解説

精巣性ヒアルロニダーゼを用いたヒアルロン酸とコンドロイチン硫酸の糖鎖工学ひとつの酵素で糖鎖を切り貼りする技術

Glycotechnology for Hyaluronan and Chondroitin Sulfates Using Testicular Hyaluronidase: Remodeling Carbohydrate Chains Using One Enzyme

Ikuko Kakizaki

柿崎 育子

弘前大学大学院医学研究科附属高度先進医学研究センター糖鎖工学講座

Published: 2018-11-20

精巣性ヒアルロニダーゼ(EC 3.2.1.35)は,ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸のβ1,4-N-アセチルヘキソサミニド結合に作用するエンド型のグリコシダーゼである.この酵素は,多くのグリコシダーゼと同様に加水分解反応による糖鎖の遊離とともに,糖転移反応による糖鎖の伸長も触媒する.この酵素の特徴は,二糖単位で糖鎖の遊離および伸長を行い,これらの連続した反応によって二糖の倍数のオリゴ糖単位で遊離または伸長させた糖鎖を得ることが可能であるという点である.本稿では,精巣性ヒアルロニダーゼを用いた糖鎖組み換えについて紹介する.

糖鎖工学の必要性

輸血や移植における免疫反応にかかわるABH(O)式血液型抗原をはじめとする糖鎖性の血液型抗原や,がんや炎症性疾患における糖鎖性のバイオマーカーのように,生命現象や疾患における糖鎖の重要性は糖鎖研究を専門としない研究者にも認識されて久しい(1, 2)1) 阿武喜美子,井原義人,木全弘治,木幡 陽,斎藤政樹,佐内 豊,杉浦信夫,鈴木明身,鈴木 旺,谷口直之ほか:“糖鎖I. 糖鎖と生命”,東京化学同人,1994.2) 乾 幸治,入村達郎,岡本伸彦,神奈木玲児,小林隆彦,桜庭 均,鈴木康夫,瀧孝雄,谷口直之,谷口克ほか:“糖鎖II. 糖鎖と病態”,東京化学同人,1994..しかし,糖鎖や複合糖質,特にプロテオグリカンの構造に基づいた機能を調べるための基盤技術や研究ツールはいまだ充実しているとはいえない.遺伝子工学研究に用いられる試薬のように,糖鎖を切ったり貼ったりできる酵素や技術,糖鎖ライブラリーなどの研究ツールを,糖鎖研究の専門家でなくても広く研究者が,目的に応じて説明書を見ながら利用できる時代になれば良いと考えている.糖鎖工学技術による糖鎖構造の組み換え,それによって得られる研究ツールを用いた糖鎖の機能解析は,天然および人工の糖鎖の有用性の発見,それらの応用開発に必要であると考える.

プロテオグリカンの糖鎖工学における精巣性ヒアルロニダーゼ

プロテオグリカンは,ヒアルロン酸とともに細胞外マトリックスや細胞表面に存在し,細胞の恒常性の維持,情報伝達などに重要である(3)3) T. N. Wight, D. K. Heinegård & V. C. Hascall: “Cell Biology of Extracellular Matrix”, ed. by E. D. Hay, Plenum Press, New York, 1991, pp. 45.プロテオグリカンは,1本の芯となるタンパク質(コアタンパク)のセリン残基に共通の橋渡しの糖鎖構造を介して1本あるいは複数本のグリコサミノグリカンと呼ばれる糖鎖が共有結合した複合糖質の総称である.グリコサミノグリカンは,基本の二糖単位が繰り返した高分子直鎖状の糖鎖であり,二糖単位を構成するウロン酸とヘキソサミンの組み合わせとその結合様式によって,コンドロイチン硫酸,ヘパラン硫酸,ヘパリンなどに分類される.図1図1■精巣性ヒアルロニダーゼの基質となるグリコサミノグリカンの二糖単位に本稿で紹介する精巣性ヒアルロニダーゼの基質となるグリコサミノグリカンの二糖単位を示した.グリコサミノグリカンは,硫酸化やエピメリ化などの修飾により立体的にも多様性に富む.この多様性により,デザインどおりの配列で合成することはもちろん,構造と機能の解析は困難を極めているが,長い糖鎖中に活性に必須のオリゴ糖配列(機能ドメイン)があると言われている(4)4) L. Kjellen & U. Lindahl: Annu. Rev. Biochem., 60, 443 (1991)..ヒアルロン酸はプロテオグリカンの糖鎖成分ではなく遊離の糖鎖として存在し,硫酸基をもたない.これらのグリコサミノグリカンの中には,医薬品として使用されているものもある.また,プロテオグリカンの中にも,尿中トリプシンインヒビター(ウリナスタチン)のように医薬品として使用されているものもある.

図1■精巣性ヒアルロニダーゼの基質となるグリコサミノグリカンの二糖単位

GlcUA, グルクロン酸;GlcNAc, N-アセチルグルコサミン;GalNAc, N-アセチルガラクトサミン;IdoUA, イズロン酸.2SはGlcUAの2位の炭素の硫酸基,4S, 6Sは,GalNAcの4位,6位の炭素の硫酸基を示す.

