Kagaku to Seibutsu 57(1): 36-42 (2019)
解説
酵母ユビキチンリガーゼRsp5による選択的な基質認識とその応用への可能性ユビキチンの「誤送信」を防ぐ
Characterization and Potential Application of Substrate-Specific Recognition by the Yeast Ubiquitin Ligase Rsp5: To Prevent Ubiquitin “Missending”
Published: 2018-12-20
読者の中には,うっかりメールを誤送信した経験をおもちの方もおられるだろうか.誤送信が問題になるのは,分子レベルでも同じかもしれない.タンパク質の翻訳後修飾を司る酵素の基質特異性が不十分であれば,情報伝達に混乱が生じ,細胞機能に悪影響を及ぼすことになる.酵母の生存に必須なユビキチンリガーゼRsp5は,さまざまなタンパク質のユビキチン化を担っており,Rsp5上のWWドメインやアレスチン様輸送アダプタータンパク質を介して精密な基質認識を実現している.本稿では,WWドメインの変異株が示す多様な表現型と,それらに基づく応用研究事例を紹介することで,Rsp5の多機能性を保証するメカニズムへの理解を深めたい.
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
ユビキチンリガーゼとは,標的タンパク質のリジン残基に,イソペプチド結合を介してユビキチン分子を連結する酵素であり,タンパク質翻訳後修飾の一つとして知られるユビキチン化において中心的な役割を果たしている.なかでも,真核生物に広く保存されたNedd4ファミリーユビキチンリガーゼは,多様なタンパク質のユビキチン化を介して,タンパク質の分解・輸送,遺伝子発現,シグナル伝達などの生命現象の調節を司っており,解析の進んだ共通のドメイン構造を有している(1, 2)1) R. J. Ingham, G. Gish & T. Pawson: Oncogene, 23, 1972 (2004).2) D. Rotin & S. Kumar: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 10, 398 (2009).(図1図1■Nedd4ファミリーユビキチンリガーゼのドメイン構造).そのなかでまず紹介するのは,カルボキシル末端側に位置し,ユビキチンリガーゼ活性を担うHECTドメインである.このドメインは,Nedd4ファミリー以外のユビキチンリガーゼの一部にも見られるものであり,活性中心のシステイン残基にチオエステル結合したユビキチン分子を,基質タンパク質に転移させることができる(2, 3)2) D. Rotin & S. Kumar: Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 10, 398 (2009).3) M. B. Metzger, V. A. Hristova & A. M. Weissman: J. Cell Sci., 125, 531 (2012)..一方,アミノ末端側には,脂質やカルシウムイオンとの相互作用に関与するC2ドメイン(4)4) S. Corbalan-Garcia & J. C. Gómez-Fernández: Biochim. Biophys. Acta, 1838, 1536 (2014).を有している.ただし,ヒトNedd4では,C2ドメインとHECTドメインの間の分子内相互作用によってユビキチンリガーゼ活性が阻害されるモデルも提唱されており(5)5) J. Wang, Q. Peng, Q. Lin, C. Childress, D. Carey & W. Yang: J. Biol. Chem., 285, 12279 (2010).,その存在意義は完全には解明されていない.そして,HECTドメインとC2ドメインに挟まれる形で,タンパク質間相互作用に関与するWWドメインが2~4個タンデムに配置されている.WWドメインは,約35アミノ酸からなる小さなドメインであり,保存された2個のトリプトファン残基に因んで名付けられた(6)6) Z. Salah, A. Alian & R. I. Aqeilan: Front. Biosci., 17, 331 (2012).(図1図1■Nedd4ファミリーユビキチンリガーゼのドメイン構造).WWドメインは基質タンパク質上のPPxY配列(xは任意のアミノ酸を示す)などのプロリンを含むモチーフと結合することで標的分子を認識するが,そのようなモチーフをもたない基質を認識するためには別のアダプタータンパク質による仲介が必要となる(7)7) L. Shearwin-Whyatt, H. E. Dalton, N. Foot & S. Kumar: BioEssays, 28, 617 (2006)..WWドメインが複数配置されていることの意義については不明な点が多いが,各WWドメインが異なる基質を選択的に認識する場合もあれば,複数のWWドメインによる相互作用が相加的・相乗的に働く場合も報告されており,インターフェースの組合せの可能性を増やすことで基質認識の精密さに貢献すると考えられている(8)8) E. J. Dodson, V. Fishbain-Yoskovitz, S. Rotem-Bamberger & O. Schueler-Furman: Exp. Biol. Med. (Maywood), 240, 351 (2015)..
