セミナー室

マイクロ波を利用したペプチド・糖ペプチド固相合成マイクロ波はペプチド合成の発展に寄与し,糖ペプチド合成の発展にも資する

Izuru Nagashima

長島

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門

Hiroki Shimizu

清水 弘樹

産業技術総合研究所生物プロセス研究部門

Published: 2018-11-20

はじめに

本論では,汎用化されているマイクロ波を利用したペプチド合成の背景として,マイクロ波を照射したときに物質が受ける現象について簡単に解説し,ペプチド合成にもたらしたメリットと,より不安定な糖ペプチド合成への展開について述べる.

ペプチド固相合成

ペプチドとは,アミノ酸のアミノ基とカルボキシ基がアミド結合を形成し重合した中分子群の総称である.化学的には,アミノ酸の側鎖を保護のうえ,アミノ酸ドナー(供与体)の活性エステル基がアミノ酸アクセプター(受容体)のアミノ基に求電子反応することでアミド結合を形成させ合成する(詳細は本セミナー室シリーズの岡田,千葉らの記事参照)(1)1) 岡田洋平,千葉一裕:化学と生物,56, 558 (2018)..そして,ペプチド化学合成法として最も汎用的に利用されているのは固相合成法である.通常,液相合成法では各反応後に分離精製を行うが,固相合成法では担体上で目的とする化合物を合成することで,逐次精製を行わず余剰試薬や副産物を洗い流すだけで反応を進める.すなわち,

などが固相合成におけるポイントとなる.このため,生合成的にはペプチドはN末端側からC末端側へ伸長形成されるが,化学的な固相合成法ではC末端側からN末端側にアミノ酸を伸長させることが多い.これは,「固相担体上に副産物を極力生じさせない」ためには,アミド結合形成反応においてアミノ基側のアミノ酸アクセプターを固相側に固定化し,活性エステル化され必然的に脱離基を有することになるカルボン酸側のアミノ酸ドナーを液相側とすることが好ましいためである.そのため,ペプチドのC末端側を固相担体に固定化し,化学合成はC末端側からN末端側に進めることになる.さらに,「固相担体上には欠損を極力生じさせない」観点から,アミノ酸伸長反応の後に未反応のアミノ基の残存を想定して,これをアセチル基でキャッピングする工程をおこなうことも多い.また「1反応の収率の向上」のために,大過剰の試薬を使用するのが通例となっている.通常の液相反応では,試薬の余剰分が副産物や副反応を誘発しなくとも,試薬を大過剰使用すると目的化合物の分離精製に困難が生じる可能性がある.しかし,固相合成では担体をろ過洗浄することで過剰の試薬を簡単に除けるため,大過剰の試薬の利用は全く問題にならない.逆に,固相反応では化合物の反応性は一般に液相反応より低下するうえ,反応の進行度を直接モニタリングすることが不可能であるため,ためらわずに5当量,10当量などの大過剰の試薬が利用される.

ペプチド合成は固相合成法の確立により,工程の全自動化が可能になったと言っても過言ではない.ここで,合成品の純度やどのくらい長鎖のペプチドが合成可能かは,「アミノ酸伸長反応の収率」が鍵を握る.というのも,固相合成では逐次精製は行わず担体上に目的とするペプチド鎖を構築したのち切り出しを行い,その後分離精製を行うが,n残基のペプチドを合成するには,(n−1)回のアミノ酸の伸長操作が必要になる.つまり,合成段階を重ねると総収率は乗数的に低下する.表1表1■ペプチド合成における理論総収率(アミノ酸伸長の反応収率が95, 98, 99%のとき,得られる20, 50, 100残基ペプチドの理論収率)にモデルパターンで考察した計算上の総収率を示した.たとえば,1残基アミノ酸伸長が95%で進んだとすると,20残基のペプチドは総収率38%で得られる.しかし,その条件で50残基ペプチドを合成すると8%でしか得られない.残り92%が試薬由来化合物や塩など全く物性の異なるものであれば分離精製も不可能でないかもしれないが,1つ2つのアミノ酸が欠損した類似ペプチドや異性化したペプチドなど,溶解性や物性が似通ったペプチド群の中から8%を取り出すのは容易ではない.逆に,50残基合成のためには計算上1残基アミノ酸伸長を98%で進めなければ総収率37%で得られない.100残基ペプチド合成ではさらに98~99%収率が求められると考えられる.