グリコサミノグリカンに関する糖鎖工学技術としては,橋渡し構造のオリゴ糖や二糖の繰り返し部分のオリゴ糖の化学合成(5)5) J. Tamura: Trends Glycosci. Glycotechnol., 13, 65 (2001).,糖転移酵素や硫酸基転移酵素などをシステマティックに用いて糖鎖長と硫酸基修飾のパターンを一定に制御したコンドロイチン硫酸の酵素合成(6)6) N. Sugiura, T. Shioiri, M. Chiba, T. Sato, H. Narimatsu, K. Kimata & H. Watanabe: J. Biol. Chem., 287, 43390 (2012).などをはじめ,各種グリコサミノグリカンの合成に関する報告がある(7)7) M. Mende, C. Bednarek, M. Wawryszyn, P. Sauter, M. B. Biskup, U. Schepers & S. Brase: Chem. Rev., 116, 8193 (2016)..しかし,化学合成には専門的で綿密な合成技術が必要とされ,糖鎖長が長くなるほど合成は困難である.一方,糖転移酵素など,グリコサミノグリカンの生合成に関与する酵素を用いる酵素合成では,糖供与体である糖ヌクレオチドや硫酸基供与体を必要とし,いずれも高価である.この場合には,糖鎖を単糖レベルで伸長させた後のステップで,硫酸基などの修飾を施す.伸長させたい単糖の構造と結合様式(α, βなど),導入したい官能基ごとに特異的な酵素が必要である.合成に必要な酵素を複数そろえることは,専門外の研究室では容易ではない.

培養細胞の力を借りたグリコサミノグリカンの糖鎖工学もある.培養細胞の培地に人工糖鎖プライマーとして,p-ニトロフェニルβ-Dキシロシド(Xyl-pNP)や4-メチルウンベリフェリルβ-Dキシロシド(Xyl-MU)などのβ-キシロシドを添加して培養すると,細胞はこれらβ-キシロシドをコアタンパク質のセリンにキシロースがついたものと勘違いするのか,β-キシロシドから橋渡し構造をもつグリコサミノグリカンを伸長させる(8)8) M. Okayama, K. Kimata & S. Suzuki: J. Biochem., 74, 1069 (1973)..これは,β-キシロシドがアクセプターとなり,細胞がもつ糖鎖合成関連酵素が順次働くからである.培養上清を回収し,pNPの吸光度やMUの蛍光を指標にグリコサミノグリカン-pNP/MUを精製できる.このようにして調製されたグリコサミノグリカン-pNP/MUは,貴重な糖鎖工学研究ツールとなり,橋渡し構造に作用するエンド型のグリコシダーゼの人工基質としても使用できる(9)9) M. Endo, K. Takagaki & T. Nakamura: “CRC handbook of endoglycosidases and glycoamidases,” ed. by N. Takahashi & T. Muramatsu, CRC Press, Inc., Boca Raton, FL, 1992, p. 105..また,伸長途上の短いオリゴ糖-pNP/MUを分離して構造解析を行うことにより,グリコサミノグリカン糖鎖の生合成経路に関する情報も得ることができる.培養細胞でβ-キシロシドから糖鎖を伸長させる際に,細胞種を変えたり,生合成関連酵素の阻害剤を添加するなど,培養条件を変えることによりグリコサミノグリカン生合成に関するさらに多くの情報が得られる(10)10) 高垣啓一,遠藤正彦:生化学,72, 1263 (2000).

精巣性ヒアルロニダーゼを使用したグリコサミノグリカンの合成としては,化学-酵素法を用いて硫酸基の位置および数について多様性のない均一なコンドロイチン硫酸を合成する方法が報告されている(11)11) S. Kobayashi: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 83, 215 (2007)..この方法では,化学合成で得たコンドロイチン4-硫酸二糖のオキサゾリン誘導体をモノマー基質として,精巣性ヒアルロニダーゼの重合反応により,分子量が1万~2万の硫酸基の位置と数に関して100%均一な構造のコンドロイチン4-硫酸鎖が得られている.筆者らのグループでは,精巣性ヒアルロニダーゼの糖転移反応を利用して,ドナー由来の二糖単位をアクセプターの非還元末端に伸長させている(12, 13)12) 遠藤正彦,高垣啓一,柿崎育子,石戸圭之輔,:“季刊化学総説「糖鎖分子の設計と生理機能」”,日本化学会編,学会出版センター, 2001, p. 24.13) M. Endo & I. Kakizaki: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 88, 327 (2012).

本稿で紹介するのはただ1種類の酵素,精巣性ヒアルロニダーゼを用いた糖鎖の組み換えについてである.遺伝子組み換え体を用いずとも,安価に入手できる精製酵素を使用可能であること,高価な糖ヌクレオチドが不要,酵素を用いるので化学合成のような難しい知識や技術,労力,有害物質は必要ないのが特徴である.