(A)ヒトNedd4および酵母Rsp5のドメイン構造.(B)ヒトNedd4および酵母Rsp5のWWドメインのアミノ酸配列.Nedd4とRsp5の各WWドメイン間で保存されているアミノ酸残基を太字で,本稿にて紹介するRsp5の機能欠失変異A401Eの位置を青で,高機能型変異T357A, T255A, P343Sの位置を赤で,それぞれ示す.
真核細胞研究のモデルとして,また,発酵産業においても広く用いられる出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeは,Nedd4ファミリーユビキチンリガーゼのメンバーとして,生育に必須なRsp5を1種類だけ有している.このRsp5も,ほかのNedd4ファミリーユビキチンリガーゼと同様に,C2ドメイン,3個のWWドメイン(アミノ末端側から順にWW1, WW2, WW3ドメイン),HECTドメインから成り(図1図1■Nedd4ファミリーユビキチンリガーゼのドメイン構造),多彩な細胞機能を有している(9, 10)9) N. Belgareh-Touzé, S. Léon, Z. Erpapazoglou, M. Stawiecka-Mirota, D. Urban-Grimal & R. Haguenauer-Tsapis: Biochem. Soc. Trans., 36, 791 (2008).10) P. Kaliszewski & T. Zoładek: Acta Biochim. Pol., 55, 649 (2008)..また,Rsp5による基質認識を仲介するアダプタータンパク質についても,Rsp5との相互作用を指標に発見されたBul1(11)11) H. Yashiroda, T. Oguchi, Y. Yasuda, A. Toh-E & Y. Kikuchi: Mol. Cell. Biol., 16, 3255 (1996).およびそのホモログであるBul2(12)12) H. Yashiroda, D. Kaida, A. Toh-e & Y. Kikuchi: Gene, 225, 39 (1998).(Bul1/2)を含む,10種類以上のアレスチン様輸送アダプター(arrestin-related trafficking adaptor; ART)タンパク質(13)13) C. H. Lin, J. A. MacGurn, T. Chu, C. J. Stefan & S. D. Emr: Cell, 135, 714 (2008).などが現在までに同定されている.従来,Rsp5の機能解析のために,HECTドメイン上のアミノ酸置換(活性中心のシステイン残基をアラニンに置換したCys777Ala, rsp5-1温度感受性変異株から同定されたLeu733Serなど)(14, 15)14) J. M. Huibregtse, M. Scheffner, S. Beaudenon & P. M. Howley: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92, 2563 (1995).15) G. Wang, J. Yang & J. M. Huibregtse: Mol. Cell. Biol., 19, 342 (1999).によってユビキチンリガーゼ活性が欠損した変異株が多く用いられてきた.その結果,Rsp5によるさまざまな基質のユビキチン化が,細胞膜タンパク質の輸送(16)16) S. B. Helliwell, S. Losko & C. A. Kaiser: J. Cell Biol., 153, 649 (2001).やエンドサイトーシス(17)17) R. Dunn & L. Hicke: Mol. Biol. Cell, 12, 421 (2001).,転写因子の活性化(18)18) T. Hoppe, K. Matuschewski, M. Rape, S. Schlenker, H. D. Ulrich & S. Jentsch: Cell, 102, 577 (2000).,mRNAの核外移行(19)19) M. S. Rodriguez, C. Gwizdek, R. Haguenauer-Tsapis & C. Dargemont: Traffic, 4, 566 (2003).,細胞質タンパク質の品質管理(20)20) N. N. Fang, G. T. Chan, M. Zhu, S. A. Comyn, A. Persaud, R. J. Deshaies, D. Rotin, J. Gsponer & T. Mayor: Nat. Cell Biol., 16, 1227 (2014).,ミトコンドリア遺伝(21)21) H. A. Fisk & M. P. Yaffe: J. Cell Biol., 145, 1199 (1999).,細胞損傷治癒(22)22) K. Kono, Y. Saeki, S. Yoshida, K. Tanaka & D. Pellman: Cell, 150, 151 (2012).など,細胞内の至る所で必須な役割を果たしていることが解明されてきた.