表1■ペプチド合成における理論総収率(アミノ酸伸長の反応収率が95, 98, 99%のとき,得られる20, 50, 100残基ペプチドの理論収率)
残基数1アミノ酸残基伸長反応当たりの収率(%)
959899
20386883
5083761
1000.61437

固相担体上の反応収率の向上のためまた固相反応の特性を生かして大過剰の試薬を使用することは推奨されると述べたが,反応収率の向上はほかにも「反応時間を延ばす」あるいは「反応温度を上げる」という方法でも望むことができる.室温で反応を進めるペプチド固相合成法では,標準的なアミノ酸伸長サイクル時間は30~60分になる.この反応時間を長くすると縮合反応はよく進むが,同時に副反応も多くなり,結果純度が下がる可能性も秘める.そこでペプチド固相合成では,「短時間で効率よく反応温度を上昇させ,高温短時間でアミノ酸縮合反応を行う」研究が展開されている.アメリカのGyros Protein Technologies, Inc.から販売されているペプチド合成装置Prelude Xは,IRヒーターにより25から90°Cへの急速加熱とボルテックス攪拌が可能な装置で,反応温度が25, 60, 90°Cなどの場合を比較し,短時間の加熱がペプチド合成に好ましい結果を与えている(2)2) http://www.gyrosproteintechnologies.com/protein-technologies

マイクロ波による加熱

迅速加熱の一手段として,家電の電子レンジで利用されていることからも認識されるように,マイクロ波照射法がある.1986年にGedyeやGiguereらによってマイクロ波を化学反応の加熱手段として利用した論文(3, 4)3) R. N. Gedye, F. Smith, K. Westaway, H. Ali, L. Baldisera, L. Laberge & J. Rousell: Tetrahedron Lett., 27, 279 (1986).4) R. J. Giguere, T. L. Bray, S. M. Duncan & G. Majetich: Tetrahedron Lett., 27, 4945 (1986).が発表されて以降,さまざまな反応系にマイクロ波加熱が使われ,「反応時間の大幅短縮」や「収率向上と副産物の低下」などの報告が多数存在する.ここで,マイクロ波について少し概説する.

マイクロ波は,主に航空機や衛星通信,レーダーなど遠方との通信手段として利用される.自由にマイクロ波を利用すると通信回線に混線をきたす可能性があるため,通信以外の利用のときは,「50 W以下の弱い出力」もしくは「ISMバンド(Industry Science Medical)として指定されている24, 5.8, 2.45 GHzなどの利用」に限られている.また,ISMバンド利用の際も50 W以上の出力が可能な装置を利用するときは,電波法により高周波利用設備許可を取得しなければならない(一部の超音波洗浄機や電子レンジなどの型式対象外は除く).つまり,マイクロ波利用反応装置を購入したとき,また購入装置や電子レンジを改造したときも,「総務省総合通信局に申請が必要」ということを念頭に入れておいていただきたい.

電子レンジなどで汎用されるマイクロ波とは2.45 GHzの電磁波のことを指すことが多いが,定義としては周波数300 MHz~300 GHz,波長にすると1 mm~1 mの電磁波をマイクロ波という.図1図1■各周波数帯照射時の物質の呼応に電磁波を照射したとき,電界から分子のうける主作用についてまとめた.おおまかには,低周波数帯(MHzレベル)では単電荷を動かす作用,つまりイオンの動きを誘発する.マイクロ波帯(GHzレベル)では双極子分子を回転させ,より高周波数のテラヘルツ帯(THzレベル)では分子の結合角や結合距離を変え,さらに高周波数帯になると電子雲の偏りに作用して軌道変形を誘発する.

図1■各周波数帯照射時の物質の呼応

外部から電界↓がかかると,物質は逆向きの電界↑を導くように誘電分極が起きる.このとき,照射された周波数帯によって作用受ける分子やその動きが異なる.

