Kagaku to Seibutsu 56(12): 773 (2018)
巻頭言
息の長い地域の人づくり
Published: 2018-11-20
© 2018 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2018 公益社団法人日本農芸化学会
日本は1950年代からの高度成長時代を経て大きな経済発展を遂げた.その反面,地方,中山間地では人口流出が加速し,過疎化,高齢化が進み,産業構造の空洞化,地域文化の衰退など多くの課題が生じた.その一方で,1980年頃から村おこしや一村一品運動などの地域振興,地方再生への動きが全国各地域から湧き上がった.そもそも日本の産業構造は382万社ある製造業のうち99.7%が中小企業と言われている.言い換えれば,日本の活力は中小企業に支えられていると言っても過言ではないだろう.都市圏から離れた地方においてはさらに中小企業の割合は高くなる.中小企業の強化は地方にとってもまた日本全体にとっても重要なことである.
このような社会的背景の中で,文部科学省は地域に潜在する人的,物的資源を盛り上げ,地域再生人材創出拠点の形成を目的とした科学技術振興調整費(後に科学技術戦略推進費)という競争的資金を2006年度より配分した.地域というのは地方だけを意味するのではなく大都市圏の中にも存在するものである.したがって,この事業には全国の50以上の大学などが採択され,それぞれの地域に根差した取り組みが行われた.
この事業の底流には地域創生を推進するために,5年間の補助事業終了後は自立してこの事業を継続・発展してもらいたいという期待があった.しかし補助事業終了とともにほとんどの事業が終結した.このなかで,文部科学大臣賞をはじめ数々の受賞をして客観的にも評価が高い成功事例を一つ紹介する.高知大学の土佐フードビジネスクリエーター人材創出事業(土佐FBC)は受田浩之教授・副学長を中心として,2008年度に5年間の補助事業として採択された.この事業の詳細はネット情報に譲るとして,食品全般の基礎知識と技術,人材管理,マーケティング,知財関連などの座学(160時間)や企業の課題をOJTで解決する課題研究などのカリキュラムを組み,1~2年間かけて修得するものである.5年間の事業で延べ186名の修了者を送り出した.そして補助事業が終了した後も,大学,自治体,民間団体などから支援を受けて自立して,さらに5年間の事業を成し遂げた.10年間で修了生が実に延べ490名に達し,またこの事業での経済的波及効果は約30億円と見積もられている.さらに注目すべきことには,2018年度より「土佐FBC III」として,新たな5年間に向けてスタートが切られている.人づくりは物づくりと違い無形財産である.その効果が現れる時期はさまざまである.しかし確実に,その経験は地域の人の中に刷り込まれ,醸成されながら,何らかの形となって具現化されていくものである.人づくり事業だからこそ継続することに大きな意義がある.
ワーヘニンゲン大学(オランダ)は,当初,地方の農業学校であったが,農学とその関連分野で産学官が連携して発展し,今や食品関連の企業や研究機関が集まる「フードバレー」の中心的存在になっている.企業が求める研究を共同して行い,成果を出すことによって企業はさらに発展し,さらに大きな経済的効果が生み出されるものである.特化した事業組織ではこのように焦点を絞ることが重要である.“Research and Development Make Food Business Grow”(研究開発がフードビジネスを発展させる)はワーヘニンゲン大学のリサーチセンターから土佐FBCが学んだ標語である.
食品も元は生物由来である.化学と生物の理解を基本として,幅広い分野を網羅し,学術的な領域と応用的な領域を包括した農芸化学的発想が地域人材の人づくりの根幹の一つにあったものと私は認識している.物は人が創りだすものであり,人づくりがあってこそ物づくりが創出されるものと信じている.