精巣性ヒアルロニダーゼの加水分解反応と糖転移反応

精巣性ヒアルロニダーゼの生体内での反応様式については不明であるが,筆者らの研究グループで用いているウシ精巣性ヒアルロニダーゼ(Sigma-Aldrich社より購入)の試験管内での加水分解反応は150 mMのNaCl存在下で行われており,至適pHは4~5,糖転移反応はNaCl非存在下,至適pHは7である(14, 15)14) H. Saitoh, K. Takagaki, M. Majima, T. Nakamura, A. Matsuki, M. Kasai, H. Narita & M. Endo: J. Biol. Chem., 270, 3741 (1995).15) I. Kakizaki & K. Takagaki: “Experimental Glycoscience: Glycochemistry,” ed. by N. Taniguchi, A. Suzuki, Y. Ito, H. Narimatsu, T. Kawasaki & S. Hase, Springer, Berlin, Germany, 2008, p. 173.いずれかの至適条件においても加水分解反応と糖転移反応は同時に起こっており,両反応の生成物が続く両反応の基質となる(16)16) B. Weissmann: J. Biol. Chem., 216, 783 (1955).図2A図2■精巣性ヒアルロニダーゼによる加水分解は,ヒアルロン酸を基質とした例であるが,加水分解反応により非還元末端側(紙面左側)より二糖ずつ遊離し,非還元末端がグルクロン酸で還元末端(紙面右側)がN-アセチルグルコサミンである重合度が偶数のオリゴ糖が得られる.加水分解反応の最終生成物は四糖と六糖が主である.六糖はほとんど分解されず,加水分解の基質の実質的な最小単位は八糖と考えられている(17)17) I. Kakizaki, N. Ibori, K. Kojima, M. Yamaguchi & M. Endo: FEBS J., 277, 1776 (2010)..加水分解の基質としての最小単位は,不飽和オリゴ糖の場合には不飽和八糖,還元末端をピリジルアミノ化(PA化)(18, 19)18) 長谷純宏,長束俊治,中北慎一,石水 毅:“ピリジルアミノ化による糖鎖解析—糖鎖多様性の解析に向けて—”,大阪大学出版会,2009.19) S. Hase: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 86, 378 (2010).により蛍光標識した場合にはPA化十糖,ピリジルアミノ化不飽和オリゴ糖ではPA化不飽和十糖であった(17)17) I. Kakizaki, N. Ibori, K. Kojima, M. Yamaguchi & M. Endo: FEBS J., 277, 1776 (2010).

図2■精巣性ヒアルロニダーゼによる加水分解

精巣性ヒアルロニダーゼは,ヒアルロン酸(A)やコンドロイチン硫酸(B)のβ1,4-N-アセチルヘキソサミニド結合(曲線の矢印で示した)に作用し,非還元末端より二糖ずつ遊離する.A. ヒアルロン酸を基質とした場合には,最終生成物は四糖と六糖.B. コアタンパクに結合したままのコンドロイチン硫酸鎖も基質となり,橋渡し六糖構造を残す.GlcUA, グルクロン酸;GlcNAc, N-アセチルグルコサミン;GalNAc, N-アセチルガラクトサミン;Gal, ガラクトース;Xyl, キシロース.6Sは,GalNAcの6位の炭素の硫酸基を示す.

精巣性ヒアルロニダーゼの糖転移反応の機構としては,図3図3■精巣性ヒアルロニダーゼによる糖転移のように,加水分解反応によってドナーの糖鎖の非還元末端から遊離した二糖単位がアクセプターのオリゴ糖の非還元末端に速やかに転移され,このプロセスが繰り返されてアクセプターのオリゴ糖は順次二糖ずつ伸長するという機構が考えられている.糖転移反応の至適条件においても加水分解が起こっている.糖転移反応で伸長したオリゴ糖を識別,精製するために,出発物質であるアクセプターには,還元末端をPA化したオリゴ糖を使用し,HPLCによる分析や精製の際には,PAの蛍光を指標に,アクセプターから伸長したPA化オリゴ糖(糖転移生成物)をモニターする(15)15) I. Kakizaki & K. Takagaki: “Experimental Glycoscience: Glycochemistry,” ed. by N. Taniguchi, A. Suzuki, Y. Ito, H. Narimatsu, T. Kawasaki & S. Hase, Springer, Berlin, Germany, 2008, p. 173.PAはあとから外すこともできる(18, 19)18) 長谷純宏,長束俊治,中北慎一,石水 毅:“ピリジルアミノ化による糖鎖解析—糖鎖多様性の解析に向けて—”,大阪大学出版会,2009.19) S. Hase: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 86, 378 (2010)..この酵素による糖鎖伸長を目的とした場合には,糖転移反応を優位に進めることができる簡易な条件があれば良い.しかし,反応に用いる緩衝液の種類,反応系への添加物や物理的な刺激を加えた反応系,酵素タンパク質の化学修飾など,種々の条件が検討されたが,現時点で糖転移反応を促進する条件は見つかっていない.バリウム塩に置換したコンドロイチン硫酸をドナーに用いたときに,アクセプターのコンドロイチン硫酸オリゴ糖への糖転移の僅かな促進(1.2~1.5倍)が観察されただけである(20)20) I. Kakizaki, I. Nukatsuka, K. Takagaki, M. Majima, M. Iwafune, S. Suto & M. Endo: Biochem. Biophys. Res. Commun., 406, 239 (2011)..プロテオグリカンに対しては,コアタンパクの構造と機能に変化を与えずに,結合するコンドロイチン硫酸鎖に作用する(図2B図2■精巣性ヒアルロニダーゼによる加水分解)ので,精巣性ヒアルロニダーゼの加水分解反応も糖転移反応もプロテオグリカンの糖鎖工学に有用である(21, 22)21) M. Iwafune, I. Kakizaki, M. Yukawa, D. Kudo, S. Ota, M. Endo & K. Takagaki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 297, 1167 (2002).22) I. Kakizaki, R. Takahashi, M. Yanagisawa, F. Yoshida & K. Takagaki: Carbohydr. Res., 413, 129 (2015)..糖鎖組み換えプロテオグリカンの合成への応用が期待されている入手が容易な酵素として,プロテオグリカンのコアタンパク質のセリン残基とグリコサミノグリカン糖鎖の橋渡し構造の還元末端のキシロースとの間に作用するエンド-βキシロシダーゼ活性をもつA. niger由来のセルラーゼ(EC 3.2.1.4)もある(23)23) K. Takagaki, M. Iwafune, I. Kakizaki, K. Ishido, Y. Kato & M. Endo: J. Biol. Chem., 277, 18397 (2002)..このセルラーゼをうまく利用できれば,糖鎖工学の対象となる糖鎖構造の範囲が,ヘパラン硫酸,ヘパリンにまで広がる.しかしながら,この酵素は,コアタンパクがインタクトな場合には一晩のインキュベーションでも作用せず,コアタンパク質をプロテアーゼで低分子化しなければ,還元末端にキシロースをもつグリコサミノグリカン糖鎖を根元から切り出すことはできない.タンパク質の立体構造がネックとなっている可能性を考え,ある種のプロテオグリカンを基質に立体構造の解消を期待した種々の条件が検討されたが,インタクトなプロテオグリカンからのグリコサミノグリカンの切り出しには成功していない.また,橋渡し構造におけるこの酵素の糖転移活性についてもドナーおよびアクセプターの構造や多くの反応条件が検討され,各種原理のHPLCでの反応生成物の検出が試みられたが,いまだ糖転移生成物はつかまえられていない.したがって,現時点では,コアタンパク質が無傷なままでのプロテオグリカンの糖鎖組み換えは,コンドロイチン硫酸プロテオグリカンを対象とした精巣性ヒアルロニダーゼによる組み換え法しかない.