マイクロ波照射すると「誘電損失」,「導電損失」,「磁性損失」などにより物質が熱を発する.まず,主要因の「電気的双極子分子と電界」の現象である誘電損失について述べる.物質が外部電界からどう応答するかの指標として,電束密度を電場強度で微分した値として定義される「誘電率(permittivity): ε」がある.多くの場合,真空中の誘電率(電気定数:ε0)で割って無次元化した「比誘電率:εr」で議論考察するが,教科書や解説書によってはこの比誘電率を誘電率として取り扱っていることもあるので,注意が必要である.ここで,電場の変化が早いときには物質の受ける分極が時間的にずれてしまう.履歴効果とも言われ経済用語でもあるが,概念的に言うと,電磁波は波であることから外部電場は三角関数的に変化するため,最大値を取った次の瞬間にはすでに電場減衰がはじまる.しかし,物質の分局は時間的なその変化に完全に追従することはできず,外部電場が減衰をはじめてもまだ分極度が増えつづけてしまう.慣性の法則をイメージすると理解しやすいであろうか.このようになると,誘電率は定数にはならず,周波数ωの関数である誘電関数となる.誘電関数は一般に複素関数となり,複素比誘電率(εr*)として

で表すことができる.ここで,jとは虚数で数学の「i」のことである.電気化学分野ではiはアンペアと混同しかねないので,jが使われる.この式の実部の「εr′」は「比誘電率」を示し伝播分を,虚部の「εr″」は「比誘電損失」を示し損失分を表している.この損失分である「比誘電損失:εr″」が熱エネルギーとなる.また,導電損失は単電荷と電界の現象で,図式としては低周波数帯(MHzレベル)では単電荷を動かす作用と同様になる.このとき,単電荷が動きそれらが非電荷分子などと衝突することで,物質現象的な発熱が生じる.発熱が「誘電損失」由来なのか「導電損失」も寄与しているのかは,対象物質や温度などの条件などによるが,その分子作用機序を考えてもマイクロ波加熱は「誘電損失」の寄与が大きいと考えられる.次段でその考察の一例を示す.マイクロ波は電磁波の一つなので,電界のほかに磁界の変化もあり,電界の変化における誘電損失と同様に,磁性的双極子分子と磁界との現象として透磁率が定義され,「磁性損失」が生じる.磁性双極子分子としては,ラジカルや一部の金属触媒などが挙げられる.また,単電荷と磁界の現象も定義づけは可能であるが,これは「0(ゼロ)」となる.磁界の変化により導体に誘導電流が流れるが,これは導電損失の一部として取り扱うことが可能である.

電界による誘電損失と導電損失が働いていることは,水とバッファーで複素比誘電率を測定し比較すると実感できる(5)5) I. Nagashima, J. -i Sugiyama, T. Sakuta, M. Sasaki & H. Shimizu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 758 (2014)..周波数200 MHzから14 GHzまでのマイクロ波照射したときの実部の「比誘電率:εr′」と虚部の「比誘電損失:εr″」の実測値を取ると,室温で水の場合,デバイの緩和式に従い半円に近い(正確には楕円の一部)図形を描く.このことは,水では誘電損失が働いていることを示唆している.(図2図2■水と50 mM酢酸ナトリウムバッファーの比誘電率と比誘電損失左)一方,酵素反応で用いられる50 mM酢酸ナトリウムバッファー(pH 5.0)の場合は,図2図2■水と50 mM酢酸ナトリウムバッファーの比誘電率と比誘電損失右の様になった.このとき,周波数14~2.45 GHzまでは半円上にあることから,主に双極子分子である水分子にマイクロ波が作用する「誘電損失」が働いているが,2.45 GHz~200 MHzではこの半円から逸脱しており,マイクロ波がイオンに作用する「導電損失」が効いていることを示唆している.

図2■水と50 mM酢酸ナトリウムバッファーの比誘電率と比誘電損失

室温における200 MHzから14 GHzまでの実測値を太線で示した(◆: 200 MHz, ●: 2.45 GHz, ▲: 14 GHz).双極子分子の水のみの場合誘電損失が働いているが,バッファーの場合2.45 GHz以下の周波数照射時は導電損失が働いている.

