農芸化学@High School

土壌微生物叢の経年および外部刺激による変化

今井 初音

神奈川県立川崎工科高等学校

並木 謙吾

神奈川県立川崎工科高等学校

Published: 2018-11-20

本研究は,日本農芸化学会2018年度大会(開催地:名城大学)での「ジュニア農芸化学会」において発表された.本研究では,次世代シーケンサーを使用して土壌の微生物叢解析を経時的に実施した結果が発表された.土壌微生物叢は調べた一定期間の間に大きくは変動しないこと,培養した乳酸菌や酢酸菌を土壌に投入しても定着せず,時間経過に伴って元の微生物叢構成へと回帰する様子が示された.これらは,近年ようやく知られるようになってきた,菌叢の安定性を示す好例の一つとして捉えることができ,ジュニア農芸化学会発表で高く評価された.

本研究の目的,方法および結果と考察

【目的】

土壌には,1 g当たり1×108もの微生物が生息していると言われている.われわれは,身近な土壌中にどのような微生物が生息しているかに興味をもち,川崎工科高校敷地内(図1図1■土壌採取場所(神奈川県立川崎工科高等学校))の土壌微生物について3年前(平成27年度)から調査を行っている.その結果,昨年までに,土壌中に平均して305±21属(10,533±1,069 Operational Taxonomic Units; OTUs)が存在すること,深さによって存在する微生物が異なることを明らかにした.そこで今年は,以下の2点について調査した.

図1■土壌採取場所(神奈川県立川崎工科高等学校)

  • (1)経年変化:昨年,一昨年と同一の場所から土壌サンプルを採取し,土壌に存在する微生物の種類と構成が約2年間でどのように変化しているか.
  • (2)外部刺激による変化:(1)と同じ土壌に乳酸菌あるいは酢酸菌を意図的に混入し,微生物の種類と構成がどのように変化するか.なお乳酸菌と酢酸菌は市販のカスピ海ヨーグルト(フジッコ社製)から独自に単離したものを用いた.

以上の解析を通じて,微生物が土壌で果たしている機能と役割を知ることを目的とした.

【方法】

1. 経年変化

高校敷地内で,昨年,一昨年採取したものと同様の土壌を採取した.この土壌から,PowerSoil DNA Isolation Kit(MoBio社製)を用いてゲノムDNAを抽出し,PCR法により16S rRNA遺伝子を増幅した.その際のプライマーは,16S rRNA遺伝子のV3-V4領域を普遍的に増幅できるもの(342F: CTA CGG GGG GCA GCA Gおよび806R: GGA CTA CCG GGG TAT CT)を用いた(1)1) H. Mori, F. Maruyama, H. Kato, A. Toyoda, A. Dozono, Y. Ohtsubo, Y. Nagata, A. Fujiyama, M. Tsuda & K. Kurokawa: DNA Res., 21, 217 (2014)..ただし,これらプライマーの5′末端側には,次世代シーケンサーMiseq(イルミナ社製)でのマルチプレックス解析に必要なアダプター配列なども付加されている.このPCR産物をアガロースゲル電気泳動に供し,必要なDNA断片を精製した.このDNA試料を,MiseqおよびMiSeq Reagent Kit v3(600サイクル)を用いることによって,末端300塩基対ずつのペアエンド解読を行った.得られた配列は,クオリティフィルタリング,各サンプル30,000リードずつのランダムサブサンプリング,OTUクラスタリング,キメラ除去を経て系統分類を行った.

2. 外部刺激による変化

カスピ海ヨーグルトの種菌(フジッコ社製)を普通寒天培地で培養し,Lactococcus lactis(乳酸菌)とAcetobacter orientalis(酢酸菌)を単離・培養した(2)2) N. Nakashima & T. Tamura: Genome Announc., 6, e00201-18 (2018)..このL. lactisおよびA. orientalisについても,16S rRNA遺伝子をPCR増幅し,アプライド・バイオシステムズ社のシーケンサー「ABI PRISM 3730」で16S rRNA遺伝子のDNA配列を解読し,アメリカ国立衛生研究所に所蔵のDNA配列データベースとわれわれのDNA配列を比較することで細菌種を特定したものを使用した.

上記(1)で掘った穴の付近に,深さ15 cmの穴を新たに2つ掘り,計3つの穴のうち2つに,L. lactis, A. orientalisの150 mLの培養液を遠心濃縮したものを加えた後に埋め戻した(残りの一つの穴はそのまま埋め戻した).その直後,4日後,14日後,27日後に接種した場所から計12サンプルの土壌を採取した.それぞれ,上記(1)と同様の操作でDNAの配列解読を行い,比較した.

【結果および考察】

1. 経年変化

年数を経ても土壌の微生物叢は大きく変化しないことがわかった(図2図2■3年間の土壌微生物叢構成の比較).結果から,土壌に棲む微生物は多種多様であるが,その構成は安定していると考えられる.

図2■3年間の土壌微生物叢構成の比較

2. 外部刺激による変化

乳酸菌あるいは酢酸菌を混入しても,速やかにもとの微生物叢に戻ることがわかった(図3図3■乳酸菌,酢酸菌混入(外部刺激)前後での土壌微生物叢構成の推移).特に,乳酸菌の場合は4日という短い期間でもとの微生物叢に戻っていることから,川崎工科高校の土壌環境には全く適していないと考えられる.

図3■乳酸菌,酢酸菌混入(外部刺激)前後での土壌微生物叢構成の推移

【まとめ】

土壌の微生物叢は,経年あるいは人為的操作に対して極めて安定であると考えられる.土壌は,窒素循環など重要で不可欠な役割を果たしているが,これら機能は土壌の安定性に支えられていると推察される.

本研究の意義と展望

本研究は,「1日の約半分を過ごしている学校の土壌にどんな生物が棲んでいるのか知りたい!」という探究心から始まった.はじめは,普通寒天培地上で培養・単離した微生物の正体を突き止めることを目標にしていた.しかし,研究を進めていく過程で,土壌中には多くの微生物が存在していること.それらは多種多様で,たがいに作用しあいながら,土壌という一つの環境の中で共存していることを知った.また,これまでの3年間の研究結果より,土壌の微生物叢は,経年あるいは人為的操作に対して極めて安定であると考えられる.

この研究は,土壌微生物に関する基礎研究にあたるものであるが,本研究の結果をもとに,将来的には土壌改良や連作障害の改善などにつながっていけばよいと思っている.

(文責「化学と生物」編集委員)

Acknowledgments

本研究は,JST主催「中高生の科学研究実践活動推進プログラム」の支援のもと行った.また,東京工業大学生命理工学院生命理工学系の中島信孝准教授(現 産業技術総合研究所)にご指導いただいた.この場を借りて,厚く御礼申し上げます.

Reference

1) H. Mori, F. Maruyama, H. Kato, A. Toyoda, A. Dozono, Y. Ohtsubo, Y. Nagata, A. Fujiyama, M. Tsuda & K. Kurokawa: DNA Res., 21, 217 (2014).

2) N. Nakashima & T. Tamura: Genome Announc., 6, e00201-18 (2018).