このように,Rsp5の多機能性がクローズアップされるなかで,「では,Rsp5は,どのようにして必要なときに必要な相手を認識し,ユビキチンを受け渡すのか?」という新たな疑問が生じることとなった.もし,Rsp5による基質認識が十分に厳密でなければ,必要なはずのユビキチン化がなされずに,不要なユビキチン化が行われてしまう.そうすると,細胞の中は大混乱となり,生命の維持すら困難になることが予想される.これは,重要な情報を含むメール(ユビキチン)の送信者(Rsp5)がミスをして,連絡が行き届かなかったり,情報が漏洩してしまったりする状況とよく似ているのかもしれない.このようなユビキチンの「誤送信」を防ぐために,基質認識に関与するWWドメインやアダプタータンパク質にはどのような秘密が隠されているのだろうか.筆者らは以前に,Rsp5のWW3ドメイン上のアミノ酸置換であるAla401Glu(A401E)が機能欠損を引き起こすことを見いだしている.この変異を有する株もユビキチンリガーゼ活性欠損株と同様に広範な表現型を示したため(23~25)23) C. Hoshikawa, M. Shichiri, S. Nakamori & H. Takagi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 11505 (2003).24) Y. Haitani & H. Takagi: Genes Cells, 13, 105 (2008).25) T. Shiga, N. Yoshida, Y. Shimizu, E. Suzuki, T. Sasaki, D. Watanabe & H. Takagi: Eukaryot. Cell, 13, 1191 (2014).,WWドメインの重要性に対する理解を深めることはできたが,個別の基質認識メカニズムに関する知見を得ることは容易ではなかった.一方,筆者らのその後の研究により,Rsp5の機能の一部だけが特異的に強化されたWWドメインの変異株を複数取得することができた.本稿では,これらの研究に焦点を当てることで,Rsp5を含むNedd4ファミリーユビキチンリガーゼによる基質認識メカニズムの謎に迫りたい.
Rsp5が有しているさまざまな機能のなかで,最もよく解析されているものの一つが,細胞膜上のトランスポーターやパーミアーゼの局在・分解の制御である.酵母は,環境中からのあらゆる栄養源を常時取り込むわけではなく,必要なときに必要な栄養源を選択的に取り込むことで,栄養環境に高度に適応していることが知られている.たとえば,広範なアミノ酸の取り込み活性を有する代表的なパーミアーゼ(general amino acid permease; Gap1)は,環境中の窒素源が乏しい場合に細胞膜上に局在することで,アミノ酸の資化を可能としている(26)26) M. Rubio-Texeira, G. Van Zeebroeck, K. Voordeckers & J. M. Thevelein: FEMS Yeast Res., 10, 134 (2010)..ところが,そこにアンモニアなどの資化しやすい窒素源を添加すると,不要となったGap1は,エンドサイトーシスによって速やかに細胞内に取り込まれて液胞に移行し,プロテアーゼによる分解を受ける(26)26) M. Rubio-Texeira, G. Van Zeebroeck, K. Voordeckers & J. M. Thevelein: FEMS Yeast Res., 10, 134 (2010).(図2図2■Rsp5によるアミノ酸パーミアーゼGap1の調節).ここで,Rsp5は,Gap1のアミノ末端側に位置する2つのリジン残基(Lys9およびLys16)をユビキチン化することでGap1のエンドサイトーシスを正に制御している(27)27) O. Soetens, J. O. De Craene & B. Andre: J. Biol. Chem., 276, 43949 (2001)..また,Rsp5によるGap1の認識には,ARTタンパク質であるBul1/2が必須であることも報告されている(16, 27)16) S. B. Helliwell, S. Losko & C. A. Kaiser: J. Cell Biol., 153, 649 (2001).27) O. Soetens, J. O. De Craene & B. Andre: J. Biol. Chem., 276, 43949 (2001)..したがって,Rsp5機能欠損株や,Bul1/2欠損株,Gap1のユビキチン化部位のアミノ酸置換変異株(Lys9Arg Lys16Arg)では,窒素源の変化に伴うGap1の分解が抑制されることになる.
