プロダクトイノベーション

地域資源の有効活用による魚醤類の開発と商品化古典発酵に学び新商品を創る:「温故創新」

Takashi Utagawa

宇多川

福井県食品加工研究所

Hirotsugu Shirasaki

白﨑 裕嗣

株式会社室次

Toshio Moriyama

森山 外志夫

有限会社もりやま

Toshiaki Kataguchi

片口 敏昭

有限会社片口屋

Published: 2018-11-20

日本は有数の海洋国で,漁獲高は年間約3~4百万トン(1)1) 農水省:平成28年~29年北陸農林水産統計年報,210.で,そのうち可食部分は約50%といわれており多くの加工残渣が副生している.副生する内臓には良好なタンパク質が含まれており,その有効活用を図ることは多くのタンパク源を輸入に依存するわが国においては重要な課題である.北陸地区には多くの魚加工場があり,さまざまな副産物が生成している.これらの副生物は有償で廃棄処分されているものが多く,事業者にとっての課題でもあった.今回新たに開発した新魚醤製法(速醸法)は,コンパクトな設備で相当量の魚醤を生産することができ中小企業者には有利な方法である.速醸法を利用し福井県のサバ,ニシン,石川県のメギス,富山県のブリの加工副生物を原料とする魚醤類およびその関連製品を開発し,地域の特徴ある商品を提供するに至ったので紹介する.

魚醤は魚を原料とするアミノ酸系の調味料で,タイのナンプラーやベトナムのヌックマムなど東南アジアでは広く使われている.魚を飽和に近い塩に漬け込み長期間発酵させることによって生産されている.発酵期間中に,主に魚の自己消化酵素によってタンパク質を分解してアミノ酸やペプチドを遊離してうま味や風味を呈するようになる.醤油もアミノ酸系の調味料であるが原料は大豆と小麦であり,添加する麹菌の酵素によってタンパク質が分解されアミノ酸を遊離する.両者とも旨みの主役はグルタミン酸などのアミノ酸であるが,約20種類のアミノ酸は醤油と魚醤では異なった比率で含まれており異なる風味を呈する.図1図1■醤油と魚醤のアミノ酸比較に示すように醤油にはうま味成分であるグルタミン酸などの酸性アミノ酸が多く含まれているが,サバ魚醤には塩基性アミノ酸であるリジンやアルギニンが多く含まれている.バリンやロイシン,イソロイシンなどの必須アミノ酸も魚醤には多い.

図1■醤油と魚醤のアミノ酸比較

魚醤の歴史は古く,古代ローマ時代にはサバやカツオなどの内臓を原料とした「ガルム」と呼ばれた魚醤が生産され調味料として使用されていたことが知られている.現在ではイタリアのチェターラという小さな漁村で「コラトーラ」と呼ばれる魚醤がアンチョビを原料にして作られている.

東南アジアでは主にカタクチイワシ(アンチョビ)が原料として用いられ,温暖な気候を利用して一年を通じて生産されている.韓国の魚醤(チョッカル)は小エビやカタクチイワシを原料として生産されており,キムチをつける際の重要な調味料となっている.

日本ではハタハタなどを原料とする秋田県の「しょっつる」やイカの内臓やイワシを原料とする石川県の「いしる」,香川県のイカナゴの魚醤が古くから調味料として使われており,それぞれの地域の食文化を形成している.最近は地域で容易に入手できる原料を発酵して新たな地域特産の魚醤が生産されている(2)2) 吉川修司:月刊フードケミカル,33, 78 (2017)..しかしながら塩分濃度が高いことや魚醤特有の臭いなどから一般家庭にはあまり普及していない.一方,東南アジアからは数千トンとも言われる魚醤が輸入されており(3)3) 石田賢吾:JAS情報ピックアップ2013,http://www.jasnet.or.jp/4-shuppanbutu/pickup/13.03.pdf, 2013.,さまざまな調味料原料として使われている.

魚醤生産には各地域で豊富に捕獲される魚類が原料として使われ,発酵期間は数カ月から1年以上かけるものまでさまざまで,長時間発酵したほうが質の良い魚醤が得られると言われている.

