プロダクトイノベーション

染色体複製サイクルの自律的な繰り返しによるDNA増幅反応ゲノム合成時代の無細胞DNAクローニング

Masayuki Su’etsugu

末次 正幸

立教大学理学部生命理学科

Published: 2018-12-20

はじめに

近年の分子生物学とバイオテクノロジーの進展を牽引してきた技術に大腸菌を用いたDNAクローニングが挙げられる.このDNAクローニングは,プラスミドに連結した遺伝子を大腸菌を宿主として増幅する方法で,1973年にコーエンとボイヤーによって発明された(1)1) S. N. Cohen, A. C. Y. Chang, H. W. Boyer & R. B. Helling: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 70, 3240 (1973)..40年以上経った今でもバイオ系の研究室では日常的に使われる技術となっている.一方で,大腸菌を用いるがゆえ,面倒な部分も多い.別の生物の遺伝子を大腸菌に導入するため,カルタヘナ法(遺伝子組換え生物などを使用する際の規制)の対象となり,手続きや定められた設備を整える必要がある.また,生きた菌を用いるので,培養などの時間と手間もかかる.特に,菌に毒性を及ぼすような遺伝子であった場合には,なかなかクローニングができずに,さらに苦労がかさむ.

大腸菌を用いずとも試験管内でのDNA増幅を可能とする技術として,1987年にキャリー・マリスによってPCR(Polymerase Chain Reaction)法が発明されている(2)2) K. B. Mullis & F. A. Faloona: Methods Enzymol., 155, 335 (1987)..PCR法は,DNA合成酵素と高温での温度サイクルを利用したDNA増幅技術であり,DNAクローニングと並び,バイオテクノロジーの分野ではなくてはならない技術である.一方で,PCR法においても,DNA増幅のエラーの問題や,10 kb(1 kbは千塩基対)を超えると増幅が困難となるなどの問題があり,大腸菌DNAクローニングに取って代わるような技術とはなっていない.

いまやヒトゲノムが解読され,さらに生命のゲノムをまるごと人工合成しようという時代に,大腸菌クローニングやPCR法といった古典的な技術をわれわれはこれからも使い続けるのであろうか?

PCR法の発明は,アーサー・コーンバーグによるDNA合成酵素の発見によるところが大きい.この発見によりアーサー・コーンバーグはノーベル賞を受賞し,その後,大腸菌の染色体を複製する仕組みを解き明かすべく,染色体複製の試験管内再構成系の構築を手がけている.PCR法が発明される3年前の1984年には,ミニ染色体と呼ばれるプラスミドサイズ(数kb)の環状DNAを十数種類の精製タンパク質を用いて,試験管内で複製することに成功している(3)3) J. M. Kaguni & A. Kornberg: Cell, 38, 183 (1984)..しかしながら,複製を何度も繰り返すことには至っておらず,DNAを増幅する技術としては未完成のままであった.私は,この「ミニ染色体複製再構成系」をベースに改良を重ね,DNA増幅技術として完成させるに至った(4)4) M. Su’etsugu, H. Takada, T. Katayama & H. Tsujimoto: Nucleic Acids Res., 45, 11525 (2017)..本稿では,この新しいDNA増幅技術RCR(Replication Cycle Reaction)について,その研究経緯とともに紹介させていただく.

なぜこの研究に取り組んだのか?