(A)酵母は,窒素源が乏しい環境では,Gap1を細胞膜に局在させてアミノ酸を取り込むが(左),アンモニアなどの資化しやすい窒素源を添加すると,エンドサイトーシスによりGap1を液胞内に移行し,分解する(右).(B)T357Aは,アダプタータンパク質Bul2との相互作用を強化することで,窒素源が乏しい条件でも,Gap1のユビキチン化と分解を引き起こす.
では,逆に,Rsp5の変異によってGap1の分解を促進することも可能だろうか? 筆者らは,RSP5遺伝子のランダム変異ライブラリーを作製し,酵母にとって難資化性のアミノ酸であるプロリンの毒性アナログ,アゼチジン-2-カルボン酸(azetidine-2-carboxylic acid; AZC)に対する耐性を上昇させる変異を探索した(28)28) Y. Haitani, M. Nakata, T. Sasaki, A. Uchida & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 9, 73 (2009)..Gap1の分解が促進された変異株では,AZCの細胞内への取り込みが抑制され,AZCの毒性を軽減できるはずである.その結果同定されたのは,意外なことに,ユビキチンリガーゼ活性に必須なHECTドメイン上ではなく,基質認識にかかわるWW2ドメイン上のアミノ酸置換Thr357Ala(T357A)であった(28, 29)28) Y. Haitani, M. Nakata, T. Sasaki, A. Uchida & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 9, 73 (2009).29) T. Sasaki & H. Takagi: Genes Cells, 18, 459 (2013)..T357Aは優性変異であり,アンモニア非存在下でもGap1を恒常的にユビキチン化し,液胞に輸送させることから,筆者らが期待していた高機能型RSP5変異であることが示された.このスレオニン残基は,Rsp5の3つのWWドメインにおいて保存されているだけでなく,ほかの真核生物においても広く保存されている(図1図1■Nedd4ファミリーユビキチンリガーゼのドメイン構造).特に,Nedd4ファミリーに属するItchのWWドメインでは,Thr357に該当する位置のスレオニン残基がリン酸化されることで,in vitroでの基質との結合能が失われることが報告されている(30)30) B. Morales, X. Ramirez-Espain, A. Z. Shaw, P. Martin-Malpartida, F. Yraola, E. Sánchez-Tilló, C. Farrera, A. Celada, M. Royo & M. J. Macias: Structure, 15, 473 (2007)..このことから,T357Aは,Thr357のリン酸化による基質との相互作用の低下を妨げる可能性が示唆された.実際にT357Aは,Gap1の認識に必要なアダプタータンパク質のうち,Bul2との相互作用を特異的に強化させることも明らかにした(31)31) D. Watanabe, H. Murai, R. Tanahashi, K. Nakamura, T. Sasaki & H. Takagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 463, 76 (2015).(図2図2■Rsp5によるアミノ酸パーミアーゼGap1の調節).
T357Aは,Gap1以外の基質のユビキチン化も促進することができるのだろうか? 現在のところ,Rsp5によるユビキチン化が関連するほかの表現型をT357Aが促進する例は見つかっていない.逆に,T357Aによって抑制される表現型はいくつかあるようである(32, 33)32) I. Wijayanti, D. Watanabe & H. Takagi: J. Biochem., 157, 251 (2015).33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017)..このことから,T357Aは,窒素源に応答したBul2との相互作用を介したGap1の認識を特異的に強化するのではないかと考えられる.
