解説

ひらけごま!見えてきたゴマリグナンの生合成機構(+)-ピノレジノールから(+)-セサミンを経て(+)-セサモリン,(+)-セサミノールに至るユニークで複雑な酸化反応について

Open Sesame! A Long-Time Enigma of Sesame Lignan Oxidation Steps, Deciphered

Manabu Horikawa

堀川

公益財団法人サントリー生命科学財団

Masayuki P. Yamamoto

山本 将之

富山大学大学院理工学研究部

Eiichiro Ono

小埜 栄一郎

サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社

Jun Murata

村田

公益財団法人サントリー生命科学財団

Published: 2018-10-20

主要な油糧作物であるゴマ(Sesamum indicum)の種子は,古くから体に良い食べ物として食用あるいは薬用として利用されている(1).近年,その有効成分が,ゴマ種子に高蓄積される特有のリグナン類((+)-セサミン,(+)-セサモリン,(+)-セサミノール)であるという研究が多数報告され,健康機能成分としてのリグナン類のさまざまな生理作用が注目されている(2, 3).またゴマ油がほかの食用油と比較して傷みにくいのは,(+)-セサモリンの分解により生成する抗酸化成分,セサモールや(+)-セサミノールがゴマ油の酸化劣化を防ぐことによる(4, 5) など,ゴマリグナンは私たちの暮らしの中で身近な存在である.一方,それらの生合成には未解明な部分があったが,最近の研究によりその全容が見えてきた.

ゴマリグナンは,コニフェリルアルコールの不斉2量化(6)6) L. B. Davin, H.-B. Wang, A. L. Crowell, D. L. Bedgar, D. M. Martin, S. Sarkanen & N. G. Lewis: Science, 275, 362 (1997).により得られた(+)-ピノレジノールを初発物質として,それに続く酸化反応と付加反応(配糖体化)によって生合成される植物二次代謝産物である.ところが,ヒトにさまざまな恩恵をもたらすにもかかわらず,ゴマリグナンの生合成過程の全容は明らかとなっていない.本稿では,ゴマの主要なリグナンである(+)-セサミンおよび(+)-セサミンの前駆体である(+)-ピノレジノールの生成機構について概説し,さらに最近報告された(+)-セサモリン/(+)-セサミノール合成酵素CYP92B14の同定と(7)7) J. Murata, E. Ono, W. Yoroizuka, H. Toyonaga, A. Shiraishi, S. Mori, M. Tera, T. Azuma, A. J. Nagano, M. Nakayasu et al.: Nat. Commun., 8, 2155 (2017).,それにより見えてきた植物二次代謝物の構造多様性を支える新しい酸化反応機構について解説する(図1図1■ゴマ種子におけるリグナン生合成:ゴマ種子におけるリグナン生合成,図2図2■ゴマ種子に蓄積するリグナン類および関連化合物: さまざまなリグナン類の構造).

図1■ゴマ種子におけるリグナン生合成

図2■ゴマ種子に蓄積するリグナン類および関連化合物

ピノレジノールの生合成

ピノレジノールの生合成は,ラッカーゼなどの一電子酸化酵素により生成した2分子のコニフェリルアルコールラジカルの不斉2量化反応がカギとなる.