図3■これまでに合成した糖(鎖)ペプチドの例

マイクロ波を利用したペプチド合成

マイクロ波の分子への作用機構はどうであれ,ペプチド合成における「短時間で効率よく反応温度を上昇させる」要求を満たす手段として,マイクロ波を利用しようという発想に至るのは自然な流れであったとも言える.現在,CEM社,Biotage社,東京理化器械(株)などの国内外のメーカーからマイクロ波利用ペプチド合成装置は市販されており(6)6) CEM; http://cem.com/ja/peptide-synthesis; Biotage; http://www.biotage.co.jp/products_top#peptide ; 東京理化器械株式会社;https://ssl.eyela.co.jp/products/mws1000/index.shtml,近年のマイクロ波を用いたペプチド合成では,「高温短時間でアミノ酸伸長」が主流になっている.そして,これらの装置を利用して,40~50残基のペプチドも二次研究展開に利用可能なレベルで合成可能となった.

世界初のマイクロ波利用ペプチド合成装置が2003年にCEM社から発売されてから今日に至るまで,さまざまな改良が進んでいる.全自動化と反応時間の短縮という面では,2012年にBiotage社がペプチド自動合成装置Initiator+Alstraを発売した際,推奨反応条件は「アミノ酸縮合反応が75°Cで5分,アミノ基のFmoc脱保護反応はマイクロ波照射せずに室温にて3分」というものであった(7)7) http://www.biotage.co.jp/pages/apn_peptide/AN69.pdf.2013年にCEM社がペプチド自動合成装置Liberty Blueを発売したとき,「アミノ酸縮合反応を90°Cで行うことでアミノ酸伸長1サイクルが4分で可能」なHE-SPPS法(High-Efficiency Solid Phase Peptide Synthesis)が発表され,時間短縮と大幅な溶媒量の低減効果をもたらした(8)8) J. M. Collins, K. A. Porter, S. K. Singh & G. S. Vanier: Org. Lett., 16, 940 (2014)..また2018年に同社からLiberty PRIMEが販売されたときに発表されたCarboMAX法(9)9) Patent Pending: US15686719; EP17188963.7; US20160176918; EP3037430; JP2016138090; CN105713066; AU2017204172では,「アミノ酸縮合反応が105°Cで60秒,Fmoc脱保護反応は25%ピロリジン/DMF溶液を加え90°Cで40秒,洗浄20秒でアミノ酸伸長1サイクルが2分」で可能であり,20残基ペプチド合成の所要時間は45分と紹介されている.

しかし,ペプチドは多官能基性化合物であり,側鎖官能基は保護基で保護されているとはいえ,その合成にはさまざまな副産物の生成や副反応の誘導の可能性が潜在している.ペプチド合成の際に特に留意しないといけないのは,

などになる.これらを防ぐため,前者に対してはCOMUやOxymaなどの縮合反応試薬や添加剤,アミノ酸側鎖保護基の開発や改良など,後者に対しては脱Fmoc基反応で汎用されるピペリジンの代わりによりマイルドなピペラジンを用いマイクロ波で加熱する,脱Fmoc反応でOxymaなどを添加するなどの対策研究が進んでいる.一方,反応溶液を高温にすると,必然的にこれらの副反応を抑えることがより難しくなる.西内らはシステイン(Cys)に対して保護基と反応温度によるラセミ化率の比較をおこなっているが(10)10) H. Hibino, Y. Miki & Y. Nishiuchi: J. Pept. Sci., 20, 30 (2014).,一般に90°Cなどの高温反応では,ヒスチジン(His)やシステイン(Cys)はエピメリ化を起こし,アルギニン(Arg)はラクタム化を誘発する.したがって,マイクロ波利用ペプチド合成系においても,これらの縮合反応は高温条件下ではおこなわれない.しかし先に紹介したCarboMAX法では,カルボジイミド系の試薬をアミノ酸の2当量使うことでo-アシルイソウレア形成を迅速化させ,アミノ酸がエピメリ化を起こす前に縮合反応を進ませることで,100°Cでも基本アミノ酸20残基のラセミ化が抑えられている.通常は,縮合剤を過剰量使うと試薬とアミノ基への反応が誘発されてしまうが,この方法ではそれが観測されていないようである.また,同法で塩基としてDIEAを0.4当量加えると,糖ペプチド合成に含まれるグリコシル結合やリン酸化ペプチド,酸に弱いリンカーを有する合成系など,酸性条件にセンシティブなペプチドも高収率で得られるとされている.