WWドメインのアミノ酸置換によってRsp5の特定の機能だけが強化される現象をより正確に理解するうえで,上述の3つのWWドメインに保存されたスレオニン残基の役割を理解することが有効かもしれない.そこで,WW2ドメイン上のThr357に相当する,Thr255(WW1ドメイン上)およびThr413(WW3ドメイン上)を同様にアラニンに置換した変異型Rsp5を発現する株(それぞれ,T255AおよびT413A)を作製し,表現型への影響を調べた.まず,T357AがAZC耐性を顕著に上昇させたのに対し,T255AおよびT413AはAZC耐性を上昇させることはなく,むしろ低下させた(29, 31)29) T. Sasaki & H. Takagi: Genes Cells, 18, 459 (2013).31) D. Watanabe, H. Murai, R. Tanahashi, K. Nakamura, T. Sasaki & H. Takagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 463, 76 (2015)..このことと合致して,T255A, T413Aは,Gap1の分解も抑制していた(31)31) D. Watanabe, H. Murai, R. Tanahashi, K. Nakamura, T. Sasaki & H. Takagi: Biochem. Biophys. Res. Commun., 463, 76 (2015)..以上の結果から,Gap1のユビキチン化に対する3つのWWドメインと保存されたスレオニン残基の役割は異なっていることが示唆された.
T255AやT413Aが強化することのできるRsp5の機能を明らかにするために,さまざまな栄養・ストレス条件における生育を調べ尽くしたところ,T255Aが,酢酸ナトリウムを添加した培地における生育遅延を軽減することを,偶然見いだすことができた(32)32) I. Wijayanti, D. Watanabe & H. Takagi: J. Biochem., 157, 251 (2015)..詳しく調べてみると不思議なことに,この生育遅延の抑圧は,培地に酢酸ナトリウムを添加した場合にのみ認められ,酢酸や酢酸カリウムを添加した場合には見られなかった(33)33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017)..では,T255Aはナトリウム耐性を高めるのかというとそうでもなく,塩化ナトリウムを添加した条件では生育への影響は見られなかった(33)33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017)..つまり,T255Aは,酢酸とナトリウムによる複合的なストレスに対する耐性を特異的に高める変異であると結論づけられた.少なくとも酵母の研究では報告されたことのないこの新規なストレス耐性を,本稿では酢酸ナトリウム耐性と呼ぶことにする.
T255Aが酢酸ナトリウム耐性を高めるのに対し,T357AやT413Aは同様の効果をもたらさず,逆に酢酸ナトリウム耐性を低下させたことから,酢酸ナトリウム耐性も,T255Aによって特異的に引き起こされる現象であることが示唆された(33)33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017)..また,ARTタンパク質の中では,Bul1/2の両方を欠損させるとT255Aにより上昇した酢酸ナトリウム耐性が打ち消されたが,別のアダプタータンパク質であるRim8(別名Art9)を単独で欠損させるだけで酢酸ナトリウム耐性がより顕著に低下することも見いだした(33)33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017)..Rsp5とRim8によるユビキチン化の標的を推測するために,酢酸およびナトリウムのトランスポーターをコードする既知遺伝子の破壊の影響を解析した結果,細胞内のナトリウムを排出するATP依存型ナトリウムポンプEna1, Ena2, Ena5(Ena1/2/5)の欠損により酢酸ナトリウム耐性は完全に消失した(33)33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017)..さらに,酢酸ナトリウム添加後の細胞内ナトリウムレベルの上昇を解析した結果,T255Aにより抑制されるのに対し,Rim8やEna1/2/5の欠損は促進につながり,酢酸ナトリウム耐性の強度との負の相関が認められた(33)33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017)..以上の結果から,T255Aは,Rim8を介した何らかの基質のユビキチン化を介して,Ena1/2/5のナトリウム排出活性を高めるか,Ena1/2/5の細胞膜局在を強化しているのではないかと推察される(図3図3■Rsp5によるナトリウムポンプEna1/2/5の調節).現在のところ,T255AやRim8がEna1/2/5自身のユビキチン化に直接関与することを示すデータは得られておらず,ユビキチン化の標的の探索が今後の課題である.なお,T255Aによる細胞内ナトリウムレベルの上昇の抑制は,酢酸ナトリウム添加時にのみ観察され,塩化ナトリウム添加時には認められなかった(33)33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017)..このことから,酢酸ナトリウムストレスの本質とは,酢酸がナトリウムの排出を抑制することであると考えられ,T255Aは,酢酸存在下におけるEna1/2/5の阻害メカニズムの解除に特異的に関与しているのだろう.本研究を通して,このような酵母の環境適応の精密さと巧妙さに改めて驚嘆させられることとなった.
