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環境電流と電気合成生態系~エネルギー代謝の原型? 進化型?電気を食べる生物はいつからいたのか?

Satoshi Wakai

若井

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科

Published: 2018-12-20

2015年,理化学研究所と東京大学の共同研究チームが,「電気で生きる微生物を初めて特定」というニュースリリースを論文発表とともに行った(1)1) T. Ishii, S. Kawaichi, H. Nakagawa, K. Hashimoto & R. Nakamura: Front. Microbiol., 6, 994 (2015)..この研究内容は,さまざまなメディアで報道されて注目を浴び,学生時代に当該微生物を別の研究で用いていた筆者にとっても興味深い内容であった.この実験は端的に言うと,実験室レベルで外部からのエネルギー供給を電気だけにして微生物を生育させることができたということであるが,これを環境中に落とし込むと,環境中で電気だけが供給される環境はあるのか? それがなければただの人工的なご飯の上げ方を見つけただけという話にもなりかねない.しかしながら,そうではなく,本稿の主テーマの一つである環境電流という話に結びついてくる.

環境電流は一部の研究者の間で使われている言葉であり,サイエンスとして広く認知されている言葉ではないかもしれないが,シンプルにイメージしやすく,この現象を発見した研究者も使っているのでこの言葉を使わせてもらう.環境電流とは主に深海熱水噴出域の海底面で観察される発電現象を指し,海洋研究開発機構と理化学研究所の共同研究チームが2017年にプレスリリースを発表している.海水中には酸化的な物質が含まれ,噴出している熱水には還元的な物質が多く含まれており,熱水噴出孔のチムニー(筒状の堆積物)が導電性の高い硫化鉄を多く含むことが知られていたが(2)2) M. Yamamoto, R. Nakamura, K. Oguri, S. Kawagucci, K. Suzuki, K. Hashimoto & K. Takai: Angew. Chem. Int. Ed., 52, 10758 (2013).,共同研究グループは深海で実際に深海熱水噴出域付近の堆積物の酸化還元電位を測定するとともに,実験室レベルでも再現試験を行い,熱水から硫化鉱物を介して海水に電子が渡っていることを証明した(3)3) M. Yamamoto, R. Nakamura, T. Kasaya, H. Kumagai, K. Suzuki & K. Takai: Angew. Chem. Int. Ed., 56, 5725 (2017).図1図1■深海熱水噴出域での環境電流と電気合成生態系の存在仮説).熱水中の還元的な物質(硫化水素や水素)は酸化されやすく,海水中の酸素は還元されやすい.したがって,導電性鉱物からなる熱水噴出孔堆積物を介して,熱水中の硫化水素や水素が酸化され,海水中の酸素が還元される際に電子が移動している.すなわち,海水から深海の熱水噴出孔周りの堆積物に対して電流がピリピリと流れていることになる.電気風呂みたいで深海は案外心地いいのかもしれないというオチではなく,最初の段落で出てきた電気で生きる微生物との関係性に結びついていく.

図1■深海熱水噴出域での環境電流と電気合成生態系の存在仮説

還元的な物質を含む熱水から導電性鉱物からなる熱水噴出孔堆積物を介して海水へと電子が移動しており,このときに生じる電流を環境電流と便宜的に呼んでいる.このような熱水噴出域では,化学合成生物が一次生産者となる生態系がよく知られているが,電気合成生物や電気共生系がそこに加わると環境電流を一次エネルギーとする電気合成生態系の存在の現実味が高まる.

人工的な環境ではあるが,電気を唯一のエネルギー源として生育できる微生物がおり,環境中には場所が限られるけれども連続的に電子が供給される場所があるとなれば,自然環境中で環境電流をエネルギー源として使って生きている生態系はないだろうか? という話になる.電気エネルギーを唯一のエネルギー源として生育できる生物については,化学物質のエネルギーを利用できる化学合成生物や光エネルギーを利用できる光合成生物に加えて第三のエネルギー獲得機構をもつ“電気合成生物”としての位置づけが提案されている(図1図1■深海熱水噴出域での環境電流と電気合成生態系の存在仮説).少し勘違いする人がたまにいるので少し補足しておくと,電気合成生物というのは,電気を合成する生物ではなく,電気エネルギーを使って自身の生体材料を作り上げていく生物ということである.微生物燃料電池の話と混同しないように注意が必要である.この電気合成生物という概念にぴったりマッチするのは,最初に出てきた鉄酸化細菌(Acidithiobacillus ferrooxidans)だけであるが,本菌は深海由来ではない.一方で,深海の海底電流と熱水噴出孔付近の比較的豊かな生態系を考えると,熱水中の化合物に支えられた化学合成生物を生産者とする生態系の中にその環境中で持続的に供給される電気を使っている電気合成生物が隠れており,実は電気合成生態系でもあるのではないかという仮説へとつながっていく(図1図1■深海熱水噴出域での環境電流と電気合成生態系の存在仮説).また,分断された代謝経路をもつ2種微生物間で導電性ナノ粒子を介した電気共生が証明されていることから(4)4) S. Kato, K. Hashimoto & K. Watanabe: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 10042 (2012).,電気合成生物と化学合成生物と従属栄養生物の共存する生態系がそこに存在しても不思議ではない.