図3■精巣性ヒアルロニダーゼによる糖転移

GlcUA, グルクロン酸;GlcNAc, N-アセチルグルコサミン;PA, 2-アミノピリジン.

精巣性ヒアルロニダーゼを固定化した樹脂を用いることにより,酵素の混入がない生成物を量産できるようになった.糖転移生成物として,アクセプターのPA化オリゴ糖にドナー由来の二糖単位が一つ伸長したものから,複数伸長した鎖長の異なるPA化オリゴ糖の混合物が生じるので,HPLCにより目的の糖鎖長のPA化オリゴ糖を精製するのに労力を要する.改良の余地はあるが,異なる原理のクロマトフラフィーを組み合わせることにより,糖転移生成物を半自動的に分離する方法も考案された(24)24) S. Suto, I. Kakizaki, T. Nakamura & M. Endo: Biopolymers, 101, 189 (2014)..今後,この方法を基にした,酵素反応から生成物の精製までを自動的に行うことができるシステムの実現が期待される.

精巣性ヒアルロニダーゼの糖転移反応を利用したハイブリッドオリゴ糖の合成

精巣性ヒアルロニダーゼの基質特異性は比較的広く,ヒアルロン酸のほか,コンドロイチン硫酸にも作用する(12)12) 遠藤正彦,高垣啓一,柿崎育子,石戸圭之輔,:“季刊化学総説「糖鎖分子の設計と生理機能」”,日本化学会編,学会出版センター, 2001, p. 24.図1, 2図1■精巣性ヒアルロニダーゼの基質となるグリコサミノグリカンの二糖単位図2■精巣性ヒアルロニダーゼによる加水分解).イズロン酸をもつデルマタン硫酸には作用しないが,化学的に脱硫酸化したデルマタン硫酸には作用する.ヘパリン,ヘパラン硫酸には作用しない.この基質特異性を利用し,図1図1■精巣性ヒアルロニダーゼの基質となるグリコサミノグリカンの二糖単位に示された二糖単位の構造をもつグリコサミノグリカンを異種の組み合わせでドナーとアクセプターに用いて糖転移反応を行うことにより,ハイブリッドオリゴ糖をデザインどおりに合成することができる(12, 13)12) 遠藤正彦,高垣啓一,柿崎育子,石戸圭之輔,:“季刊化学総説「糖鎖分子の設計と生理機能」”,日本化学会編,学会出版センター, 2001, p. 24.13) M. Endo & I. Kakizaki: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 88, 327 (2012)..この方法では,硫酸基の位置や数の異なるコンドロイチン硫酸の組み合わせからなるハイブリッドオリゴ糖だけでなく,ヒアルロン酸とコンドロイチン硫酸のハイブリッド糖鎖のように天然にはない糖鎖も合成できる(21, 22, 25)21) M. Iwafune, I. Kakizaki, M. Yukawa, D. Kudo, S. Ota, M. Endo & K. Takagaki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 297, 1167 (2002).22) I. Kakizaki, R. Takahashi, M. Yanagisawa, F. Yoshida & K. Takagaki: Carbohydr. Res., 413, 129 (2015).25) I. Kakizaki, S. Suto, Y. Tatara, T. Nakamura & M. Endo: Biochem. Biophys. Res. Commun., 423, 344 (2012)..グリコサミノグリカンの構造により,ドナーまたはアクセプターとしての難易度はあるが(12)12) 遠藤正彦,高垣啓一,柿崎育子,石戸圭之輔,:“季刊化学総説「糖鎖分子の設計と生理機能」”,日本化学会編,学会出版センター, 2001, p. 24.,アクセプターのPA化オリゴ糖を土台に,ドナーとして用いた天然由来の長鎖のグリコサミノグリカンから転移した二糖単位を非還元末端側に順次二糖ずつ積み上げることで糖鎖を伸長させる.アクセプターとしての最小単位は,PA化六糖である(12)12) 遠藤正彦,高垣啓一,柿崎育子,石戸圭之輔,:“季刊化学総説「糖鎖分子の設計と生理機能」”,日本化学会編,学会出版センター, 2001, p. 24..天然の不均一な構造のコンドロイチン硫酸から精巣性ヒアルロニダーゼの加水分解で得られた六糖をPA化して用いる.