顕微鏡を用いて,バクテリアの細胞が分裂しながら倍々に増殖していく様子を観察するのは,個人的に好きな実験の一つである.蛍光顕微鏡を使えば,DNA複製に機能するタンパク質が,増殖にともなって細胞内でダイナミックに振る舞う様子を観察することもできる(5)5) M. Su’etsugu & J. Errington: Mol. Cell, 41, 720 (2011)..このような自分自身のコピーを増やす自己複製能は,まさにバクテリアが一つの生命体として生きている証である.どのようにして生命は自己複製を成し遂げているのであろうか.これは「生命とは何か?」に迫る根源的な問いである.バクテリアの中でも特に大腸菌は,古くから分子生物学研究のモデルとして多くの成果の蓄積があり,DNA複製や細胞分裂など,自己複製のためのメカニズムがかなりの部分でわかってきている.もはやわかってないことはないのではないかとすら感じる.そこで,わかっている知見を結集して,大腸菌が自己複製する様子をタンパク質やDNAなどの分子パーツから人工的に再構成できないかと考えた.物理学者のリチャード・ファインマンの言葉に「What I can’t create, I do not understand(自分で作れていないものは,わかったとは言えない)」というものがあるが,これと通じる思いである.同時にまた,自己増殖を繰り返す細胞の中で,タンパク質やDNAが規則正しく動く様子を顕微鏡で眺めているうちに,その振る舞いを自分の手で創りたくなってきた,というのもある.

細胞が自己複製するにあたって,まずしなければならないのは,その設計図であるゲノムDNAの複製である.大腸菌ゲノムは,4.6 Mb(1 Mbは100万塩基対)の一つの環状染色体からなる.染色体上に1カ所だけ存在する複製起点oriCから両方向に複製が進行する.PCR法では高温でDNA二重鎖を変性して,その一本鎖化を導くが,細胞内ではヘリケースと呼ばれるタンパク質がATP加水分解のエネルギーを使って二重鎖をほどいていく.その後も,多様なタンパク質が規則正しく振る舞い,プライマー合成,リディング鎖・ラギング鎖DNA合成が進行する.大腸菌をモデルとすることの素晴らしい点の一つは,すでにアーサー・コーンバーグにより,oriCからのDNA複製を試験管内に再現した「ミニ染色体複製再構成系」が構築されていることである(3)3) J. M. Kaguni & A. Kornberg: Cell, 38, 183 (1984)..そこで私は,「ミニ染色体複製再構成系」を足がかりに,本研究をスタートした.

複製サイクルを繰り返すことができるか?

細胞は栄養のある培地に等温で置いておくだけで,指数的に増殖する.温度サイクルによらずとも,染色体複製の開始・伸長・終結・分離のサイクルが酵素的に繰り返され,Mbスケールの染色体DNAの増幅が達成される(図1図1■大腸菌染色体の複製サイクル).「ミニ染色体複製再構成系」において,伸長段階までは再構成されていたので,終結・分離のプロセスをうまく進めることができれば「複製サイクルの繰り返し」を導くことができるかもしれないと考え,検討することにした.ただし,比較的単純にみえる大腸菌でさえ,複数の細胞周期的な複製制御機構が存在し,その中には増殖に必須な機構も存在する.また,転写や新規タンパク質合成,あるいは細胞膜やDNAメチル化も複製制御に関与していることが知られている.したがって,複製サイクルの全プロセスを再構成できたからといって,必ずしもサイクルをうまく繰り返すことができる保証はなく,むしろ当初は「繰り返し」には何らかの細胞周期的な因子が必要で,そのような因子を見つけ出したい,という考えであった.なので,精製タンパク質による再構成系の構築だけでなく,おそらく未知の細胞周期的な因子も含まれるであろう大腸菌粗抽出画分を用いた複製系の検討も並行して行いながら,両者の系の違いを丹念に調べていく中で,「繰り返し」に必要な因子をあぶり出そうという戦略で研究を進めていた.

図1■大腸菌染色体の複製サイクル

精製因子による試験管内再構成の難しいところは,うまく反応が進まなかった場合に,まだ因子が足りていないのか,実験条件が良くないのか,区別がつかないところである.たとえば,何らかの原因である一つのタンパク質が失活していたり,量が適切でなければ,それだけでもうまくいかない.実際の再構成実験では,精製タンパク質の節約のため1反応5~10 µLで行い,バッファー,基質,DNAそして十数種類ある精製タンパク質それぞれについて,加える順番や撹拌の仕方などにも神経を使いながら,ごく微量を丁寧に混合して反応液を調製していく必要があった.生化学実験の緻密な操作に慣れていないと再現あるデータを出すことも難しい.放射線実験室にこもって,ひたすらタンパク質濃度を振ったり,バッファー組成を変えてみたり,新しく精製した因子を試したりということを地道に繰り返すものであった.