この反応を鏡像異性体選択的に触媒するタンパク質はレンギョウ(Forsythia spp.)から生化学的に見いだされ,「指揮する」,「導く」を意味するラテン語dirigereよりディリジェントプロテイン(Dirigent protein; DIR)と命名された(6)6) L. B. Davin, H.-B. Wang, A. L. Crowell, D. L. Bedgar, D. M. Martin, S. Sarkanen & N. G. Lewis: Science, 275, 362 (1997)..DIRは高等植物に広く保存され,数十程度の遺伝子ファミリーを形成するタンパク質であるが,大半の遺伝子の機能は未解明である.リグナンおよびリグニン生合成関連では,主に(-)-ピノレジノールを生合成することが知られるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)から(-)-ピノレジノール生成を特異的に触媒するDIRが同定されている(8)8) K. W. Kim, S. G. Moinuddin, K. M. Atwell, M. A. Costa, L. B. Davin & N. G. Lewis: J. Biol. Chem., 287, 33957 (2012)..また(+)-ピノレジノール,(-)-ピノレジノール両方に由来する二次代謝物を組織特異的に生成するアマ(Linum usitatissimum)からは,それぞれのピノレジノール光学異性体の生成を特異的に触媒するDIRが見いだされている(9)9) C. Corbin, S. Drouet, S. L. Markulin, D. Auguin, É. Lainé, L. B. Davin, J. R. Cort, N. G. Lewis & C. Hano: Plant Mol. Biol., 97, 73 (2018)..ピノレジノールの光学異性に影響を与えるDIRの構造特性については,(-)-ピノレジノールを生成するシロイヌナズナDIR(AtDIR6)と(+)-ピノレジノールを生成するチョウセンゴミシ(Schizandra chinensis)DIR(ScDIR)の異種由来のDIR間で比較検討されたものの,DIRの反応特異性に寄与する特定のアミノ酸残基の同定にまでは至らなかった(8)8) K. W. Kim, S. G. Moinuddin, K. M. Atwell, M. A. Costa, L. B. Davin & N. G. Lewis: J. Biol. Chem., 287, 33957 (2012)..その後,X線結晶構造解析により特異的なアミノ酸残基が示唆されている(後述).一方,リグナンおよびリグニン以外の化合物では,ワタ(Gossypium spp.)に含まれ抗菌・殺虫作用を示すテルペノイド,ゴシポールの生合成最終段階である2量化反応へのDIRの関与が示されている(10)10) I. Effenberger, B. Zhang, L. Li, Q. Wang, Y. Liu, I. Klaiber, J. Pfannstiel, Q. Wang & A. Schaller: Angew. Chem. Int. Ed., 54, 14660 (2015).

図3■DIRによる不斉2量化反応

A. (+)-および(-)-ピノレジノールを特異的に生成するDIR B. リグナンの生成以外で同定されたDIR

ピノレジノールの生成につながるコニフェリルアルコールの2量化では,2つのコニフェリルアルコール分子の8位同士が結合(8–8′結合)しているが,天然には8–5′結合,5–5′結合などに由来する化合物も見られる(11)11) R. B. Teponno, S. Kusari & M. Spiteller: Nat. Prod. Rep., 33, 1044 (2016)..したがってこれらの異なる結合様式による化合物の不斉誘導がDIRを介してどのように行われているのか興味深い.また,モノリグノールの一つであるシナピルアルコールの不斉2量化もDIRにより触媒されている可能性がある.コニフェリルアルコールのDIRを伴わない2量化反応では,8–5′結合に由来する生成物が主で,望ましい8–8′結合により生成するピノレジノールは10%程度であるため,DIRの機能解析が容易であるが,シナピルアルコールは非酵素的に正しい8–8′結合生成物であるシリンガレジノールを容易に生成してしまうため,DIR関与の確認が難しいと考えている.最近,エンドウ(Pisum sativum L.)およびシロイヌナズナのDIR(PsDRR206,(12)12) K. W. Kim, C. A. Smith, M. D. Daily, J. R. Cort, L. B. Davin & N. G. Lewis: J. Biol. Chem., 290, 1308 (2015). AtDIR6(13)13) R. Gasper, I. Effenberger, P. Kolesinski, B. Terlecka, E. Hofmann & A. Schaller: Plant Physiol., 172, 2165 (2016).)の結晶構造が解かれ,コニフェリルアルコールの不斉2量化反応により(+)-および(-)-ピノレジノールが生成する過程での立体的な反応遷移状態が示唆されている(図4図4■エンドウとシロイヌナズナのDIRの結晶構造).1997年にレンギョウのDIRが同定されて以来,DIRの2量化しやすい性質から,DIRの表面にコニフェリルアルコールの結合サイトが存在し,DIRとコニフェリルアルコールの結合体同士の2量化により不斉誘起されると考えられていたが,実際には,βバレル構造の空洞の中で二分子のコニフェリルアルコールが反応し不斉誘起されていることが示された.(+)-ピノレジノールを生成するPsDRR206と(-)-ピノレジノールを生成するAtDIR6の基質結合サイトのアミノ酸残基の比較から,それぞれ対応するPhe-116At/Leu-113Ps,Tyr-118At/Phe-115Ps,Leu-120At/Phe-117Ps,Phe-164At/Ile-161Ps,Met-179At/Val-176Psの5つのアミノ酸残基がピノレジノール生成の不斉誘起に関与していると考察している.ただし,いずれの結晶構造も基質を含んでいない構造であることから,さらなる進展が期待される.