1. 速醸魚醤製造法の開発

福井県には,魚を糠につけて保存する方法が江戸時代から伝わっている.サバを塩漬け処理した後,糠に漬け込んで数カ月以上発酵して作られる「へしこ」は伝統的な発酵食品である.糠漬け期間中にペプチドやアミノ酸などが生成され(4)4) 小阪康之,木下由佳,大泉 徹,赤羽義章:日本水産学会誌,76, 392 (2010).独特の風味と旨みが醸し出される.「へしこ」生産の最初の工程は内臓を取り除くことで,その多くは廃棄されている.われわれはこの副生するサバ内臓の有効利用を目的に魚醤開発に取り組んだ.

1.1 魚醤生成に関与する酵素の性質

魚醤生産の重要なプロセスであるアミノ酸生成の仕組みを知るために酵素的な検討を行った.魚の酵素分泌器官として知られている幽門垂を集め,破砕して酵素を抽出した.30~80%硫安分画にて得たタンパク質を透析して得られた画分を粗酵素液とし,カゼインを基質としてタンパク質分解活性を測定した.同時に原料のサバ内臓に存在する雑菌類の挙動も観察した.

①食塩濃度の影響

カゼインを含む反応液の食塩濃度を0~20%になるように調製し,30°Cで反応した.図2図2■タンパク質分解・雑菌増殖に対する食塩・温度の影響に示すようにタンパク質分解活性は食塩濃度が高くなるにしたがって急激に低下し,食塩濃度20%においては,無添加の場合の20%程度しか活性を示さなかった.伝統的な製法では発酵期間中の食塩は飽和(25%以上)の状態にあり,活性は極めて弱い状態にあると考えられる.これが魚醤発酵に長時間を要する一つの要因となっている.しかしながら,破線で示したように食塩の添加は魚醤の腐敗(雑菌の増殖)を防ぐためには必要である.雑菌類は食塩濃度が低下するに従い急激に増殖するが,10%以上の食塩添加では抑えられた.ただし,長時間培養すると10%食塩添加区でも菌の増殖が観察されたので,雑菌の増殖を抑えるためには15%以上の食塩濃度は必要であった.

図2■タンパク質分解・雑菌増殖に対する食塩・温度の影響

②温度の影響

食塩を含まない反応液を30~60°Cで反応させたところ,図2図2■タンパク質分解・雑菌増殖に対する食塩・温度の影響で示したように反応温度の上昇と共にタンパク質分解は活性化され,55°Cの活性は30°Cの場合と比べると約3倍強くなることがわかった.さらに破線で示したように,反応温度を高くすると雑菌類の増殖が抑えられ,温度上昇と共に死滅することもわかった.すなわち,55°Cで発酵すると食塩無添加でも雑菌の増殖が抑えられ,かつ分解速度が速くなることがわかった.

1.2 無塩高温条件下における魚醤生産

粗酵素を用いて検討した結果に基づき,サバの内臓を原料とする魚醤の実生産を試みた.すなわち,無塩条件下でサバ内臓を速やかに55°Cに加温した後に発酵を開始し,遊離してくるグルタミン酸を分析することによって発酵の進捗を確認した.

食塩を添加しないで55°Cで発酵すると速やかにグルタミン酸が遊離し,僅か一日で,従来法では約1カ月間かけて蓄積したグルタミン酸濃度と同等の濃度に達した.雑菌の増殖も確認されなかった.

1.3 魚醤の精製

発酵終了後,荒いメッシュにてろ過し,混入しているエラや骨などの未分解物を除去した.ろ液を120°Cで20分間加熱し殺菌と未分解タンパク質を不溶化した後,遠心操作によって油分を含む軽液部分と未分解沈殿物を除去して褐色透明な液を分取した.得られた液重量に対し15%となるように食塩を添加してサバの速醸魚醤を得た.これらの一連の操作によって,塩分は従来の魚醤よりも少なく,油の除去によって不快臭の少ない魚醤が調製できるようになった.本法よって魚醤の生産性は大幅に向上し,「速醸法」として確立することができた(5~7)5) 福井県立大学:特開2011-182663 (2011).6) 岩田淑子,飯田 優,漆間 創,宇多川 隆:日本農芸化学会講演要旨集,240 (2011).7) 宇多川 隆:日本醸造協会誌,107, 477 (2012).