環境電流と電気合成生態系の例を取るとそれは深海だけの話であり,深海の研究者以外にとって魅力的ではない話になりかねないので,身近な環境電流についても触れておきたい.たとえば,迷走電流という言葉をご存じだろうか? 電車はパンタグラフを通してその上空を走る架線に触れて電流を受け取り,レールを通して変電所に戻しながらレールの上を走っている.この過程で,レールから電流が漏れ出すことがある.この電流を迷走電流と呼び,迷走電流は付近の埋設管などの腐食に関与することがある.また,もっと身近なところで言うと,家の中の家電,洗濯機や冷蔵庫にはアース線が取り付けられている.これは,漏電してしまったときに感電を避けるために,電流をアース(大地)に散らすためのものである.また,雷も電気である.雷が多い年はキノコがよく取れるという話があり,それをヒントにシイタケ栽培時に高電圧のパルスをかけて生産性を向上させたという研究もある(5)5) 高木浩一:電熱,51, 64 (2012)..もちろん,シイタケはその電気エネルギーで生育しているわけではない.とにかく,環境中には知らないだけで電気はいろいろな所に流れており,陸生の電気合成生態系も存在するかもしれない.

少し筆者の研究に寄せた話を展開させていただく.筆者の研究テーマの一つに,微生物による金属腐食現象というものがある(6)6) 若井 暁:化学と生物,53, 515 (2015)..この現象では,ある特定の微生物が金属鉄を腐食させる際に生じた電子を用いてエネルギーを獲得することがある.これは,金属鉄がイオン化するという分子レベルでの化学変化を伴っているので化学合成的なエネルギー獲得系であるが,金属鉄に外部から電子を与えると金属鉄を腐食することなくこの微生物を生育させることができるはずだ.先に出てきた迷走電流の話と絡めると,線路の近くの土壌には同様な生物や電気合成システムをもった生物が潜んでいるかもしれない.

本稿では,電気を食べる微生物の話から始まり,環境電流の存在と環境電流に影響を受けている可能性のある生態系(電気合成生態系)の話を紹介した.さらに,電気エネルギーを唯一のエネルギー源として利用できる微生物(電気合成生物)のエネルギー獲得機構が,化学合成や光合成に次ぐ第三のエネルギー獲得機構である可能性について紹介した.この電気合成システムは,生物の歴史上,いつから自然界に存在したのだろうか? 潤沢なエネルギーを含む有機物を使う化学合成従属栄養性や大気中の酸素濃度を爆発的に増加させた酸素発生型光合成よりも先に存在したのだろうか? それとも,複雑なエネルギー獲得機構を進化させていくなかで,化学合成や光合成の進化形として確立されたのだろうか? 筆者はなんとなく前者であるような気がしているが,読者の皆様はどうだろうか? まだ答えのない現象であり,個人として空想にふけるのも良いし,研究仲間と議論の種にしていただくのも良い.きっとそうやってサイエンスは熟成していくのだろう.

Reference

1) T. Ishii, S. Kawaichi, H. Nakagawa, K. Hashimoto & R. Nakamura: Front. Microbiol., 6, 994 (2015).

2) M. Yamamoto, R. Nakamura, K. Oguri, S. Kawagucci, K. Suzuki, K. Hashimoto & K. Takai: Angew. Chem. Int. Ed., 52, 10758 (2013).

3) M. Yamamoto, R. Nakamura, T. Kasaya, H. Kumagai, K. Suzuki & K. Takai: Angew. Chem. Int. Ed., 56, 5725 (2017).

4) S. Kato, K. Hashimoto & K. Watanabe: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 10042 (2012).

5) 高木浩一:電熱,51, 64 (2012).

6) 若井 暁:化学と生物,53, 515 (2015).