しつこく試行錯誤を続ける中で,2年ぐらいかけて,徐々にではあるが良い条件や必要な因子が固まっていき,複製サイクルを数ラウンド繰り返すことができるようになってきた.途中,DNA分解酵素などの混入が問題だと考え,タンパク質精製法から根本的に見直したことも効果があった.粗抽出画分を用いた複製系の実験は一時中断し,うまくいき始めた精製因子による再構成系に集中するようになった.2, 3ラウンドに満たない複製サイクルを検出するためには,新規合成DNAと元の鋳型DNAとを区別するため,ラジオアイソトープ標識された基質ヌクレオチドの鋳型DNAへの取り込みをアガロースゲル電気泳動で分離して検出する必要がある.一方で,10ラウンドぐらい複製サイクルが進むようになると,2の10乗で500倍くらいに増幅が進むので,ラジオアイソトープを使わずとも,DNA蛍光染色剤を用いて,複製ではなく「増幅」として検出が可能となった.放射線実験室から解放されると,早いスピードで研究が進むようになり,さらなる再構成系の改善が進んだ.この頃には,複製の終結と分離そして複製反応自体を適切な条件で導きさえすれば,複雑な細胞周期機構を構成せずとも,シンプルなプロセスのみで複製サイクルが回る,ということを確信できるようになった.そして,この再構成系をRCR(Replication Cycle Reaction)と名付け,論文として発表した(4)4) M. Su’etsugu, H. Takada, T. Katayama & H. Tsujimoto: Nucleic Acids Res., 45, 11525 (2017).

再構成によって,複製サイクルを繰り返すための,必要十分条件(25種類のタンパク質)を明らかにした点で,RCRの学術的な意義は大きい.またそれだけでなくRCRは,DNA増幅反応として期待を上回る性能を示すものであった.以降では,論文で報告した内容をベースにRCRのDNA増幅技術としての性能について解説する.

1分子からのモノクローナルなDNA増幅と継代増幅

何ラウンド複製サイクルを繰り返すことが可能なのか.タイムコース実験からは,DNA量があるレベルまで増えてくると基質であるデオキシリボヌクレオチドあるいは必要なタンパク質が枯渇して,増幅が頭打ちになる(図2A図2■RCRにおける環状DNAの指数増殖(A)とモノクローナル増幅(B)).つまり,もともと鋳型量が多いと,1, 2ラウンドで複製サイクルは止まってしまうが,鋳型量を減らしていけば,それだけ頭打ちになるレベルのDNA量に達するまで何ラウンドも複製サイクルが繰り返すことになる.そこで,鋳型となるoriC環状プラスミド(ミニ染色体)の添加量を,どこまで減らすことができるか検討を進めた.その結果,僅か1分子からでも増幅が可能であることがわかった.マイクロリッター当たり環状プラスミドとして約109分子まで増えるので,1分子からだと10億倍の増幅が達成される.30°Cで3時間温めるだけである.

1分子レベルからの増殖が可能となると,少数分子の確率的な振る舞いが出てくる.たとえば0.2分子を添加すれば,10反応のうち2反応で増殖が見れるはずである.そこで,これを利用して2種類のサイズの異なるoriC環状プラスミドを混ぜ合わせた混合液から,個々のプラスミドを別々にモノクローナルな分子として増幅できるかを試みた(図2B図2■RCRにおける環状DNAの指数増殖(A)とモノクローナル増幅(B)).それぞれ15分子ずつ存在する反応では,両方のプラスミドが増幅してきた.一方でそれぞれを,1.5分子までに減らすと,予想どおりどちらか一方しか増えないような反応が見られるようになった.大腸菌クローニングでは,一つのコロニーからプラスミドを回収することでモノクローナルな増幅産物を得ることができる.RCRでも,同様のモノクローナルな増幅を,プラスミドの限界希釈によって行うことができることを示した結果である.

