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希少糖を含む分泌型糖ペプチド広がる糖鎖の多様性

Shunji Natsuka

長束 俊治

新潟大学

Published: 2018-12-20

希少糖は,自然界に存在する割合が極めて小さい単糖類およびその誘導体と定義される分子である.2002年に国際希少糖学会によって定義される以前から,それら希な単糖を含む糖鎖や複合糖質の研究がなされてきた.本稿で取り上げる希な単糖6-デオキシアルトロース(6dAlt)を含む複合糖質の発見は,それからおよそ30年遡り,食中毒菌の一つであるYersinia enterocoliticaのリポ多糖成分として(1)1) D. C. Ellwood & G. R. A. Kirk: Biochem. J., 122, 14 (1971).,また真菌Sordaria araneosaが分泌する配糖体型抗生物質ソルダリンのグリコン部分として報告されている(2)2) D. Hauser & H. P. Sigg: Helv. Chim. Acta, 54, 1178 (1971)..動物での6dAltの発見は1987年で,サケ科のイワナ未受精卵中のムチン様糖タンパク質にO-結合型糖鎖の末端として存在することが報告された(3)3) M. Iwasaki, S. Inoue & Y. Inoue: Eur. J. Biochem., 168, 185 (1987)..それは,受精とともにプロテアーゼの切断を受け糖ペプチドとして表層胞から放出されて卵膜の内側に層状に分布するhyosophorinと呼ばれる糖タンパク質であると考えられている.その糖鎖構造は,6dAltβ1→3GalNAcβ1→3Galβ1→4Galβ1→3GalNAcであるが,興味深いことに同じサケ科のサケのhyosophorinの糖鎖は,末端だけが異なっており,6dAltの代わりにフコースが結合している(4)4) M. Shimamura, Y. Inoue & S. Inoue: Biochemistry, 24, 5470 (1985)..フコースは6dAltのC5エピマーであり,動物界には普遍的に存在する糖である(図1図1■フコースとその類縁体である6dAlt).それゆえおそらく6dAltの生合成系はフコースのそれから進化したのではないかと考えられる.それ以外の真核生物では,キノコの一種であるハツタケのα-グルカンの側鎖として見つかった例がある(5)5) M. Tako, Y. Dobashi, Y. Tamaki, T. Konishi, M. Yamada, H. Ishida & M. Kiso: Carbohydr. Res., 350, 25 (2012).

図1■フコースとその類縁体である6dAlt

われわれは最近,ゼブラフィッシュの胚発生を研究する中で,真核生物としては4例目となる6dAlt含有複合糖質を発見した(6)6) 長束俊治,半澤 健,田幸正邦,石田秀治:2017年度農芸化学会大会要旨集,2J29a05 (2017)..それは糖ペプチドであるが,先に述べたイワナのものとは糖鎖構造が異なっており,O-結合型だけでなくN-結合型糖鎖にも存在していた.さらに糖ペプチドとして分泌されることはhyosophorinと類似しているが,合成され分泌される時期が全く異なっていた.hyosophorinは未受精卵ですでに合成されており受精とともに低分子化されて分泌されるのに対して,ゼブラフィッシュの新奇糖ペプチドは,未受精卵や受精後直ぐの卵では検出されず,胚発生が進んでから合成され胚体外に分泌されている(図2図2■ゼブラフィッシュ胚から分泌される6dAlt含有糖ペプチド).Hyosophorin由来の糖ペプチドは浸透圧を変化させ水をその部位に流入させる役割をもつと考えられている.新奇糖ペプチドは卵膜と胚の間に分泌されてることから,浸透圧により卵膜が張った状態を維持するのに役立っていることが考えられる.また6dAltを末端に付加することで,微生物の消化酵素が作用できず,糖鎖が資化されるのを防いでいるのかもしれない.

図2■ゼブラフィッシュ胚から分泌される6dAlt含有糖ペプチド

現在までにゼブラフィッシュ胚から数残基のアミノ酸をもつ当該糖ペプチドを検出できているが,hyosophorinが大きな糖タンパク質として生合成された後にプロテアーゼによる限定分解により糖ペプチド化することから,ゼブラフィッシュの新奇糖ペプチドも前駆体となる糖タンパク質から生成すると予想される.

糖鎖の多様性が形成される大きな要因として,外来生物との生存競争があげられる.たとえば宿主に共通な構造の糖鎖を消化して資化できる微生物が現れると,宿主はさらに糖を末端に付加することで消化されない構造を作る.結果としてさまざまな末端構造の糖鎖が形成されていく.その過程でフコースの生合成酵素の変異によって生じた6dAltを利用して,資化されにくい糖ペプチドをゼブラフィッシュが使うようになったというシナリオが描ける.そしてその競争的進化のシナリオに従えば,おそらく微生物の側には,6dAltを切り離す酵素を獲得したものがあるに違いない.もし6dAlt水解酵素を探索するならば,ゼブラフィッシュの胚に取り付いている微生物をスクリーニングすれば見つかるかもしれない.

近年の質量分析器の長足の進歩によって,糖鎖構造解析において質量分析だけしか行わない例が多く見られるようになった.確かに質量分析器は,すでに知られている構造の確認には圧倒的な威力を発揮する.しかしそれがゆえにかえって未知構造を見逃してしまう危険性がある.筆者らのグループがゼブラフィッシュの糖タンパク質に6dAltを見つけたきっかけは,質量分析だけでは不十分と考えてグリコシダーゼ消化を組み合わせて行ったことである.市販のフコシダーゼでは全く消化できなかったことから,フコースではない可能性を検証したところ,同じ分子量をもつ6dAltであることを明らかにできた.このように,今までに見過ごされてきた希少糖を含む糖質がほかにも多く存在しているかもしれない.今後,希少糖の標準品や希少糖関連の酵素などが容易に入手できるようになれば,希少糖の世界が脊椎動物でもさらに広がっていく可能性は大いにある.それはまた,たとえ脊椎動物が対象であっても,糖鎖の構造解析を質量分析だけで済ませるのはリスクが大きいことも示唆している.

Reference

1) D. C. Ellwood & G. R. A. Kirk: Biochem. J., 122, 14 (1971).

2) D. Hauser & H. P. Sigg: Helv. Chim. Acta, 54, 1178 (1971).

3) M. Iwasaki, S. Inoue & Y. Inoue: Eur. J. Biochem., 168, 185 (1987).

4) M. Shimamura, Y. Inoue & S. Inoue: Biochemistry, 24, 5470 (1985).

5) M. Tako, Y. Dobashi, Y. Tamaki, T. Konishi, M. Yamada, H. Ishida & M. Kiso: Carbohydr. Res., 350, 25 (2012).

6) 長束俊治,半澤 健,田幸正邦,石田秀治:2017年度農芸化学会大会要旨集,2J29a05 (2017).