今日の話題

カロリー制限模倣効果を発揮するヘキソースD-グルコースの類縁体はヒトを長寿にできるのか?

Tomoya Shintani

新谷 知也

愛媛大学

Hisashi Ashida

芦田

近畿大学

Masashi Sato

佐藤 正資

香川大学

Published: 2018-11-20

カロリー制限(Calorie Restriction; CR)は,実験動物モデルにおいて寿命を延ばし,多様な加齢変化および加齢関連疾病の進行を遅延させることが示されている.CALERIE(Comprehensive Assessment of Long term Effects of Reducing Intake of Energy)という大型研究プロジェクトにおいて,ヒトにおけるCRの効果に特に焦点を当てた最初の研究が米国で行われている(1)1) L. M. Redman, S. R. Smith, J. H. Burton, C. K. Martin, D. Il’yasova & E. Ravussin: Cell Metab., 27, 805 (2018).. CALERIEの注目すべき特徴は,臨床試験の規模,総合的な生理学的検査・血液生化学検査である.

CALERIE試験は2段階で実施された.フェーズ1は,BMIが25~30の被験者を対象とした異なるCRの程度に関する中長期(6カ月から1年)の試験であった.このフェーズ1のデータをもとに設計されたフェーズ2では,若年者および中年の非肥満の健常者を対象とした2年間のランダム化比較試験が行われた.その試験では,最終的に53名を対象として19名を自由摂取群とし,34名をCR群として摂取カロリーの15%を制限した.CR群では,体重の減少,体脂肪の減少,エネルギー消費量の変動や酸化ストレスマーカーの低下が見られた.この変化は,実験動物モデルにおけるCRでも観察される結果であった.

実生活において,長期間にわたってCRを続けることは非常に困難である.そこで,摂取することでCRと同様のアンチエイジング効果が得られるカロリー制限模倣物質(calorie restriction mimetic; CRM)の開発が注目されている(2)2) D. K. Ingram & G. S. Roth: Ageing Res. Rev., 20, 46 (2015)..CRMは,細胞レベルにおいては遺伝子の発現制御・修復やエネルギー・物質代謝の調節が期待される.これらの作用は,それぞれ完全に独立した作用ではなく,互いに影響し合う作用と考えられる.その結果として,個体レベルにおいては,抗メタボリックシンドローム効果を示し,最終的に生存期間を延長する.

CRMは,その候補物質がいくつか報告されており,例としてmTOR(mammalian target of rapamycin)阻害剤のラパマイシン,糖尿病薬のメトホルミンやワインポリフェノールのレスベラトロールなどが挙げられる(2)2) D. K. Ingram & G. S. Roth: Ageing Res. Rev., 20, 46 (2015)..これらは,シグナル伝達系の上流に働きかけ下流方向にCRと同様の効果を発揮する作用機序をもつ物質である.そのような作用機序をもつラパマイシンは,細胞成長の司令塔であるmTORを抑制する.インスリンシグナル伝達系に存在するmTORは,細胞成長,細胞増殖,細胞寿命,タンパク質合成や翻訳に関与するセリンスレオニンキナーゼである.ラパマイシンを与えたマウスで約10%の寿命延長が確認された(3)3) D. E. Harrison, R. Strong, Z. D. Sharp, J. F. Nelson, C. M. Astle, K. Flurkey, N. L. Nadon, J. E. Wilkinson, K. Frenkel, C. S. Carter et al.: Nature, 460, 392 (2009)..また,ラパマイシンはmTORを制御することで,寿命と深く関係するオートファジー(細胞内の分解系)を亢進することも非常によく知られている(2)2) D. K. Ingram & G. S. Roth: Ageing Res. Rev., 20, 46 (2015).

上述のラパマイシンなどは,比較的上流にまた選択的に働きかけ下流方向にCR関連シグナルを伝えるダウンストリーム型CRMであった.一方で,アップストリーム型CRMもある.これは下流のエネルギー代謝系の酵素などに直接的に働きかけ上流方向にシグナルを伝達しCRと同等の効果を発揮する物質である.アップストリーム型CRMの例として,分子内に炭素を6つもつヘキソース類がある.最も研究の進む2-デオキシ-D-グルコースは,D-グルコースと同様にグルコーストランスポーターを介して細胞内に入り,ヘキソキナーゼによってリン酸化を受け2-デオキシ-D-グルコース-6リン酸となる.2-デオキシ-D-グルコース-6リン酸は,解糖系のグルコース6リン酸イソメラーゼを強く阻害する.また,細胞内のATPを減少させることでエネルギーセンサーであるAMPK(AMP-activated protein kinase)を活性化する.そしてmTORを抑制することでエネルギー代謝を制御し,寿命を延伸することが実験動物で確認されている(2)2) D. K. Ingram & G. S. Roth: Ageing Res. Rev., 20, 46 (2015).