(A)酵母は,細胞膜上のナトリウムポンプEna1/2/5からナトリウムを排出し,細胞内のナトリウムレベルを維持しているが(左),酢酸存在下では,未知のメカニズムによりEna1/2/5の活性を阻害する(右).(B)T255Aは,アダプタータンパク質Rim8との相互作用を強化することで,酢酸存在下におけるEna1/2/5の阻害因子の働きをユビキチン化により解除し,Ena1/2/5の活性を維持するのではないか,と推測される.
この新規なストレス耐性メカニズムを発酵産業に応用することは可能だろうか? バイオマスからのエタノール生産では,酢酸菌や野生酵母の混入によって生じる酢酸や,海水や食品に由来するナトリウムが相俟って,酵母の発酵に悪影響を及ぼすこともあるかもしれない.筆者らは,バイオエタノール酵母を用いた酢酸ナトリウム含有条件での発酵試験において,T255Aが発酵速度を向上させることも実証しており(33)33) A. Watcharawipas, D. Watanabe & H. Takagi: FEMS Yeast Res., 17, fox083 (2017).,ニーズに応じて本研究の知見を実用化につなげることも可能であると考えている.
ここまで,WWドメインに保存されたスレオニン残基に着目した研究を紹介してきたが,同様に,WWドメイン上のほかの残基の改変によって,酢酸ナトリウム耐性のような新規な表現型を獲得した菌株を取得することも可能であるかもしれない.そこで筆者らは,上述のRSP5遺伝子のランダム変異ライブラリーを用いるストラテジーをさらに推し進め,WWドメインをコードする領域だけにランダムに変異を導入したライブラリーを作製し(32)32) I. Wijayanti, D. Watanabe & H. Takagi: J. Biochem., 157, 251 (2015).,基質認識能を変化させる変異の効率的な取得を目指すことにした.
Rsp5が属するNedd4ファミリーの代表選手とも言えるNedd4は,元々哺乳類の脳の発達過程において発現変化を示す遺伝子(neural precursor cells-expressed developmentally downregulated gene)として単離された(34)34) S. Kumar, Y. Tomooka & M. Noda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 185, 1155 (1992)..そのため,神経細胞での生理的役割についても多くの研究がなされてきた(実際には,広範な細胞種において多様な機能を有している).特に近年,パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患に関連するα-シヌクレインというタンパク質の蓄積の解消にNedd4が関与することが明らかになり,創薬ターゲットとして俄かに注目を集めることとなった(35~37)35) G. K. Tofaris, H. T. Kim, R. Hourez, J. W. Jung, K. P. Kim & A. L. Goldberg: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 17004 (2011).36) D. F. Tardiff, N. T. Jui, V. Khurana, M. A. Tambe, M. L. Thompson, C. Y. Chung, H. B. Kamadurai, H. T. Kim, A. K. Lancaster, K. A. Caldwell et al.: Science, 342, 979 (2013).37) C. Y. Chung, V. Khurana, P. K. Auluck, D. F. Tardiff, J. R. Mazzulli, F. Soldner, V. Baru, Y. Lou, Y. Freyzon, S. Cho et al.: Science, 342, 983 (2013)..Nedd4は,α-シヌクレインに直接結合しポリユビキチン鎖を付与することで,そのリソソームでの分解を促す(35)35) G. K. Tofaris, H. T. Kim, R. Hourez, J. W. Jung, K. P. Kim & A. L. Goldberg: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 17004 (2011)..