図4■エンドウとシロイヌナズナのDIRの結晶構造

A. エンドウのPsDRR206の結晶構造(基質結合サイトから見た図)B. エンドウのPsDRR206の結晶構造(横から見た図)C. シロイヌナズナのAtDIR6の結晶構造(基質結合サイトから見た図)D. シロイヌナズナのAtDIR6の結晶構造(横から見た図)水色の円は基質結合サイトを示す.

一方,ゴマ野生種の一つであるS. alatumは,種子中に(+)-2-エピセサラチンを蓄積している(14)14) A. Kamal-Eldin, G. yousif: Phytochem., 31, 2911 (1992)..(+)-2-エピセサラチンの2量化に必要なモノリグノールが,コニフェリルアルコールだと仮定した場合,エピ体を生成するDIRの存在が示唆される.ゴマ以外でも,漢方薬に処方されるサイシン(Asarum spp.)は(-)-アサリニン((-)-エピセサミン)を含有しており(15)15) 加來天民,九谷 昇,高橋十郎:薬學雑誌, 56, 361 (1936).,中間体としてDIRによる(-)-エピピノレジノールの生成が考えられるが,これらのエピ体の生成がどのような立体制御により進行しているかは不明である.

(+)-セサミンの生合成

ゴマ種子に蓄積する主要なリグナン成分である(+)-セサミンについてはチトクロームP450によって生成することが示唆されていた(16)16) Y. Jiao, L. B. Davin & N. G. Lewis: Phytochemistry, 49, 387 (1998)..その後,栽培ゴマ(S. indicum)のCYP81Q1という単一のP450酵素が2回のメチレンジオキシ環(MDB)形成反応を触媒して(+)-ピノレジノールから(+)-ピペリトールを経て,(+)-セサミンを生成することが判明した(17)17) E. Ono, M. Nakai, Y. Fukui, N. Tomimori, M. Fukuchi-Mizutani, M. Saito, H. Satake, T. Tanaka, M. Katsuta, T. Umezawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 10116 (2006)..CYP81Q1は(+)-ピノレジノールのグアイアコール部分のメチル基を酸化し,近接する水酸基による環化によってMDBを形成し,(+)-ピペリトールを生成する.同様に,(+)-ピペリトールの残りのグアイアコール部分もMDB形成反応を行い,(+)-セサミンを生成する.CYP81Q1の(+)-ピノレジノールと(+)-ピペリトールに対する基質特異性が同程度であるのは,基質の対称的な構造によるものと考えられる.興味深いことにCYP81Q1は(+)-ピノレジノールの光学異性体である(+)-エピピノレジノールや(-)-ピノレジノールをMDB形成反応の基質としない.これらの光学異性体の共存下でも(+)-ピノレジノールに対するMDB形成反応は阻害されないことから,これらの異性体は骨格構造の違いによりCYP81Q1の反応中心にアクセスできないと考えられる(18)18) A. Noguchi, M. Horikawa, J. Murata, M. Tera, Y. Kawai, M. Ishiguro, T. Umezawa, M. Mizutani & E. Ono: Plant Biotechnol., 31, 493 (2014).

