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ATPでなくピロリン酸を利用する新規リン酸化酵素の基質認識機構ユニークな酵素を使ってリン酸化反応をより安価に

Ryuhei Nagata

永田 隆平

東京大学生物生産工学研究センター

Masahiro Fujihashi

藤橋 雅宏

京都大学大学院理学研究科

Published: 2018-11-20

近年,省エネルギーや地球環境への配慮から,酵素反応の産業的な物質生産への利用が進んでいる.酵素反応は,常温常圧下で進行するため,過剰なエネルギーを必要としない.また,有機化学的な反応と比べて,有害な金属や溶媒を使用しない点も優れている.これまでに,さまざまな種類の酵素について利用研究が進められてきたが,産業利用が難しい酵素の一つとしてリン酸化酵素が挙げられる.

リン酸化酵素は,リン酸基の供与体基質から受容体基質へとリン酸基の受け渡しを行う酵素である.リン酸化物は化粧品や抗菌薬などとして使われており,酵素によるリン酸化反応の利用価値は大きい.しかし,リン酸基の供与体基質であるATPにかかるコストが産業利用への障害になっている.ほとんどのリン酸化酵素は,リン酸基供与体としてATPを用いる.ATPは,RNAの構成要素の一つであるアデノシンにリン酸基が3個つながった化合物で,生体内ではエネルギーの伝達物質として広く利用される.一方,リン酸化酵素をin vitroでの物質生産に利用する際は,ATPが高価な化合物であるため,大きな費用がかかってしまう.

リン酸基供与体にかかるコストの削減方法の一つとして,ATPの代わりにピロリン酸(PPi)を利用する方法が考えられる.PPiは,リン酸基が2個つながっただけの単純な化合物で,ATPに比べて1,000分の1の価格で手に入る.しかし,PPi依存性リン酸化酵素は,これまでに3種類しか見つかっておらず(1~3)1) E. Mertens: FEBS Lett., 285, 1 (1991).2) E. Mertens: Parasitol. Today, 9, 122 (1993).3) M. L. Fowler, C. Ingram-Smith & K. S. Smith: Eukaryot. Cell, 11, 1249 (2012).,多様な化合物のリン酸化反応には適用できない.また,ATP依存性のリン酸化酵素をPPi依存性に改変する研究も行われてきたが,PPiを特異的に認識する仕組みが未解明であるため,成功例はない(4~6)4) A. Chi & R. G. Kemp: J. Biol. Chem., 275, 35677 (2000).5) A. Yoshioka, K. Murata & S. Kawai: J. Biosci. Bioeng., 118, 502 (2014).6) T. Dang & C. Ingram-Smith: Sci. Rep., 7, 5912 (2017).

最近,われわれは既知のPPi依存性酵素とは異なる酵素群に属するPPi依存性酵素TM0415を発見し,そのPPi特異的な認識機構を結晶構造に基づいて明らかにした(7)7) R. Nagata, M. Fujihashi, T. Sato, H. Atomi & K. Miki: Nat. Commun., 9, 1765 (2018)..TM0415は,多数のATP依存性の糖リン酸化酵素を含むリボキナーゼファミリーという酵素群に属する.この酵素群の酵素は共通の立体構造や触媒機構をもつため,TM0415は僅かな残基の違いでATPでなくPPiを利用していると思われた.そのため,TM0415のPPi特異的な認識機構を解明することで,ATP依存性のリボキナーゼファミリー酵素をPPi依存性に改変することや,新たなPPi依存性のリボキナーゼファミリー酵素を見つけ出すことが可能になると考えた.本稿では,TM0415についての研究結果とPPi依存性酵素の利用可能性について述べる.

TM0415は,ATP依存性のイノシトールリン酸化酵素TK2285(8)8) R. Nagata, M. Fujihashi, T. Sato, H. Atomi & K. Miki: Biochemistry, 54, 3494 (2015).のホモログとして見つかった.TM0415は,イノシトールを含む糖や糖アルコールに対するATP依存的なリン酸化活性がないことが知られていた(9, 10)9) I. A. Rodionova, C. Yang, X. Li, O. V. Kurnasov, A. A. Best, A. L. Osterman & D. A. Rodionov: J. Bacteriol., 194, 5552 (2012).10) I. A. Rodionova, S. A. Leyn, M. D. Burkart, N. Boucher, K. M. Noll, A. L. Osterman & D. A. Rodionov: Environ. Microbiol., 15, 2254 (2013)..そこで,報告されていた基質非結合型構造(11)11) Joint Center for Structural Genomics (JCSG): Crystal structure of PfkB carbohydrate kinase (TM0415) from Thermotoga maritima at 1.91 A resolution, https://www.rcsb.org/structure/1vk4. (2004)に基づいて,この酵素のリン酸基受容体と供与体それぞれの結合部位構造をTK2285と比較した.その結果,TK2285のイノシトール認識残基は保存されているが,ATP結合部位の一部分がPhe221, Arg232, Met266によって塞がれていた.そのため,TM0415はATP以外の供与体を使ってイノシトールをリン酸化すると予想された.実際に活性を確認したところ,TM0415はATPやADPでなくPPiのみをリン酸基供与体としてイノシトールをリン酸化することが明らかとなった.