糖ペプチド合成

近年,分子接着や免疫系,がん化などさまざまな生化学的な機能を有している「糖鎖」が注目されている.動物においては,細胞表面や細胞外に分泌されているタンパク質のほとんどが糖鎖を有する糖タンパク質であり,それらが疾患や免疫に深くかかわっていることから,これらの研究を遂行するうえで合成による純度の高い糖ペプチド,糖タンパク質の供給のニーズは高まっている.天然では,糖鎖がアスパラギン(Asn)に結合した「N結合型」と,セリン(Ser)やトレオニン(Thr)に結合した「O結合型」の2種類が主に存在するが,これら糖鎖はタンパク質が生合成された後に修飾される.つまり,糖鎖付加は翻訳後修飾の一つであり,このとき翻訳過程のアミノ酸配列を決定するmRNAのような糖鎖構造を制御する物質や機能系は存在しないことから,修飾された糖鎖は同一部位でも多様性に富む.つまり,天然から糖ペプチドや糖タンパク質を得ると,一般に糖鎖部分は混合物となる.このため,糖ペプチドを合成するメリットの一つとして,糖鎖部分まで均一構造の化合物を得て生化学的な研究に利用展開できることが挙げられる.

糖ペプチドの合成には主に3つの合成戦略が考えられる.

【その1】ペプチド鎖を構築したのちに糖鎖を導入する

翻訳後修飾という生合成経路に則した合成法である.ppGalNAcTを利用するなど,糖導入酵素が位置選択的に働いて基質特異性が得られる場合もあるが,一般にペプチドの任意の場所に糖鎖を導入するのは合成化学的にも酵素反応を利用しても非常に難しいことから,人工的な糖ペプチド精密合成法としてはこの方法はほとんど選択されない.

【その2】単糖を導入したアミノ酸シントンを用いてアミノ酸縮合を行う

合成原料となるN結合型やO結合型の単糖アミノ酸シントンは市販されており,基本的にはペプチド合成と同じ手法で単糖ペプチド合成は可能である.そして単糖上の糖鎖伸長修飾は,合成化学的にはペプチド部の多様な官能基の保護や糖鎖のヒドロキシル基の選択的保護などの多工程を要するので容易ではないが,酵素反応により進めることは十分に実用的である.たとえば,山本らにより糸状菌Mucor hiemalisの培養液より見いだされたエンド-β-N-アセチルグルコサミニダーゼは糖タンパク質のアスパラギン結合糖鎖のジアセチルキトビオース結合を加水分解するが,この逆反応を利用して糖ペプチド上のN-アセチルグルコサミンに糖鎖修飾が可能である.また,シアル酸など特にその取り扱いにデリケートで注意を要する糖も,適当なシアリダーゼやシアル酸転移酵素を用いて温和な条件で導入することも可能である.しかし本法の欠点としては,糖アミノ酸シントンは市販されているが非常に高価であるので(たとえば,Merck(SIGMA)ではO結合型Fmoc糖アミノ酸は約15万円/100 mg),大過剰な試薬量を使う自動合成装置を利用した糖ペプチド合成では余分なコストがかかってしまう.また酵素は一般に基質特異性が高いため,どんな糖鎖構造でも構築できるわけではなく,またターゲットとする糖鎖構造を構築する酵素が得られるとも限らない.さらに量的問題を考えた場合,酵素や糖供与体となる糖ヌクレオチドの反応性や価格を考慮すると,大量合成には不向きである.いくつかの不利な点があるとはいえ,現状,この糖ペプチド合成はこの【その2】戦略で進めることが最も実践的である.