ゴマ野生種S. radiatumのCYP81Q1ホモログとして同定されているCYP81Q2は,CYP81Q1同様に(+)-ピノレジノールを基質として(+)-セサミンを生成する.実際,S. radiatumから主要なリグナンとして(+)-セサミンが検出される(19)19) A. Kamal-Eldin & L. A. Appelqvist: J. Am. Oil Chem. Soc., 71, 149 (1994).その一方で,別の野生種のS. alatumにおいては(+)-2-エピセサラチンという(+)-セサミンとは異なる立体構造を有するフロフランリグナンを種子に蓄積しているが(20)20) A. Kamal-Eldin & Y. Gariballa: Phytochemistry, 31, 2911 (1992).,同種から単離されているCYP81Q3は(+)-ピノレジノールに対してMDBを形成する活性を示さない(17)17) E. Ono, M. Nakai, Y. Fukui, N. Tomimori, M. Fukuchi-Mizutani, M. Saito, H. Satake, T. Tanaka, M. Katsuta, T. Umezawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 10116 (2006)..以上よりゴマ属のCYP81Qサブファミリー酵素の中で基質の光学異性体に対する基質特異性に多様性が生じていることが示唆される(21)21) E. Ono, J. Murata, H. Toyonaga, M. Mizutani, M. P. Yamamoto, T. Umezawa, M. Horikawa: Plant Cell Physiol., pcy150 (2018).

(+)-セサミンはゴマ科以外のさまざまな植物から同定されていることから,比較的,生じやすい植物二次代謝物と考えられる(22)22) T. Umezawa: Wood Res., 90, 27 (2003).が,CYP81Qサブファミリー遺伝子はゴマ科およびその近縁種に限定的に存在する.したがってゴマと近縁な植物種はCYP81Qオーソログ遺伝子に由来したセサミン合成酵素を有している可能性が高いが,逆にゴマと遠縁な植物種におけるセサミン合成酵素はCYP81Qサブファミリーとは異なるMDB形成酵素が平行進化した可能性がある.特に,サイシンのリグナンである(-)-アサリニンの非対称な2つのメチレンジオキシ環形成はゴマのセサミン合成酵素とは別系統の酵素によると考えられ,反応経路や酵素進化を考えるうえでも興味深い.

(+)-セサモリン/(+)-セサミノールの生合成

(+)-セサミンと同様にゴマ種子に高蓄積し,構造的には(+)-セサミンの酸化生成物である(+)-セサモリンおよび(+)-セサミノールの生合成機構は長らく不明であった.ゴマ野生種では(+)-セサミンは蓄積するが(+)-セサモリンが形成されない種が報告されており(23)23) D. Bedigian, D. S. Seigler & J. R. Harlan: Biochem. Syst. Ecol., 13, 133 (1985).,ゴマ属が種分化していく中でリグナン代謝の下流で分岐が生じていることを表している.そこでわれわれは(+)-セサモリンを蓄積しないゴマと蓄積するゴマとを交配し,得られた後代の遺伝学的アプローチにより(+)-セサモリン合成酵素遺伝子の同定を試みた(7)7) J. Murata, E. Ono, W. Yoroizuka, H. Toyonaga, A. Shiraishi, S. Mori, M. Tera, T. Azuma, A. J. Nagano, M. Nakayasu et al.: Nat. Commun., 8, 2155 (2017).