したがって,六糖部分の配列によっては,偶然を期待しなければ得られない場合もある.ドナーはアクセプターに対して過剰量であることが望ましく,同じ物質量のドナーの場合,転移する二糖を多く遊離できる長鎖のほうが適している(12)12) 遠藤正彦,高垣啓一,柿崎育子,石戸圭之輔,:“季刊化学総説「糖鎖分子の設計と生理機能」”,日本化学会編,学会出版センター, 2001, p. 24.表1表1■ドナーとアクセプターの系統的な組み合わせで一段階の糖転移反応により得られたハイブリッド八糖,十糖,十二糖に一段階の糖転移反応で合成したハイブリッドオリゴ糖の例を示す(26)26) I. Kakizaki, S. Suto, Y. Tatara & M. Endo: Hirosaki Med. J., 64, S53 (2013)..生成物はアクセプターのPA化オリゴ糖から二糖ずつ伸長した糖鎖長が偶数のPA化オリゴ糖の混合物であるが,順相HPLCにより分離することで目的の糖鎖長のPA化オリゴ糖を得ることができる.糖鎖長が長いものほど生成量は少ない.HPLCで精製した一段階目の糖転移生成物をアクセプターとし,多段階の糖転移反応によって異なる構造のドナー由来の二糖単位を順次伸長させることにより,より複雑な構造のハイブリッドオリゴ糖を合成できる(図4図4■精巣性ヒアルロニダーゼを用いた多段階の糖転移反応によるハイブリッドオリゴ糖の合成).ここでの問題点は,1)糖転移反応と加水分解反応が同時に進行しているため,PA化十糖以上の長いハイブリッドオリゴ糖を得たい場合には,一度伸長させた目的の二糖単位が遊離する可能性と,2)ドナーに用いている天然のコンドロイチン硫酸には,硫酸基の位置と数について100%均一なものは存在しないことである.1)については,加水分解をできるだけ抑えるために,糖転移反応を低温で行うなどの工夫をしている.2)については,糖転移反応でドナー由来の目的の構造の二糖を伸長させたつもりであっても,実際に伸長した二糖が目的の構造ではない場合,たとえば,コンドロイチン4-硫酸の二糖単位を伸長させる計画であってもコンドロイチン6-硫酸やコンドロイチンの二糖単位が伸長したという場合もある.グリコサミノグリカンの特定の構造に特異的な酵素を用いた分析などにより生成物のPA化オリゴ糖の構造に関する情報を得ることができるが,目的の構造のオリゴ糖を得るのに苦労する場合もある.たとえば,時間と労力を要した贅沢な材料となるが,化学–酵素法によって得られる硫酸基の位置と数について100%均一なコンドロイチン硫酸(11)11) S. Kobayashi: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 83, 215 (2007).をドナーに用いれば,解決できるものと考える.

表1■ドナーとアクセプターの系統的な組み合わせで一段階の糖転移反応により得られたハイブリッド八糖,十糖,十二糖
ドナーアクセプターヒアルロン酸コンドロイチンコンドロイチン4-硫酸コンドロイチン6-硫酸
HHHa-PAHHHH-PA0HHH-PA4HHH-PA6HHH-PA
HHHHH-PA00HHH-PA44HHH-PA66HHH-PA
HHHHHH-PA000HHH-PA444HHH-PA666HHH-PA
000-PAH000-PA0000-PA4000-PA6000-PA
HH000-PA00000-PA44000-PA66000-PA
HHH000-PA000000-PA444000-PA666000-PA
444-PAH444-PA0444-P4444-PA6444-PA
HH444-PA00444-PA44444-PA66444-PA
HHH444-PA000444-PA444444-PA666444-PA
666-PAH666-PA0666-PA4666-PA6666-PA
HH666-PA00666-PA44666-PA66666-PA
HHH666-PA000666-PA444666-PA666666-PA
aヒアルロン酸,コンドロイチン,コンドロイチン4-硫酸,コンドロイチン6-硫酸の二糖単位をそれぞれ,H, 0,4, 6で示した.PA, 2-アミノピリジン.

図4■精巣性ヒアルロニダーゼを用いた多段階の糖転移反応によるハイブリッドオリゴ糖の合成

Ch6S, コンドロイチン6-硫酸;HA, ヒアルロン酸;Ch4S, コンドロイチン4-硫酸.括弧内の6, 8, 10は糖鎖長.

