解説

老化研究の動態とその社会応用へ向けた研究の動きに関してアンチエイジングは実現可能か?

Current Progress in Translational Aging Research with Focus on Rapamycin: Can We Slow Aging in Society?

Takashi Ito

伊藤

浜松医科大学細胞分子解剖学講座

University of Washington, Department of Pathology

Mitsutoshi Setou

瀬藤 光利

浜松医科大学細胞分子解剖学講座

Published: 2018-10-20

老化はがん,心筋梗塞,脳梗塞,糖尿病,アルツハイマー病,サルコペニアなどの現代の難治性疾患の主要な危険因子であり,老化のメカニズムの理解とその技術的解決は現代医学の未解決問題を一網打尽で解決し,健康な生存期間を飛躍的に延長できる可能性を秘める.本稿では大学の老化研究を臨床応用する試みを紹介し,老化予防,さらには若返りを標ぼうする21世紀型健康科学の到来の兆しを読者に提供する.

イントロ

老化——言葉は巷でよく使われるがその定義を明確に知っている方は少ないのではないだろうか.老化(aging)の科学的な定義は「生命の時間経過に伴う機能低下と死亡率の増加」.え,これだけ? と思われるかもしれないが,この曖昧な定義自体からいかに老化が現代科学の未開拓領域かをおわかりいただけると思う.老化研究は広い研究分野を包含し,がんや心血管病,神経疾患など加齢で増加する疾患や,脳神経,筋肉や骨などの加齢で低下する機能の研究がある.そのほかにも100歳を超える高齢者のゲノムが普通の人とどのように異なるか調べる研究や,加齢に伴ってどういった生体機能が低下するか,これまでに知られていない指標を探る研究も行われている.老化研究の中心にあるのは寿命の研究である.寿命を決定するメカニズムこそが老化の本態そのものであり,生命とは何か? という生物学の最も本質的な問いにも迫る.これらの学際的な研究領域が織りなすことで進展する老化研究は,今後必ず社会に必要になると断言できる.老化は種々の現代医療の難治性疾患,特に先進国で死因となる疾患の一番の危険因子である.個別老化関連疾患に焦点を当てた研究からその治療法が生まれる可能性があり,これまでもがん,心血管病,糖尿病などは製薬会社が多くの薬を作っているし,大学の基礎研究もその誕生に大いに貢献している.しかし残念ながら,既存の薬ではこれら老化関連疾患の多くは完治しない.医療への莫大な投資が行われてきた一方で,これら個々の疾患を標的としたアプローチが人類の生活の質を向上したかは議論の余地がある.多くの老化関連疾患は根治せず,長年にわたり通院と投薬,費用が必要となり,その努力にもかかわらず多くはその病気で亡くなる.さらに残念なことに,この事実は一般には知られていないが,仮にすべてのがんを完治できるようになっても(非常に困難なことであることを置いておき)2~3年しか寿命が延びない.脳梗塞と心筋梗塞をすべて治療できるようになっても同様に2~3年しか寿命が延びない.これは歳を重ねると一つの疾患を治しても別の加齢性疾患になってしまう確率が飛躍的に上がるからである.仮に,老化を根本的に逆行,もしくはそれができなくても遅らせることができるのであれば,これらすべてを一網打尽に解決し,健康的な人生の期間を劇的に増やせる.先ほどの個別の疾患に対して,ヒトで老化を標的にした治療効果が実現すると寿命を二十数年は伸ばせる.これは現在の研究室レベルでの老化抑制による哺乳類の寿命延長効果からの見積もりとなる.伸びた寿命の多くは健康に活動できる期間としてである.その実現は人類の生活様式を激変する,AIや火星移住などを超える21世紀最大のブレークスルーとなりえる.具体的な例でイメージしてもらうのであれば,寿命が世界最長でとても健康な社会である日本といえども,70歳くらいになるとヨボヨボした人が増えてくるし,多くの人が仕事をすでに引退している.それが85~90歳くらいまでは,現在の現役世代くらいに頭脳明晰,元気に働いて趣味も楽しめるアクティブライフを大勢の人が過ごせる社会は,十分に実現可能だということだ.