遺伝解析によるセサモリン合成候補遺伝子の同定

栽培ゴマ(S. indicum)は一般的に(+)-セサモリンを含むが,富山大学で保存している系統からは(+)-セサモリンがほとんど検出されない系統が複数見いだされる.これらの系統では(+)-セサモリン合成遺伝子の機能が失われている可能性が高いと考え,(+)-セサモリン低含有形質の原因遺伝子の探索を行った.まず,(+)-セサモリン低含有系統と(+)-セサモリンを含有する一般的な系統とを交配し,F6世代の組換え自殖系統(RIL: Recombinant Inbred Line)を作製した.160個体のRILについて種子中の(+)-セサモリンの含有量を調査したところ,(+)-セサモリンを含有するグループと低含有のグループの2グループに分かれ,両グループの個体数の割合はほぼ1 : 1であった.このことから,(+)-セサモリンの含有形質は1遺伝子により決定されていることが強く示唆された.160個体のRILから抽出したDNAを用いて,RAD-seq(Restriction-site Associated DNA sequencing)解析を行った結果,(+)-セサモリン含有形質遺伝子と完全に連鎖するRADマーカー “90036”が検出された.“90036”の近傍に存在する,(+)-セサモリンの生合成にかかわる可能性が高い遺伝子をゴマのゲノムデータベースから検索したところ,5つのP450様酵素遺伝子が見いだされ,これらを(+)-セサモリン合成酵素遺伝子の候補とした.

これら候補遺伝子について,(+)-セサモリン含有系統と低含有系統間で塩基配列の比較を行った結果,1つの候補遺伝子(チトクロームP450の命名法に従いCYP92B14と命名された)のみに遺伝子産物の機能に影響を与え得る変異が存在していた.(+)-セサモリン低含有系統のCYP92B14遺伝子は含有系統には認められない1ヌクレオチドの挿入が存在し,その結果,含有系統のポリペプチドよりもC末端が4アミノ酸残基分短いポリペプチド(CYP92B14_Del4C)をコードしていることが明らかとなった.ほかの(+)-セサモリン低含有系統のCYP92B14遺伝子を調査したところ,調査したすべての系統においてチミンの挿入変異が検出された(図5図5■セサモリン合成酵素の遺伝解析:セサモリン合成酵素の遺伝解析).

ゴマ種子の登熟過程における候補遺伝子のmRNA発現量についてRNA-seq解析により調査を行ったところ,CYP92B14の発現はセサミン合成酵素のCYP81Q1と同時期に上昇していた.以上のことから,候補遺伝子の中で,CYP92B14が,(+)-セサモリン生合成に関与している可能性が強く支持された(7)7) J. Murata, E. Ono, W. Yoroizuka, H. Toyonaga, A. Shiraishi, S. Mori, M. Tera, T. Azuma, A. J. Nagano, M. Nakayasu et al.: Nat. Commun., 8, 2155 (2017).

図5■セサモリン合成酵素の遺伝解析

A. (+)-セサモリン含有/低含有系統の交配より得られたRIL 160個体のRAD-seq解析により同定されたマーカー”90036”とその近傍のP450様酸化酵素遺伝子(1–5).B. (+)-セサモリン低含有系統型のCYP92B14(CYP92B14_Del4C)遺伝子はチミンの挿入により野生型に比べてC末端が4アミノ酸残基短いポリペプチドをコードする.C. 複数の(+)-セサモリン低含有系統(#090, #4294, #00442, #001312およびMaruemon)からCYP92B14への同一のチミン挿入変異が検出される.

CYP92B14のセサモリン/セサミノール合成酵素活性

前述の(+)-セサモリン低含有系統は(+)-セサミン含量が高いことから,(+)-セサモリン合成酵素の基質は(+)-セサミンであることが示唆された.CYP92B14が(+)-セサモリン合成を触媒するか確認するために,CYP92B14を酵母で発現させた.酸素挿入によって(+)-セサモリンへ誘導可能と予想されるゴマリグナン((+)-ピノレジノール,(+)-ピペリトール,(+)-セサミン)を基質として,(+)-セサモリン様の酸素挿入反応が進行するか検討した.その結果,(+)-セサミンを基質とした際に,(+)-セサモリンを生成することが確認された.ところが予想外なことにCYP92B14は(+)-セサモリンに加え(+)-セサミノールも同時に生成することが明らかとなった(表1表1■CYP92B14の酵素活性).またゴマ由来のP450還元酵素(CPR1)を共発現させるとCYP92B14活性を効果的に昂進することがわかった.一方,CYP92B14_Del4Cを発現させた酵母を用いた実験では,(+)-セサミンから(+)-セサモリンや(+)-セサミノールが生成しなかったことから,CYP92B14の活性発現において,C末端4残基が非常に重要な役割を果たしていることがわかった.

