Kagaku to Seibutsu 56(11): 769-771 (2018)
農芸化学@High School
沖縄産植物に含まれる紫外線吸収物質の活用ベニイモの成分から日焼け止めを作製
Published: 2018-10-20
本研究は,日本農芸化学会2018年度大会(開催地:名城大学,名古屋)の「ジュニア農芸化学会」で発表されたものである.沖縄県は多くの特産品が存在することはよく知られているが,本研究はその気候の特性である紫外線の強さと,植物の性質を鑑み,ベニイモの皮成分に着目した.ベニイモの皮から紫外線吸収物質を抽出・精製し,物質の特性,安定性を調べ,さらに日焼け止めの作製を行い,その効果を化学的に解析し,使用者へのアンケートを同時に行うことで実用化に向けた試みを行った.この一連の研究から新たな沖縄の特産品が産出されることが期待される.
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
沖縄県は,日本列島の南西端に位置している県であり,黒潮が流れる暖かい海に囲まれており,海洋の影響を強く受ける亜熱帯海洋性気候の地である.気候に恵まれた沖縄県は貴重な動植物が多く存在することで知られており,なかでも沖縄の植物は特産品としても有名である.われわれは強い紫外線にさらされている沖縄県産の植物には,強い紫外線に対する機能をもつ可能性があると考え研究を行ってきており,これまでの研究から紫外線吸収量が多い植物は,ベニイモ,キダチアロエ,シークヮーサーであることがわかってきた(1)1) 野口朱里,糸州永李子,山中結有,岸本玲奈,宮城桃奈,下門あいか:植物に含まれる紫外線吸収物質の探索 第57回沖縄県生徒科学賞作品展,2016..そこで,本研究では,ベニイモ(品種:備瀬)の皮に着目し,ベニイモの皮に含まれる紫外線吸収物質の単離・精製および化学的性質の解析を試みることを目的とした.また,紫外線吸収物質は化粧品や日用品などへの高付加価値化が期待できる.そこで,その成分を含んだ日焼け止めを作製し,その効果を測定することと,使用感のアンケートを行うことで特産品の開発の可能性を確かめることも第二の目的とした.最終的には本製品によって沖縄県の産業発展に貢献することを目指している.
紫外線吸収物質は,ベニイモの皮(25 g)から溶媒アセトン(140 mL)を用いて抽出し,さらにシリカゲルカラムクロマトグラフィーによる精製(展開溶媒 アセトン:酢酸エチル=1 : 3)を行った.
紫外可視分光光度計によるUVスペクトルの測定および核磁気共鳴機(1H-NMR)によって,抽出された化合物の構造解析を試みた.
400 µLのサンプル(精製物 0.15%,メタノール 50%,乳液 50%)をスライドガラスで挟み,下部からUVトランスイルミネーターを用いて365 nmの紫外線を照射し,上部から紫外線強度計で紫外線透過量を測定した.
化合物0.1%メタノール溶液に対して,紫外可視分光光度計を用いて,波長280 nm,12時間の紫外線照射における紫外線吸収量の変化を測定した.
ベニイモの皮をメタノールで抽出後,水と酢酸エチルで分液し,酢酸エチル層をオープンカラムクロマトグラフィーに供して不純物をシリカゲルに吸着除去したものを,粗精製物とした.この粗精製物が0.05%となるよう15%エタノール水溶液で調整し,日焼け止めローションを作製した.文化祭(2017/06/17~18)で,作製したローションを10~60代の男女60人に使用してもらい,アンケートを実施した.
ベニイモの皮25 gから約300 mgの抽出物が得られた.シリカゲルTLC(展開溶媒アセトン:酢酸エチル=1 : 3)で確認したところ,Rf値0.7(化合物1)と0.4(化合物2)に無色透明の紫外線吸収物質が見られた(図1図1■アセトン抽出物のTLC結果).シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分離・精製した結果,Rf値0.7とRf値0.4の化合物をそれぞれ分離することができた.