図2■RCRにおける環状DNAの指数増殖(A)とモノクローナル増幅(B)

RCRにおいて,環状DNAが指数増殖し,一定濃度で増殖が停止する様子(図2A図2■RCRにおける環状DNAの指数増殖(A)とモノクローナル増幅(B))は,まるで大腸菌の対数増殖期と定常期のようである.大腸菌の場合は,継代培養といって,定常期のものを新しい培養液に希釈して再保温すれば,何度も増殖を繰り返す.そこで,これと同じようにRCR反応液を培養液のように見立てて環状DNAの継代増幅ができるのではないかと考えた.実際,10回にわたって継代を行い,200ラウンドを超えて複製サイクルを繰り返しても,安定的に環状DNAが増幅してくることが確認された.200ラウンド(200世代)というのは,2の200乗つまり10の60乗倍に環状DNAが増殖したことになる.

また,染色体複製の精度の高いシステムをそのまま再構成した系であるため,RCRでは高い複製正確性をもつことが予想された.複製エラーを検出するため,青色コロニーを呈するlacZ遺伝子をプラスミドに組み込み,エラーによりlacZに変異が入るとコロニーが白くなるという実験を行なった.実際,複製正確性は非常に高く1回の増幅反応だけでは,白コロニーは検出できず,数日かけて10回の継代を繰り返し,計200サイクルの複製を行うことで,なんとか定量的な複製エラーの検出を行うことができた.そのエラー率は108塩基に1カ所というものであり,正確性としてはPCR法で使われるTaqポリメラーゼよりも1万倍高いものであった.大腸菌自身と比べると1/100の正確性であるが,この値はちょうどミスマッチ修復系を欠損した大腸菌と同程度のものである.よって,ミスマッチ修復系を導入できれば,おそらくRCRでも大腸菌並みの複製正確性を達成できるようになるかもしれない.

どこまで長いDNAを増幅できるのか?

大腸菌4.6 Mbの環状ゲノムを増幅するシステムをそのまま再構成したものなので,RCRは長鎖DNA増幅において優れた機能を発揮する.論文では,200 kb環状DNAを環状分子として増幅できることを報告している(4)4) M. Su’etsugu, H. Takada, T. Katayama & H. Tsujimoto: Nucleic Acids Res., 45, 11525 (2017)..100 kbを超える長鎖DNAになると,試験管内で非常に切れやすく,環状分子のまま細胞から取り出して扱うことが困難になってくる.RCRは環状DNAでないと増幅できず,DNA二重鎖が1カ所でも切れて直鎖になったDNAは増幅できない.試しに4.6 Mbゲノム丸ごとのRCR増幅にもチャレンジしてみたが,やはり増幅には至らなかった.Mbスケールの長鎖DNAにおいては,DNAを壊さずに試験管内で扱う部分が一つのネックとなってくると思われる.論文で用いた200 kb環状DNAの場合は,相同組換えの機構を利用し,大腸菌内でoriCの前後100 kbずつの染色体領域を環状DNA(oriCプラスミド)として抜き出すポップアウト法を独自開発し,何とか長鎖環状DNAを調製することができ,RCR増幅に至った.興味深いことに,DNAは高分子のポリマーなので長鎖DNAになるほど,反応後に糸を引くような粘りが出てくるようになる(図3図3■長鎖DNA増幅後の糸を引く様子).これにより,電気泳動で検出する前から,増幅の有無を知ることができる.