さらに,セサミン合成酵素であるCYP81Q1とCYP92B14を酵母に共発現させ,(+)-ピノレジノールあるいは(+)-ピペリトールからの連続的な反応を検討した.予想どおり,(+)-ピノレジノールと(+)-ピペリトールを基質とした際には,(+)-セサモリンおよび(+)-セサミノールが生成していることを確認したが,意外にも,(+)-セサミンを基質としたときには,CYP92B14単独の場合に比べ,効率的に(+)-セサミンが消費され,(+)-セサモリンおよび(+)-セサミノールを生成した(7)7) J. Murata, E. Ono, W. Yoroizuka, H. Toyonaga, A. Shiraishi, S. Mori, M. Tera, T. Azuma, A. J. Nagano, M. Nakayasu et al.: Nat. Commun., 8, 2155 (2017)..したがって,2つの酵素間に何らかの相互作用があることが示唆された.

表1■CYP92B14の酵素活性
SubstrateEnzyme constructsProducts
(+)-Sesamolin(+)-Sesaminol
(+)-SesaminCYP92B14
CYP92B14+CPR1
CYP92B14_Del4C+CPR1××
CYP81Q1+CYP92B14+CPR1
(+)-PinoresinolCYP81Q1+CYP92B14+CPR1

CYP92B14による(+)-セサモリン/(+)-セサミノール生合成機構

CYP92B14による(+)-セサモリンおよび(+)-セサミノールの生合成機構を調べるために,18O標識された18O2あるいはH218Oを使った反応や2H標識された(+)-7,7′-2H2-セサミンおよび(+)-2,2′-2H2-セサミンを基質とした反応を行った.生成物である(+)-セサモリンと(+)-セサミノールへの18O標識体の導入は,予想どおり,18O2を用いたときのみ確認できた.2Hラベル体(+)-7,7′-2H2-セサミンの反応生成物の関連する水素の標識化率は,基質の7,7′位水素の2H標識化率と一致したことから,7,7′位の水素はCYP92B14による酸素挿入反応に関与しないことがわかった(図6図6■CYP92B14よる反応機構解析).

図6■CYP92B14よる反応機構解析

A. 2H標識(+)-セサミンを基質としたCYP92B14の反応生成物の重水素化率 B. CYP92B14により(+)-セサミンから(+)-セサモリンと(+)-セサミノールが生成する反応機構.

一方,(+)-2,2′-2H2-セサミンを基質とした反応では,生成した(+)-セサモリンの2位水素の2H標識化率は(+)-セサミンの2位水素の2H標識化率と一致したが,セサミノールの酸素挿入された芳香環上の水素の2H標識化は,3位(45%)および6位(30%)に分散した(図6A図6■CYP92B14よる反応機構解析).

以上のことから,CYP92B14による(+)-セサミンから(+)-セサモリンおよび(+)-セサミノールを生成する反応機構は次のように考えられた.まず,CYP92B14による求電子的な芳香環上の酸化によりカチオン中間体IおよびIIIが生成する.中間体Iは,より安定な芳香環を再形成するために,C–C結合の開裂を伴いながら中間体IIに変換され,生成するセサモールのフェノール性エノレートのオキソニウムカチオンへの付加反応により,(+)-セサモリンおよび(+)-セサミノールを生成する.また,中間体IIIは,水酸基の付け根の水素の引き抜きにより芳香環化し(+)-セサミノールを生成する(図6B図6■CYP92B14よる反応機構解析).なお,中間体IIはセサモリンからセサミノールが生成する化学変換において提唱されている反応中間体(24)24) Y. Fukuda, M. Isobe, M. Nagata, T. Osawa & M. Namiki: Heterocycles, 24, 923 (1986).であるが,CYP92B14にはセサモリンをセサミノールに変換する能力がないことも確認されている.

