Kagaku to Seibutsu 56(11): 752-758 (2018)
セミナー室
酵素や微生物を用いた希少糖の生産イズモリングに基づいた希少糖の大量生産
Published: 2018-10-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
希少糖は国際希少糖学会により「自然界に存在量が少ない単糖およびその誘導体」と定義されている.単糖とは糖質の最小単位であり,単糖が2つグルコシド結合により重合すれば二糖,数個結合すればオリゴ糖,多数結合すると多糖になる.また,単糖のうちアルデヒド基をもつものはアルドース,ケト基をもつものはケトースと呼ばれている.糖は植物の光合成によって合成されるが,自然界の糖は多くが多糖として存在し,その構成単糖はブドウ糖(D-グルコース)が最も多い.また,そのほかにも果糖(D-フルクトース)や乳糖の構成単糖であるD-ガラクトースなど7種類のみが自然界に多く存在する.われわれのグループでは,自然界に多量に存在する単糖を出発原料にして希少糖の生産について研究を進めている.希少糖を生産するために重要なものは,生産するための「原料」を何にするか,生産するために使用する「方法」をどのようなものにするか,そしてどのような経路で目的の希少糖を生産するのかを示した「設計図」である.まず,希少糖自体は天然にほとんどもしくはまったく存在しないため,植物など天然物から抽出して直接多量に得ることは不可能に近く,それを希少糖生産の原料とすることは難しい.そのため,大量に希少糖を生産するための原料としては,自然界で一番多いD-グルコースとすることが有利である.次に,希少糖を生産する方法としては,有機合成などの化学法や各種酵素を用いる酵素法が考えられるが,酵素を用いる方法は通常一つの原料から一つの生産物ができるため有利である.実際に酵素を用いた転換法はデンプンから異性化糖(D-グルコースとD-フルクトースを主成分とする液糖)の生産などでも用いられている.この場合は3つの酵素がその反応にかかわっている.まず,デンプンに水とα-アミラーゼを加え95度程度で反応することでデンプンが分解される.α-アミラーゼによる作用は,大きなデンプンをある程度小さくするもので,「液化」と呼ばれる.次にグルコアミラーゼを用いることでデンプンが最小単位のD-グルコースにまで分解される.この最終的に得られたD-グルコースに異性化酵素(グルコースイソメラーゼ)を加えて反応することでD-フルクトースへの転換反応が起こる.この反応は可逆的な平衡反応であり,最終的にD-グルコースとD-フルクトースの平衡比はおよそ1 : 1となる.
上記と同じようにD-グルコースを原料に用いて酵素によって希少糖を作ることが考えられるが,希少糖は自然界に存在する量こそ少ないがその種類は多く,炭素数6の単糖および糖アルコールでは30種類,炭素数5の単糖および糖アルコールでは14種類,炭素数4の単糖および糖アルコールは9種類と多数存在する.このように数多く存在する希少糖をすべて作ろうとする場合,どのような順番で目的の希少糖を作るかの指標となる「設計図」が必要となる.希少糖を含む単糖すべてを酵素反応で連結できれば,それが希少糖生産の「設計図」となる.単糖であるアルドースとケトースを結びつける酵素はアルドースイソメラーゼ,ケトースと糖アルコールを結びつける酵素はポリオール脱水素酵素,アルドースと糖アルコールを結びつける酵素はアルドースレダクターゼが存在すると知られていたが,ケトースとケトースを結びつける酵素が存在しなかったため,全部の単糖を結びつけることはできなかった.遊離のケトースに作用するエピ化酵素が発見される前は,リン酸化したケトースから構造の異なるリン酸化されたケトースへ転換するエピ化酵素が存在することがわかっていたが,遊離のケトースに作用するエピ化酵素は存在しないと思われていた.われわれは希少糖の転換反応を触媒する微生物をスクリーニングする過程で,偶然に遊離ケトースに作用し3位をエピ化する全く新しい酵素,D-タガトース3-エピメラーゼを見いだした.そしてこの酵素を用いることでケトースとケトースを結びつけることができた.また,長年の希少糖生産研究を進めるなかで,さまざまな希少糖の生産に使用可能な各種の微生物や酵素を獲得しており,それらの微生物や酵素を用いることでこれまでに炭素数4, 5, 6のすべての希少糖の生産に成功してきた.多くの単糖の生産方法を体系化して,希少糖を生産するための「設計図」イズモリング(Izumoring)を構築した(1)1) K. Izumori: Naturwissennshaften, 89, 120 (2002).(図1図1■全希少糖生産戦略の設計図であるイズモリング(Izumoring)).これにより希少糖生産の「原料」,使用する「酵素」,希少糖生産の「設計図」がそろい,われわれのグループではすべての希少糖が作れるようになった.