興味深いことに,酵母においてヒトα-シヌクレインを発現させた場合にも,Rsp5によるα-シヌクレインのユビキチン化が液胞での分解につながることが見いだされ,Rsp5のユビキチンリガーゼ活性を欠損させるとα-シヌクレインによる生育阻害が顕著になった(35, 36)35) G. K. Tofaris, H. T. Kim, R. Hourez, J. W. Jung, K. P. Kim & A. L. Goldberg: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 17004 (2011).36) D. F. Tardiff, N. T. Jui, V. Khurana, M. A. Tambe, M. L. Thompson, C. Y. Chung, H. B. Kamadurai, H. T. Kim, A. K. Lancaster, K. A. Caldwell et al.: Science, 342, 979 (2013)..このことを踏まえ,筆者らは,酵母におけるヒトα-シヌクレインの毒性を軽減することのできるWWドメイン変異株の探索に着手した(32)32) I. Wijayanti, D. Watanabe & H. Takagi: J. Biochem., 157, 251 (2015)..
まず,WWドメインに保存されたスレオニン残基について検討したところ,T255Aがα-シヌクレインによる生育阻害を軽減できることを見いだした(32)32) I. Wijayanti, D. Watanabe & H. Takagi: J. Biochem., 157, 251 (2015)..ところが,T255Aはα-シヌクレインの分解を促進せず,α-シヌクレインの発現により生成される活性酸素のレベルにも影響を及ぼさなかった.したがって,T255Aは,α-シヌクレインの毒性を未知のメカニズムにより回避していることが示唆された.そこで次に,上で述べたWWドメインのランダム変異ライブラリーを用いたポジティブスクリーニングを実施したところ,WW2ドメイン上にアミノ酸置換Pro343Ser(P343S)が生じた変異型Rsp5を発現する株を単離することができた(32)32) I. Wijayanti, D. Watanabe & H. Takagi: J. Biochem., 157, 251 (2015)..P343Sは,筆者らの期待どおり,Rsp5とα-シヌクレインの間の相互作用を強め,α-シヌクレインのポリユビキチン化を促進した(図4図4■Rsp5によるヒトα-シヌクレインのユビキチン化と分解).その結果,この株ではα-シヌクレインの分解が促進され,α-シヌクレインにより誘発される活性酸素レベルも低下していた.さらに,α-シヌクレインと同様に神経変性疾患との関連が指摘されているTDP-43(36)36) D. F. Tardiff, N. T. Jui, V. Khurana, M. A. Tambe, M. L. Thompson, C. Y. Chung, H. B. Kamadurai, H. T. Kim, A. K. Lancaster, K. A. Caldwell et al.: Science, 342, 979 (2013).というタンパク質の異常蓄積も,P343Sによって軽減されることを現在までに明らかにしている.α-シヌクレインとTDP-43のいずれも細胞内で凝集体を形成することから,P343Sは,タンパク質の品質管理機構によって処理できなかったような凝集体に対する作用を高める能力を有するのかもしれない.また,P343Sが,上述のGap1の分解や,Ena1/2/5の高機能化には関与しないことも判明している.以上の結果を考え合わせると,P343Sは,α-シヌクレインやTDP-43の分解だけを特異的に促進する変異であると推測され,その活用により神経変性疾患のための創薬開発にとって有用な知見が得られるのではないかと期待される.なお,Pro343は,Nedd4ファミリーにおいて広く保存性されているわけではないが,Nedd4のWW3ドメインでは該当する部位にプロリン(Pro852)が位置しており,その変異の影響について今後解析を進めていく必要がある.