非還元末端のグルクロン酸に不飽和結合をもつグリコサミノグリカンオリゴ糖は,糖転移反応のアクセプターにはならないがドナーにはなり,ドナーから遊離した不飽和四糖がアクセプターに転移する.また,精巣性ヒアルロニダーゼの糖転移反応で合成された飽和PA化オリゴ糖にエキソ型グリコシダーゼであるβ-グルクロニダーゼを作用させると非還元末端がヘキソサミン(N-アセチルグルコサミンまたはN-アセチルガラクトサミン)である重合度が奇数のハイブリッドオリゴ糖も作製できる.重合度が奇数のハイブリッドオリゴ糖は,ドナーに非還元末端がN-アセチルグルコサミンまたはN-アセチルガラクトサミンである重合度が奇数のオリゴ糖を用いることによっても得られる.この場合,ドナーの非還元末端から遊離した三糖がアクセプターの飽和PA化オリゴ糖に転移する.非還元末端がヘキソサミンである奇数糖はアクセプターにはならない.精巣性ヒアルロニダーゼによるハイブリッドオリゴ糖の合成法を基本として,エキソ型のグリコサミノグリカン分解酵素や不飽和結合を生じる酵素を用いた上記のようなことも組み合わせることにより,研究ツールとして提供できるハイブリッドオリゴ糖がカバーできる構造の範囲も拡がる.本組み換え法では,非還元末端側の構造を目的に応じて制御したオリゴ糖のシリーズを用意できることから,十糖前後のオリゴ糖の構造活性相関の研究に有用であると考える.

精巣性ヒアルロニダーゼを利用した糖鎖組み換えプロテオグリカンの合成

プロテオグリカンに精巣性ヒアルロニダーゼを作用させると,図2B図2■精巣性ヒアルロニダーゼによる加水分解のようにコアタンパク質は無傷なままで結合するコンドロイチン硫酸を非還元末端側から二糖ずつ加水分解する.徹底消化では,コアタンパク質のセリン残基に結合した橋渡し六糖構造を残す(22)22) I. Kakizaki, R. Takahashi, M. Yanagisawa, F. Yoshida & K. Takagaki: Carbohydr. Res., 413, 129 (2015)..この六糖構造がこの後の糖転移反応のアクセプターとしての糖鎖欠損プロテオグリカンの「のりしろ」の役割をし,もとのプロテオグリカンと同じ位置にドナー由来の糖鎖を導入することを可能にする.図5図5■精巣性ヒアルロニダーゼを用いたウリナスタチンの糖鎖組み換えに糖鎖組み換えプロテオグリカンの合成例として,ヒト尿中トリプシンインヒビター(urinary trypsin inhibitor, UTI,ウリナスタチン)を対象とした例を示した.UTIは,143残基のアミノ酸からなる1本のコアタンパクの10番目のセリン残基に1本の低硫酸化コンドロイチン4-硫酸が共有結合したプロテオグリカンである(27)27) M. J. Pugia, R. Valdes Jr. & S. A. Jortani: Adv. Clin. Chem., 44, 223 (2007)..分子量は糖鎖部分も含み24,000程度で,プロテオグリカンとしては低分子量でシンプルな構造の分子であるので,構造解析も進んでいる(28~30)28) H. Toyoda, S. Kobayashi, S. Sakamoto, T. Toida & T. Imanari: Biol. Pharm. Bull., 16, 945 (1993).29) S. Yamada, M. Oyama, Y. Yuki, K. Kato & K. Sugahara: Eur. J. Biochem., 233, 687 (1995).30) M. Ly, F. E. Leach 3rd, T. N. Laremore, T. Toida, I. J. Amster & R. J. Linhardt: Nat. Chem. Biol., 7, 827 (2011)..低硫酸化コンドロイチン4-硫酸部分は,糖鎖長と硫酸化度に関して多様性があり,分子量6,000~8,000程度である(31)31) I. Kakizaki, R. Takahashi, N. Ibori, K. Kojima, T. Takahashi, M. Yamaguchi, A. Kon & K. Takagaki: Biochim. Biophys. Acta, 1770, 171 (2007)..還元末端側にコンドロイチン4-硫酸,非還元末端側にコンドロイチンが配置している.まず,図5図5■精巣性ヒアルロニダーゼを用いたウリナスタチンの糖鎖組み換え下向きの矢印で示した工程のように,精巣性ヒアルロニダーゼの加水分解反応の至適条件で,もとの繰り返し二糖部分の低硫酸化コンドロイチン4-硫酸を徹底消化し,橋渡し六糖構造を残した糖鎖欠損UTIを調製する.次に,この糖鎖欠損UTIをアクセプターとして,ヒアルロン酸をドナーに用い,精巣性ヒアルロニダーゼの糖転移反応の至適条件でドナー由来のヒアルロン酸を橋渡し六糖の非還元末端に伸長させる.これにより,天然には存在しないヒアルロン酸ハイブリッドUTIが得られる(22)22) I. Kakizaki, R. Takahashi, M. Yanagisawa, F. Yoshida & K. Takagaki: Carbohydr. Res., 413, 129 (2015)..同様の方法により,ドナーのグリコサミノグリカンの種類を変えることにより,コンドロイチン4-硫酸ハイブリッドUTIなどの合成にも成功している.また,図5図5■精巣性ヒアルロニダーゼを用いたウリナスタチンの糖鎖組み換えの左向き矢印の工程のように糖鎖欠損UTIを経ずに,もとのUTIをそのままアクセプターとしてヒアルロン酸をドナーに用いた精巣性ヒアルロニダーゼの糖転移反応を行うことにより,低硫酸化コンドロイチン4-硫酸の非還元末端にヒアルロン酸を伸長させたUTIの調製にも成功している(22)22) I. Kakizaki, R. Takahashi, M. Yanagisawa, F. Yoshida & K. Takagaki: Carbohydr. Res., 413, 129 (2015)..したがって,精巣性ヒアルロニダーゼの加水分解反応と糖転移反応を用いて,もとの糖鎖の分解,繰り返し二糖部分全体の糖鎖組み換え,非還元末端への糖鎖のブロックでの付加が可能である.この方法による糖鎖組み換えは,コアタンパク質に1本のコンドロイチン硫酸/デルマタン硫酸をもつデコリン(21)21) M. Iwafune, I. Kakizaki, M. Yukawa, D. Kudo, S. Ota, M. Endo & K. Takagaki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 297, 1167 (2002).,複数本のコンドロイチン硫酸をもつアグリカンにおいても成功している.今後,これらの糖鎖組み換えプロテオグリカンの機能解析などへの利用が期待される.