老化研究の実際

老化研究ではどのようなことが行われるのか? 老化研究の中心は寿命研究であり,生物の寿命を調節できる要因を探る.モデル生物の出芽酵母,線虫,ショウジョウバエ,マウスがよく使用され,これらで遺伝子を変異したり,栄養や薬剤を変えることで寿命や老化に伴う病態が変わるか調べる.マウスよりも出芽酵母,線虫,ショウジョウバエのほうが寿命研究では使用頻度が高く,実際に多くの老化の分子メカニズムの解明に役立ってきた.それはこれらの生き物の寿命が2週間から2カ月程度であり,寿命が延びるか縮むか,3年生きるマウスや30年生きるサルなどに比べて圧倒的にたくさんの実験を繰り返せるからである.これらは進化的には非常に遠い生き物たちであるにもかかわらず,老化の分子メカニズムとしてたくさんの共通点があることがわかってきた.その具体的な内容は老化の分野の非常に代表的な総説である“Hallmarks of Aging”(1)1) C. Lopez-Otin, M. A. Blasco, L. Partridge, M. Serrano & G. Kroemer: Cell, 153, 1194 (2013).に詳しい.総説ではこれまでの研究の発見から老化で起こる著明な変化として,ゲノム不安定性,テロメアの短縮,エピゲノムの変化,タンパク質品質の劣化,栄養センサーの不良,ミトコンドリアの機能低下,細胞老化,幹細胞の枯渇,細胞間コミュニケーションの異変の9つを挙げる.これらの分類の仕方は研究者によっても異なるであろうし,明らかに重なりもある(たとえばテロメアの短縮によりゲノムが不安定になるという因果関係が明らかになっている).これら9つを足し合わせてみたところで,なぜわれわれは老化し,死んでいくのか,という問いへの明快な答えは出ない.しかし,まだまだ発展段階にある老化の科学において,老化を無秩序の避けられない解決不能なものとしてではなく,具体的な分子レベルの変化が起こることを明確にし,いわば老化の公式を打ち立てるのに必要な礎として今後活用されていくことだろう.

ここではモデル生物を使って明らかになっている種々の分子機構の多くについては触れない.触れておきたいのは,これら9つの分類やその詳細となる分子メカニズムを標的とすることは現実的に可能であること.すなわち過去20~30年の老化研究の進歩でわかってきた,寿命を制御する遺伝子を標的とする分子標的薬は現時点でも利用可能である.

もう一つ重要な概念として進化的保存性を挙げる.老化に関するたくさんのメカニズムが数多く報告されるなか,何を信用したらいいのか.その一つの指標として,モデル生物間で共通に示されるメカニズム,すなわち進化的に保存されていることである.出芽酵母,線虫,ハエ,マウスは進化的な距離が非常に遠い.特に単細胞生物である酵母から多細胞生物である線虫にたどり着くだけでも非常に多くの変化があり,その比は哺乳類のマウスとネコやわれわれの違いとはくらべものにならないくらい大きい.10億年の長い進化を経て酵母からマウスまで保存されて寿命を延ばせるのであれば,それがまだ実験で調べられていない多くの生き物でも有効であり,かつヒトにも有効である可能性を考えるのはギャンブルではない.

現在までの老化研究で寿命を延ばすことが最も確かだと考えられている方法はカロリー制限である.カロリー制限は生き物が好きなだけ食べられる環境に置かれたときに食べる総カロリー数から30~60%ほど減らす食事法を一般に指す.

そのときにビタミンなどの不可欠な栄養素の量は減らさない.そうすると,出芽酵母,線虫,ハエ,マウスに加えて2種類のサルでも寿命が延び,種々の健康指標も改善する.ハエ,マウス,サルで確認される老化関連疾患の発症も遅れさせることができる.カロリー制限のときに生物で働く分子メカニズムはある程度わかっている.栄養感受性シグナルであるインスリン/IGF-1(Insulin Growth Factor 1)経路やmTOR(mechanistic target of rapamycin)経路の活性低下,NAD-Sirtuin経路やAMPK(5′ AMP-activated protein kinase)経路の活性化などがカロリー制限時に寿命延長の要因となる.