図3■長鎖DNA増幅後の糸を引く様子

大腸菌を使わないセルフリーDNAクローニングを提唱

30°Cで温めるだけで環状プラスミドを正確に増幅できるので,これまでの大腸菌クローニングに代わる技術としてRCRが使えるのではないかと考えた.古典的なDNAクローニングでは,まず,DNA断片とプラスミドベクターを連結するのに,制限酵素とライゲースを用いた数ステップの操作が必要がある.一方で,最近ではギブソンアセンブリ(NEB社)やIn-fusion(タカラバイオ社)といった,数十塩基の相同的なオーバーラップ末端をもつDNA断片同士を混ぜて保温するだけで,それらを連結する新しい方法が出てきている(6)6) D. G. Gibson, L. Young, R. Chuang, J. C. Venter, C. A. Hutchison 3rd & H. O. Smith: Nat. Methods, 6, 343 (2009)..そこで,ギブソンアセンブリを用いてoriC断片を含む3断片を連結環状化し,その後,連結産物を大腸菌に導入するのではなく,試験管内でRCR増幅することで目的のプラスミドを調製できるか検討した(図4図4■連結と増幅の2ステップによるセルフリーDNAクローニング).RCRの利点は,連結中間体である直鎖DNAは増幅されず,環状につながった連結産物が1分子でもあれば,それを増幅できることである.実際,ギブソンアセンブリ後の反応産物をそのままRCRに加えて温めるだけで9 kbのプラスミドを単一な産物として調製することができた.この結果は,「連結と増幅のたった2ステップの等温反応」という,画期的なDNAクローニングを提唱するものである.

図4■連結と増幅の2ステップによるセルフリーDNAクローニング

その後の展開1:広く研究者に使ってもらうためにキット化

RCRの開発時に行っていたような緻密な生化学実験は,前述のとおり操作に慣れていないと再現性のあるデータを得るのがたいへん難しい.RCR反応液は,25種類のタンパク質とともに,ヌクレオチド類などの基質を含め反応バッファーとして18種類,計43種類もの因子から構成される.この点,研究室に入ってきた学生なども反応液の調製にとても苦労するものである.そこで研究室では早い段階から,構成因子をすべて混ぜ合わせたRCRキットを作成し,使っている.保存条件なども検討し,凍結融解を繰り返し行っても活性が落ちないことを確認している.なので,分注保存しているRCRキットをフリーザーから取り出し,増やしたいDNAと混ぜ合わせて温めるだけで,誰でも手軽にRCRを実施できるようになっている.論文発表後は,世界中からこのキットを使わせてほしいという依頼があり,アカデミックだけでなく企業などにも分与を行っている.今のところまだ個別にコンタクトのあった研究者に使ってもらっている段階だが,量産体制も整えつつあるので,今後,このキットを介して,さらに広くRCR技術を普及させていきたい.

その後の展開2:ゲノム合成時代のセルフリー技術に向けて

ゲノムを「読む」のではなく「書く」,つまり配列情報を元にゲノムをまるごと合成して人工的な生物を作成し,生命の本質に迫ろうとする研究が進みつつある.2010年にクレイグ・ベンターらはマイコプラズマのゲノム(1 Mb)の人工合成に成功し,そのゲノムにより自己増殖する人工バクテリアを発表している(7)7) D. G. Gibson, J. I. Glass, C. Lartigue, V. N. Noskov, R. Chuang, M. A. Algire, G. A. Benders, M. G. Montague, L. Ma, M. M. Moodie et al.: Science, 329, 52 (2010)..また,酵母でも個々の染色体を人工合成DNAと置き換えていくSc2.0プロジェクトが進んでいる(http://syntheticyeast.org/).2016年には,ゲノム合成の国際コンソーシアムとしてGP-write(Genome Project-write)が立ち上がっている(8)8) J. D. Boeke, G. Church, A. Hessel, N. J. Kelley, A. Arkin, Y. Cai, R. Carlson, A. Chakravarti, V. W. Cornish, L. Holt et al.: Science, 353, 126 (2016).