図5■精巣性ヒアルロニダーゼを用いたウリナスタチンの糖鎖組み換え

ハイブリッドオリゴ糖や糖鎖組み換えプロテオグリカンを用いた糖鎖の機能解析の戦略

ヒアルロン酸は遊離の糖鎖として,コンドロイチン硫酸はプロテオグリカンの糖鎖として,動物の結合組織に豊富に存在し,組織の構造や機能の維持に重要な役割をしている.しかし,それらの構造に基づいた機能は十分には明らかにされていない.糖鎖構造には意味があり,細胞機能や疾患,薬理活性と密接にかかわっていると考える(4, 32)4) L. Kjellen & U. Lindahl: Annu. Rev. Biochem., 60, 443 (1991).32) C. Malavaki, S. Mizumoto, N. Karamanos & K. Sugahara: Connect. Tissue Res., 49, 133 (2008)..ヒアルロン酸のように二糖が繰り返しただけの単純な構造であれば,糖鎖長による機能の違い,コンドロイチン硫酸のように二糖単位が修飾を受けて不均一な構造であれば,糖鎖長に加えて硫酸基の数や位置,エピメリ化によるグルクロン酸とイズロン酸の違いによる効果の違いに興味がもたれる.糖鎖工学的に,オリゴ糖ライブラリーや糖鎖組み換えプロテオグリカンのような種々の糖鎖構造を網羅した研究ツールをいつでも十分量供給できれば,それらを利用した研究の戦略は単純であると考える.精巣性ヒアルロニダーゼによって調製されたハイブリッドオリゴ糖や,糖鎖組み換えプロテオグリカンがツールに用いられた機能解析の例をいくつか紹介する.

1. 微生物由来ヒアルロン酸分解酵素の作用部位に関する研究へのハイブリッドオリゴ糖の応用

グリコサミノグリカンを分解する酵素の主なものは研究用試薬として入手でき,基質特異性や反応速度については,入手できる長鎖のグリコサミノグリカンを基質として調べられているが,基質としての最小の糖鎖長や,作用部位の詳細については不明な場合もある.そこで,精巣性ヒアルロニダーゼを用いた糖鎖工学により調製された構造が知られたオリゴ糖の出番となる.

S. dysgalactiae由来のヒアルロニダーゼSD(EC 4.2.2.)は,硫酸基をもたないヒアルロン酸およびコンドロイチンのβ1,4-N-アセチルヘキソサミニド結合に作用し,非還元末端のグルクロン酸に不飽和結合を生成する脱離酵素である.しかし,コンドロイチン硫酸鎖におけるこの酵素の作用部位は不確定であった.そこで,精巣性ヒアルロニダーゼを用いた糖鎖組み換え法によって,硫酸基をもたないコンドロイチンの二糖単位が,糖鎖の非還元末端に一つあるいは連続して2つまたは内部に一つ配置されたPA化コンドロイチン硫酸オリゴ糖が調製され,ヒアルロニダーゼSDの基質として酵素反応が行われた.反応生成物のHPLC分析の結果,この酵素は,エンド型の脱離酵素であり,非還元末端側から作用して糖鎖内部の硫酸基をもたないβ1,4-N-アセチルヘキソサミニド結合を選択的に開裂させることが明らかとなった(12, 13)12) 遠藤正彦,高垣啓一,柿崎育子,石戸圭之輔,:“季刊化学総説「糖鎖分子の設計と生理機能」”,日本化学会編,学会出版センター, 2001, p. 24.13) M. Endo & I. Kakizaki: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 88, 327 (2012).

S. hyalurolyticus由来のヒアルロニダーゼ(EC 4.2.2.1)は,ヒアルロン酸のβ1,4-N-アセチルグルコサミニド結合に特異的に作用し,非還元末端のグルクロン酸に不飽和結合をもつオリゴ糖を生成するエンド型の脱離酵素である.硫酸基をもつグリコサミノグリカンにはもちろん,硫酸基をもたないコンドロイチンのβ1,4-N-アセチルガラクトサミニド結合にも作用しない.そこで,天然には存在しないが,ヒアルロン酸の鎖中にコンドロイチンの配列が配置されても,この酵素は作用するのだろうか,という興味で実験が行われた.精巣性ヒアルロニダーゼを用いた糖鎖組み換え法によって,ヒアルロン酸の二糖単位とコンドロイチンの二糖単位が,さまざまに配置された糖鎖長十糖および十二糖のPA化オリゴ糖が調製され,酵素反応の基質に用いられた.反応生成物のHPLC分析から,基質のオリゴ糖の非還元末端側にコンドロイチンの二糖単位,還元末端側にヒアルロン酸の二糖単位が配置している場合には,糖鎖内部に位置するコンドロイチンの二糖単位とヒアルロン酸の二糖単位の間のβ1,4-N-アセチルガラクトサミニド結合も酵素量を増やし,反応時間を長くすると切断されることが見いだされ,KmVmaxも求められている.一方,コンドロイチンの二糖単位とヒアルロン酸の二糖単位が逆に配置している場合の二糖単位の間のβ1,4-N-アセチルグルコサミニド結合は切断されなかった(25)25) I. Kakizaki, S. Suto, Y. Tatara, T. Nakamura & M. Endo: Biochem. Biophys. Res. Commun., 423, 344 (2012).

