. Kobayashi & M. Noda: Sci. Rep., 7, 11627 (2017)..さらに生化学的解析から,PTPRJはPTP-1Bと同様にレプチン受容体に結合したJAK2を脱リン酸化することでレプチン受容体の活性化を抑制していることが判明した(図4図4■PTPRJによるインスリンシグナルとレプチンシグナルの制御).PTPRJとPTP-1BはJAK2内の異なるチロシン残基の脱リン酸化にかかわることから,両者は異なるメカニズムでレプチンシグナルの制御を行っていると考えられる.
PTPRJはインスリン受容体を脱リン酸化することによってインスリンの働きを抑制している.また,レプチン受容体のJAK2を脱リン酸化することによって,レプチンの働きを抑制している.PTPRJは,これらの制御を通して,糖代謝ならびに摂食・エネルギー代謝の制御に重要な役割を果たしているが,肥満などの病態においては,PTPRJの働きはむしろ病状の悪化に貢献しているといえる.
前述のようにインスリンも弓状核に働いて摂食抑制効果を示すことが知られているが,マウスではインスリンの摂食抑制効果が弱いため,PTPRJによるインスリンシグナルの制御が摂食調節でも機能しているか否かについては明らかにできていない.今後,インスリンの摂食抑制効果がはっきりと見られるラットなどを用いて,この点を検討する必要がある.
レプチンが見つかった当初はレプチンをやせ薬として使うことで世界中の肥満がなくなると期待された.しかし,肥満者では増大した脂肪組織からレプチンが大量に放出されているにもかかわらず食欲は抑制されていない.すなわち,肥満になると視床下部にレプチンが効きにくくなる「レプチン抵抗性」と呼ばれる現象が生じることがわかったのである(26)26) R. V. Considine, M. K. Sinha, M. L. Heiman, A. Kriauciunas, T. W. Stephens, M. R. Nyce, J. P. Ohannesian, C. C. Marco, L. J. McKee, T. L. Bauer et al.: N. Engl. J. Med., 334, 292 (1996)..たとえば,マウスを高脂肪食で3カ月間飼育するとレプチンを投与しても摂食の抑制効果や体重の減少効果はほとんど観察できない.このように,肥満によりレプチン抵抗性が形成されることがわかったことによりレプチンをやせ薬として使用する夢はついえた.
一方で,レプチン抵抗性を解消できる方法が見つかれば肥満を改善できると考えられる.このため,レプチン抵抗性の形成メカニズムについて精力的な解析が続けられており,少しずつその仕組みが明らかにされている.これまでに,レプチン抵抗性の分子機構として弓状核においてレプチン受容体以降のシグナル伝達機構に障害が生じているという説(27)27) C. Bjørbæk, J. K. Elmquist, J. D. Frantz, S. E. Shoelson & J. S. Flier: Mol. Cell, 1, 619 (1998).や,レプチンの脳内への移行に障害が生じているという説(28)28) E. Balland, J. Dam, F. Langlet, E. Caron, S. Steculorum, A. Messina, S. Rasika, A. Falluel-Morel, Y. Anouar, B. Dehouck et al.: Cell Metab., 19, 293 (2014).などが提唱されている.前者の説では,PTP-1BやTC-PTPなどのレプチンシグナルを抑制する分子の発現が肥満に伴って視床下部で上昇し,これがレプチンシグナルの伝達機構の障害につながると考えられている.
われわれもPTPRJのレプチン抵抗性の形成における役割について検討したところ,高脂肪食摂取により視床下部においてPTPRJの発現が上昇することが明らかになった(25)25) T. Shintani, S. Higashi, R. Suzuki, Y. Takeuchi, R. Ikaga, T. Yamazaki, K. Kobayashi & M. Noda: Sci. Rep., 7, 11627 (2017)..また,レプチン投与によってもPTPRJの視床下部における発現誘導が観察された.さらに,Ptprj欠損マウスを高脂肪食で長期間飼育しても通常のマウスで見られるようなレプチン抵抗性は形成されなかった.すなわち,高脂肪食で飼育したPtprj欠損マウスにレプチンを投与すると,レプチンシグナルの亢進とともに摂食量と体重の顕著な減少が観察されたのである.また,ウイルスベクターを用いてやせているマウスの弓状核でPTPRJを過剰発現させたところレプチン抵抗性が形成されることも確認した.
以上の結果から,肥満に伴って視床下部におけるPTPRJの発現が上昇することがレプチン抵抗性の形成に関与することが明らかになった.PTPRJはPTP-1BやTC-PTPとともにレプチン抵抗性の形成の要因となっていると考えられる.
PTPRJが視床下部におけるレプチンシグナルの制御において重要な役割を果たしているとともに,肥満時に視床下部においてPTPRJの発現が上昇することがレプチン抵抗性の要因であることが明らかになった.一方,われわれはPTPRJがインスリン受容体を脱リン酸化することでインスリンシグナルを抑制していることをすでに明らかにしている.このため,PTPRJの活性阻害剤は肥満症および糖尿病の新規の治療薬となることが期待される.われわれは現在,PTPRJの活性阻害剤の開発を目指して研究を続けている.
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