老化研究を社会応用する試み

これまで述べてきた条件を満たすような,アンチエイジングを目的とした臨床応用が最近始まっている薬剤がラパマイシンである.ラパマイシンはmTOR経路の抑制剤であり,臓器移植の免疫抑制剤,抗がん剤,心血管病に対する治療の目的などで医療の現場で使われている.ラパマイシンが種々のモデル生物においてカロリー制限の効果を模倣し,寿命を延長できることがわかっている(2)2) S. C. Johnson, G. M. Martin, P. S. Rabinovitch & M. Kaeberlein: Sci. Transl. Med., 5, 211fs240 (2013)..また上記9つの老化の兆候のうち,ラパマイシンは直接には「栄養センサーの不良」を標的とするが,ほかの8つも改善することが報告されている.その効果は進化的に保存されており,ラパマイシンは酵母,線虫,ハエ,マウスで寿命を延ばすことが確認されている.薬の標的であるmTOR経路の遺伝子を破壊しても寿命が延びることから重ねてその効果が確認されている.ラパマイシンはがんや心臓病,神経変性,腎機能障害などの加齢性疾患発症を遅らせ,加齢に伴う免疫,認知機能,筋肉などの機能低下も改善できることがマウスでわかっている.つまりラパマイシンで老化にまつわる多くの機能低下を遅らせ,健康寿命を延ばすことが期待できる.社会で抗老化を目的とした試験が始まったのはここ2, 3年のごく最近の出来事である.ラパマイシンのほかにもメトホルミン,NAD補充療法の臨床試験が進んでいる.これらも多くのモデル生物で寿命を延ばし,モデル生物で加齢性疾患を抑えられる点で共通している.ここでは最も先行しているラパマイシンの知見を紹介する.

マウスでの実験デザインと効果に基づいて,ラパマイシンと同様の効果をもつノバルティス社の誘導体(作用機序はラパマイシンと同じ)で健常な高齢者へ6週間の投与が行われた.その結果老化で低下した免疫能が改善され,インフルエンザワクチン投与後の抗体産生がラパマイシン誘導体を前もって投与した群で上昇した(3)3) J. B. Mannick, G. Del Giudice, M. Lattanzi, N. M. Valiante, J. Praestgaard, B. Huang, M. A. Lonetto, H. T. Maecker, J. Kovarik, S. Carson et al.: Sci. Transl. Med., 6, 268ra179 (2014)..その続きの第II相試験に関する報告が先日,2018年7月に出た(4)4) J. B. Mannick, M. Morris, H.-U. P. Hockey, G. Roma, M. Beibel, K. Kulmatycki, M. Watkins, T. Shavlakadze, W. Zhou, D. Quinn et al.: Sci. Transl. Med., 10, eaaq1564 (2018)..健常な65歳以上の高齢者264人にラパマイシン誘導体RAD001と,別の作用機序で働くmTOR阻害剤BEZ235の2種類を6週間投与した.1.プラシーボ群2. RAD001低用量群3. RAD001高用量群4. BEZ235投与群5. RAD001低用量とBEZ235併用群で各群約50人の5群に分けて実験した.その後1年間での風邪などの呼吸器の感染件数が,Rad001とBEZ235併用群で約40%減少し,そのほかの群もそれよりも弱いながら感染が減少する傾向が見られた.最初の報告(3)3) J. B. Mannick, G. Del Giudice, M. Lattanzi, N. M. Valiante, J. Praestgaard, B. Huang, M. A. Lonetto, H. T. Maecker, J. Kovarik, S. Carson et al.: Sci. Transl. Med., 6, 268ra179 (2014).に引き続き,加齢で低下する免疫能力の指標としてインフルエンザワクチンに対する抗体産生能も調べた.結果として前回同様RAD001単独投与で抗体産生能は上昇し,併用群ではより高くなった.肺炎,インフルエンザなどの呼吸器感染症は高齢者において深刻な問題であり,ラパマイシンのようなmTOR阻害剤を飲むことは健常な高齢者にもメリットがあることが示された.抗老化を狙った治療によりこれらの高齢者で症状が重篤化する疾患が防げるのは老化の基礎研究の社会応用への大きな一歩と言える.

もう一つ,筆者が留学し現在も所属している米国シアトルのワシントン大学で筆者が行った研究がある(5)5) A. Bitto, T. K. Ito, V. V. Pineda, N. J. LeTexier, H. Z. Huang, E. Sutlief, H. Tung, N. Vizzini, B. Chen, K. Smith et al.: eLife, 5, e16351 (2016)..ワシントン大学での博士研究員時代に高齢マウス(約20カ月齢)に3カ月ラパマイシンを毎日投与し,その後経過観察した.その結果オスで同一遺伝系統(C57BL/6)で記録上最も長生きの個体を含む,これまでの過去の老化研究の中でも非常に高い寿命延長効果を得た(図1図1■高齢マウスに3カ月ラパマイシン投与すると寿命が大幅に伸びる).これまでの研究では薬は生涯死ぬまで継続投与において効果が図られていたが,この研究から,ラパマイシンを一生飲み続けなくても十分に効果が得られることが予想された.しかしネズミの寿命は2~3年でありその3カ月間はそれなりに大きい.この結果をそのままもっと寿命が長い生き物に当てはめられるかは議論の余地があった.