希少糖の生産が可能になるまでは,希少糖は自然界にほとんど存在せず,分子量は100~200程度の低分子化合物であるため,多くの研究者が希少糖には機能などはないと考えていた.さらに,その希少糖を試薬として購入する場合は安価ではないことからそれら希少糖を用いたスクリーニング試験や応用研究が行われていなかった.しかし,イズモリングに基づいて希少糖が自然界に多量に存在する糖から大量に生産できるようになり,食品,医薬品,植物や微生物や動物などの幅広い分野で応用研究が進むことで,希少糖のもつさまざまな生理活性が明らかになり,希少糖にはさまざまな未知の可能性が秘められていることがわかってきた.そこでイズモリングよって希少糖を生産するときに用いる微生物やその酵素である①ケトースエピメラーゼ,②アルドースイソメラーゼ,③ポリオール脱水素酵素,④アルドースレダクターゼに着目し,その性質や有意性について紹介する.
ケトース3-エピメラーゼの一種であるD-タガトース3-エピメラーゼ(DTE)は1991年に香川大学農学部キャンパス(図2図2■DTE酵素をもつ微生物Pseudomonas cichoriiが単離された香川大学農学部キャンパス内のモニュメント)から単離された微生物Pseudomonas cichoriiから見つかった新規酵素である.本酵素はD-ガラクトースを還元することで得られるガラクチトールをタガトースへ酸化する微生物をスクリーニングする過程で発見された.P. cichorii株はガラクチトールからD-タガトースへ酸化した後にD-ソルボースへ転換することがわかり,ガラクチトールの酸化により作られたD-タガトースによってD-タガトース3-エピメラーゼが誘導されていることが明らかとなっている(2)2) A. R. Khan, S. Takahata, H. Okaya, T. Tsumura & K. Izumori: J. Ferment. Bioeng., 74, 149 (1992)..P. cichorii株由来D-タガトース3-エピメラーゼは,D-タガトースの炭素第3位の水酸基の向きを反転してD-ソルボースに転換する.このように本酵素は世界で初めて発見された遊離の単糖に作用する酵素である.さらに,この反応は可逆的な平衡反応であり,D-タガトースとD-ソルボースの平衡比は20 : 80である.また,本酵素はD-タガトースとD-ソルボースだけでなく,D-フルクトースとD-プシコース(英語ではD-allulose)(平衡比70 : 30),L-タガトースとL-ソルボース(平衡比27 : 73),L-プシコースとL-フルクトース(平衡比24 : 76)といったすべての炭素数6のケトースに作用すること,D-キシルロースとD-リブロース(平衡比85 : 15)やL-キシルロースとL-リブロース(平衡比70 : 30)といった炭素数5のケトースのエピ化反応も触媒することが可能な広い基質特異性を示している(3, 4)3) K. Izumori, A. R. Khan, H. Okaya & T. Tsumura: Biosci. Biotechnol. Biochem., 57, 1037 (1993).4) H. Itoh & K. Izumori: J. Ferment. Bioeng., 81, 351 (1996).(図3図3■Pseudomonas cichorii由来D–タガトース3–エピメラーゼの基質の構造と平衡比).さらに本酵素は,炭素第1位や炭素第6位がメチル基となったデオキシケトヘキソースの炭素第3位の水酸基のエピ化反応も触媒できる(5)5) P. Gullapalli, A. Yoshihara, K. Morimoto, D. Rao, K. Akimitsu, S. F. Jenkinson, G. W. J. Fleet & K. Izumori: Tetrahedron Lett., 51, 895 (2010)..さらに,1位のメチル基となった1-デオキシ3-ケトD-ガラクチトールを基質とすることもでき,その際には4位の水酸基を認識して触媒反応を行う非常にユニークな酵素でもあり,X線立体構造も明らかになった(6, 7)6) H. Yoshida, M. Yamada, T. Nishitani, G. Takada, K. Izumori & S. Kamitori: J. Mol. Biol., 374, 443 (2007).7) H. Yoshida, A. Yoshihara, T. Ishii, K. Izumori & S. Kamitori: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 10403 (2016).(図4図4■Pseudomonas cichoriiのD–タガトース3–エピメラーゼ(DTE)の立体構造とその活性部位).本酵素の発見により,香川大学では多数存在する希少糖の生産が可能になるとともに,希少糖生産酵素研究を進める原動力になったと言える.