2. タンパク質との相互作用に重要な糖鎖構造に関する研究へのハイブリッドオリゴ糖の応用

ハイブリッドオリゴ糖は,V型コラーゲンとの相互作用に必要なコンドロイチン硫酸Eの構造に関する研究にも用いられた.バイオセンサーを用いた各種構造の長鎖のグリコサミノグリカンと各種の細胞外マトリックスタンパク質との相互作用に関する実験で,強い相互作用が観察されたのが,V型コラーゲンとコンドロイチン硫酸Eであった.そこで,コンドロイチン硫酸Eの鎖中のどのような構造が相互作用に必要であるのかをさらに調べるために,精巣性ヒアルロニダーゼを用いて調製されたコンドロイチン硫酸E構造を中心とした六糖から八糖のハイブリッドオリゴ糖が相互作用解析に用いられた.V型コラーゲンとの相互作用には,八糖以上でコンドロイチン硫酸E構造が非還元末端に位置していることが必要であるこということが明らかとなった(13)13) M. Endo & I. Kakizaki: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 88, 327 (2012).

このように,長鎖のグリコサミノグリカンで反応が得られた場合に,期待される構造を中心としたさまざまな構造を網羅したオリゴ糖ライブラリーを作製し,ライブラリーを用いてその反応に寄与するオリゴ糖構造を絞っていく,という同様の戦略で,マラリアの母子感染に重要なグリコサミノグリカン構造に関す研究が行われた(33)33) R. N. Achur, I. Kakizaki, S. Goel, K. Kojima, S. V. Madhunapantula, A. Goyal, M. Ohta, S. Kumar, K. Takagaki & D. C. Gowda: Biochemistry, 47, 12635 (2008)..マラリア病原虫に感染した赤血球(infected red blood cells, IRBC)の胎盤のプロテオグリカンへの接着に必要な糖鎖構造の最小単位は十二糖でコンドロイチン4-硫酸の二糖単位が2~3個含まれていることが示された.また,非還元末端にコンドロイチン4-硫酸の構造があることが重要であることが示唆された.ここで得られた情報は,その後,糖転移酵素を駆使して合成された独自のコンドロイチン硫酸ライブラリーを用いて行われた,IRBC膜表面に発現するレセプタータンパク質VAR2CSAとの相互作用に関する別のグループの研究結果(34)34) N. Sugiura, T. M. Clausen, T. Shioiri, T. Gustavsson, H. Watanabe & A. Salanti: Glycoconj. J., 33, 985 (2016).からも支持されたと考える.

3. 糖鎖組み換えプロテオグリカンの機能解析

上述のUTIは,生体内で,抗炎症反応の主要なメディエーターとして炎症にかかわる各種酵素の活性を阻害している(27)27) M. J. Pugia, R. Valdes Jr. & S. A. Jortani: Adv. Clin. Chem., 44, 223 (2007)..また,コアタンパク質のプロテアーゼ阻害活性に基づく抗炎症の注射剤や,切迫早産の治療のための膣坐剤(院内製剤)としても使用されている.しかし,グリコサミノグリカン糖鎖部分の機能については充分には明らかにされていない.そこで,図5図5■精巣性ヒアルロニダーゼを用いたウリナスタチンの糖鎖組み換えのように調製された天然には存在しないヒアルロン酸ハイブリッドUTIと天然のUTIの活性などが比較された.ヒアルロン酸ハイブリッドUTIは,UTIにはなかったヒアルロン酸結合タンパク質との結合能を獲得した.トリプシン阻害活性は天然のUTIと同等であったが,精巣性ヒアルロニダーゼに対する阻害効果は低下した.また,脂質単分子膜を用いた生物物理学的な実験から,生体膜の外側に多いホスファチジルコリンの単分子膜との吸着力はヒアルロン酸ハイブリッドUTIで有意に増大していることが示された(22)22) I. Kakizaki, R. Takahashi, M. Yanagisawa, F. Yoshida & K. Takagaki: Carbohydr. Res., 413, 129 (2015)..糖鎖組み換えUTIの機能解析は継続して進められている.

おわりに

精巣性ヒアルロニダーゼを用いたヒアルロン酸とコンドロイチン硫酸の組み換え技術には課題が残るが,天然には存在しない構造も含めてさまざまな構造を網羅した糖鎖研究ツールの提供が可能である.この10年余りの間に量産も可能となった.分子の巨大さ,構造の複雑さゆえに未開拓の部分も多いヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸,およびコンドロイチン硫酸をもつプロテオグリカンの知られざる機能を明らかにする研究のツールとして貢献できることが期待される.将来的には,複数の研究グループの独自の糖鎖工学技術の連携により,より優れた研究ツールを効率よく提供できるようになれば,糖鎖を専門としない広い領域の研究においても気軽に利用していただき,糖鎖の新しい機能解明につながるのではないだろうか.

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