1.4 新旧魚醤生産プロセス比較

図3図3■サバ魚醤新旧製法比較に今まで実施してきたサバ魚醤の従来型生産法と,新たに開発した速醸法のプロセスの比較を示した.異なる点は発酵時の温度と発酵時間,食塩を添加するタイミングおよび油除去の有無である.食塩は最終工程で添加するので,使用目的に応じて自由に濃度調整することができる.サバ魚醤の場合,食塩濃度を15%として調製しているが腐敗の心配がない用途においては,食塩10%以下の魚醤を提供することも可能である.食塩無添加で精製すると無塩魚醤が得られる.なお,ナンプラーなどの伝統的な魚醤生産では高濃度の食塩(25%以上)存在下,1~2年の発酵を行っている.また,魚醤分離後の発酵残差に食塩水を添加して魚醤を抽出する,いわゆる2番絞りを行うところもある.

図3■サバ魚醤新旧製法比較

魚醤の味と風味を決定すると考えられているアミノ酸について,従来法と速醸法で得られたサバ魚醤について比較した.両者のアミノ酸パターンはほとんど変らないが,速醸法の方が高い濃度を示すアミノ酸が多かった.従来型の長時間発酵では,いったん生成したアミノ酸が分解しているのではないかと考えられる.

2. 速醸法の特徴

2.1 高い生産性

発酵速度が早いので,小さな発酵槽を繰り返し使用しながら相当量の魚醤生産が可能である.このことは設備投資において有利である.また,発酵速度が速いので生産条件などの検討結果が短時間で得られ,開発速度を速めることができた.発酵後のプロセスは図3図3■サバ魚醤新旧製法比較に示したとおりである.サバ内臓を原料として55°Cで1日発酵し,塩分15%に調整した魚醤「鯖しょうゆ」は,福井県の醤油老舗(株)室次により生産販売され,麺つゆやおでんのだし用などに提供されている.

2.2 原料展開

サバ内臓を原料として確立した速醸魚醤生産プロセスをほかの魚類に展開した.

  • 〈ブリ魚醤〉

富山湾のブリの内臓を原料とする魚醤開発においては,発酵が完結するまでに55°Cで3日間を要した.内臓が大きいためと思われたが,ミンチにしてもほとんど速度は変わらなかった.分離・精製工程はサバに準じるが,ブリの場合分離操作によって得られる油の量が多くその処理に苦労した.原料の40~50%に達することもあった.濃度15%となるように食塩を添加し滓引きをした後に瓶詰したものが,富山県の醤油老舗(有)片口屋より商品名「鰤醤」として販売されている.「鰤醤」は2015年のニッポンブランド名品100に選ばれた.

  • 〈メギス魚醤〉

日本海で捕獲されるメギスは,体調20 cmほどの小さな魚であるために,メギス加工場で副生するアラから内臓だけを取り出すことは難しく,すべてのアラを原料とした.したがって,発酵直後のろ過工程においては多くの小骨が分離される.

静置条件で発酵すると18時間目頃から不快な臭が発生し製品化は困難を極めた.しかし,この不快臭は発酵時に攪拌することによって消失することを見いだし,メギス魚醤発酵には攪拌機付きの発酵槽を用いることとした.石川県七尾市の(有)もりやまで生産し,「メギス魚醤こいくち」として販売している.

24時間の静置発酵と撹拌発酵にて得たメギス魚醤の臭いの分析結果を図4図4■メギス魚醤発酵における匂い分析に示した.図に示したように,静置発酵して得た標品からは,トリメチルアミン,プロピオン酸,酪酸,メチルブタン酸,インドールなど多くの不快臭成分が検出されたが,撹拌発酵で得た標品からはほとんど検出されなかった.撹拌によって,不快臭成分が酸化的に分解されたためではないかと考えている.一方,24時間静置発酵して得たサバ魚醤の分析では,不快臭成分は検出されず,むしろ香気成分として知られているブタナール類の生成が認められた.このように魚種によって臭気成分の生成に大きな差異のあることが明らかになった.

図4■メギス魚醤発酵における匂い分析

  • 〈ニシン魚醤〉

福井の越前海岸には江戸時代より北前舟によって,北海道から大量のニシンが運び込まれていた.今も産地は異なるがニシンが導入されており,身欠きにしんなどの干物が作られている.同時に大量の内臓が副生しておりその有効利用が課題であった.ニシンの内臓を原料とした場合,発酵速度が遅く55°Cで3日間を要した.