一方で,現在のゲノム合成技術の課題は,大腸菌や酵母などの宿主を用いた生物学的クローニングに頼らざるを得ないため,莫大な手間と時間がかかるということである.オートメーション化も難しい.たとえばマイコプラズマの場合は100株以上の大腸菌のクローニングが必要である.合成するゲノムのサイズが大きくなるほど宿主への毒性の可能性も高まるため,生物学的クローニングはさらに困難となるであろう.そこでわれわれは現在,RCR技術を使って,ゲノムを完全にセルフリーで人工合成するプロジェクトを進めている.RCRの改良も進め,研究室レベルではマイコプラズマ程度のゲノムであれば丸ごと増幅できるようになってきている(未発表).酵母の染色体も,短いものは300 kbに満たないので,RCRで試験管内増幅できそうである.ゲノム合成においては多数の合成遺伝子断片を連結する必要がある.そこでDNA連結法としても,ギブソンアセンブリーに代わる高効率なRA連結法を独自に構築している.このRA連結法を用いると50種を超えるDNA断片を一回の等温反応で同時に連結環状化でき,引き続くRCRによりその長鎖環状DNAを短時間で調製することができる(論文準備中).

おわりに

再構成できてみると案外シンプルなので,ほかにも同じようなことを考えているグループはいなかったのか? ということをよく聞かれる.しかしながら,前述のとおり私自身も,開始・伸長・終結・分離のサイクルの最適化だけで,複製サイクルが何度も繰り返すということは初めからあまり想定していなかった.また,精製しなければならないタンパク質も多く,地味で根気のいる条件検討が必要なので,なかなかほかのラボでも取り組むようなものではないのかもしれない.「染色複製サイクルの繰り返しを試験管内で導くことができれば,高度なDNA増幅技術となる」というのは後から考えれば当然のようにも思えるが,もともとDNA増幅技術を目指した研究ではなかったこともあり,その性能は想像を超えるものであった.うまく進んでいない時期も長く,「今さら何十年以上も前の複製研究を蒸し返して何か新しいことがわかるのか?」という厳しい批判を受けることもあったが,応援していただいた多くの方々のおかげで何とか進めることができた.これらの方々,特にラボテクニシャンとして,立教でのラボ立ち上げから実験を助けていただいた辻本(小林)寛子氏に,この場を借りて感謝申し上げたい.また,本研究は,JSTさきがけ(細胞構成:上田泰己総括),科研費および内閣府ImPACT(人工細胞リアクタ:野地博行プログラムマネージャ)のサポートを得て行われました.

Reference

1) S. N. Cohen, A. C. Y. Chang, H. W. Boyer & R. B. Helling: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 70, 3240 (1973).

2) K. B. Mullis & F. A. Faloona: Methods Enzymol., 155, 335 (1987).

3) J. M. Kaguni & A. Kornberg: Cell, 38, 183 (1984).

4) M. Su’etsugu, H. Takada, T. Katayama & H. Tsujimoto: Nucleic Acids Res., 45, 11525 (2017).

5) M. Su’etsugu & J. Errington: Mol. Cell, 41, 720 (2011).

6) D. G. Gibson, L. Young, R. Chuang, J. C. Venter, C. A. Hutchison 3rd & H. O. Smith: Nat. Methods, 6, 343 (2009).

7) D. G. Gibson, J. I. Glass, C. Lartigue, V. N. Noskov, R. Chuang, M. A. Algire, G. A. Benders, M. G. Montague, L. Ma, M. M. Moodie et al.: Science, 329, 52 (2010).

8) J. D. Boeke, G. Church, A. Hessel, N. J. Kelley, A. Arkin, Y. Cai, R. Carlson, A. Chakravarti, V. W. Cornish, L. Holt et al.: Science, 353, 126 (2016).