Kagaku to Seibutsu 57(2): 72-73 (2019)
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ヒメツリガネゴケで機能するジベレリン起源物質の同定植物ホルモンを介した成長制御機構と植物の共進化の起源
Published: 2019-01-20
© 2019 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2019 公益社団法人日本農芸化学会
ジベレリン(以下,GA)は草丈の伸長や,種子の発芽,開花など顕花植物の生活環において多様な作用を示すジテルペノイド植物ホルモンである.古くから知られている植物ホルモンの一つであり,モデル植物などが整備されるとGAの生合成経路,受容・シグナル伝達機構に関する研究が飛躍的に進んだ.近年では非顕花植物における知見も増え,花・種子を形成しないシダ植物においてもGAの存在が報告されたが,顕花植物と比べるとGAを投与しても明瞭に背丈を伸ばすわけではなかった(1)1) K. Hirano, M. Nakajima, K. Asano, T. Nishiyama, H. Sakakibara, M. Kojima, E. Katoh, H. Xiang, T. Tanahashi, M. Hasebe et al.: Plant Cell, 19, 3058 (2007)..また,ある種のシダ植物ではGAが性の分化誘導にも関わっていることが明らかとなっている(2)2) J. Tanaka, K. Yano, K. Aya, K. Hirano, S. Takehara, E. Koketsu, R. L. Ordonio, S. H. Park, M. Nakajima, M. Ueguchi-Tanaka et al.: Science, 346, 469 (2014)..つまりGAの代表的な活性である背丈の制御より,花器官の制御がGA古来の機能である可能性を示唆している.植物の進化をさらに遡り,維管束・花・種子を形成しないコケ植物に目を向けると,モデルコケ植物であるヒメツリガネゴケからGAは検出されていなかった(3)3) K. Hayashi, K. Horie, Y. Hiwatashi, H. Kawaide, S. Yamaguchi, A. Hanada, T. Nakashima, M. Nakajima, L. N. Mander, H. Yamane et al.: Plant Physiol., 59, 1085 (2010)..しかし興味深いことにゲノム情報を精査すると一部のGA生合成酵素遺伝子ホモログが保存されており,筆者らはヒメツリガネゴケがent-カウレン酸(以下,KA)まで顕花植物と同じGA生合成経路をもっていることを明らかとした(4)4) S. Miyazaki, T. Katsumata, M. Natsume & H. Kawaide: FEBS Lett., 585, 1879 (2011).(図1図1■ヒメツリガネゴケのGA起源物質生合成経路と顕花植物のGA生合成経路).「GAはシダ以降の植物から生産されている」と納得すればそれまでであるが,筆者らは植物に普遍的に存在するはずの植物ホルモンが何故このコケ植物に存在しないのか,GAを生産しないにもかかわらず何故KAまでの生合成経路を保有しているのかに興味をもち,その全容解明に取り組んできた.その解明に向け,ヒメツリガネゴケの生活環においてGAは必要ないのか? KAもしくはKA以降の代謝産物に生理活性はないのか? これらの疑問に対する答えを出すため,保有するent-カウレン合成酵素遺伝子の欠損体(Ppcps/ks)が作出された(3)3) K. Hayashi, K. Horie, Y. Hiwatashi, H. Kawaide, S. Yamaguchi, A. Hanada, T. Nakashima, M. Nakajima, L. N. Mander, H. Yamane et al.: Plant Physiol., 59, 1085 (2010)..このPpcps/ks欠損株の生育を観察すると,細胞分化の抑制が矮性に似た表現型として観察され,この異常形質はKAで回復するがGAでは回復しなかった(この細胞分化後に胞子体が形成されるため,生活環で重要なステップと考えられる).つまり,ヒメツリガネゴケではKAそのもの,もしくはKA以降の代謝産物が生活環を制御していることを示している.本稿では最近明らかとなったGAの祖先型とも換言できる成長制御物質“GA起源物質”について紹介する.
ヒメツリガネゴケはKAまでのGA生合成経路を保有し,KAから3位の水酸化により活性型であるGA起源物質(3OH-KA)が,2位の水酸化により不活性型(2OH-KA)が生産される.この活性制御機構は顕花植物のGA生合成経路にも見られる.
