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好熱性水素酸化細菌における始原的で可逆的なTCA回路生命の柔軟性を探る

Takuro Nunoura

布浦 拓郎

海洋研究開発機構

Yoshito Chikaraishi

力石 嘉人

北海道大学

Haruyuki Atomi

跡見 晴幸

京都大学

Published: 2018-12-20

ミトコンドリアや好気性細菌に分布し,エネルギー生産において重要な役割を担う酸化的TCA回路(tricarboxylic acid cycle)が「典型的TCA回路」として知られる.一方,TCA回路には多様性があり,なかでも酸化的回路とは真逆に回転する還元的TCA回路は,従来知られていた極限環境生物にとどまらず,水圏・陸圏に生息する亜硝酸酸化菌などへも分布することが近年の研究で明らかにされている(1)1) S. W. Ragsdale: Science, 359, 517 (2018)..このように,TCA回路には様々な型が存在するが,「アミノ酸や核酸等の前駆体となる中間代謝物の生産」という共通する重要な機能があり,その起源は生命の誕生以前の「化学進化の時代」にまで遡る可能性がある(2)2) J. E. Goldford & D. Segrè: Curr. Opin. Syst. Biol., 8, 117 (2018)..筆者らは好熱性水素酸化菌の生理生態を研究する中で,始原的な性質を有す新奇な可逆的TCA回路を発見した(3)3) T. Nunoura, Y. Chikaraishi, R. Izaki, T. Suwa, T. Sato, T. Harada, K. Mori, Y. Kato, M. Miyazaki, S. Shimamura et al.: Science, 359, 559 (2018)..また,この解析で用いた代謝解析手法は,培養効率が低いためにポストゲノム研究が困難である環境微生物に対しても,代謝経路を優れた精度で評価できる有力な解析ツールとなると期待される.

始原的バクテリア系統Aquificae門に属す嫌気性好熱菌Thermosulfidibacter takaiiは水素を酸化して硫黄を還元することでエネルギーを獲得する(至適増殖温度70°C).そして,独立栄養条件でも酢酸やコハク酸などの有機酸などを炭素源とする混合栄養条件でも増殖することができる(3)3) T. Nunoura, Y. Chikaraishi, R. Izaki, T. Suwa, T. Sato, T. Harada, K. Mori, Y. Kato, M. Miyazaki, S. Shimamura et al.: Science, 359, 559 (2018)..当初,T. takaiiは,ほかのAquificae門細菌と同様,独立栄養条件では還元的TCA回路により炭素固定を行うと予想されていた.しかし,本菌のゲノムには,TCA回路に関する完全な遺伝子がそろう一方,還元的TCA回路に不可欠なATP citrate lyaseやその機能を2段階で担うcityl-CoA synthetase/citryl-CoA lyse(4)4) M. Aoshima, M. Ishii & Y. Igarashi: Mol. Microbiol., 52, 763 (2004).をコードする遺伝子が存在しなかった.また,カルビンベンソン回路など,既知の炭素固定経路に関する遺伝子セットも見いだされなかった.そこで,筆者らは「ATP citrate lyaseを代替する何らかの仕組みで還元的TCA回路が機能する」と仮説を立て,細胞抽出液の酵素活性測定,トランスクリプトームおよびプロテオーム解析を実施した.その結果,T. takaiiのTCA回路が試験したすべての培養条件で恒常的に機能していること,そして,非常に高いcitrate synthase活性が常に存在することが明らかとなった.また,独立栄養細胞においては,ATP citrate lyase活性が認められない一方で,citrate synthaseの逆反応によるクエン酸とCoAを基質とするATP非依存のオキサロ酢酸生産活性は検出された.そして,その活性は還元的TCA回路を有すAquificae門細菌のATP citrate lyase活性(ATP,クエン酸,CoAを基質とするオキサロ酢酸生産活性)とほぼ同等であった(3)3) T. Nunoura, Y. Chikaraishi, R. Izaki, T. Suwa, T. Sato, T. Harada, K. Mori, Y. Kato, M. Miyazaki, S. Shimamura et al.: Science, 359, 559 (2018)..一連の結果は,独立栄養条件では,吸エルゴン反応(δG0=+37.6 kJ)(5)5) R. W. Guynn, H. J. Gelberg & R. L. Veech: J. Biol. Chem., 248, 6957 (1973).であるため,生体内では生じ得ないとされてきたcitrate synthaseの逆反応により,還元的TCA回路が機能する可能性を示すものであった.そこで,増殖効率の低いT. takaiiにおける代謝経路の機能方向を確定させるため,筆者らは安定同位体を用いた新規解析手法を開発し,その適応を試みた(3)3) T. Nunoura, Y. Chikaraishi, R. Izaki, T. Suwa, T. Sato, T. Harada, K. Mori, Y. Kato, M. Miyazaki, S. Shimamura et al.: Science, 359, 559 (2018).