精製して得られたニシン魚醤の特徴は,塩基性アミノ酸アルギニン量が高濃度含まれていることであり,特有の風味を有している.一方,うま味アミノ酸であるグルタミン酸含量が少なく,製品化工程では醤油をブレンドしてグルタミン酸を補強することとした.塩分を11%に抑えた口当たりの良いニシン魚醤は福井県のカネタツ数馬(株)が「北前にしん魚醤」として販売している.

  • 〈そのほかの魚醤〉

上述の魚醤および試作した速醸魚醤サンプルのアミノ酸比較を表1表1■各種速醸魚醤のアミノ酸比較に示した.アユ,カタクチイワシ,アジは魚全体を使用しそれ以外は内臓を原料とした.表に示すように,最もアミノ酸濃度が高いのはイワシの内臓を原料とした魚醤であり,重量の約10%がアミノ酸であった.ナンプラーはカタクチイワシを原料として長期間の発酵によって生産されているが,われわれはカセサート大学の協力によって4日間の発酵で速醸ナンプラーを調製した.伝統的方法で作られたナンプラーは塩基性アミノ酸であるアルギニン濃度が極めて低いが,速醸法ではアルギニン濃度の高い魚醤を得ることができた.表に示した魚醤はそれぞれ異なったアミノ酸組成を有しており,それぞれ特有の味を有している.

表1■各種速醸魚醤のアミノ酸比較
mg/100 g加工副生物利用魚全体利用
カツオビンナガマグロ本マグロイワシサバタイニシンメギスブリアジアユアンチョビ
速醸法従来法
Asp860730570590824730500320830695550920610
Thr51046032054043141037018050036025390430
Ser540460320580495440430514803453521300
Glu98086057090081082071070089085510001100900
Pro2601901204201632401601101109910120150
Gly310430370430348320290190340205200310250
Ala7807405840669610590410830545600750690
Val700590430770623550470340660490390600570
Met320300200350281270180220280240195250250
Ile520490340580513450320290460385230460400
Leu7107705701030851790590530700365500650550
Tyr73991502001412302701201702051357387
Phe410390300530418370210270420320170400320
His3202101603902281909013028045590280380
Lys970600550990816750760570990485900590900
Arg850480410660716700170050091067021012048
9,1137,7995,3859,8008,3277,8707,6404,9318,8506,7195,2407,0346,835

2.3 減塩

既述のごとく速醸法では発酵時に食塩を添加しない.食塩は生産工程の最後に添加するが,その量は必要に応じて加減することができる.サバ魚醤は15%の食塩を添加したものを生産しているが食塩無添加で製品化すると無塩サバ魚醤ができる.無塩サバ魚醤と醤油を等量でブレンドすると,醤油の食塩濃度が半分に低減された減塩魚醤油ができ(8)8) 福井県立大学:特開2013-138654 (2013).,「旨醤」という商品名で販売している.一般に醤油の減塩化には電気透析などの高価な装置が必要であるが,本法ではそのような装置を必要としない点が有利である.醤油にはグルタミン酸が,サバ魚醤にはリジンやアルギニン多く含まれている.「旨醤」にはこれらが平均化した濃度で含まれており,醤油やサバ魚醤とは異なる特有の味を感じることができる.また,「旨醤」には魚由来のペプチドやタウリンも含まれており,健康的な調味料と考えている.「旨醤」を噴霧乾燥して作られる粉末魚醤油「黄金ソルト」は味が濃厚であり,もち運びなどの利便性に優れていることから好評を得ている.さらに「黄金ソルト」を原料として造られたメレンゲ「ピュアロッシェ」は香ばしい味が特徴である.

2.4 少ない不快臭

新たに提案したプロセスでは,強制的に油を除去する工程を入れており,魚醤保存中においても油の酸化に起因する不快な臭は少ない.したがって,さまざまな食材にブレンドすることにより,新たな商品を生み出すことができる.サバ魚醤に麹を添加し,再発酵することによって旨みを強化した商品「鯖こうじ」は食べる魚醤として味噌のように使われている.また,「鰤醤」を利用した「炊き込みご飯の素」はブリの風味を生かした特徴ある商品として好評を得ている.