筆者らはKA代謝産物を“もの取り”研究で追跡することにした.Ppcps/ks欠損株にKAを投与して細胞分化が回復した植物試料から化合物群を抽出,逆相HPLCを用いて抽出物を分取,その画分を再度Ppcps/ks欠損株に投与,分化活性を定量的に評価,と試験を行うことで分化活性をもつKA代謝画分を検出した.筆者らが開発したKAなどの低極性化合物に適したLC-MS/MS分析手法により(5)5) S. Miyazaki, H. Kimura, M. Natsume, T. Asami, K. Hayashi, H. Kawaide & M. Nakajima: Biochem. Biophys. Rep., 2, 103 (2015).,活性画分中のKA代謝産物をKAより16 Da大きい分子として検出した.最終的に標品との直接比較から,KAに水酸基が付加したent-3β-hydroxy-カウレン酸(3OH-KA)を同定した(6)6) S. Miyazaki, M. Hara, S. Ito, K. Tanaka, T. Asami, K. Hayashi, H. Kawaide & M. Nakajima: Mol. Plant, 11, 1097 (2018).(図1図1■ヒメツリガネゴケのGA起源物質生合成経路と顕花植物のGA生合成経路).
次に生合成酵素の探索を目的とし,各種条件下で培養した植物試料を用いてRNA-seqに供した.候補酵素遺伝子に対応する組換え酵素を調製して基質KAとの酵素反応に供したところ,そのうちの一つがKAを16 Da大きい化合物へと変換した.しかしながらHPLC上の保持時間が3OH-KAと一致せず,その構造を明らかにするため変換物約2 mgを酵素合成して各種NMRで解析したところ,ent-2α-hydroxy-カウレン酸(2OH-KA)であることが判明した(6)6) S. Miyazaki, M. Hara, S. Ito, K. Tanaka, T. Asami, K. Hayashi, H. Kawaide & M. Nakajima: Mol. Plant, 11, 1097 (2018)..この2OH-KAはヒメツリガネゴケ植物体内にも存在したが,Ppcps/ksを回復させる細胞分化活性は認められず,2OH-KA合成酵素遺伝子(KA2ox)を欠損させた植物体を作出すると,野生株より細胞分化した表現型が観察された.つまり,この2OH-KAはKAから生産される不活性化体であることを示している.
3OH-KAがGA起源物質の本体なのか? 筆者らはこの疑問に対して以下のデータを得ている.1)3OH-KAの細胞分化活性はKAより高い.2)3OH-KAから分化活性を持った代謝産物は検出されない.3)顕花植物で知られているGA不活性化酵素遺伝子の発現量が活性型GA量に応じて負に制御されるフィードフォワード機構と同様に,3OH-KA量によりKA2oxの発現量が制御される.以上のデータは,ヒメツリガネゴケにおいて3OH-KAがGA起源物質(活性本体)として機能している可能性を支持している.今後受容体を同定することで,確証を得たいと考えている.
最近得られた知見によって,ヒメツリガネゴケはGA生産能を保有しない代わりに,KAから3位の水酸化反応により活性本体が,2位の水酸化により不活性化体を生合成し,それらを生活環で利用していることが明らかとなった.この3位と2位の酸化による活性制御機構は顕花植物のGA生合成経路で見られているものと類似しており,GAを生産しないコケ植物から保存されていたことを示している(図1図1■ヒメツリガネゴケのGA起源物質生合成経路と顕花植物のGA生合成経路).面白いことに3OH-KAは顕花植物から,2OH-KAはシダ植物から単離された報告がある.GA起源物質の生合成,受容機構,コケ植物や顕花植物における普遍性を明らかにすることで,GAは植物進化の過程における生活環や形態の複雑化に併せてどのように適応したのか,植物と分子の共進化の変遷を明らかにできると期待している.
Reference
4) S. Miyazaki, T. Katsumata, M. Natsume & H. Kawaide: FEBS Lett., 585, 1879 (2011).
5) S. Miyazaki, H. Kimura, M. Natsume, T. Asami, K. Hayashi, H. Kawaide & M. Nakajima: Biochem. Biophys. Rep., 2, 103 (2015).