巻頭言

甦れ天然物創薬

Toshio Goto

後藤 俊男

国立研究開発法人理化学研究所

Published: 2018-12-20

天然物は医薬品発見の魅力的な供給源であるとともに,生命体や疾病の本態解明にも多大な貢献をしてきたが,この分野でのわが国研究者の活躍は説明するまでもない.「世界をリードする抗菌,抗原虫,抗がん抗生物質,さらに高脂血症治療剤や免疫抑制剤の発見,製品化」が成果として挙げられるが,この背景には天然物探索のための研究基盤の確立に農芸化学分野の研究者が重要な役割を担ってきた歴史がある.「化学と生物」との学会誌名にあるように,農芸化学は多様な生物現象を化学(もの)ベースに捉える学問であり,基礎研究と同時に実用化を意識する学問でもある.このような学問的背景が医薬品探索研究に向いていたともいえるが,それにもまして農芸化学分野における創造性豊かな人材の育成努力が,日本発のイノベーション創出と産業化への基盤形成,確立につながったことも確かである.

筆者は1970年当時,東大農芸化学醗酵学教室から分離新設された微生物学教室の田村學造教授のもとで天然物研究をスタートした.ここでは,坂口謹一郎先生の「天然物研究は応用の学問,机に座るよりは実験,泥のなかから何かをつかむ野蛮流.なんの役に立つのか,実物を掴め,実効を挙げよ.」との考え方を継承するとともに,折に触れて微生物レンニン/ステロイド微生物変換/微生物由来抗真菌剤など醗酵学教室の先輩による輝かしい研究成果を聞かされて育った.「自分だけが知っている発見発明に生きがいを感じ,研究仲間に認めてもらえれば嬉しい,それが社会の役に立てばもっと嬉しい」との研究者魂を植え付けられたのもこの研究室であった.

創薬手法はヒトゲノムが解読された2000年頃から変化し,生命の基本設計図を基に個別の現象を理解する演繹的アプローチへとパラダイムシフトしてきた.ゲノムから類推された疾患標的候補タンパク質を一次探索系とし,限られた既知ケミカル(1056化合物空間のうち108化合物程度)からHTSヒット化合物を得るいわゆる低分子ゲノム創薬である.この手法による創薬がここ20年ほど大手製薬企業を中心に進められたが,標的妥当性の課題もあり,当初の期待を満足できるような成果は得られていない.そして現在,医薬品探索のモダリティは低分子からタンパク・核酸,タンパク質から細胞(再生・ゲノム編集)へとシフトしつつある.

これに対し,天然物創薬は,新規ケミカルスペースは広いという利点はあるものの,生体に近い疾患の表現型細胞で一次探索し後にchemical biologyで新規標的タンパク質を同定する手法であることもあって,成功を収めてきた感染症・がん・免疫・脂質代謝以外の表現型細胞が未知あるいは複雑である疾患の創薬に対しては探索が困難をきたした経緯がある.そのこともあって,現在では企業における天然物創薬システムの弱体化が進み,結果として,HTSのためのケミカルライブラリーの拡張も停滞している.

ただし,2006年の山中教授によるマウスiPS細胞の樹立は天然物創薬にとっても朗報である.マウスiPS細胞の樹立はヒト疾患iPS細胞の樹立につながり,さらにそこからのヒト疾患表現系をもつ分化細胞は,天然物創薬にとって新たな対象疾患治療薬探索への手段をもたらすものとして期待される.ヒト疾患iPS表現型細胞の出現を蹶起に,それとわが国の得意技である天然物創薬との融合により,農芸化学における天然物創薬がよみがえるのを切に願うところである.