2.5 アルコールゼロ

近年,イスラム圏からの観光客が増えているが,イスラムの世界では原則アルコールを口にすることが禁じられており,アルコールを含む醤油を口にすることができない人がいる.醤油には醸造中に生育する酵母によって2~3%のアルコールが生成するが,高温短時間発酵の速醸法においては酵母の生育は認められず,アルコールは全く検出されない.したがって,イスラムの方も安心して口にできる醤油代替調味料として使用できる.速醸サバ魚醤に大豆分解エキスを添加して調製された醤油風魚醤調味料はハラールの認証を得て「福むらさき」として販売されている.すでに中東への輸出実績を有している.和食の調理にも利用でき,今後増加が予想されているイスラム圏からの来日観光客向けの調味料として期待されている.

2.6 低濃度ヒスタミン

魚介類の加工食品で注意しなければならないのは,アミノ酸の一つであるヒスチジンがヒスチジン脱炭酸酵素をもつ微生物によって生成されるヒスタミンの蓄積である.多量摂取するとアレルギーや食中毒を起こすと言われ,低減化のためにさまざまな対策がとられている(9)9) 里見正隆:日本醸造協会誌,107, 842 (2012)..輸入されている魚醤には国際基準値(10)10) Standard for fish sauce, CODEX STAN 302-2011.400 ppmを超える商品の混在が知られており,わが国においても対策が急がれている.われわれが調製したサバ魚醤も,従来の長時間発酵した場合のヒスタミン濃度は30~150 ppmとロット毎に大きく変動したが,速醸法の場合は20~30 ppmと安定的に低濃度であり,食品安全上全く問題にならない数値が得られている.また,タイのカセサート大学の協力で調製した速醸ナンプラーのヒスタミン濃度は28 ppmで現地で購入した市販品の1/10以下であった.速醸法では高温短期間で発酵が完結するためにヒスタミン生成菌が生育できない環境にあると思われる.このように発酵の速醸化は魚醤の品質向上にも貢献できる方法であると考えられる.

2.7 無塩副生物

一般に,肥料や飼料では高濃度の塩分は好まれない.速醸魚醤の生産では食塩の添加が最終工程であり,発酵後ろ過して得られる無塩魚醤や副生する魚醤粕には食塩がほとんど含まれていない.われわれは無塩魚醤の植物に対する影響を検討し,100倍希釈液を花壇に散布すると花付きが良くなることを観察している.トウモロコシでは根の成長が著しく,実の重量,数ともに大きく増加することを確認している.また,トマトへの散布では,植物の病原菌抵抗指標であるグルカナーゼ活性が向上し,病虫害から植物を守ることが期待されており,すでに無塩魚醤入りの植物活性化剤が商品「植物剛健プラス」として市販されている(11)11) 福井シード株式会社ホームページ,http://www.fukuiseeds.co.jp/lineup/meterials.html.

図5■速醸法にて生産される魚醤および関連商品

おわりに

魚醤は魚を塩漬けにして発酵する伝統的な調味料であり,その製法は長年守られてきた.近年,タンパク質分解酵素製剤や麹を添加したり加温する方法(12~16)12) 塚本研一,杉本勇人:秋田県総合食品研究センター報告,19, 49 (2017).13) 吉川修司,田中 彰,錦織孝史,太田智樹:日本食品科学会誌,53, 281 (2006).14) 中野智夫,渡辺 宏,秦 満夫,Duong van Qua, 三浦トシ:日本水産学会誌,52, 1581 (1986).15) 道畠俊英,佐渡康夫,矢野俊博,榎本俊樹:日本食品科学工学会誌,47,369 (2000).16) 堂本信彦,王 鰹智,森 徹,木村郁夫,郡山 剛,阿部宏喜:日本水産学会誌,67, 1103 (2001).が開発されているが,微生物汚染を避けるために食塩の添加は必須であった.今回,魚醤生産条件を見直し,高温条件(55°C)にて雑菌増殖を回避しつつタンパク質分解活性を高め,食塩無添加によって食塩によるタンパク質分解活性阻害を解除し,発酵時間を大幅に短縮することができた.アミノ酸組成は長期間発酵したものとほとんど同じであったが総アミノ酸量は速醸法のほうが多い傾向にあった.発酵時間の短縮により,アミノ酸の分解が起こらないこと,およびヒスタミンの生成がほとんど認められないことなど,品質面で改善されたと考えている.