以上のように,WWドメイン上の変異により得られた高機能型Rsp5はいずれも,すべての機能をオールマイティに強化するのではなく,特定の機能だけを選択的に高めることが示された.T357Aは,アンモニア非存在下におけるGap1の分解を促進し,T255Aは,酢酸存在下におけるEna1/2/5のナトリウム排出活性を高め,P343Sは,外来タンパク質の異常蓄積による毒性を軽減した.これらの結果から推測すると,本来,WWドメインは,環境変化やストレスなどのシグナルを受け取ることでコンフォメーションを変化させ,必要なときに必要な基質を認識できるようになるのかもしれない.筆者らが見いだした変異は,そのようなコンフォメーション変化をミミックしているのではないだろうか.たとえば,Thr357やThr255に保存されたスレオニン残基はリン酸化によって基質との相互作用が低下する可能性が想定されており(29, 30)29) T. Sasaki & H. Takagi: Genes Cells, 18, 459 (2013).30) B. Morales, X. Ramirez-Espain, A. Z. Shaw, P. Martin-Malpartida, F. Yraola, E. Sánchez-Tilló, C. Farrera, A. Celada, M. Royo & M. J. Macias: Structure, 15, 473 (2007).,アラニンへの置換は恒常的な脱リン酸化状態につながるのかもしれない.今後,どんなシグナル伝達因子がどのようにしてシグナルをWWドメインに伝え,その結果,WWドメインのコンフォメーションがどのように変化することで基質との相互作用に影響が及ぶのかに関する解析を,これまでに取得した変異を手がかりとして進めなければならない.さらには,3つのWWドメインが互いに影響を及ぼし合う可能性(8)8) E. J. Dodson, V. Fishbain-Yoskovitz, S. Rotem-Bamberger & O. Schueler-Furman: Exp. Biol. Med. (Maywood), 240, 351 (2015).も考慮する必要があるし,ARTタンパク質も,TORC1のようなシグナル伝達因子による制御を受けることが報告されている(38, 39)38) J. A. MacGurn, P. C. Hsu, M. B. Smolka & S. D. Emr: Cell, 147, 1104 (2011).39) A. Merhi & B. André: Mol. Cell. Biol., 32, 4510 (2012)..このような現状を鑑みると,WWドメインとアダプタータンパク質が基質認識の特異性を生み出すメカニズムの全体像の解明にはまだ程遠いと言わざるを得ない.しかし,WWドメインの変異ライブラリーを用いて新規な高機能型Rsp5の取得を継続する独自のストラテジーを継続することで,WWドメインのコンフォメーション変化の理解につながる有用な知見が蓄積していくことが期待される.
そして,得られた変異株をどのように応用展開していくのかも,本研究の醍醐味である.たとえば,酢酸ナトリウム耐性を強化するT255Aのように,酵母に新規なストレス耐性を付与することができれば,多様な環境における発酵力改善を通して発酵産業に貢献できるだろう.また,ヒトα-シヌクレインの毒性を軽減するP343Sの同定に加え,筆者らは以前に,rsp5変異株を用いた薬剤スクリーニング系の構築にも成功しており(40)40) S. Uesugi, D. Watanabe, M. Kitajima, R. Watanabe, Y. Kawamura, M. Ohnishi, H. Takagi & K. Kimura: FEMS Yeast Res., 14, 567 (2014).,Nedd4ファミリーユビキチンリガーゼの機能不全に起因する疾患のメカニズムや創薬の研究にも役立つかもしれない.酵母を研究材料として用いるメリットを最大限に活用しながら,Nedd4ファミリーユビキチンリガーゼが関与する多様な生命現象の理解を,これからも目指していきたい.
Acknowledgments
本研究は,奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオサイエンス領域ストレス微生物科学研究室において行われました.ご尽力いただいた学生・スタッフの皆様方に厚く御礼申し上げます.また,本稿で紹介した研究の一部は,公益財団法人長瀬科学技術振興財団研究助成および酵母細胞研究会地神芳文記念研究助成金により実施されました.この場を借りまして厚く御礼申し上げます.
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