化合物1, 2のUVスペクトルでは吸収極大がどちらも280 nm付近であった(図2図2■(上)化合物1,2のUVスペクトル上).220 nm付近にある紫外線吸収は溶媒のものである.1H-NMRの結果,化合物1, 2ともに,7.4~7.9 ppmに芳香族化合物特有のシグナルが複数見られた(図2図2■(上)化合物1,2のUVスペクトル下).これらの結果から,2つの化合物はフラボノイド骨格をもつ芳香族化合物である可能性が考えられる.
乳液とメタノールだけのコントロールと比較して,抽出物が入っている場合は紫外線透過量が57.4%減少した.乳液の代わりに市販の日焼け止めクリームを用いた場合にも,紫外線透過量が58.8%減少していた(図3図3■紫外線吸収量の簡易測定).このことから,抽出物は日焼け止めの成分として活用できると考えられる.
化合物1に280 nmの紫外線を照射し続けた結果,12時間紫外線を吸収し続けた(図4図4■紫外線(280 nm)吸収量の変化).ベニイモの皮から抽出した物質は私たちが日中行動している間,十分有効に作用すると考えられる.
使用者の使い心地を高めるために,またどのような工夫をすれば良いかを明らかにするため,アンケート調査を行った.得られたアンケート結果の項目間でスピアマンの積率相関分析を行った.その結果,使い心地と香りには弱い正の相関が見られた(図5図5■使い心地と香りの相関図).アンケートの自由記述欄ではべたつくと感じる人やアルコールの匂いが苦手な意見も多数寄せられた.使い心地,天然成分の配合化粧品に関しては全体的に高評価を得た.
自由記述
・付け心地はさらさらでなじむとしっとりする.
・香りをつけてほしい.
・肌への負担が少なそう.
・無添加なので子どもでも安心して付けられそう.
(一部抜粋)
ベニイモにはアントシアニンが多く含まれており(2)2) 山田恭正,:ニューフードインダストリー,54, 36 (2012),本研究で抽出された紫外線吸収物質はアントシアニンの代謝産物である可能性も考えられる.しかし皮から抽出されたこの成分は,イモの内部では確認できなかったことから,新規性が高く,今後はカラムクロマトグラフィーを行った後に,高速液体クロマトグラフィーでさらに精製・単離をして,化合物の構造解析を行う必要がある.また,この物質が合成される組織や時期,生理活性作用についてもさらに詳しく調べることにより,有用な新規の物質が得られると考えられる.
今回作製した日焼け止めローションは,べたつき度や香りの感じ方には個人差があったため,化粧水タイプだけでなく,乳液タイプの日焼け止めの作製も検討する予定である.アンケートでは,香りの良さが使い心地の良さとの相関関係が見られたので,香りについても検討が必要である.また,日焼け止めへの活用を実現するために,臨床試験を行う必要があり,その方法を確立することで日焼け止めへと商品化につなげることができると考えられる.
本研究は沖縄の特産品であるベニイモの皮と紫外線とのかかわりに着目するという非常に新鮮な視点に基づく研究であり,その結果,新規なものと考えられる物質の発見があった.さらにその物質の特性を明らかにした後に,日焼け止めとして製品を開発することで,“食品ではない新たな沖縄の特産品”の産出を試みている.本研究は沖縄の土地と気候に基づいた,基礎と応用のバランスのとれた研究であり,この研究から発展した沖縄の特産品としてのベニイモ由来の日焼け止めクリームが日の目を見る日も近いかもしれない.今後のさらなる研究の発展を期待したい.
(文責「化学と生物」編集委員)
Acknowledgments
この研究を行うにあたり,琉球大学教育学部の照屋俊明教授,福本晃造准教授には研究について多くのご助言,ご協力を賜りました.謹んで御礼申し上げます.
Reference
1) 野口朱里,糸州永李子,山中結有,岸本玲奈,宮城桃奈,下門あいか:植物に含まれる紫外線吸収物質の探索 第57回沖縄県生徒科学賞作品展,2016.
2) 山田恭正,:ニューフードインダストリー,54, 36 (2012)