今回ここに紹介した速醸魚醤は従来法で造られた伝統的な魚醤と拮抗するものではなく,魚を原料とする新しいタイプの発酵調味液として共存して利用されることを願っている.

今回の速醸魚醤の開発過程で,いくつかの科学的に興味を引く現象を観察している.一つは,カタクチイワシを原料に発酵した場合,発酵直後には相当量含まれていたアミノ酸のアルギニンが急速に減少することである.したがって市販のナンプラーに含まれるアルギニン量は極めて少ない(17)17) 三枝弘育:東京都立食品技術センター,9,33 (2000)..サバやブリではこのような現象は認められず,カタクチイワシにはアルギニンを分解する強力な酵素の存在が示唆されている.また,カタクチイワシの速醸発酵におけるアミノ酸の生成を経時的に分析すると,発酵初期に生成するフェニルアラニンやヒスチジンなどと,アスパラギン酸やグルタミン酸のように後から増加してくるアミノ酸が認められ,アミノ酸の生成は一律に増加するのではないことを確認している.魚醤生産過程で遊離するアミノ酸の生成や分解に関与する酵素に興味がもたれる.

われわれは古典的な魚醤生産プロセスを解析することによって,効率的な魚醤生産法を開発し実用化に結びつけることができた.ものづくり研究者は,過去に学びつつ新しいことを知ることも大切であるが,新しいものを創る“温故創新”的な考え方が大切であると考えている(18)18) 宇多川 隆:温古知新,54, 29 (2017).

ここで紹介した速醸魚醤の開発においては,地域の企業と大学,公的機関との連携,いわゆる産学官連携が必須であった.(株)室次(福井県,サバ魚醤),(有)もりやま(石川県,めぎす魚醤),(有)片口屋(富山県,ブリ魚醤)においてはそれぞれ公的なファンドの支援を得ることによって速醸魚醬の生産設備を整えることができた.支援事業機関に深く御礼申し上げます.各社はそれぞれの地域で活躍する企業であるが,新技術開発の知見や設備が十分ではなかった.その不足を大学や公設研究所が補い,共に力を合わせて“創新”に至ったことは地域における産学官連携の成果と考えている.地域産業の活性化に地域の大学や公的機関が果たすべき役割には大きいものがある.

共に開発してきた3社と筆者に対して,2018年度日本農芸化学技術賞が授与された.地方の地道な活動を評価いただいた先生方に深謝申し上げます.

Reference

1) 農水省:平成28年~29年北陸農林水産統計年報,210.

2) 吉川修司:月刊フードケミカル,33, 78 (2017).

3) 石田賢吾:JAS情報ピックアップ2013,http://www.jasnet.or.jp/4-shuppanbutu/pickup/13.03.pdf, 2013.

4) 小阪康之,木下由佳,大泉 徹,赤羽義章:日本水産学会誌,76, 392 (2010).

5) 福井県立大学:特開2011-182663 (2011).

6) 岩田淑子,飯田 優,漆間 創,宇多川 隆:日本農芸化学会講演要旨集,240 (2011).

7) 宇多川 隆:日本醸造協会誌,107, 477 (2012).

8) 福井県立大学:特開2013-138654 (2013).

9) 里見正隆:日本醸造協会誌,107, 842 (2012).

10) Standard for fish sauce, CODEX STAN 302-2011.

11) 福井シード株式会社ホームページ,http://www.fukuiseeds.co.jp/lineup/meterials.html.

12) 塚本研一,杉本勇人:秋田県総合食品研究センター報告,19, 49 (2017).

13) 吉川修司,田中 彰,錦織孝史,太田智樹:日本食品科学会誌,53, 281 (2006).

14) 中野智夫,渡辺 宏,秦 満夫,Duong van Qua, 三浦トシ:日本水産学会誌,52, 1581 (1986).

15) 道畠俊英,佐渡康夫,矢野俊博,榎本俊樹:日本食品科学工学会誌,47,369 (2000).

16) 堂本信彦,王 鰹智,森 徹,木村郁夫,郡山 剛,阿部宏喜:日本水産学会誌,67, 1103 (2001).

17) 三枝弘育:東京都立食品技術センター,9,33 (2000).

18) 宇多川 隆:温古知新,54, 29 (2017).