D-グルコースの2位にアミノ基を導入するとグルコサミンになる.以前に,哺乳類培養細胞においてグルコサミンによるmTOR非依存性のオートファジー誘導活性が見出された(4)4) T. Shintani, F. Yamazaki, T. Katoh, M. Umekawa, Y. Matahira, S. Hori, A. Kakizuka, K. Totani, K. Yamamoto & H. Ashida: Biochem. Biophys. Res. Commun., 391, 1775 (2010)..そして寿命研究のモデル動物である線虫Caenorhbditis elegansにおいて,オートファジー依存的に寿命延長することが確認されている(5)5) T. Shintani, Y. Kosuge & H. Ashida: J. Appl. Glycosci., 65, 37 (2018)..寿命延長のメカニズムとして,グルコサミンが糖代謝を調節しAMPKを活性化することで,ストレス耐性を高めていると推察されている.またMus musculusを用いた検討においても,寿命延長することがスイス・ドイツの研究グループより報告(6)6) S. Weimer, J. Priebs, D. Kuhlow, M. Groth, S. Priebe, J. Mansfeld, T. L. Merry, S. Dubuis, B. Laube, A. F. Pfeiffer et al.: Nat. Commun., 5, 3563 (2014).されており,CRMの一つとしてリストアップされている(2)2) D. K. Ingram & G. S. Roth: Ageing Res. Rev., 20, 46 (2015).

図1■カロリー制限模倣物質の研究

もう一つのアップストリーム型のCRMの候補は,D-グルコースの異性体の一つであるD-プシコース(アルロース)である.D-プシコースを含んだシロップが,げっ歯類においてグルコキナーゼを介した糖代謝改善効果をもつことが報告された(7)7) T. Shintani, T. Yamada, N. Hayashi, T. Iida, Y. Nagata, N. Ozaki & Y. Toyoda: J. Agric. Food Chem., 65, 2888 (2017)..そして,C. elegansにおいて,D-プシコースが摂食量を変えずAMPK依存的に寿命を延伸することが見出された(8)8) T. Shintani, H. Sakoguchi, A. Yoshihara, K. Izumori & M. Sato: Biochem. Biophys. Res. Commun., 493, 1528 (2017)..また,線虫体内の脂肪の減少と酸化ストレス耐性の向上も観察された.D-プシコースも,グルコサミンと同様にCRと同等の効果を有するヘキソースと考えられる.

大昔から人は長寿を求めて止まない.長寿につながるCRの研究は,大規模な臨床試験が行われ,大きく進展している.長寿の秘薬であるCRMの前臨床の検討も進んでおり,今後はCRMにフォーカスした臨床試験の実施が望まれる.またCRMの臨床試験に先立ち,長期摂取時の安全性等の十分な検討も必要となってくるであろう.

Reference

1) L. M. Redman, S. R. Smith, J. H. Burton, C. K. Martin, D. Il’yasova & E. Ravussin: Cell Metab., 27, 805 (2018).

2) D. K. Ingram & G. S. Roth: Ageing Res. Rev., 20, 46 (2015).

3) D. E. Harrison, R. Strong, Z. D. Sharp, J. F. Nelson, C. M. Astle, K. Flurkey, N. L. Nadon, J. E. Wilkinson, K. Frenkel, C. S. Carter et al.: Nature, 460, 392 (2009).

4) T. Shintani, F. Yamazaki, T. Katoh, M. Umekawa, Y. Matahira, S. Hori, A. Kakizuka, K. Totani, K. Yamamoto & H. Ashida: Biochem. Biophys. Res. Commun., 391, 1775 (2010).

5) T. Shintani, Y. Kosuge & H. Ashida: J. Appl. Glycosci., 65, 37 (2018).

6) S. Weimer, J. Priebs, D. Kuhlow, M. Groth, S. Priebe, J. Mansfeld, T. L. Merry, S. Dubuis, B. Laube, A. F. Pfeiffer et al.: Nat. Commun., 5, 3563 (2014).

7) T. Shintani, T. Yamada, N. Hayashi, T. Iida, Y. Nagata, N. Ozaki & Y. Toyoda: J. Agric. Food Chem., 65, 2888 (2017).

8) T. Shintani, H. Sakoguchi, A. Yoshihara, K. Izumori & M. Sato: Biochem. Biophys. Res. Commun., 493, 1528 (2017).