図1■高齢マウスに3カ月ラパマイシン投与すると寿命が大幅に伸びる

ワシントン大学では筆者が所属した研究室のMatt Kaeberlein博士を中心に犬の老化のメカニズムを理解し健康寿命を延ばすことを目指すDog Aging Projectが行われている(6)6) Dog Aging Project, http://dogagingproject.com/.上記の筆者がデザインした3カ月の限定投与で効果があったデータに基づき,高齢ペット犬に10週間ラパマイシンを投与する臨床試験が行われた.試験ではラパマイシンにより心臓の機能が改善することがわかった(7)7) S. R. Urfer, T. L. Kaeberlein, S. Mailheau, P. J. Bergman, K. E. Creevy, D. E. L. Promislow & M. Kaeberlein: Geroscience, 39, 117 (2017)..このペット犬の結果とヒトの臨床試験の結果から,寿命が長い生き物でも6週間~3カ月の投与で抗老化にかかわる持続的な効果を期待できると言えるだろう.

以上のように,ペット犬とヒトにおける臨床試験でラパマイシンとその誘導体は加齢で低下する機能を改善できることが示された.現在その続きの第III相試験としてより大規模で多施設での効果を検証する試験が進行中である.ヒトや犬は実験で使用される生物よりも寿命が長いので,介入試験により寿命が延びるか調べるのには年月と費用が掛かる.紹介したように,老化研究から出てきた候補が臨床試験で老化関連疾患を改善する報告が積み重なると,いよいよ寿命を調べる本格的な試験も開始されていくことになるだろう.

おわりに

人類は古来より不老長寿の秘薬を求めていた.しかし2018年現在まで,実社会で実際に科学的な定義において抗老化を示す方法,すなわち健康寿命を増やす方法は存在しない.残念ながら多くの商売において科学的な定義とは異なる老化,アンチエイジングの単語使用により,一般の方々に正しい知識が届かない現状がある.これは研究者がより社会に発信していく必要性を示しているだろう.老化研究から有望な候補がついに社会で試験され始めた現在は,老化研究分野にとって非常にエキサイティングな時代だと言える.個別の疾患を標的にする,しかし根治はせずに患者は病気と薬とともに生き続け,しかもそれゆえに製薬・医療関係者が莫大な利益を手にする20世紀型医療から,老化の仕組みを理解することで老化関連疾患と固体の機能低下を最大限に後回しにし,可能な限り健康長寿を享受する,いわば21世紀型予防健康医学へ移行する重要性は,世界の多くの方が同意するところであろう.しかもこれまでのラパマイシンをはじめとしたmTOR阻害剤のデータは,生涯飲み続ける経済的・心理的苦痛なしに恩恵を得られる可能性を大いに示している.この分野の専門家である筆者の見解としては,科学に基づくアンチエイジング社会の実現はわれわれが生きている間にある程度成功する.人類とペットの健康寿命が延びることで人類のライフコースの捉え方に劇的な変化が起こる.それは情報革命に続く大きな人類の文化革命になり,社会問題,困難も引き起こす一方で,この世を幸せに生きるチャンスの増大という最大の福音を人類にもたらすことになるだろう.

Reference

1) C. Lopez-Otin, M. A. Blasco, L. Partridge, M. Serrano & G. Kroemer: Cell, 153, 1194 (2013).

2) S. C. Johnson, G. M. Martin, P. S. Rabinovitch & M. Kaeberlein: Sci. Transl. Med., 5, 211fs240 (2013).

3) J. B. Mannick, G. Del Giudice, M. Lattanzi, N. M. Valiante, J. Praestgaard, B. Huang, M. A. Lonetto, H. T. Maecker, J. Kovarik, S. Carson et al.: Sci. Transl. Med., 6, 268ra179 (2014).

4) J. B. Mannick, M. Morris, H.-U. P. Hockey, G. Roma, M. Beibel, K. Kulmatycki, M. Watkins, T. Shavlakadze, W. Zhou, D. Quinn et al.: Sci. Transl. Med., 10, eaaq1564 (2018).

5) A. Bitto, T. K. Ito, V. V. Pineda, N. J. LeTexier, H. Z. Huang, E. Sutlief, H. Tung, N. Vizzini, B. Chen, K. Smith et al.: eLife, 5, e16351 (2016).

6) Dog Aging Project, http://dogagingproject.com/

7) S. R. Urfer, T. L. Kaeberlein, S. Mailheau, P. J. Bergman, K. E. Creevy, D. E. L. Promislow & M. Kaeberlein: Geroscience, 39, 117 (2017).