新手法では,培養基質に含まれる特定の炭素原子を13Cで標識し,T. takaiiがピルビン酸,オキサロ酢酸,2-オキソグルタル酸を前駆体として生産したアミノ酸,すなわち,アラニン,アスパラギン酸,グルタミン酸の「どの炭素原子」に13Cが取り込まれているのかを以下の手法で定量した.(1)安定同位体標識した基質を用いた培養,(2)全菌体タンパク質の加水分解とアミノ酸の誘導体化,(3)ガスクロマトグラフィー/質量分析(GC/MS)による分析,(4)ソフトウェア(MassWorks)による13Cの標識率を算出,(5)TCA回路の反応方向の確定.

この結果,独立栄養条件では還元的TCA回路が機能すること,また,混合栄養条件では添加した有機酸に応じた特異的な分岐型TCA回路が機能することが示された(図1図1■代謝解析によって示された各種培養条件下でのT. takaii TCA回路の振る舞い).さらに,T. takaiiのcitrate synthaseの酵素学的性状を検討したところ,TCA回路を還元的な方向に回転させるため,クエン酸を基質とする反応に十分に適応した性質を有すことが明らかとなった(3)3) T. Nunoura, Y. Chikaraishi, R. Izaki, T. Suwa, T. Sato, T. Harada, K. Mori, Y. Kato, M. Miyazaki, S. Shimamura et al.: Science, 359, 559 (2018)..また,citrate synthaseとATP citrate lyase, citryl-CoA lyaseの進化上の関係を検討したところ,ATP citrate lyaseとcitryl-CoA lyaseはcitrate synthaseの一群から進化したことも示された.これらの知見は,T. takaiiや同時に報告されたDesulfurella acetivoransのようにcitrate synthaseを含む可逆的TCA回路(3, 6)3) T. Nunoura, Y. Chikaraishi, R. Izaki, T. Suwa, T. Sato, T. Harada, K. Mori, Y. Kato, M. Miyazaki, S. Shimamura et al.: Science, 359, 559 (2018).6) A. Mall, J. Sobotta, C. Huber, C. Tschirner, S. Kowarschik, K. Bačnik, M. Mergelsberg, M. Boll, M. Hügler, W. Eisenreich et al.: Science, 359, 563 (2018).が,従来から知られるATP依存型のクエン酸還元反応が必要な既知の還元型TCA回路よりも始原的な回路であることを示唆する.

図1■代謝解析によって示された各種培養条件下でのT. takaii TCA回路の振る舞い

PEP(ホスホエノルピルビン酸),PYR(ピルビン酸),AC-CoA(アセチルCoA),CIT(クエン酸),ICT(イソクエン酸),OXO(オキソグルタル酸),SUC-CoA(スクシニルCoA),SUC(コハク酸),FUM(フマル酸),MAL(リンゴ酸),OAA(オキサロ酢酸).

T. takaiiD. acetivoransから見いだされた可逆的TCA回路の存在は,TCA回路が本質的に柔軟性を有すことを示す.さらに,TCA回路の起源が化学進化の時代に遡る可能性を考え合わせると,従属栄養か独立栄養のいずれかで誕生したとする生命の起源論争に新たな視点を与える.すなわち,生命が通性混合栄養として誕生した可能性である(3)3) T. Nunoura, Y. Chikaraishi, R. Izaki, T. Suwa, T. Sato, T. Harada, K. Mori, Y. Kato, M. Miyazaki, S. Shimamura et al.: Science, 359, 559 (2018)..従来,従属栄養としての生命誕生には,生命活動による有機物消費により生命が絶える可能性が指摘され,一方で,独立栄養としての生命誕生には,生命誕生に不可欠な有機物濃集環境下において独立栄養生物が従属栄養生命よりも先に出現する不可思議さが指摘されてきた(7)7) A. Lazcano: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 2, a002089 (2010)..この生命の起源論争において,無機物などからエネルギーを獲得する一方,炭素源の獲得は,有機物同化と炭酸同化を柔軟に使い分けることができる,すなわち混合栄養と独立栄養を使い分ける通性混合栄養生物としての生命誕生仮説は,従来の両説の利点を活かすとともに,それぞれへの批判を克服しうるものであり,今後の議論展開への影響を期待している.

Reference

1) S. W. Ragsdale: Science, 359, 517 (2018).

2) J. E. Goldford & D. Segrè: Curr. Opin. Syst. Biol., 8, 117 (2018).

3) T. Nunoura, Y. Chikaraishi, R. Izaki, T. Suwa, T. Sato, T. Harada, K. Mori, Y. Kato, M. Miyazaki, S. Shimamura et al.: Science, 359, 559 (2018).

4) M. Aoshima, M. Ishii & Y. Igarashi: Mol. Microbiol., 52, 763 (2004).

5) R. W. Guynn, H. J. Gelberg & R. L. Veech: J. Biol. Chem., 248, 6957 (1973).

6) A. Mall, J. Sobotta, C. Huber, C. Tschirner, S. Kowarschik, K. Bačnik, M. Mergelsberg, M. Boll, M. Hügler, W. Eisenreich et al.: Science, 359, 563 (2018).

7) A. Lazcano: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 2, a002089 (2010).