次に,TM0415にPPi類似体とイノシトールが結合した三者複合体の構造およびPPi類似体の代わりに硫酸イオンが結合した三者複合体の構造を決定した.これらの結晶構造と変異体解析から,PPiの認識にかかわる残基が明らかになった.これらの残基のリボキナーゼファミリー酵素における保存性を調べたところ,Lys171, Arg229, Arg232の3残基はATPやADP依存性の酵素では保存されておらず,TM0415に特徴的であることが判明した.そこでわれわれは,これらの特徴的な残基および先に述べた供与体結合部位を埋める残基を合わせた5残基(Arg232は両方にかかわる)をPPi特異的認識のカギとなる残基だと考えた(図1図1■TM0415におけるPPi特異的認識のカギとなる5残基).

図1■TM0415におけるPPi特異的認識のカギとなる5残基

カギとなる5残基があることにより,ATPは立体的に衝突するが,PPiは衝突することなく水素結合をつくる.

この5残基を指標にして,リボキナーゼファミリー内の新たなPPi依存性酵素をゲノムデータベースから探索した.その結果,この5残基をもつPPi依存性酵素の候補タンパク質が約50個見つかった.TM0415とは異なる生成物をつくる酵素を見つけようと考え,受容体結合部位の残基がTM0415とは異なる候補タンパク質を抽出し,そのうちの4つについてさまざまな受容体に対するPPi依存的なリン酸化活性を調べた.その結果,2つはATPやADPでなくPPiを特異的に利用してイノシトールをリン酸化することがわかった.また,その生成物のリン酸基が付加した位置は,TM0415の生成物とは異なっていた.残り2つの候補は,ここで調べた受容体に対するPPi依存的な活性を示さなかったが,試した化合物とは大きく異なる化合物を真の受容体とするのだと考えられる.よって,カギとなる5残基はPPiを特異的に利用する新たな酵素を見つけ出す指標になることが示された.

本研究により,これまで未解明だったPPi依存性リン酸化酵素がPPiを特異的に認識する仕組みが初めて明らかになった.この特異的な認識のカギとなる残基が見つかったことにより,これまで成功していないATP依存性リン酸化酵素をPPi依存性へ改変することが可能になるだろう.また,いまだ活性を調べられていないPPi依存性酵素の候補が多く残っており,この中から有用な化合物をリン酸化する酵素が見つかる可能性もある.今後,酵素工学やゲノムマイニングにより多種多様なPPi依存性酵素が得られることで,リン酸化物の低コストな生産法の開発が進むと期待される.

Reference

1) E. Mertens: FEBS Lett., 285, 1 (1991).

2) E. Mertens: Parasitol. Today, 9, 122 (1993).

3) M. L. Fowler, C. Ingram-Smith & K. S. Smith: Eukaryot. Cell, 11, 1249 (2012).

4) A. Chi & R. G. Kemp: J. Biol. Chem., 275, 35677 (2000).

5) A. Yoshioka, K. Murata & S. Kawai: J. Biosci. Bioeng., 118, 502 (2014).

6) T. Dang & C. Ingram-Smith: Sci. Rep., 7, 5912 (2017).

7) R. Nagata, M. Fujihashi, T. Sato, H. Atomi & K. Miki: Nat. Commun., 9, 1765 (2018).

8) R. Nagata, M. Fujihashi, T. Sato, H. Atomi & K. Miki: Biochemistry, 54, 3494 (2015).

9) I. A. Rodionova, C. Yang, X. Li, O. V. Kurnasov, A. A. Best, A. L. Osterman & D. A. Rodionov: J. Bacteriol., 194, 5552 (2012).

10) I. A. Rodionova, S. A. Leyn, M. D. Burkart, N. Boucher, K. M. Noll, A. L. Osterman & D. A. Rodionov: Environ. Microbiol., 15, 2254 (2013).

11) Joint Center for Structural Genomics (JCSG): Crystal structure of PfkB carbohydrate kinase (TM0415) from Thermotoga maritima at 1.91 A resolution, https://www.rcsb.org/structure/1vk4. (2004)