【その3】アミノ酸上でまず糖鎖合成し,その後アミノ酸縮合により糖ペプチドを合成する

本法はまず,アミノ酸上で糖鎖合成を施し,合成した糖鎖アミノ酸シントンを用いてペプチド鎖を構築する方法である.化学合成法で糖鎖構築する場合,非天然型を含む任意の構造をmg~gスケールでも合成が可能であるが,糖鎖合成の技術と経験が要求され,さらに手間と時間もかかるうえ,苦労して合成した糖鎖アミノ酸シントンを過剰量使用してペプチド鎖を構築することになる.また,汎用のFmocペプチド固相合成法では,一般に固相からの切り出しを酸性条件下でおこなうが,糖鎖のグリコシド結合は酸性条件に弱い.さらに,糖鎖のヒドロキシ基の保護で一般的に使われるアセチル基などのアシル系保護基の脱保護は塩基性条件下で行うことが多いが,高いpH中に数十分~数時間程度さらすとペプチド鎖のラセミ化や糖鎖のβ脱離などを誘発する.

すなわち,糖ペプチド合成は,基本的には【その2】【その3】のように,糖アミノ酸シントンや糖鎖アミノ酸シントンを利用することでペプチド合成法にならって合成できるが,

などペプチド合成に加えて留意すべき重要課題も潜む.これに対し,CarboMAX法では,MUC1糖タンパク質の部分構造である「グルコサミンが1カ所存在する20残基糖ペプチドを,糖アミノ酸シントンを2当量利用することで純度72%で合成が可能」と報告されている.このように,反応系の改良によって高温で糖ペプチド合成を達成させる研究も進められているが,筆者ら合成化学者の見地として,糖ペプチド合成法の普遍確立化を目指すとき,高温条件下での反応はやはり多々問題があると考えている.

一方,筆者らは2005年に糖ペプチド固相合成におけるアミノ酸伸長反応において,マイクロ波照射で50°Cにすると,通常加熱により50°Cにした場合と比べて反応収率の向上が得られることを報告した(11)11) T. Matsushita, H. Hinou, M. Kurogochi, H. Shimizu & S. -I. Nishimura: Org. Lett., 7, 877 (2005)..さらに,マイクロ波加熱50℃条件下において使用する糖アミノ酸シントンを1.2~1.5当量まで低減することに成功し,上記に示した【その2】の方法によって5カ所のセリン・トレオニンにそれぞれグルコサミンを導入した「MUC1由来20残基糖ペプチドライブラリ(12)12) Y. Yoshimura, Y. Takahashi, I. Nagashima, H. Shimizu, T. Kishimoto, K. Denda-Nagai, T. Irimura & Y. Chiba: ICS (International Carbohydrate symposium), Lisbon, 14–19 July 2018, P-S74」や,疾病の抗原となる40種類以上の「10~46残基の糖ペプチド」を合成した.また【その3】の方法によって「Core2(3糖体)が5か所に存在するMUC1由来20残基糖ペプチド」(13)13) T. Matsushita, H. Hinou, M. Fumoto, M. Kurogochi, N. Fujitani, H. Shimizu & S. -I. Nishimura: J. Org. Chem., 71, 3051 (2006).や,5糖N結合型糖鎖アミノ酸を利用して「ハイマンノース型5糖含有10残基糖鎖ペプチド」などをmgスケールで合成した(図3図3■これまでに合成した糖(鎖)ペプチドの例).これら糖ペプチド合成や酵素反応へのマイクロ波研究(5)5) I. Nagashima, J. -i Sugiyama, T. Sakuta, M. Sasaki & H. Shimizu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 758 (2014).,低温マイクロ波照射を利用した糖鎖合成研究(14)14) H. Shimizu, Y. Yoshimura, H. Hinou & S. -I. Nishimura: Tetrahedron, 64, 10091 (2008).など通じて,筆者らは,化学反応においてマイクロ波を利用するメリットは迅速に加熱できることだけではないと考えており,高温にせずにマイクロ波照射することで高反応率を得る,また全く新しいマイクロ波特有効果を得る研究を進めている.