まとめ

セサミンの前駆体であるピノレジノールの生合成は,DIRの発見から20年を迎え,ようやくその不斉誘起の反応機構が明らかになろうとしている.セサミンは,ピノレジノールと同様に,さまざまな植物で同定されており,その生合成酵素の共通性と平行進化に興味がもたれる.

新規に同定されたCYP92B14は,(+)-セサミンから(+)-セサモリンを生合成すると同時に(+)-セサミノールの生合成も担っていた.特筆すべきは,(+)-セサミンのC1位の酸化に誘導されて解離した芳香環が,C–O結合で再結合した結果,(+)-セサモリンが生じ,C–C結合の場合,(+)-セサミノールが生じるという極めてユニークな反応(oxidative rearrangement of α-oxy-substituted aryl groups: ORA反応)により一つの基質から2つの生成物が生じるという点である.さらに驚いたことに(+)-セサミノールは,ORA反応以外にも(+)-セサミンのC6位を直接水酸化することにより生成していることがわかった.このCYP92B14のC1位とC6位への選択性の曖昧さが,栽培ゴマのリグナン代謝物の構造多様性に寄与していると考えられる.(+)-セサモリンはキツネノマゴ科などゴマ属以外の植物種でも数例ながら同定されていることから(23)23) D. Bedigian, D. S. Seigler & J. R. Harlan: Biochem. Syst. Ecol., 13, 133 (1985).,(+)-セサモリン生合成酵素はゴマ属だけで分子進化したわけではなさそうだ.しかしゴマ属に限定して考えると,ゴマ油の劣化を防ぎ品質維持に寄与するセサモールや(+)-セサミノールの前駆体として重要な(+)-セサモリン(4, 5)4) 福田靖子:“ゴマの科学”,並木満夫,小林貞作編 朝倉書店,1989, pp. 180–203.5) 福田靖子:“ゴマの機能と科学並木満夫”,福田靖子,田代 亨編 朝倉書店,2015, pp. 174–180.が,栽培種であるS. indicumにほぼ限定的に高濃度に存在することは,単なる偶然だろうか? あるいはゴマ栽培化の過程で,われわれの祖先がゴマリグナンによる恩恵を感じ取って,分析機器などない時代から選抜してきたからではないだろうか?

一方,ゴマリグナン生合成について,まだいくつかの疑問が残る.それは,われわれがセサモリン合成酵素の同定に用いた(+)-セサモリン低含有ゴマ系統でも(+)-セサミノール配糖体が(+)-セサモリンを含有する一般的なゴマ系統とほぼ同程度に蓄積していることである.(+)-セサミノール合成に関しては機能的に重複した酵素があるであろうか? ゴマリグナン生合成機構の予想を超える複雑さに驚嘆しつつ,(+)-セサミノール合成にかかわる新たな酵素の同定が待たれる.さらに,本稿では詳細は割愛するが,(+)-セサミノールは配糖化酵素によりグルコースが3つ付加されたトリグルコシドの形で水溶化した状態で蓄積する(25)25) A. Noguchi, Y. Fukui, A. Iuchi-Okada, S. Kakutani, H. Satake, T. Iwashita, M. Nakao, T. Umezawa & E. Ono: Plant J., 54, 415 (2008)..水溶性の(+)-セサミノール配糖体と脂溶性の(+)-セサミンや(+)-セサモリンはどのように細胞内分布や生理機能が異なるのかについても興味がもたれる.近年のゲノム遺伝学,分子生物学の進展は目覚ましいものがある.特に次世代シーケンサーの出現により任意の生物種の遺伝子探索や発現解析のほか,形質とリンクする遺伝子座同定が容易になったことで,新規な代謝酵素の同定作業は加速化している.ところが代謝経路の解析に必須な両輪のもう片方である,(新規)代謝物の単離・同定は依然として時間がかかる作業であり,有機化学者の力の見せ所でもある.遺伝学,生化学,有機化学,情報科学など異なる分野の研究者間の連携を一層強め,「ひらけごま!」と心で叫びつつ,まだまだ尽きないゴマリグナンの秘密に迫っていきたい.

Reference

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