おわりに

マイクロ波利用ペプチド合成の主流は,迅速な高温化と反応の短時間化である.マイクロ波照射で迅速に加熱されることは周知の事実であり,その「特性」を利用して合成技術が進歩することは非常に好ましいことである.実際,マイクロ波利用により40~50残基ペプチドの合成も日常的に可能になったと言える.ただし,これはマイクロ波「効果」を利用したものではない.迅速加熱ができればその仕組みは問われず,マイクロ波の効率加熱「特性」を利用したものである.実際,マイクロ波利用反応装置を市販しているメーカーの取扱説明書に,「ある反応容量では加熱されない」とあり「なぜですか?」と聞いても「その理由はちょっとわかっていません」と言われたことがある.

では,マイクロ波効果とは何であろうか? これを理解,解明するのは容易ではなく,また一筋縄ではいかないが,いたずらに「マイクロ波効果」をうたった論文も少なくない.そしてその結果,「マイクロ波効果」というもの自体が嫌疑をかけられ,「そんなものはない」,「マイクロ波はペテン」などのレッテルがいくらか張られてしまったのではないか.また,物理現象としてマイクロ波加熱の仕組みやマイクロ波照射時の分子の振る舞いが理解できても,化学反応に利用したときにはどの作用が効いているかには,定量的な考察が必要となる.学会にて「マイクロ波加熱はカイネティックに働くからそれを考慮したうえで反応への寄与を議論しないのは物理学を冒涜している」とご指導いただいたことがある.しかし,化学反応にマイクロ波がどう作用するかは,実際に効いている作用因子が何なのかをつきとめることにある.体重を計るとき,重力のみ考慮して隣の人との万有引力を換算しないからといって,物理学を冒涜したと言う人がいるのであろうか.逆に,定性的な現象に引っ張られた考察はミスリードを生む.

重ねてになるが,マイクロ波がその「特性」を存分に生かしてペプチド合成分野の発展に貢献していることは非常に好ましいと思う.さらに,高温反応の欠点を補うべく,さまざまな試薬や反応系が開発されていることには敬意すら覚える.しかし筆者らは,さらなるマイクロ波の普遍的な利用を目指して,化学反応におけるマイクロ波効果を解明し利用展開されうる研究を目指している.そうすることにより,より複雑な糖鎖ペプチド合成が汎用化になる可能性を開き,生化学研究への展開も進むのではないかと考えている.

Acknowledgments

今回紹介したマイクロ波利用ペプチド・糖ペプチド合成研究は,過去には科研費基盤研究(B, C),科研費挑戦的萌芽研究,日本学術振興会外国人研究者招へい事業,NEDO橋渡し事業などから,現在はAMED(糖鎖利用による革新的創薬技術開発【JP18ae0101027】),共同研究費(東京理化器械),寄付金(ダイヤフーズ)などから援助を受けて遂行しました.またマイクロ波については,共同研究者の一人である杉山順一博士(産業技術総合研究所ナノ材料研究部門)からご助言等いただきました.関係皆様方にここに感謝の意を表します.

Reference

1) 岡田洋平,千葉一裕:化学と生物,56, 558 (2018).

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5) I. Nagashima, J. -i Sugiyama, T. Sakuta, M. Sasaki & H. Shimizu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 78, 758 (2014).

6) CEM; http://cem.com/ja/peptide-synthesis; Biotage; http://www.biotage.co.jp/products_top#peptide ; 東京理化器械株式会社;https://ssl.eyela.co.jp/products/mws1000/index.shtml

7) http://www.biotage.co.jp/pages/apn_peptide/AN69.pdf

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10) H. Hibino, Y. Miki & Y. Nishiuchi: J. Pept. Sci., 20, 30 (2014).

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12) Y. Yoshimura, Y. Takahashi, I. Nagashima, H. Shimizu, T. Kishimoto, K. Denda-Nagai, T. Irimura & Y. Chiba: ICS (International Carbohydrate symposium), Lisbon, 14–19 July 2018, P-S74

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